ビジネスパーソンインタビュー
中山敦雄著『エンタの巨匠』より
“天才の芽”は組織が潰す。『電波少年』Pがクリエイターに「誰かに相談するな」と提言する理由
新R25編集部
日本のテレビが衰退している。
そんな声が挙がってから、数年が経ちました。
テレビの全世帯視聴率は、1997年から右肩下がりを続けているそうです。
我々R25世代がテレビをちゃんと見始めたのは、2000年以降。
全盛期だったテレビを知りませんが…どんなクリエイターがいたのでしょう?
そんな1990年代のテレビ業界を牽引してきたひとりが、『電波少年』シリーズや『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』を手掛けた土屋敏男さん。
エンタメ社会学者である中山敦雄さんの新著『エンタの巨匠 世界に先駆けた伝説のプロデューサーたち』に登場した土屋さんは「テレビはこの20年でダメになった」と発言しています。
今のクリエイターにはどんなマインドが足りないのか?土屋さんと中山さんの対談から一部を抜粋してご紹介します。
入社からしばらくはダメダメ
中山さん
土屋さんは、エネルギーの塊だったような印象があります。
土屋さん
いやいや、全然ですよ。
入社からしばらくは、たぶんびっくりするくらいおとなしかったです。欽ちゃんもよく言うんですよ。「お前、ホントに何も言わないおとなしい奴だったのにな」と。1980年代のダメダメだった僕を知っていますから。
1990年代に入って、最近面白い番組があるっていうので『電波少年』をみたら、そのクレジットで土屋の名前をみて驚いたらしいんです。「あれ、これ本当に俺の知っているあの土屋か?」って。
中山さん
でも、いろいろ伝説的に語られてますよね。
ダウンタウンの付き人のように毎日送り迎えまでやって、フジテレビの『笑っていいとも!』や『夢で逢えたら』の収録現場に「潜入」していた、と。
とんねるずにも『ねるとん紅鯨団』の収録現場に押しかけて、直接交渉して『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』の出演合意に取り付けた、とか。
土屋さん
それって、逆に、社員として素直すぎると思いませんか?
上司に「うちにはいいタレントが来てくれないから、ずっと張り付いてろ」って言われて、フジテレビに入っていって、顔を覚えてもらえるように、番組中ずっと張り付いてる。
ひたすら素直にやってたってだけなんですよ。
中山さん
『電波少年』を撮るまでの、最初の13年間はどんな感じだったんでしょうか?
土屋さん
ダメダメでしたね。
フジテレビを意識しすぎて『ガムシャラ十勇士!!』とか『恋々!!ときめき倶楽部』とかパクリ企画ばかりをやって、ゴールデンタイムなのに視聴率1.4%という散々な結果で、2年間編成に飛ばされてました。
だから暇だったというのが逆に『電波少年』に結びついた背景でもあります。
中山さん
若い頃に何か特別な才能を発揮していたとか…
土屋さん
ないない(笑)。若い時にイケてる奴のほうが逆にダメになりませんか?
おとなしくても、虎視眈々と上司の背中をみて、盗んでいる奴が伸びるんです。
1人の師匠をコピーするだけだと「劣化コピー」にしかならない
中山さん
土屋さんは異端のヒットメーカーだったと思うのですが、組織としてのポジションを得ていく中で「現場から遠ざかる」感覚はなかったのでしょうか?
トップクリエイターのポジションを上げると管理職化して、その持ち味が殺されてしまう事例も少なくないですが。
土屋さん
僕は偉くなってないですよ。そう見えているかもしれないけれど。上がっていっても「専門局長」なんで、部下はついてないんです。
育てることなんてできませんし、査定とか評価とか組織的な会議や根回しなんてできない。
だからポジションはいらないと言っていた僕を持て余して肩書をつけただけで、やっていることは『電波少年』が終わっても変わっていないです。
中山さん
日テレには『電波少年』の遺伝子が明確に残ってますよね。
この10年でトップの番組って『謎解き冒険バラエティー世界の果てまでイッテQ!』だと思うんですが、あの作品は『電波少年』でトライしてきた組織の経験値が日テレに残っていて、それでしか作りえなかったんだと感じてます。
土屋さん
たしかに『イッテQ!』の総合演出をやっている古立善之も、長く『電波少年』でやってきたメンバーですね。
中山さん
やっぱり弟子というか、土屋さんから伝授されたものが大きいのでしょうか? 当時から目立ってましたか?
土屋さん
いえ、全然目立った感じはなかったです。僕も育てたつもりは毛頭ありませんし。いろんなスタッフの隅っこにいて、やり方を勝手に自分で見て学んでたくらいだと思うんです。
それは先ほど言った「若いうちにイケてる奴ほど大成しない」と同じかもしれません。
ちゃんと何かを丁寧に教えたような記憶も一切ないですね。1つだけ覚えているのは、『イッテQ!』でイモトアヤコをどう演出していくか迷っているような時があったんですよ。
彼女は、本当に「素人」から起用した人材でしたからね。そのときに「信じたほうがいい、迷わずいけよ」っていうメールを1本だけ出した…らしいです。
僕自身が忘れてて、あとで古立がインタビューに答えてそう言ったのを聞いたんですけど。ホントそのくらいしか接点がないし、番組が終わってから古立とも会ってないですね。
中山さん
土屋さんの師として「テリー伊藤さん」と「欽ちゃん」の名が挙がります。そのお2人は何が飛びぬけていたんですか?
