ビジネスパーソンインタビュー
中原 淳著『働くみんなの必修講義 転職学』より
転職しても“出戻り”が歓迎されつつある? 「辞めた会社」と良好関係を築く2つのメリット
新R25編集部
副業・兼業に関心を抱く人も増えてきた今、転職は「当たり前」の選択肢になりつつあります。
しかし私たちは誰からも「転職のやり方」を教わっておらず、キャリアが異なる人の経験も参考にしにくいため、いざ転職を検討するときに不安を感じる方もいるかもしれません。
よい転職をするためにはどうすればよいのか?
このシンプルながら難しい問いに科学の力で答えを出したのは、立教大学経営学部教授・中原 淳さんと、パーソル総合研究所、パーソルキャリアの共同研究。その成果が新著『働くみんなの必修講義 転職学』になりました。
今回は、『働くみんなの必修講義 転職学』(中原淳・小林祐児・パーソル総合研究所著)のなかより、その一部を抜粋してお届けします。
転職者が「辞めた企業」と良好な関係を維持することで得られる2つのメリット
現在、企業のあいだで「コーポレート・アルムナイ」という発想が広がっています。
コーポレート・アルムナイとは、直訳すると「企業同窓生」ですが、会社を辞めた元従業員とも良好なリレーションを維持し続けようとする発想です。
具体的には、出戻り再入社制度、退職者のためのコミュニティ整備、定期的な情報発信、アルムナイ・イベント開催などの取り組みに乗り出す企業が、徐々に増えてきました。
もともと外資系コンサルティング会社などを中心に行なわれていた施策ですが、それが国内の大手企業のあいだにも徐々に浸透してきています。
コーポレート・アルムナイの考え方が社会に広がることによって、転職者は以前に所属していた企業との関係を保ち続ける、という選択肢を手に入れられます。
そこで転職は、ある会社との「さようなら」を、そのまま意味するものではなくなりつつあるのです。
メリット① 再入社が歓迎されやすくなる
各企業のアルムナイ施策の典型例として、「再入社」をオフィシャルな制度にする流れがあります。
これまで企業を辞めた人が以前の企業に戻る再入社は、連絡をとり続けていた上司や同僚から誘われて戻る、というインフォーマルなかたちが一般的でした。
しかし、現在では構造的な人手不足に悩む企業側が離職者の復帰を歓迎するようになり、再入社の制度化が進んでいます。
当初は、「育児・出産・介護」といった家庭生活上の理由で離職した人のみ復帰を認めるといったパターンが見られましたが、「離職して3年以内」なら、離職理由を問わず幅広く受け入れるなどの企業も増えています(懲戒解雇は除く場合が多数)。
コーポレート・アルムナイとは、そうした企業の制度を下支えする考え方です。
働く側にとっても、再入社はメリットがあります。
人間関係ができあがっている組織に戻るわけですから、参入は比較的スムーズですし、仕事内容がイメージしやすく、辞めていたあいだに獲得した経験やスキルを活かすことができるため、業務上の障壁もありません。
働くみんなの必修講義 転職学
パーソル総合研究所の調査では、再入社した人の4割前後がそうしたメリットを感じている、と回答しました。
この再入社が転職後の選択肢として用意されていれば、転職のリスクも多少は軽減されます。
いま転職を検討されているみなさんも、現在の会社に再入社の制度、あるいは前例があるかどうかを調べておくとよいと思います。
メリット② 転職後もビジネスパートナーでいられる
もちろん、転職者が辞めた企業と良好な関係を維持することで得られるメリットは、もとの企業に戻る再入社だけではありません。
以前に所属していた企業の人たちとの信頼関係を保っておけば、転職後のビジネスでも業務を受発注するなどの取引が可能となります。
とくに個人事業主やフリーランスとして独立開業する場合、かつて在籍していた企業から仕事をもらうことが定石です。
さらに近年、社外の人材との協働によって新たなビジネスの端緒を見つけるオープン・イノベーションの機運が高まりつつありますが、その際のパートナー候補として、アルムナイ・リレーションを活用しはじめている企業もあります。
アルムナイ交流に積極的な人の特徴は「恩返しの気持ち」がある
とはいえ、「いくらメリットがあるからといっても、辞めたあとも前の会社の人たちとつながり続けるのは気が進まない」と感じる人もいるでしょう。
このアルムナイ意識には、かなりの個人差があります。
