悶絶し、憎しみがわくほどの挫折を経験

「全員抜いてやる!」ヒカキンがトップユーチューバーになることを決意した瞬間(中編)

経済・マネー2018.05.04by 新R25編集部

記事提供:FROGGY

動画共有サイトYouTubeに投稿し、広告収入を得る「ユーチューバー」。小中学生のなりたい職業ランキング上位に登場し、いまやタレント並みの人気を誇る存在です。今回は、日本のユーチューバーの第一人者であり、チャンネル総登録者数1100万人を誇るトップユーチューバーのHIKAKINさんに、「プロの仕事とお金」について伺いました。

憎しみがわくほどの挫折を経験

――前回は、HIKAKINさんがユーチューバーを目指したきっかけを伺いました。当時はすでにビートボックスの動画で有名になっていたわけですが、「ユーチューバーを仕事にする」という目標はすぐにかなったのですか?

アメリカのYouTubeパートナー、ミシェル・ファンさんの講演に感銘を受け、「僕もYouTubeを突き詰めて、仕事にしたい!」とテンションが上がりまくったところで、チャンスがやって来ました。2011年に行われた、「YouTube NextUp」プログラムという動画コンテストです。

僕のチャンネル登録者数は日本人でトップクラスだったし、応募した動画の再生回数もかなり上位にいました。受かるのは10組で、賞金が200万円。「これで会社を辞めて、YouTubeに専念できる!」と、結構自信を持ってコンテストに挑みました。周囲からも、「まあ、HIKAKINは大丈夫でしょ」と言われていましたし。

それが、ふたを開けてみたら10組の中に、僕は入ってない。まさかの落選です

あの悔しさって、なんというか…。悶絶しながら、憎しみみたいのがわいてくるんですよ。特定の誰かへの憎しみじゃない。「ここにいる全員、抜いてやる! 僕は違う次元に行くんだ!」という、漠然とした怒りみたいなもの。めちゃくちゃ燃えたし、あのエネルギーはかなり長持ちしましたね。

――そこから、どういう行動に出たんですか。

YouTubeの社員で、ユーチューバーへのアドバイザー的な仕事をされていた佐藤友浩さんに、相談に行きました。そこで、動画作りの基本をまとめたハンドブックをもらい、個別にもたくさんアドバイスをいただいて。自分でも国内外のトップクリエイターの動画を研究して、タイトルやサムネイル、リンクの貼り方など、編集スキルをまねしていきました

――ハンドブックや他のユーチューバーをまねることに、躊躇はなかった?

なかったですね。ビートボックスだって、最初はトップのビートボクサーのまねでしたから。なんでもそうですが、いきなり「自分らしさ」を出そうとしても、無理です

何かを始めるときは、まず業界のトップ・オブ・トップを研究し尽くす。自伝を買うとか、野球だったらその選手のフォームをひたすら見るとか。そしてそのまま、まねてみる。何度もまねしていくうちに、「自分だったらこっちが合う」「もっとこうしよう」とか、少しずつ見えてくるのだと思います。

そのころも、とにかく基本を実践して、トップクリエイターのまねをして、寝る間を惜しんで動画作りに励みました。そうやって3ヵ月くらい経って、気がついたらYouTubeからの収入が、会社員の給料を超えていたんです。

トップになるために「幅」を広げる

――ユーチュバーを仕事にする上で、欠かせなかったのが視聴者の幅を広げること。当時、ビートボックスの動画投稿が中心だった「HIKAKIN」チャンネルから、商品紹介などを中心とした「HikakinTV」へと、活動内容を変えていきます。

ビートボックスは大好きですが、ユーチューバーのトップを目指す中で、これだけをやっていては長続きしないと思うようになりました。ビートボックスって基本、「この音、本当に人間が出してるの?」という驚きの目で見られます。「カッコイイ、すごい!」と感動してくれるファンもたくさんいますが、これだけで食べていくには、やっぱり難しいと感じました。

