ビジネスパーソンインタビュー
弁護士にステップを聞いてきた
匿名で中傷しているアナタはこうやって特定される
新R25編集部
2018年1月、横浜DeNAベイスターズの井納翔一投手が、匿名掲示板に奥さんへの暴言を書いたユーザーに対し、約190万円の慰謝料を請求したことが話題になった。
でも匿名で書き込まれたものなのに、どうやって請求したんだろう? ネットの中傷や炎上対応に詳しい、法律事務所アルシエンの清水陽平弁護士に聞いてみた!
匿名の中傷をしている人を特定できるの? どうやってやるの?
編集部・葛上
よろしくお願いします! 早速なんですが、ネット上の匿名で中傷した人を特定できるというのは本当なのでしょうか?
清水さん
はい、できますよ。
編集部・葛上
全然イメージができないのですが、どのような流れで特定できるのでしょうか。
清水さん
ざっくりいうと2つのステップがあります。
まずは「サービスの管理者」から加害者の接続情報を開示してもらい、そのあとに「インターネット回線を提供している業者」に個人情報の開示を要求します。
編集部・葛上
まずはひとつめのステップ、「サービスの管理者」ということはつまり、中傷が書かれた掲示板とか、Twitterとかに「誰が書いたのか教えてくれ」と聞くってことですかね?
清水さん
そうです。たとえば「Tiwtter」なら、Twitterの管理者に対して加害者の「IPアドレス」と「タイムスタンプ」の開示を求めることになります。
IPアドレスとは、よく「インターネット上の住所」といわれますね。インターネットを利用する際にプロバイダ(インターネットに接続する役割を担う事業者)が利用者にIPアドレスを割り振るんですよ。
タイムスタンプというのはコンピューター上に記録された時刻のことです。
編集部・葛上
なるほど~。それらを教えてもらえたら、どうするんですか?
清水さん
IPアドレスさえわかれば、そこから、どのインターネット接続サービスを使用しているかがわかるんですよ。「フレッツ」や「auひかり」といったサービスの業者ですね。
イメージとしてはIPアドレスの1番から10番までがA社、11番から20番まではB社…という形で保有しているので、どの番号が加害者に割り振られているかわかれば、業者も特定できるんです。
編集部・葛上
そうやって特定した業者に対して、中傷した人の具体的な個人情報を要求するんですね!
清水さん
そういうことです。
プロバイダと契約しているということは、契約時に個人情報を登録しているということになるので、その情報を開示してもらうわけです。
個人情報なのにカンタンに教えてもらえるの?
編集部・葛上
でも、そんなにカンタンに個人情報を教えてもらえるものなんですか? というか、誰でも教えてもらえるとしたら怖いんですが…
清水さん
いや、基本的には教えてもらえないと考えたほうがよいです。
「プロバイダ責任制限法」という法律では、「権利の侵害」が明らかであるときだけ、情報の開示が認められるとされています。
編集部・葛上
ということは、被害者から「この投稿は権利侵害だから、相手を特定したい」と求められたら、サービスの管理者たちはどういう対応をするんでしょうか。
清水さん
権利侵害が明らかなのかどうかを検討しつつ、発信者(書き込んだ人)に開示をしてよいかどうかの意見照会をおこないます。発信者が同意すれば開示がされますが、たいていは同意しません。
そうすると、権利侵害が「明白」かどうかの判断は難しいので、裁判を通じて裁判所から「情報を開示しなさい」という決定や判決が出てはじめて、サービス管理者たちが対応することになります。
編集部・葛上
裁判となると、特定まで時間がかかりそうですね。
清水さん
はい。ひとつ目のステップの、サービス管理者からIPアドレスなどを開示してもらうまでが1カ月から1カ月半ぐらい。
その後にインターネット接続サービスを提供している業者から個人情報を開示してもらうには4カ月から7カ月ぐらいかかります。
編集部・葛上
あれ、IPアドレスの特定には意外と時間がかからないんですね。
清水さん
実はIPアドレスを含む通信記録って3カ月くらいで消えてしまうんですよ。
あまりに貯めているとサーバ領域を圧迫しますし、通信の秘密(個人間の通信について第三者が把握することは禁止されている)に関する情報があまりに長期間記録されているのは良くないという考え方が反映されています。
そういう事情があり、ひとつ目のステップは手続きを早く進めるため「仮処分」という、厳密すぎない裁判をおこなうことになっています。
編集部・葛上
なるほど。どんなところに書き込まれたものでも特定できるんですか?
清水さん
日本のサービスであれば、だいたい特定できますね。ただし海外のサービスだと、Twitter、Facebook、Instagram、Googleなどのメジャーどころ以外は難しいです。
編集部・葛上
海外は難しいという話はよく聞きますが、なぜなのでしょう?
清水さん
法律の限界ですね。先ほどの「プロバイダ責任制限法」は日本の法律なので、海外のサービスにとっては従う理由がありません。
ただし先ほど挙げたような、日本にもたくさんのユーザーを抱えているサービスは、対応してくれます。
訴訟できるかどうかはどうやって判断できる?
