名前の不思議調査隊/第2回

“名字帯刀”は武士だけの特権ではなかった?

2011.11.23 WED


名字を付ける義務例が出た時は、こんな家族会議が日本各地で開かれたのかも イラスト/カセユミコ
先祖から代々受け継がれてきただろう、名字。結婚などで変わることはもちろんあるけど、基本的には誰もが長年かかわる大切なものです。しかし、そんな深い間柄のはずなのに、意外と知らないことだらけ。

そもそも、昔から名字をみんな持っていたのでしょうか?

「みんなが名字を持ち、国に登録できる許可令が出たのは、明治3年でした。国民全員の戸籍をより正確に管理するために、そのように定めたのです。しかし中には自分の名字を考えなかったり、登録しなかったりする人がおり、明治9年に義務令が出ました。今ある名字のほとんどは、この時に登録されたものと考えられます」

そう教えてくれたのは、名字研究家の高信幸男氏。ということは、江戸時代は名字がある人とない人がいたと? そういえば“名字帯刀”とかいうのを学校で習った気が。名字と刀は武士しか持てなかったとか…。

「そうですね。ただし大名や武士だけでなく、一部の商人やお百姓さんの中にも名字を持つ人はいました。ただ、幕府に登録することができず、公文書などには名字は記載されなかったんです。しかし墓石や寺の寄進帳などには自由に記してよかったため、実際その当時に作られたお墓を見ると、名字が彫られたものが結構あるんですよ」

なるほど。武士じゃなくても名字のある人はいたんですね。ではもっと昔から名字をつける文化があったと?

「奈良時代や飛鳥時代でも豪族や貴族は名字がありましたが、それ以外の人々にはまだなかったのではないかと思われます。また当時の名字は住んでいる場所や階級といった、自分の情報属性を表すものでした。例えば高橋連(たかはしのむらじ)や藤原朝臣(ふじわらのあそみ)という名字には、官職である臣(おみ)や連(むらじ)の字が入ってますよね。これは朝廷から賜ったものです」

高信氏いわく、豪族や貴族ではない人に名字が普及したのは、戦国時代からとのこと。日本各地に荘園が置かれ、小さな荘園を管理する人を荘司、もう少し大きな荘園を管理する人を郡司というように、貴族階級じゃない人も、自分の役職や居住地の地名を名字にしていったとか。そして明治9年の義務令までに、少しずつ地名や生活環境、職業から名字を付ける人が増えたんだそう。

日本の歴史に寄り添いながら発展した名字…。そう考えると、自分の名字以外もちょっと愛らしく思えたのでした。

(山葉のぶゆき/effect)

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