自分が頼ることで、頼ってもらえるようになった

「人を見る目が養われましたね」乙武洋匡が“頼りつづけてきた人生”で手に入れたもの

ライフスタイル
仕事でもプライベートでも、「誰かに頼る」ことが苦手な人って多いんじゃないしょうか? 「こんなことをお願いしたら嫌がられてしまうんじゃないか」と気になったり。

でも、生まれつき手足がなかった乙武さんは、「人に頼らないと生きていけない人生」を歩んできました。彼は“頼る”ということについてどう考え、どういう気持ちでまわりの人とコミュニケーションをとっているのでしょうか?

本人に直接話を聞くと、「頼ることで手に入れたものがある」ということを教えてくれました。

〈聞き手:宮内麻希(新R25編集部)〉

「頼りつづけることはしんどい」と悩んでいた乙武さんをラクにしてくれた考え方

宮内

宮内

今回の取材テーマは“頼る力”なのですが、乙武さんはこれまで誰かに頼るとき、もどかしさを感じたことはなかったのでしょうか?
乙武さん

乙武さん

昔はありましたね。

「継続的に人に頼らざるを得ない状態」というのは、頼る側もストレスになって、結構しんどかったりするんですよ。
宮内

宮内

それでも、乙武さんの場合は頼りつづけないと日常生活が送れないわけじゃないですか。

そういった葛藤についてはどのように折り合いをつけていたんでしょうか?
乙武さん

乙武さん

小学校高学年になって、自分が頼ることにそこまで罪悪感を感じなくてもいい方法を見つけられたんです。

5年生で新たに担任になった先生から、「お前は無理してみんなと同じことをやらなくていいから、代わりに他のことで何ができるかを考えてみろ」と言われたんですよ。
宮内

宮内

それってたとえば、どんなことだったんでしょう?
乙武さん

乙武さん

たとえば、掃除の時間。

それまでは、短い腕を使って必死でほうきを使ったり、ズボンをびしょびしょにしながら雑巾がけをしていたんです。でも、先生が「掃除はやらなくていいから、ほかのことでクラスに貢献しろ」と。

それで私は掃除の代わりに、ワープロを使って時間割とか給食当番表といった教室の掲示物を作成する担当になったんです。
宮内

宮内

その先生のご指導が、乙武さんの考え方を変えるきっかけになったと。
乙武さん

乙武さん

そうですね。物理的なことがほかの人よりできないのはこの身体だからしょうがない。

その代わり、ほかの人が苦手だったり、できなかったりすることを積極的にやっていけばいいんだと。

そう思えるようになってから、自分でも驚くほど気持ちがラクになったんですよね。
乙武さん

乙武さん

できないぶんは、代わりのことで役立てばいいんだ。シンプルじゃんって。
宮内

宮内

以前インタビューで「乙武さんはなぜモテるのか」という質問に対して似たようなことを回答されていたのも印象的でした。
女性にモテると思ったことは一度もないですが、ただ、小さい時から人にやってもらうことの方が圧倒的に多く、自分は相手に何ができるんだろうと考えるクセがついたのがプラスに働いているのかもしれません。

出典https://www.hochi.co.jp

乙武さん

乙武さん

だから今も、飲み会のときなんかは積極的に幹事をやってます。

どんなに小さくても自分がちゃんとできること
を見つけて、そこで貢献していけばそこまで劣等感に苛まれる必要もないんですよ。

何かを成し遂げるには「まわりに頼る」ことが欠かせない

乙武さん

乙武さん

でも僕も、物理的なことで頼るのはしかたないにしても、それ以外では「ひとりでやったほうが早い」と思ってしまうことが多いです。

多分、もともとは人に頼ることが苦手なタイプなんですよ
宮内

宮内

乙武さんはNPO法人「グリーンバード」新宿チームの立ち上げなど精力的に活動されているので、ひとりで全てやるというよりチームで動かれる方が得意な印象がありました。
乙武さん

