「ねじれの発想力」で差をつけろ! 第10回

片足でも左右別サイズでも買える靴

2014.04.25 FRI


片足でも、左右サイズ違いでも買える「あゆみシューズ」の商品例。靴底にスパイクが付いた寒冷地仕様の「二本ベルトボアシューズ5E」(左)と紐靴タイプの「コンフォートⅡ」(右) 写真提供:徳武産業
「片足だけでも、あるいは左右サイズ違いでもお売りします」──そんな常識破りの販売方法を掲げて大ヒットしている靴がある。香川県さぬき市にある徳武産業という中小メーカーが製造販売している「あゆみシューズ」だ。サイズ違いでも値段は同じで、片足だけなら両足そろいの半額で買える。

主に足腰の衰えたお年寄り、外反母趾や腫れ・むくみがひどい人などのために開発された介護・リハビリ用シューズで、通気性の良い軽量素材を用いたり、つまずきにくいようにつま先を適度に反り上げた形状にするなど、足への負担を軽くする機能性を徹底的に追求しているのが特長。「片足OK・左右サイズ違いOK」というユニークな販売方法も、「いかにしてピッタリ足に合う、履きやすい靴を提供するか」という目的で始めたものなのだ。

お年寄りや足に持病がある人の中には、加齢や病気のせいで左右の足のサイズが違ってきてしまい、「なかなか合う靴が見つからない」と悩んでいる人が多いという。市場調査をしてみると、「仕方なく同じデザインでサイズが違う靴を2足買って、右と左で履き分けている人さえいることがわかったんです」と十河(そごう)孝男社長。ならば、「最初から左右サイズ違い、場合によっては右足だけ、左足だけでも買えるようにすればいいじゃないか」と、十河社長は“お客様目線”の発想で素直にそう考えたという。

ところが、そんな売り方、それまで誰もやったことがない。筆者が初めて「あゆみシューズ」を取材したのはもう十数年前のことになるが、この販売方法を聞いた時には「まさか、あり得ない!」と腰が抜けるくらいに驚いたことを今でもよく覚えている。なぜなら、潜在ニーズはあるかもしれないけど、左右バラバラに売るのでは、生産・在庫管理に途方もないほど余計な手間がかかってしまい、採算性を大きく損ねかねない。だから、誰もやらなかったのだ。事実、十河社長も同業者の先輩経営者に「絶対にうまくいかないから、やめた方がいい」とたしなめられたそうだ。

それでも十河社長はあきらなかった。「右足だけ売れて左足が残ったら、また右足だけ作ればいい。ウチは中小企業で小回りが利くのだから、やろうと思えばできないことはない!」と、断固たる決意でこの新しい販売方法を実行に移したのだ。

その結果がどうなったかは、「あゆみシューズ」の販売実績を見れば明らか。1995年5月の発売から丸17年経つ現在までの累計販売数はなんと約560万足! 介護・リハビリ用シューズ市場ではナンバーワンシェアを誇っている。当初は老人ホームや病院などで履く室内用シューズからスタートした商品ラインも、現在ではリボン付きの婦人用ウォーキングシューズ、寒冷地仕様のボアブーツ、ビジネスマンが履いてもおかしくない紐靴、スリップオンなど外出用の“普通の靴”まで約60アイテムを揃えている。さらには、サイズはもちろん靴底の厚さや横幅、ベルトの長さなどを自由に設定できる「パーツオーダー」という“イージー・オーダー・シューズ”の特注生産も手掛けている。「あゆみシューズ」発売当時は数億円に過ぎなかった同社の年間売上高は右肩上がりで伸び続けており、現在では約15億円に達する。

十河社長によると、片足やサイズ違いで売れる数は実際にはそれほど多くはないそうだが、「顧客のためにそこまでやってくれるメーカー」として熱烈なファンを多数獲得し、口コミ効果で“評判が評判を呼ぶ”好循環が実現していることが成長の原動力になっているという。

この「左右サイズ違い販売」、今では介護シューズ業界では当たり前の販売方法になっている。それだけではない。最近ではスポーツシューズ、ヤングアダルト向けの婦人靴など一般向けの靴でも導入する動きが専門店や百貨店、大手スーパーの間でじわじわと広がっている。それもそのはず。考えてみれば、健康な人だって「右足と左足がピッタリ同サイズ」という人はほとんどいない。「新しい靴をおろすと、いつも片足だけ靴ズレができちゃう」といった悩みを抱えている人は多いわけだから。

にもかかわらず、売る側も、買う側も「靴は両足ひとそろいで買うもの」と信じて疑わなかったのはどうしてだろう? 靴業界の人にはちょっと酷な言い方になるが、詰まるところは「買い手の都合」よりも「作り手都合」「売り手都合」を優先する売り方が“業界慣習”としてまかり通っていたから、ということになるのではないだろうか。「ねじれの発想力」で見つめ直すべきテーマは固定観念、既成概念の中にこそ埋もれている。
(高嶋健夫)


※「ねじれの発想力」とは…
難題への対応を迫られる場面で、一見すると無関係に思われる事象を結びつけ“あさっての方向”から解決策を考え出す発想力のこと。「ねじれの位置」にある2本の直線が最接近する1点で、高速道路のジャンクションで路線を乗り換えるように、大胆かつ柔軟に発想を切り替えるのが成功のコツ

※この記事は2012年4月に取材・掲載した記事です

  • 著者プロフィール

    高嶋健夫(たかしま・たけお) 本屋のせがれに生まれ、新聞記者、雑誌記者兼編集者、書籍編集者をひと渡り経験して、現在はビジネス分野を専門とするフリージャーナリスト。R25・35世代と比較しながら団塊世代の攻略法を説いた『R60マーケティング』(日本経済新聞出版社)など著書多数

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