ビジネスパーソンインタビュー

『SPY×FAMILY』『チェンソーマン』超有能編集者に“ヒットの法則”をきいてみた、が…

「セルフ二番煎じが始まるわけですよ。危ないですよねえ」

『SPY×FAMILY』『チェンソーマン』超有能編集者に“ヒットの法則”をきいてみた、が…

新R25編集部

2022/11/16

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『チェンソーマン』『SPY×FAMILY』『ダンダダン』…次々とヒット作を担当し、ネットでは“超有能編集者”と名高い『ジャンプ+』の林士平(りん・しへい)さん。

「ヒットの法則とは?」という疑問に、林さんはとてもとても真摯にお答えくださいました……

〈聞き手=天野俊吉(新R25副編集長)〉

天野

今流行ってるマンガはもうほとんど林さんの担当なんじゃないかっていう…

林さん

いえいえ全然…

ゆるゆるっとやっております

天野

今日はヒットメーカーとしての秘訣を聞こうと。

林さん

はい、お願いします。

天野

そもそもマンガ編集者になった経緯は?

林さん

マンガは好きだったんで、社会科見学みたいな感じで、出版社1社だけ、集英社だけ受けて。

本当にやりたいとは思ってなかったんでしょうねえ。

やりたいことがなかったんですよね。

天野

それでも狭き門に受かったわけですよね?

林さん

ほとんど運じゃないですかね

自分が採用側になったときも、これは運だなと。ほぼ運ゲーだなと思ったんで。

しかも会社とじゃなくて、その面接官との運ゲーなんで、倍率とかあんまり関係ない気がしますね。

天野

今日のテーマは「ヒットメーカー」ということなんですが…

林さん

そういうことを聞かれて僕が答えるのはいつも「運」ですっていうことで…

運がいいのでたまたま当たっておりますが、コツとかはわかりませんと。

天野

なるほど。

林さん

数出せば率は上がると思うんで、数出してるとは思うんですけど。

でも、一部の作品しか多くの読者に受け入れてもらってないんで、むしろどうしたもんかなあ、困ったなあって感じですね。

天野

運っていうのは半分そうなのかなと思いつつ、半分ご謙遜なんじゃないかと…

林さん

いや~、(ヒットしている)一部だけなんでね、見えてるのは。

稀代のヒット編集者から「ヒットの法則」を聞き出そうとひたすら粘った

天野

「ヒットメーカーに必要な素養」はなんだと思いますか?

林さん

ただただ丁寧にやっていくだけですね。

普通のことで申し訳ないんですけど。

天野

林さんから見て、「ヒットする作品に欠かせない要素」ってあるんですか?

林さん

ない…ないないです

林さん

わからないから「ない」としか言いようがないんですけど…難しいなあ。

企画によって変わるんじゃないですかね。

絶対これだったら売れるっていうのは盲目的になることかもしれないので、「ない」と思ってるタイプですね。

天野

経験を詰んでいくと、これはダメだなっていう知見はたまっていくと思うんですが…?

林さん

うーん、漫画家さんも、読者も、僕も、生きてる間はずっとエンタメを見ていくわけじゃないですか。

だから、みんな成長してるというか、変わっていってる

そのなかで面白いと思えるんだからいいのかなというか。ピュアに向き合っていくしかないんですよね。

ヒットに恵まれても、なるべく“自分が頑張ったからだ”と思わないように

天野

うん…

林さん

細かいところはいろいろあると思うんですよ。

ある程度のお作法はあると思うんで、お作法については知っていきたいと思ってます。

でもそれがずっと正しい文法かどうかはわからないなと思ってます。

天野

お作法。

林さん

よくあるテンプレや、物語の流れのルールみたいなものです。ただ、それだけ学習して、実践しても足りないというか…たとえば『ミッドサマー』って明るいホラーだったじゃないですか。すごい新しいって思ったけど、でも同じ監督の『ヘレディタリー』はすごく暗いホラーなんですよ。

何が“お決まり”で、どこまでいったら新しいのかは常に考えるようにしてます。

天野

なんかもう「法則」みたいなことをきくのが憚られるんですけど…

林さん

ふふふ(笑)

天野

「いま現在、2022年に何が求められている」とかは考えないんですか?

