鈴木祐著『無(最高の状態)』より

苦しみのメカニズムは「痛み×抵抗」。世界一幸せな部族に学ぶ、“心の痛み”から逃れる方法

カラダ
他人に言われた何気ない言葉が頭から離れない
幸せな環境なのに、なぜか幸せを感じない
未来に明るい展望が抱けず、すべてから逃げたい

こんな状況に、心当たりないですか?

心配事の97%は起こらない」という研究結果が出ているにもかかわらず、私たちの“心配事”や“苦しみ”が絶えないのは、一体なぜなのでしょうか。

サイエンスライター・鈴木祐(すずきゆう)さんの著書『無(最高の状態)』から、「苦しみの正体」と「苦しみから解放される対策法」について抜粋してお届け。

精神機能を“最高の状態”に整える方法に迫ります!

危険と隣り合わせなのに、世界で最も幸福な「ピダハン族」

世界で最も幸福な部族──。

言語学者のダニエル・エヴェレットは、ピダハン族のことをそう呼びました。

ピダハン族はアマゾンの熱帯雨林で暮らす狩猟採集民です。

いまもジャングルの中で狩りや釣りを行い、原始時代に近いライフスタイルを維持しています。

エヴェレットの発見は多岐に渡り、言語の独自性や狩猟採集社会に特有の思考法など興味深いトピックに事欠きませんが、中でも特筆すべきはピダハン族の精神的な健康さです。

言うまでもなく、ピダハン族にはカウンセラーも心理学者もおらず、向精神薬を飲むこともできません。

にもかかわらず、部族の中に自殺、不安障害、鬱病といったメンタルの問題はほぼ存在せず、怒りや落胆といった一般的なネガティブ感情すらほとんど見かけなかったというから驚きです。

エヴェレットは言います。

「先進国の暮らしはピダハン族よりずっと楽だ。それでも、私は普段の生活で気が狂いそうになることがたくさんあるのに、彼らにそのような兆候はない」

事実、ピダハン族の生活はプレッシャーに溢れています。

毒を持つ爬虫類や虫に襲われ、治療手段のない伝染病に怯え、土地に侵入したよそ者から暴力を振るわれることも珍しくありません。

そんな暮らしのなかでピダハン族は、いかにして先進国でも見られないレベルの幸福を手に入れているのでしょうか?

アマゾンの原住民が世界に類のない幸せを享受している理由について、エヴェレットは「経験の即時性」を重視しています。

これは自分の経験から外れた事実を重んじないメンタリティを意味する言葉で、簡単に言えば、物事をありのままに受け取る姿勢のことです。

その証拠に、ピダハン族は実際に見聞きしたことしか話さない傾向があります。
魚を捕った。カヌーを漕いだ。

子どもと一緒に笑った。

友がマラリアで死んだ。

出典 無(最高の状態)

ピダハン族の会話には過去と未来が存在しません

そもそもピダハン語の文法には、過去や未来の概念すらほぼ見られないというから驚きです。

そのため、彼らは特定の宗教を持たず、精霊や祖先の霊といった概念もなく、自らの成り立ちを説明する創世神話もありません。

おかげで明日のことをくよくよと悩まず、過去の失敗にとらわれもせず、ただ目の前の現在だけを楽しめるわけです。

「幸せなピダハン族」と「不安の多い先進国の人」の違い

ピダハン族が先進国の人間と違うのは、彼らが根拠の薄いことを語りたがらない文化を持つ点です。

たとえば、「狩りで猛獣に襲われたらどうしよう」や「獲物が見つからなかったら飢えるのではないか」といった疑念が頭をよぎったとしても、彼らはそこから別の思考を展開させず、不安をこじらせるまではいたりません。

さらに言えば、たとえ狩りで傷を負っても「なぜこんな目に…」と嘆くことはなく、「この痛みで死ぬのでは…」などとおびえることもありません。

彼らが怪我をした際に行うのは、「私はいま傷の痛みを感じている」という事実を受け入れ、あとはできる限りの治療をすることのみ。

いくら自分の運命を呪ったところで問題解決の役には立たないため、現実の痛みには潔く降伏した上で、なすべきことだけを行うのです。

それゆえ、ピダハン族は自分たちのことを「まっすぐな民」と呼び、外から来た人間を「ひねくれ頭」と呼びます。

入らざる事を捏造しない彼らには、実にふさわしい呼び名でしょう。

痛みには、“抵抗”ではなく“降伏”しよう

苦しみのメカニズムを、仏教研究者のシンゼン・ヤングは次の式で表しました。
苦しみ=痛み×抵抗

出典 無(最高の状態)

ならば私たちが取れる対策はひとつしかありません。

すなわち、現実に対して積極的に「降伏」するのです。

もう少し降伏の考え方を掘り下げてみましょう。

たとえば、あなたが激しい頭痛に悩まされたとします。

急性の頭痛が予告なしに襲いかかり、その度に脳天を激しい苦痛が貫くような場面において、抵抗する人と降伏する人はどのように違うのでしょうか?

