「ねじれの発想力」で差をつけろ! 第11回

会わずに売る伝説のセールスマン

2013.05.02 THU


顧客に会えなくたって、クルマは売れる! 手作りのカタログ誌を漁船に配って回った杉浦さんのセールス手法は、一種の「職域営業」と呼べるかもしれない 写真提供/PIXTA
営業の基本は「フットワークの軽さ」と「誠心誠意」。顧客の信頼を獲得し、成績を伸ばすためには、労を惜しまず、顧客のところに足繁く通い、顔をつなぎ、どんな注文にも全身全霊で対応する。それが、今も昔も変わらない「セールスの王道」だ。

では、相手と会うことができないときはどうするか? 例えば、顧客が「長期出張中につき不在」で、会うどころか連絡もできないような場合は……。それでも、あきらめてはいけない。こんなときこそ、営業マンの知恵とやる気が問われるのだ。

宮城県石巻市に、今に語り継がれる伝説の自動車セールスマンがいた。東北三菱自動車販売の石巻営業所(現石巻店)で長らくプレーイングマネジャー(所長兼販売員)として活躍した杉浦実さんという人だ。人口15万人の地方都市を営業地盤にしながらも、30年以上にわたって全国の三菱系ディーラーでも常に1、2を争う販売成績を達成し続け、優秀営業マンを表彰する“殿堂入り”を果たした文字通りのトップセールスマンだ。通算の販売台数は優に1万台を超えるという。

石巻という土地柄、杉浦さんの最大の得意先は漁師さんたちだった。ひとたび漁に出れば、帰港するまで連絡は取れない。とくに遠洋での操業の場合は数週間、数カ月も帰ってこないこともある。訪問販売を基本とする自動車セールスにとっては、きわめて不利な販売相手。だが、杉浦さんはそこに目を付けた。どういうことか?

何百隻もの大型船団が次々と出漁していくシーズン本番、杉浦さんは三菱の全車種のカタログを本に綴じ、手作りの“総合カタログ誌”を大量に作成。それを1隻ごとに数束ずつ配って回った。長い出漁中、漁師さんには娯楽が少ない。おのずとこのカタログの束に手を伸ばし、繰り返し目を通しては「家に帰ったら、今度はこのクルマを買おう」と考えるようになっていく。豊漁であれば、なおさら新車購入への想いは膨らむ。なかには帰港を待ちきれず、船舶電報で注文してくる漁師さんも数多くいた。

注文を受け取ると、杉浦さんは直ちに留守宅を守る奥さんのところに出向いて契約、登録手続きを済ませる。そして帰港当日。ピカピカの新車に、お父さんの帰りを心待ちにしている奥さんや子供たちを乗せ、港までお出迎え。陸(おか)に揚がった漁師さんが真っ先に目にするのは、愛する家族の笑顔と、待ちに待った新しいクルマ! まるでドラマみたい。長い漁の間、一生懸命に頑張ってきた自分への最高のごほうびではありませんか! こうした心憎いサービスによって、杉浦さんは顧客のハートをガッチリつかみ、次々と新規客を開拓していったのだ。

まさにピンチはチャンス。「顧客と会えない無為の時間」を逆手にとって、遠距離恋愛しているカップルさながらに、「新車という恋人への想いを募らせるときめきの時間」に鮮やかに変えてしまったのだ! 筆者が杉浦さんを取材したのはもう25年前のこと。当時在籍していたビジネス誌で毎年1回、「日本のトップセールスマン」の特集記事を作っていて、筆者は企画に参加した3年間で自動車業界だけでも全国産車、主要輸入車ディーラー系列のトップセールスマン約40人を取材したのだが、これほどまでに独創的かつ痛快なセールス手法は他になかった。

ところで、石巻は東日本大震災で最も犠牲者が多かった地域。この記事を書くにあたって杉浦さんの安否が気にかかり、手を尽くして連絡先を探し出した。不安な気持ちを抱えたまま電話をかけると、懐かしい声が! 杉浦さんはご無事でした、良かった! 現在69歳の杉浦さん、聞けば、3年前に役員まで勤め上げて東北三菱をリタイア。震災では市内にある自宅が1mを超える津波に洗われ、かつての得意先も実に38人もの方が亡くなられたという。杉浦さん自身も震災の半年ほど前に脳梗塞で倒れたが、幸い回復し、元気に暮らしている。引退した今もクルマを売っていて、「昔なじみのお客さんから頼まれれば断れないし、何もしないとボケちゃうからね。震災後もクルマを流されたお客さんから頼まれて50台くらいは売ったよ」。

現役世代の営業マンたちへのアドバイスを求めると、「他人と同じことをやっていてもダメ。どうやったら喜んでもらえるかを考え、体を動かし、頭を使うこと。それに尽きるね」。伝説のトップセールスマンは生涯現役、今も被災地・石巻の復興の一助を担っている。
(高嶋健夫)

※「ねじれの発想力」とは…
難題への対応を迫られる場面で、一見すると無関係に思われる事象を結びつけ“あさっての方向”から解決策を考え出す発想力のこと。「ねじれの位置」にある2本の直線が最接近する1点で、高速道路のジャンクションで路線を乗り換えるように、大胆かつ柔軟に発想を切り替えるのが成功のコツ。

※この記事は2012年5月に取材・掲載した記事です

  • 著者プロフィール

    高嶋健夫(たかしま・たけお) 本屋のせがれに生まれ、新聞記者、雑誌記者兼編集者、書籍編集者をひと渡り経験して、現在はビジネス分野を専門とするフリージャーナリスト。R25・35世代と比較しながら団塊世代の攻略法を説いた『R60マーケティング』(日本経済新聞出版社)など著書多数

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