ビジネスパーソンインタビュー
高尾泰朗著『ANA 苦闘の1000日』より
「成田発成田行き」を飛ばす。コロナ禍で窮地に立たされたANAの“あきんど魂”施策とは
新R25編集部
「業績悪化」「新卒採用活動中止」「社員の出向」「飛行機の減便」
新型コロナウイルス感染症の影響で大打撃を受けた航空業界。
ANAホールディングス(HD)も例外ではありませんでした。
その後、22年夏の国内線は堅調で、国際線需要も回復傾向が続きました。
22年10月31日に発表した4~9月期決算は営業損益が314億円の黒字となり、さらに23年3月期の営業利益の予想を従来の500億円から650億円に上方修正しました。歴史的な復活劇を遂げようとしているのです。
歴史的な復活劇を遂げようとしているのです。
では、どのようにして難局に立ち向かっていったのでしょうか?
今回は、経済誌『日経ビジネス』の記者としてANAHDを長期的に取材してきた高尾泰朗さんの著書『ANA 苦闘の1000日』より、コロナ禍での施策について一部抜粋して紹介。
ニュースには取り上げられていないような知られざる真実がたくさんありました…!
この記事はこんな人におすすめ(読了目安:5分)
・コロナ禍でのANAの危機対策に興味がある人
・ANAの経営に興味がある人
・問題に直面して解決に悩むビジネスパーソン
成長のための拡大が痛手となった
リスクの逆襲──。
新型コロナウイルス禍でANAHDが置かれた状況を一言で表すとそれだ。
2010年に日本航空(JAL)が経営破綻すると、ANAHDはナショナルフラッグキャリア(その国を代表する航空会社)の座をつかもうと一気に動いた。
ANAは米ボーイングの中型機「787」を中心に機材数を増やし、主に国際線の路線網拡大に走る。
13年には7年後の東京五輪・パラリンピックの開催が決まり、インバウンド(訪日外国人)拡大をテコにした成長という路線が強固なものになっていった。
その戦略は当たったように見えた。
19年3月期には売上高が初めて2兆円を突破。
7年前の1.5倍弱となった。
その次に見据えていたのが20年3月に控える羽田空港の国際線発着枠の拡大。
五輪効果も最高潮となるこの年に、ビジネス需要が大きく、収益力の高い発着枠を活用してさらなる飛躍を図ろうとしていた。
その矢先のコロナ禍だった。
成長のためにリスクを取って拡大したバランスシートがANAHDを苦しめる。
20年3月までの8年間で機材は77機増え、従業員数も4割増えた(いずれも格安航空会社=LCC=の連結効果を含む)。
その分、人件費や機材の整備・減価償却費などのコストも増大していた。
急速な資金繰りの悪化に苦しめられるANAHDが真っ先に取り組まなければならないのが金策だった。
政府が大規模イベントの自粛などを要請し、国内線にも需要減の大きな波が到来することが確実視され始めた20年2月末ごろ、ANAHDのCFO(最高財務責任者、当時)の福澤一郎など財務畑の幹部たちは慌ただしく動き始めた。
ANAHD社長(当時)の片野坂真哉の指示を受け、取引銀行との調整に乗り出したのだ。
それから約3週間後に社内に示したのは、5月終息を見込む「ケース1」。
ただすぐにそのもくろみは崩れ、8月終息の「ケース2」に移行。
そしてさらなる事態の長期化は避けられないとの見方が夏にかけてグループ内に浸透していく。
その間、ANAHDは手元資金をかき集めようと奮闘する一方、コストカットにも動き始めた。
コロナ禍での金策① 機材の切り売り大作戦
供給力の縮小を意味する「身をかがめる」という言葉がANAHD内の総意となっていった。
それに欠かせないピースが、機材の「切り売り」だった。
典型的な装置産業である航空業界。
その供給力は、航空機材数にほぼ比例する。
抱える航空機の数を20年3月期までの8年間で3割強増やしたANAHDは、その間に売上高も約4割拡大した。
ただ、コロナ禍では大きな供給力が重荷になる。
稼働せずとも整備費などのランニングコストはかかるからだ。
20年3月末時点で抱えていた303機のうち95機はリースで導入したもので、その費用の支払いもキャッシュ流出を加速させる。
損益計算書上では、購入した機材の減価償却がANAHDを苦しめる。
供給力を左右する機材計画は航空会社の成長戦略の「一丁目一番地」とされ、ANAHDでは経営企画部が中心となって計画を策定してきた。
その機材計画の修正が、コロナ禍という危機では身をかがめる戦略の第一歩となった。
ANAHDは、退役させる機材の一部にしか買い手が見つからず、残りは自らコストをかけて解体・処分するシナリオも覚悟していた。
それでも、井手祐(全日本空輸(ANA)調達部マネジャー)たちの懸命の努力により、20年度に追加退役させることを決めた28機のうち26機は買い手が見つかった。
残りの2機も、ANAHDの出資先でANAとコードシェア(共同運航)を実施しているAIRDOにリースされていく。
最終的な減損額は、20年秋に事業構造改革の計画を対外的に発表した時点で見込んでいた規模に収まった。
20年度に拡大路線の「うみ」をほぼ出し切ったことで、21年度以降は整備などにかかるランニングコストの低減という恩恵を受けられた。