抵抗する人は「痛みは消さねばならない」または「たいした痛みではない」と考え、治療の効果にも過度な期待を抱きます。

そのため、もし痛みが満足に減らなかった場合は強い怒りや落胆を覚え、必要以上のストレス反応が起きるでしょう。

他方で、降伏する人は「治療には効果が出ないこともある」と思っており、予想より痛みが改善しなくても動揺せず、自分を責めることもありません。

苦しみから逃げるのではなく、隠そうとするのでもなく、ただ痛みのレベルを適切に見積もり、できる限りの対処を行うわけです。

つまり「痛みへの降伏」とは、あなたが直面している現実を認め、それに正面から向き合うことを意味します

降伏と言われると受け身な印象が強いですが、実際にはどこまでも積極的な選択だと言えるでしょう。

現実に“降伏”して、痛みを潔く受け入れる方法

降伏の実践に移りましょう。

降伏のスキルを伸ばすのに最も手軽なのは、メタファーを使う方法です。

要するに「たとえ話」を使って、抵抗が痛みを増大させる仕組みをイメージでつかむわけです。

「たとえ話」と聞くと安易に思うかもしれませんが、実は多くのセラピーでも使われる基本的なテクニックのひとつで、メタファーを理解した患者は、その直後から「降伏」の能力が上がることが複数の研究で示されています。

私たちの脳は論理よりもイメージを好むため、理詰めで精神の働きを説かれるよりも、メタファーのほうが腑に落ちやすいからです。

それでは、降伏の理解に役立つ代表的なメタファーを見てみましょう。

頭で理解しようとはせず、ただイメージを頭に浮かべながらリラックスして読み進めてください。

それだけでも、「降伏」の考え方が少しずつ脳に染み込んでいくはずです。

弾丸のメタファー

「辛い感情や思考」を、弾丸のようなものと考えてください

仕事に失敗したとき、愛する人を失ったとき、未来の不安に襲われたときなど、感情の弾丸は私たちの心臓めがけて瞬時に発射されます

このとき、あなたがレンガの壁を作って弾丸を防ごうとしたらどうなるでしょうか?

一発目の弾丸でレンガは壊れ、最初の一撃は避けられても、二発目、三発目の弾丸には無防備になります。

しかし、ここで壁ではなくに向けて弾を発射したらどうでしょう?

水を貫いた弾丸はゆっくりエネルギーを失い、やがて海底に沈んでなんの影響もおよぼさなくなるはず

弾丸の痛みは無効化され、それ以上の苦しみも発生しません。

牧草地のメタファー

言うことを聞かない牛を牧草地で飼っているとしましょう。

このとき、牛を狭いフェンスで閉じ込めてしまうと、牛は自由を求めて暴れ出すはず。

そのせいで、逆に被害が大きくなってしまいます

ここで本当にすべきは、牛に十分なサイズの牧草地をあたえて、どれだけ自由に動き回っても問題が起きないようにしてやることです。

「降伏」とは、このように牧草地のサイズを大きくしてやる行為に似ています。

牛が言うことを聞かないのは同じですが、少なくとも問題にはなりません。

地図のメタファー

あなたは地図の制作者です。

地図をつくる人は、その地域の地形や街路を念入りに調べますが、決して批判をはさみません

「この川がもっと右に曲がってたら良いのに」や「このビルがなければすっきりするのに」などと叫びながら地図を作る人はいないでしょう。

役に立つ地図を作るには、ただ情報を正しく観察するのが大事です。

ところが私たちの精神については、多くの人が、間違った地図作りと同じことをしています。

あたえられた情報をただ観察すれば良いのに、自分の理想の地形を思い描いて文句を言うのです

不安・ストレス・怒り・孤独・虚無・自責...自らを解放する科学的メソッド

無(最高の状態)

無(最高の状態)

『無(最高の状態)』は、あらゆる苦しみの根源を掘り下げて、包括的で普遍的なアプローチを試みる一冊。
『無(最高の状態)』の2ステップ

人生において「苦しい」とはどのような現象なのかを考える

あらゆる「苦しみ」の共通項を見極めて普遍的な対策を立てる

出典 無(最高の状態)

「自分は精神的に弱いからダメなんだ...」と落ち込んでしまいそうなときに読むことで、ものごとを客観視できたり、苦しみと対峙する方法がみつかったりして、負のループから抜け出せるはずです。