土屋さん
2人はタイプが違うからなあ…。でも明確に共通している点はあります。「狂気」です。作る人間としての狂気はホント2人とも飛び抜けてますよ。そして僕の場合、2人の師がいたことも大きいと思ってます。1人だけだと、その人の劣化コピーにしかならないんですよ。
それぞれからいいところをちょっとずつ盗む。そのほうが自分のオリジナリティが作れるんです。
だから古立には自分と違うタイプのプロデューサーに弟子入りしてこいと。それで僕と対極にある五味一男のところに行ったんじゃないかなあ。
中山さん
五味一男プロデューサーは『日本テレビの「1秒戦略」』(岩崎達也著、小学館新書)で、対フジテレビの戦略チームの一員として名前が挙がっています。
フジテレビの番組が何をやってるかをつぶさに研究して、新しいものを作るタスクフォースチームですよね。
土屋さん
そうなんです。「とにかく違うものを嗅覚で作る」という僕とは正反対ですよね。
五味タイプのやり方も学んでいたので、『イッテQ』はできたんだと思います。
アクセルベタ踏みの集団
中山さん
「日テレがフジに勝てた理由」として、よくあがるのがあの緻密な番組分析でした。
あの分析の結果などは土屋さんのクリエイティブにも生かされているんですか?
土屋さん
え~~っと…全く見ておりません(笑)。
中山さん
あちらのチームと土屋さんが『電波少年』を作っていたのは無関係なんですね?
土屋さん
はい、あちらはあちらでやっていたし、僕は僕のことで精一杯でした。でも時期的には連動してましたね。
共鳴して、違う角度で日テレが攻めていたことで、たまたま重なったという気もします。
中山さん
長野智子さんとの番組でおっしゃってましたが、今ネットフリックスで海外でも大人気を博している日テレの『はじめてのおつかい』はノウハウの塊だと。あれだけマネしやすそうな番組なのに、他局はやっていない。
そのくらい、実は自分たちにしかできないノウハウがある。『電波少年』から『イッテQ』の流れもそうですし、間寛平さんと第2日本テレビでインターネット中継した『アースマラソン』もそうですよね。
海外で受けるヤバめな番組というと、必ず土屋さんが絡んでいる気がします。
土屋さん
その時、その瞬間のチームの温度感でしか作れないものがありますよね。1990年代の日テレは確実にそうでした。
テレビ局なんて入社するときは全部横並びで、人材に優劣の違いはない。そうした中で、なぜ1980年代はフジテレビ、1990年代は日本テレビばかりが熱狂できる番組を作れるのか。
それはその集団の「体温が高い」状態が、人を突き動かすんだと思うんです。狂気はあとから作られる。
全然目立たなかった自分が、『電波少年』によって、正直止まれないアクセルベタ踏み状態になるような、ちょっと異常な状態だったんだとは思います。
誰にでもある「天才の芽」は自分で伸ばす
中山さん
テレビがダメになっていった過程、まさに2000年代に入って、テレビ局も9~17時できちんと働く会社になった。管理がしっかりしてくる。
そうした過程で、20世紀にあったテレビ局の「体温」が冷めてしまったんでしょうか?
土屋さん
それは明確にあります。テレビがダメになったのはこの20年なんです。70年の歴史の中で、最初の50年はホントに「何か違うことをやってやろう」と、どの局も野心がうごめいていた。
でもこの20年は他局に当たったものがあると、皆同じことをやろうとする。テレビがやっていた「見たことのない面白いもの」はユーチューブやモバイルメディアの中で展開されるようになってしまった。
2014年に『笑っていいとも!』が終わった時、僕個人としてはテレビの終わりが始まったな…という感覚に陥りました。
中山さん
報連相をきちっとするみたいな過程で壊されている部分もありそうですね。
土屋さん
これはnoteにもよく書いているんですが「報連相が日本を滅ぼす」と思ってます。大反対です。
誰にだって天才の芽はあるんです。間違いなく。ただそれは売れているものを安易にパクるとか、報連相の上で出てくる丸まったアイデアからは絶対に出てこない。
自分の中にしかないんです。内的に自分がやりたいものを個として突き詰める。そこに到達して具現化する。
僕が天才だったわけではなく、僕が内的に突き詰めて、これだったら面白いと思うものを、純度を高めて、誰にも相談せずにやりきった。だからウケたんだと思います。
エンタメ史に輝く伝説的ヒット作を生み出したプロデューサーたちの言葉
中山敦雄さんの著書『エンタの巨匠』のなかには、以下6名のプロデューサーとの対談が収録されています。
エンタの巨匠土屋敏男(『電波少年』の元・日テレプロデューサー)
鳥嶋和彦(『ドラゴンボール』『ドラクエ』の元・少年ジャンプ編集長)
岡本吉起(『ストII』『バイオハザード』『モンスト』のゲームクリエイター)
木谷高明(『BanG Dream!』『新日本プロレス』のブシロード創業者)
舞原賢三(『仮面ライダー電王』『セーラームーン』の映画監督)
齋藤英介(サザン、金城武、BTSの音楽プロデューサー)
日本のエンタメを飛躍的に成長させた先人たちに共通する、会社員兼クリエイターのマインドとは?
ぜひ同書を手にとって学んでみてください。
〈写真=稲垣純也/撮影協力=かふぇ あたらくしあ〉
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