林さん

うーん、どうすかね。

毎週変わってるんじゃないですか?

天野

毎週!

林さん

毎週どころかもしかしたら毎日

明日バズったツイートが出たら、世の中の空気変わっちゃう気がしません? 空気って変わるんだよなあって思っちゃいますけど。

だから「ヒットの法則」って変わりやすい時代なんですよね。

天野

たしかに後付けで言うことはできますもんね。『SPY×FAMILY』はこういう要素があるから流行ったって…

林さん

そうなんですよ。

皆さんいろんなことを言っていただいてとってもありがたいんですけど、僕としては正解はわかんねえなあ」と。

本当に強度の高いストーリーとキャラクターを遠藤さんが作り上げていただいて、関わった人たちも、アニメも、集英社の宣伝チームもそうですけど、丁寧に丁寧に打ち込みつづけたからこそ、多くの人に届いたと思うんですね。

天野

たしかに。分析しようとして「家族の物語だから」とか考えたんですけど…

林さん

「仮想の家族だから売れた」だけじゃ説明できないんです。だったらみんな仮想の家族のものつくるじゃないですか。

でも他に家族をテーマにしてる、近い時期に売れなかったものも山ほどあると思うんですけど。

林さん

しいて言うなら、あんなに完成度の高い絵を描ける人いないんで、一番わかりやすいヒットの法則は遠藤さんの絵なのかって思いますけどね。

「セルフ二番煎じ」「なぜジャンプにはマニュアルがないのか」「マンガの神様」

天野

ヒットメーカーの人ってヒットの法則を自分のなかにつくるって絶対あると思うんですけど…

林さん

いや、つくったら危ないんですよ

だってセルフ二番煎じが始まるわけじゃないですか

危ないですよねえ。

天野

ああ~。

林さん

むしろその法則はもう使えないなと思ったほうが健全な気がしますよね。

天野

「セルフ二番煎じ」っていう言葉は面白いですね…!

ただインタビューしてて、「法則」を言ってくれる人のほうがありがたかったり…

林さん

ふふふ(笑)

天野

林さんも講演とかされる機会もあるんじゃないかと思うんですけど。

林さん

わかりやすさですよね。

でも逆に、「なんだ、わかんないんだ」って思ったほうが気が楽になりません?

なるべくその瞬間その瞬間の正解を追い求めようっていうほうが健全な気がしますけどね。

天野

最近の会社だと、成功したものを横展開して大量生産しようっていうのが正しいとされるじゃないですか。

林さん

でも横展開でそんなにうまくいったものあるのかな?

天野

うーん。

林さん

ふふふ(笑)。

ZoomとかLINEとかがある種の天下をとったとするじゃないですか。なんでって思いません?

天野

なんで?

林さん

僕は「多分に運があった」と思っちゃうタイプなんで。

デザインとか、広告戦略とかタイミングとかいろいろあるとは思うんですけど。

でも、サービスの根幹にある概念がすごいとかそういうことじゃない気がするんですよね。

天野

林さんは、ヒットの法則はこれだっていうのを考えようとしたことはないんですか?

林さん

それで言うと、若いころに何回かミスってるんですよね。

読み切り作品とかでうまく票を獲った作品に似たものをつくろうとして失敗したとか。

天野

公式化しようとしたんですね。

林さん

最初に月刊少年ジャンプというところに配属されて、先輩に、なんで全部口伝なんだ?ときいたんですよ。

天野

口伝? ああ、口(口頭)で。

林さん

マニュアルくれって言ったんですよ。ダメな後輩だなあと思うんですけど(笑)。

そしたら、おい林と。

天野

はい。

林さん

マニュアルでつくられる作品が面白いと思うか?」って言われたんですね。

自分たちが見てきたものは伝えていくけど、それは君が考えてアップデートしていくものだからねと。

天野

かっこいい。

林さん

だからやっぱり、マニュアルや法則があるんじゃなく、半分運だと思っておくとちょうどいいですよね。7割ぐらいは運かな。

天野

やっぱり運なのかあ…

林さん

僕、運だと思ってるがゆえに、マンガの神様にこの行動とか発言は嫌われないかな?と思うときありますよ

天野

それはどういうことですか? 調子に乗ってるみたいな?