ANAHDはコストカットだけでなく、何とか自力で収益を生み出そうという努力も進めた。
そこには数字には表れにくい副産物もあった。
コロナ禍での金策② 消費者の声がきっかけで“遊覧飛行”
20年夏、ANAグループは「あきんど魂コンテスト」と名付けた、社員から新規プロジェクトを募るアイデアコンテストを開いた。
テーマは「費用をかけずに、もうける」。
その第1弾として実施したのが、欧州エアバス製の超大型機「A380」を使った“遊覧飛行”だった。
ANAはA380を19年に2機導入。
競合のJALが牙城を築いていた米ホノルル線に投入し、シェア奪取につなげる算段だった。
だが、コロナ禍を受け需要が急減する中、旅客用の座席を520も備えるA380は明らかに大きすぎた。
A380は基地である成田空港で巨大な「置物」と化していた。
20年6月22日、A380は約3カ月ぶりに成田空港を飛び立った。
ただ、人や貨物は載せていない。
一定期間運航しないと必要になる追加整備を避けるために「成田発成田行き」で約30分の間、飛行させたのだ。
すると、消費者からこんな問い合わせが寄せられた。
「せっかくなら人を乗せて飛ばせないのか」
A380は、「ジャンボ」の愛称で知られる米ボーイング製のロングセラー機「747」に対抗するように作られた超大型機で、国内航空会社でA380を導入しているのはANAしかない。
航空ファンにしてみればその巨大さがロマンを感じさせる。
ましてANAが運用するA380は、ホノルル路線に投入する前提もあって「フライングホヌ(空飛ぶウミガメ)」と名付けられ、機体にはウミガメのキャラクターが大きく描かれている。
「海外旅行に出かけるのはハードルが高いが、国内で搭乗体験ができるならぜひ参加してみたい」「今は海外旅行には出かけられないが、少しでもハワイ気分を味わいたい」……。
遊覧飛行のアイデアはそんな消費者の声から生まれた。
「本当に客が集まるのか」。
社内ではこんな不安の声も上がっていた。
何より「コロナが収まらない中で実施することによるレピュテーション(評判)リスクを心配していた」とANA Xの旅行事業推進部長、森田將裕は振り返る。
販売数に対して150倍の応募──。
20年8月に初めて開催した遊覧飛行の座席を発売すると、あっという間に完売。
苦境にあえぐANAHDにとって一連のイベントが貴重な収益源となったことは間違いないが、コロナ禍前に売上高が2兆円を超えていた巨大企業としては、その額は微々たるものだ。
それでも、森田は金額以上に大きな意味を見いだせたという。
稼働できない日々が続けば早期退役も視野に入ってくる「空飛ぶウミガメ」が何らかの形で脚光を浴び続け、ANAのファンや旅行好きな消費者たちとの接点を持ち続けることはグループにとって大きな意味があった。
コロナ禍での金策③ 機内食のネット販売
ANAケータリングサービス(ANAC、東京・大田)の川崎工場。
羽田空港から多摩川を挟んで対岸にあるここは、羽田を出発するANAの国際線などの機内食の製造を担っている。
21年11月、この工場に集まった記者たちにANACの総料理長である清水誠が紹介したのは、ネット上で販売を始める国際線ビジネスクラスの機内食だった。
価格は2人前で1万円。
安いとは言えないが、当初用意していた数量は発売日に完売した。
20年夏ごろにはANACを含むグループ各社は「外貨」、すなわちグループ外からの収入を得られる事業の立ち上げを指示された。
ANACの取引先の経営体力を維持するため、機内食を一定程度作り続ける必要もある。
外販に向けた準備が一気に進み始めた。
こうして20年12月、ANACはグループの全日空商事が運営するECサイトや「楽天市場」上で、国際線エコノミークラスで提供される食事のメインディッシュの発売にこぎ着けた。
価格は12食入りで9000円(税・送料込み)。
発売から1年間で125万食を売り上げ、ビジネスクラスの機内食の販売につなげた。
機内食の人気を受け、ANAC内では様々なアイデアが出始めた。
ANAは20年3月の羽田空港の発着枠拡大に合わせて国際線の事業規模を大幅に広げる計画だったため、食器類もその分多く発注していた。
国際線の正常化が遅れる中、在庫として抱えておくコストを軽減しようと、こうした食器類を販売することも決断した。
とはいえ、エコノミークラスの機内食が100万食売れても、売り上げは10億円にも満たない。
19年度に300億円弱だったANACの売上高からすればまだまだ小さい。
ANAHD全体で考えればなおさらであり、事業拡大への努力は不可欠だ。
ただ、航空一本足の事業構造からの脱却を目指すANAHDにとって、航空事業のブランド力やサービス力を生かした商品が競争力を持つというヒントになった。
生き残りをかけた1000日の記録
ANAHDの21年3月期の業績は、売上高が63%減、営業損益は4647億円のマイナス。
窮地に立たされたANAHDは、生きるか死ぬかの日々を送っていました。
同書では、そんなコロナ禍での1000日の記録が記されています。
ANAHDの苦闘の日々は、変化し続ける現代で奮闘する多くの人の道しるべになるはずです。
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