安定して長く仕事を続けるには、音楽業界だったら歌って踊れる人。テレビならバラエティで司会ができるとか、トーク力がある人。ユーチューバーもそういう“幅”がないと、仕事にするのは難しい

YouTubeの佐藤さんから、「オリジナルコンテンツを増やそう」とアドバイスいただいたのも大きかったですね。ビートボックス動画でヒットするのは、有名な楽曲のカバーがほとんど。でもそれだと収益化ができないので、きちんと広告を集められるオリジナルコンテンツを増やすことが必要と教えてもらったのです。

そこで2011年から商品紹介を始めて、ビートボックスだけじゃない、ブロガー的なユーチューバーを目指しました。

――これ、商品紹介を始めたばかりのころですよね。ビートボックスをしながら、間にピルクルの紹介が…。ちょっと中途半端な気がするんですけど(笑)。

出典Youtube

わー、やばい! 黒歴史レベルですよ(笑)。これには一応理由があって…。ビートボックスをずっと見てくれていたファンの中には、「他のことをやり始めた」とがっかりする人もいるじゃないですか。なので、いきなり商品紹介だけの動画にしないで、徐々に移行していったんです。

――その後、少し経ってからの商品紹介がこれです。

出典Youtube

これも、恥ずかしー! 英語、超ヘタだし。でも案外、当時としてはベストを尽くしてる。苦手な英語をなんとか使おうとして。

――海外にも視聴者を広げようとした?

いやいや、逆です。もともと僕のビートボックスは、海外のファンが多かった。音が中心なので言語の壁がなく、アクセスでいうと9割くらいが海外からでした。でも身近なネタを扱うブロガー的な動画だと、日本語なので海外の方から「わからない」と不満が出てしまいます。

なので、しばらくは「英語圏のファンのことも忘れていませんよ」というメッセージとして、英語の解説も入れていたんです。そこから徐々に国内のファン向けに特化していったんですけど、急激に変えることはしませんでした。

挫折したから、今がある

――過去の動画を追って見ていくと、HIKAKINさんがいかに進化を続けているかが、わかりますね。

案外ゆっくりですよ。視聴者の反応を見ながら、盛り上げ方や編集を少しずつ変えているので。自分自身、学びながらです。どこかで急に変わったとか、やり方を理解したとかいうわけではありません。6年間かけて、日々コツコツと、できることを改善してきました

実はテロップをがっつり入れたのも、2017年の夏ごろからですし。テロップってすごい手間がかかるんですよ。3分の動画でも、全部入れると編集作業に3時間くらいかかる。だから迷ったんですけど、やっぱり入れると盛り上がるなと思って。

出典Youtube

――2012年の動画と比べると、テンションが全然違う。

初期の動画は、完全に素ですもんね(笑)。いまはカメラの前だと切り替えて、テンションを上げられます。やっぱりこういうのも、日々、視聴者の反応を見ながら少しずつ覚えていったんです。喜んでもらえたり、面白いと言われるとうれしいので、そっちにシフトしながら変えていきました。

――ビートボックスにこだわり過ぎず、スタイルを変えられたのは、最初にコンテストで落選した悔しさがあったから?

そうですね。僕はビートボックスが大好きで誰よりも練習したし、自信もあった。でも、それだけじゃ仕事にするのは難しいと気づいたのは、コンテストで落選したからです。これからのユーチュバーにはブロガー的な要素も必要だとか、動画を作り込むスキルも磨かなきゃとか、いろんなことを学ばせてくれた。落選したことで、ただ好きなことをやるだけじゃダメだとわかり、視野が広がったと思います。

――悶絶するくらいの悔しさも、経験してよかった?

はい。受かっていたらきっと、ビートボックスを極める方向に進んでいたでしょう。それはそれで良かったかもしれませんが、自分の可能性を広げることはできなかった。早いうちに挫折して、自分に足りないものに気づかされて、良かった。だから挫折にも意味があったと思います。

後編へつづく。

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