林さん

より大きなマンガというエンタメにおいて、自分の行動や発言が悪ではないかと考えることがありますね。

自分を律するひとつの方法かもしれないですけどね。

調子に乗れば乗るほど、成功する確率は減るんですよ。

天野

大谷翔平も似たようなことを言ってましたね…

“SNSでウケる”は狙えない? 昔の名作は「今読んでも面白いし速い」

天野

ちょっと話が戻るんですが、ヒットをつくるためにSNSで話題にするということに関してはどうですか?

林さん

そんなに、何も意識してないです。

TikTokに向いている動画を作ってもらったり、Twitterでわかりやすい文言を考えるとかはあるけど、「こうやったら作品がバズるね」っていう議論はほぼなくて。

天野

SNSの影響で作品づくりが変わるということは?

林さん

そんなにないなーっていう印象ですね。変わらず面白いものをつくりましょうっていう。

そこ(SNS)に向けてボール…投げようがなくないですか?

天野

ボールの投げ方が、ドラゴンボールとかの時代とかは違うのかな、となんとなく思ってました。

林さん

昔のマンガってすげースピード速いんですよね。

思い出補正なのかなって思うんですけど、今読んでも相変わらず面白くて、相変わらず速いんですよ。

幽白なんて19巻ですよスラムダンクも31巻

天野

たしかになあ…!

林さん

むしろ、その速さを学ばなきゃなと思います。

たしかにコンテンツの消費のスピードが速くなってるって言う人もいるんですけど、人間の認知はそんなに変わらないんじゃないかなって思いますね。

天野

今日は「ヒットメーカーになる秘訣」を聞こうとしていたんですけど(笑)。

林さん

ふふふ(笑)。まあ、みなさんそれぞれに合った方法があると思うんで…

でも、当てようとしないと当たらないもんなあ。難しいなあ。

天野

何かひとつ、習慣化できることとかあれば…

林さん

楽しんでやることですかね。「多くの人に楽しんでもらおう」と考えると純粋になんで。そこに純粋に向き合うっていう。

天野

それがヒットにつながる。

林さん

ヒットさせよう、売れようはその次で。

「売るぞ」だと濁るんですよね。

「このツンデレキャラが売れるんですよ」と、「このキャラがすごく愛おしいんですよ。だってツンデレだから」だと、だいぶ意味合いが違うんですよね。

林さん

僕自身はとにかく、「運がよくて申し訳ない」と思いながらやってます。

天野

いやいや、もう集英社の歴史に残るような方だと思うんですが…

林さん

そんなことないですよ。他の先輩たちが頑張ってくれたからなので。僕はもう端っこのほうで…

天野

またそんな(笑)。神様に…

林さん

怒られるので(笑)はい

成功事例を展開して、効率よくヒットを量産する。

ここ数年(もっとか?)、コンテンツの世界のみならず社会の至るところで行われていることだと思います。

筆者のそんなスタンスを、林さんは「横展開でうまくいったものあるのかな?」「セルフ二番煎じ」という言葉で静かに指摘してくれた気がします。

稀代のヒットメーカーにそんなことを言われたら、どうすればいいんでしょうか? きっと、林さんの言うように、“濁らずに”純粋に向き合うしかないのかもしれません。ひとつ大きなテーマをいただきました。林さん、ありがとうございます!

〈取材・文=天野俊吉(@amanop)/撮影=長谷英史(@hasehidephoto)〉

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