乙武さん

まさに、チームで動いてみると「頼ること」の重要性に気がつくんですよね。

僕、三国志が大好きでちょっと紹介したいエピソードがあるんですけど。宮内さん、三国志わかります?
宮内

宮内

中国で、魏(ぎ)、呉(ご)、蜀(しょく)の三国が争っていた時代の…すみません、このくらいしかわかりません(笑)。
乙武さん

乙武さん

三国のなかで一番人気があるのが蜀なんですけど、そこで中心となって戦略を練っていた人物に諸葛孔明(しょかつこうめい)という頭のいい軍師がいたんです。

彼は、欠点を探しても見つからないと言われるくらいの天才だったんですが、唯一にして最大の弱点が「まわりに頼れないこと」だったんですよね。
宮内

宮内

優秀だからこそ、自分でやってしまいたくなる…。そういう人、まわりに結構いる気がします。
乙武さん

乙武さん

だから、自分が戦略を立てて実行したことに関してはうまくいくんですけど、それってチームで戦う上ではどうしても限界がある。

人が集まってるからこそ強さを最大化できるのに、リーダーが人に頼れないためにチームが自分の能力以上にならないんです。

結局、蜀は滅びて魏が勝つんですが、もし諸葛孔明がもうすこし人に頼ることができていたら…歴史が変わってたんじゃないかとも思うんですよ
宮内

宮内

この話を聞いて改めて感じましたが、“頼れること”ってある種のビジネススキルですよね。
乙武さん

乙武さん

本当その通りで、なにか大事を成し遂げるためには、自分の境遇や能力関係なく、まわりに「頼ること」って欠かせないと思うんです

自分は物理的には助けが必要な体なのですが、仕事的には確実に孔明タイプに陥りがちだなと自認しているので、そこはずっと気をつけていますね。

頼ることで「人を見る目」が養われて、相談されることが多くなった

宮内

宮内

乙武さんは、人に頼ってきたことで自分のなかでプラスになっているなと感じたことはありますか?
乙武さん

乙武さん

誰かに何かをお願いすることで、“人を見る目”が養われたなと思ってます。

たとえば、同じことを頼むにしてもなんの気兼ねなく「あ、いいよ」と気軽にやってくれる人もいれば、「いいけど、どうしたらいいんだろう…?」と戸惑ってしまう方もいるじゃないですか。

別にどちらがいい悪いではなんですけど、毎日誰かに何かを頼まなくちゃいけないとなると、後者の人よりも気軽に「いいよ」と言ってくれる人にお願いした方がこちらもラクなんですよね。
乙武さん

乙武さん

そうすると、仮に自分の目の前に初対面の人がふたりいた場合、「どっちにお願いする方がラクなのかな」というのを本能で考えちゃうんですよ。

つまりそれって、「この人はどういう人なんだろう、どんな反応をするだろう」と、仕草や発言から他者の性格を想像していく。そういうクセが、小さい頃から積み重なっていて。
宮内

宮内

誰よりも、他人について考えてきたということですね。
乙武さん

乙武さん

そうやって「他人」を誰よりも見てきたからなのか、僕は昔から人間関係とか恋愛とか仕事とか、オールジャンルで悩み相談されることが多いんですよね。
宮内

宮内

こうして話していていると、乙武さんに悩み相談したくなる気持ち、すごくわかります。
乙武さん

乙武さん

今でもよく学生から進路相談や恋愛相談まで受けたりするんですけど、「みんなよくこんなおじさんに相談するな」と思いますよ(笑)。すごくありがたいことですけど。

人に頼らざるを得ないから、人について考える時間が増えた。その結果として「相談に乗る」という形で誰かの役に立てている。
乙武さん

乙武さん

そう考えると、自分が頼ることで、誰かに頼ってもらえるようになったんですよね。

これが、僕のなかでの“頼ること”から得た副産物なのかな。

頼ることは「相手の想いを確認できる機会」になる

宮内

宮内

ここまで話をお伺いしてきて、それでも読者の中には「人に頼ることが苦手だ」という人もいると思うんです。

最後に、そういう人たちの背中を押してあげられるようなメッセージをいただけたらなと。
乙武さん

乙武さん

僕は、頼ることって「相手の想いを確認できる」なかなかない機会だと思ってるんです。
乙武さん

乙武さん

大学のとき、友達が旅行に誘ってくれたことがあったんですけど、「よく僕を誘うな」と不思議に思ったんです。泊まりがけの旅行だったら、僕はトイレもお風呂も面倒を見てもらわないといけないので。

でもそれでも誘ってくれるって、「そこまでしてでもお前と行きたい」ということなんだよなと思って。そこで友情を確認できたというか、救われたんですよね

同時に、僕もそのくらい相手に何かを返せてるのかなとか思ったりね。
宮内

宮内

たしかに、「人に頼る」生き方のほうが、間違いなくたくさんの人の気持ちに触れられますね。
乙武さん

乙武さん

はい。だからまずはそんな難しく考えずに、「これなら相手に返せる」 ということをちゃんと見つけること。

それを意識しつつゆっくり頼れるようになれば、もっと豊かなコミュニケーションが生まれてくると思いますよ。
取材前は、乙武さんは“頼る”ための、巧みなコミュニケーション術を持っているんだろうと思っていました。だからこそ、彼のまわりにはいつも人が集まっているに違いないとも…。

しかし実際は、想像以上に本質的でシンプル。「まずは目の前の人に何を返せるのか」を考えることから、信頼関係は始まっていくんですね。

〈取材・文=宮内麻希(@haribo1126)/編集=渡辺将基(@mw19830720)/撮影=森カズシゲ〉

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