パーソル総合研究所の調査からは、「人間関係」を理由に離職した人はアルムナイ交流への積極性が低く、「出産・育児」といったライフイベントを理由に離職した人はアルムナイ意識が比較的高い、ということがわかっています。
さらに、世の中には、そもそも人付き合いを全般的に長く続けるタイプの人と、そうではないタイプの人がいて、アルムナイ交流に積極的なのは、もちろん前者です。
アルムナイ意識に、以前に所属した企業や上司・同僚に対する「恩返しの気持ち」が大きく影響していることも、調査で明らかになりました。
この「恩返しの気持ち」を形成するのは、「新卒で入社した」「3年以上勤めた」「育成が充実していた」「上司や同僚との人間関係が良好だった」などの要因であり、業務経験のない人材を「白紙」の状態で大量採用する日本企業では、離職者が「恩返しの気持ち」を抱きやすい風土が醸成されているといえるでしょう。
みなさんは仮にいまの会社を辞めたとき、元上司や元同僚との交流をどの程度続けられるでしょうか。
もしかしたら、そこで「交流したい」と思える人たちこそ、人生の仲間になってくれる人かもしれません。
転職以外のシーンでも重要な役割を果たす「社会関係資本」
「社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)」という、有名な社会学の概念があります。
これは、ビジネスや強制された関係などではなく、互酬性や信頼に基づいた人と人との関係を「資源」として捉える、というものです。
この「社会関係資本」で転職との関係において有名なのは、アメリカの社会学者であるマーク・グラノヴェターが唱えた「弱い紐帯(ちゅうたい)の強さ」論です。
これは、深い人間関係よりも、じつは接触頻度の少ない浅い人間関係のほうが、より希少な情報や資源にアクセスすることを可能にし、転職に有利に働く、という説です。
とはいえ、日本における研究では、その効果はクリアに実証されているわけではありません。
むしろ、この「社会関係資本」は転職そのものよりも、転職以外のシーンにおいて重要な役割を果たします。
育児中の女性にとっては、相談相手の多さが不安をやわらげることにつながりますし、高齢者の幸福感を高め、孤独感を低下させるのは、成人した子どもとの交流ではなく、友人との交流という研究知見もあります。
とりわけ今後、人口減少・少子高齢化とともに「小世帯化」が進行していく日本では、社会関係資本の重要性が増していきます。
転職によって複数の企業を数年ごとに渡り歩くようなキャリアになると、社員同士の交流は途切れがちですし、「社縁」はどうしても薄れていきます。
その一方で生まれた家から自立したのちに、結婚して新しい家庭をつくる人が減ってくるとなると、私たちは仕事を通して、社会関係資本を意識的に構築し直していくという必要にも迫られます。
勤め先が変わったあとの人生においても、コーポレート・アルムナイのような「社縁」を長く維持していく発想は、その一例として参考になるでしょう。
人とのつながりも、長い「転職プロセス」の一つ
転職後も、信頼できる同僚や上司と実際に連絡をとり続けることは、私たちが安心して人生を送っていくためのつながりを生み出してくれる可能性を秘めています。
SNSなどで手軽に連絡をとり合うことのできる現代において、信頼できる相手との「社縁」を保ち続けておくのは、それほど難しくはないはずです。
会社を通じて出会ってきた人たちとの関係は、転職後には「いまの会社とは関係のない、人と人との交流」という新しくシンプルな関係として、人生を豊かにしてくれます。
ある会社から転職していくことをきっかけに、人生で周囲にいてくれる他者との関係をあらためて考えることも、長い「転職プロセス」の一つです。
幸せな転職を実現していくために、ぜひ、そうした人たちとの別れと出会いを大切にしてみてください。
転職にまつわるシンプルな問いに、科学的な視点から答えた一冊
「このまま今の会社で仕事を続けていてよい?」
「転職行動をどのように行なえばよい?」
「新しい職場で活躍するためにはどう行動すべき?」
同書はこのような転職にまつわる問いに対して、12,000人もの大規模調査を駆使し、科学的アプローチから答えを導きだした一冊です。
転職に悩んでいる方はもちろん、労働市場に参加する新卒の方、転職者を迎え入れる企業のリーダーやマネジャーなど、これからの働き方に関心がある方はぜひ読んでみてください。
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