ビジネスパーソンインタビュー

「消臭プラグ」も発売当時、ブレイクしなかった。企業が商品PRでやりがちな“自分視点”の押し付け

鹿毛 康司著『「心」が分かるとモノが売れる』より

「消臭プラグ」も発売当時、ブレイクしなかった。企業が商品PRでやりがちな“自分視点”の押し付け

新R25編集部

2021/06/16

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モノやサービスは日々新しく誕生しています。

そんななかで「自分たちの商品は、競合よりも優れているはずなのになかなか売れない…」と悩むビジネスパーソンも少なくないはず。

それに対し

人は、論理的に行動するわけではありません。自分では論理的に行動していると認識している瞬間でさえ、『心』が何かしらの影響を与えています

「心」がわかるとモノが売れる

と話すのは元エステー株式会社宣伝部長の鹿毛康司さん

鹿毛さんは、2011年に社会現象を巻き起こしたエステーの「ミゲル少年と西川貴教の消臭力CM」をはじめ、数々のヒットCMを生みつづけたクリエイティブディレクターです。

5月に発売した鹿毛さんの著書『「心」が分かるとモノが売れる』では、モノを売るために忘れてはならない人間の「感情」について教えてくれています。

自分たちの商品を、「感情」で選んでもらうにはどうしたらいいのか?

鹿毛さんのエステーでの経験談より、その答えを抜粋してご紹介します。

「自分視点」からの脱却が心を理解する第一歩

お客様のため」という言葉が世の中にあふれていますが、その実態は「自分たちのため」ということが少なくありません。

例えば、お客様のニーズに応えるような新商品を開発したとします。

しかし、同業他社と差別化できる、素晴らしい機能があるにもかかわらず、なかなかその商品が売れません。

その原因は「価値がお客様に届いていないからに違いない」と考え、より多くのお客様に認知してもらえるよう、宣伝に力を入れ、情報発信も工夫する。

これらはすべて「自分視点」に基づくものです。

「心」のマーケティングを実践するには、お客様のためにと考えるだけではなく、「お客様視点」になる必要があります。

企業の立場でお客様を分析するのではなく、お客様の側に立ち、その心をくみ取って考えることが大切なのです

私自身も、かつてはお客様の立場に立ったつもりが、自分視点の施策になって成果につながらず、悩み続けた時期があります。

失敗したこと、うまくいったことなど具体的な事例を交えながら、お客様の心を理解し、ヒット商品を生み出すためのプロセスを解説します。

消臭プラグが「小さいけど部屋一面消臭」でブレイクした理由

エステーには「消臭プラグ」という商品があります。

コンセントにプラグを差し、消臭芳香剤をヒーターで部屋に行き渡らせる、発売当時はまだ珍しい製品でした。

当初、エステーの社内会議で上がっていた訴求ポイントは次のようなものです。

・壁のコンセントに直接差す。電源タップなどはNG

・消臭芳香剤を電気で温める

・16畳まで効果が行き渡る

・植物抽出成分が嫌な臭いを効果的に消臭

・24時間連続で使用しても約60日間は効果が持続

・いろいろな香りを選べる

「心」が分かるとモノが売れる

画期的な製品だからこそ、伝えたいことが山ほど出てきます。

マーケティングの定石に従って勝負するなら、これらの特長の中から最もお客様に響くであろう2要素を選び、その価値をお客様に認識してもらうための施策を実施します。

開発当初、消臭プラグが掲げたメッセージは「電子パワーでくまなく消臭!」でした。

独自機能である電子の力を全面的に打ち出しましたが、なかなかブレイクには至りませんでした。

何が足りないのか。

メーカーとしてどのように訴えかければ、お客様に届くのか。

自問自答の日々が続く中、ふと「商品から考えるのをやめてみよう」と思い立ちます。

私たち企業側の人間はつい、自分たちの商品・サービスがいかに素晴らしいかについて熱弁を振るいがちです。

しかし、それは本当にお客様が聞きたい話でしょうか。

メーカーが伝えたいこと」と「お客様が知りたいこと」のギャップを埋めるべく、消臭プラグを使っているお客様、使っていないお客様を対象としたグループインタビューを重ね、その会話を分析しました。