編集部・葛上
ネット上には中傷っぽい書き込みがたくさんありますけど、加害者の特定や訴訟ができるラインは決まっているのでしょうか。
清水さん
私たち弁護士は、「名誉毀損」や「プライバシー侵害」にあたるかという観点で判断しますね。
“社会的評価”が下がれば、いちおう名誉毀損だと言えるのですが、もしその投稿に「公共性」「公益目的」「真実性」という3つが揃っている場合は、違法性がないと判断されます。
編集部・葛上
真実性は「言われていることが正しいから、しょうがないよね」という感じですかね。それ以外は?
清水さん
公共性は公共の利害に関係するかどうか。公共の利害に関係がないものはほとんどないので、「公共性がない」とされる例はないと思ってよいです。
公益目的とは、嫌がらせ目的かどうかということですね。目的というのは内心の問題で外から一見して判断できません。
なので、もっとも議論になるのは真実性のところ。情報開示を求める側は、書き込みの内容が「ウソである」という証拠を提出できるかが重要になってきます。
編集部・葛上
なるほど。じゃあたとえば、ネット上で「ブス」と何度も言ってくる人がいたとして、そういうケースでは訴訟できますか?
個人が勝手に定性的な評価を言っているだけなので、ホントだともウソだとも法的に決めづらいと思うのですが。
清水さん
そもそも「ブス」と言われたとしても社会的評価が下がらないので、名誉毀損で訴えるのは難しいです。
もちろん言われた側は傷つくので「名誉感情(いわゆるプライドなど)が侵害されている」と訴えることはできますが、権利侵害はなかなか認められにくいですね。
編集部・葛上
そうなんですか…「社会的評価が下がる」というところがよくわからないのですが、具体的にどういったことを指すのでしょうか?
清水さん
たとえば「Aさんは詐欺師だ」というウソの投稿があった場合を考えてみましょう。
その投稿を見た人のなかには、Aさんから距離を置こうと思う人もいるでしょうから、社会的評価が下がったといえます。
あるいは同様の指摘が就活生に対してあったとしたら、採用面接を受けても雇ってもらいづらくなるといったことが起こり得ますよね。これも社会的評価が下がっています。
編集部・葛上
つまり「社会的評価が下がる」というのは、被害者のことを避ける人が増えることを指すんですね。
清水さん
はい。それが訴訟に至るひとつの基準といえます。
もし中傷されたら、まず何をすればいいの?
編集部・葛上
万が一ネット上で自分への中傷を見つけたとき、まずはどう対処すればいいのでしょうか。
清水さん
書かれた内容を削除したいのであれば、権利侵害があることを主張してサービスの管理者に削除を求めましょう。
それだけではなくて書き込んだ相手を特定・訴訟したいのであれば、記録が消える前に早急にサービスへIPアドレスの開示を求める必要がありますね。
編集部・葛上
それって、弁護士にお願いしなくてもできるものなのでしょうか?
清水さん
本などを読めばムリではありませんよ。
ただし情報の開示に到るまでに2回裁判をしなければならない可能性が高いので、弁護士にご相談していただいたほうがいいかと思います。
編集部・葛上
ちなみに弁護士に頼んだ場合、特定するまでにお金はどれくらいかかるんですか?
清水さん
弁護士によって費用は違いますが、1回目の開示請求で15~30万円。2回目の開示請求でも15~40万円くらいでしょう。
編集部・葛上
合計で50万円前後か…結構かかりますね。
この分は訴訟に勝てば返ってくるんですか?
清水さん
特定するのにかかった費用は相手に請求できますが、全額認められるのか一部しか認められないのかは、裁判官によって考え方が違います。
加えて、中傷に対する賠償金はそれほど高くならないことが多く、高くて100万円程度、少ないと数万円です。
編集部・葛上
え、そうなんですか? ベイスターズの井納投手は200万円ぐらい請求していたはずですが…
清水さん
請求する金額は最終的に認められる金額とは一致しないことも少なくないんですよ。
編集部・葛上
なるほど…一時期「中傷への訴訟がビジネスになるのでは」なんて言葉も見かけましたが、そんなに甘くはないんですね。
清水さん
書き込んでいる人にお金がなく、賠償金を支払えないというケースもないわけではないですし、甘くはないですね。
ただ、中傷の加害者を特定したいと考えている人の多くは、「親しい友人まで疑ってしまうくらい疑心暗鬼になっている状況を解決したい」というのが一番の目的です。
そのため、特定すること自体で一定の目的は達しているともいえるかもしれませんね。
というわけで、匿名の中傷をする人を特定する方法はあるものの、情報開示請求が認められるケースは思ったより少なそう。
でもだからといって、気軽に有名人を中傷するのはNG。ボクたちが気持ちの良いインターネット社会をつくっていきましょう。
〈取材・編集=葛上洋平(@s1greg0k0t1)/文=森かおる(@orca_tweet1)/撮影=福田啄也(@fkd1111)〉
取材協力/参照資料
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