お客様は当時、「消臭剤は従来通りの“置くタイプ”で用が足りているし、困っていない」という方がほとんどでした。

しかし、「うちはコンセントが少ない」というコメントを聞いていたときに、ふと気付きます。

これは暗に、「家が狭い」と言っているのではないでしょうか。

そう考えると、「置くタイプで構わない」という言葉の意味も変わってきます。

「どうせ隠して使うから、置くタイプでもコンセントタイプでも構わない」

そんなふうに解釈できるのです。

これらに基づいて考えた結果、消臭プラグの強みはそのサイズ感にあるのではないかという結論に達しました。

小さいからこそ「部屋が狭くても大丈夫」「隠さなくても目立たない」といった解決策を提案できるのではないかと考えたのです。

こうして生まれたのが「小さいけど部屋一面消臭」というコピーライティングでした。

2006年10月から放送した「消臭プラグ〜教えて!殿」シリーズでは、大奥の女性たちが手のひらに消臭プラグを載せ、先を争ってコンセントに差します。

殿様が「小さいことで争うな」とたしなめ。

「小さいけど部屋一面消臭消臭プラグ」というナレーションで締めくくるというCMです。

テレビCMの放送と同時に、消臭プラグの売り上げは倍増しました

消臭プラグのCMでは、そもそも訴求ポイントの候補にも挙がっていなかった「サイズが小さい」という特徴が、売り上げに大きな影響を与えることになりました。

これは自分視点では気付くことができなかった価値をお客様視点によって導き出した好例だと言えるでしょう。

なぜ人は「防虫剤」を買うのか

もう1つの事例を紹介しましょう。

エステーの看板商品の一つに、衣類の防虫剤「ムシューダ」があります。

衣替えの時季にタンスやクローゼットにこの商品を設置するだけで虫から衣類を守ってくれるという優れもので、春と秋に集中して売れる季節商品です。

「♪においがつかないムシューダ」というサウンドロゴの認知とともに、今や衣類向け防虫剤市場で圧倒的なシェア1位を誇ります。

しかし、この商品にも課題があります。

それは生活様式が大きく変化していることです。

着物から洋服に変わり、さらにはファストファッションの普及によって同じ洋服を着続けるという習慣は薄れつつあります。

今はタンスではなく、クローゼットのある生活に変わってきています。

これまで防虫剤の最もコアなニーズは「洋服の虫食いを避けたい」でした。

ところが、流行している洋服を安価に購入して、季節ごとに買い替えるという生活へと変化する中で、そもそも洋服の虫食いを経験した人が減少しています。

虫食いの経験がなければ、それを問題点と捉えなくなり、防虫剤は必要ないと思われても不思議ではありません

そのため、エステーでは長年にわたって「虫食いの大変さ」と「防虫剤の意義」を伝えるマーケティングで、コアな機能価値を伝え続けてきました。

しかし、2018年に大きな転換点を迎えます。

きっかけは、エステーと友好関係にあるフマキラーの研究所を訪ねたときです。

研究所ではさまざまな虫が飼われています。

その中には、世界中のゴキブリも含まれています。

見せられた瞬間、思わず見学者全員が後ずさりしました。

研究員の方に「このゴキブリは悪い菌など一切持っていないから安心してください」と説明され、頭では分かっていても恐怖が先に立つのです。

その後、殺虫剤を使った実験を別室で見学させてもらったのですが、研究に対する尊敬の念とは裏腹に、つい後ずさってしまう自分たちがいました。

似たような光景を見たことがないだろうかと記憶をたどると、浮かんできたのは自分の子供たちの姿です。

私には3人の子供がいますが、全員が大の虫嫌いです。

家の中でも外でも虫を見かけると「おとう!虫」と私を呼びつけ、駆除をせがみます。

害虫かどうかは関係ありません。

とにかく虫は嫌いで近寄りたくないもの。

父親任せにして、関わりを持たないようにするのが常でした。

ムシューダはひょっとしたら、うちの子供たちにとっての「私」のような存在なのではないかと気付きます。

自分の代わりに、衣類の虫を寄せ付けないようにしてくれる

ムシューダがあれば、虫食いがあったらどうしようと気をもむ必要もなく、自由に暮らせる。

これこそが、「心の価値」なのではないかと考えました。

その視点を基に作ったテレビCMが「ムシューダそこにいる編」です。

(「ムシューダそこにいる編」CM)

オリジナルキャラクターであるムッシュ熊雄が防虫剤を持って立っています。

その隣で、タレントの高橋愛さんが「出てきなさい。そこにいるんでしょ!」と叫ぶと、「♪ムッシーシ、ムッシーシ、虫、虫」のゆるい音楽とともに、虫たち(全身タイツ姿の男性たち)がゾロゾロと現れるという演出です。

このCMの最大の特徴は、タンスから3メートルも離れたところから「出てきなさい」と虫を追い出すシーンです。

お客様の「虫に関わりたくない」「虫よけは、ムシューダに任せたい」という心理に応えた描写になっているのです。

完成したテレビCMを2018年4月から放送すると、同年5月の前期好感度調査(CM総合研究所調べ)で作品別総合1位を獲得。

これは西川貴教さんとミゲル少年が初共演した2011年8月前期の消臭力のCM以来の記録となりました。

そして売り上げも市場シェアも好調な推移をたどっています

人は理屈ではなく、心で動いている

マーケティングとは何か。

それは最も人間らしい、人と人との愛情のやりとりなのだろうと思うのです。

「心」が分かるとモノが売れる

と鹿毛さんは語っています。

同書では、「心」を重要視したマーケティング方法から、思いやりあふれるエステーCMの裏話まであますことなく紹介されています。

マーケティングのノウハウよりも大事な「消費者の心」について考えさせられる同書は、これからモノを売るときに必要になるはずです。

〈カメラマン=山田愼二〉

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