ビジネスパーソンインタビュー
「花王の強い期待を込めた新しいアクションなんです」
「花王がなぜ宇宙飛行士向けシャンプーの開発を?」と聞いたら、壮大な“モノづくり改革”につながっていた
新R25編集部
2023年2月、花王から編集部宛にある商品が届きました。
それがこちら。
「宇宙きぶん スペースシャンプーシート」。
水のない宇宙空間でも簡便に頭皮や髪の汚れをふきとれる洗髪シートで、2022年に国際宇宙ステーション(ISS)に搭載された「3D Space Shampoo Sheet」を商品化したのが、この「宇宙きぶん スペースシャンプーシート」なんだとか(すごい)。
実際に使ってみると…頭皮に突起があたって気持ちいい…!みずみずしい香りで、頭がさっぱりとした気分になりました。
しかし、なぜ花王が急に宇宙飛行士向けの商品の開発を…?
そんな質問をするために、「宇宙きぶん スペースシャンプーシート」のECテストマーケティング開発に携わった、花王株式会社 DX戦略部門の生井秀一さんのもとを訪れました。
今回も生井さんがパーソナリティを務める、ニッポン放送のラジオ番組『ラジオ情熱ラボ~ビジネスの先に』(毎週日曜日21時〜21時20分放送)の収録現場に突撃しました
「次の経営陣は僕らの代でしょ?」花王DX戦略EC部長の活躍から紐解く“企業人”の心構え|新R25
みんな「〇〇をやらないと」って準備するでしょう?
生井さんの経歴などについてはこちらの記事をご覧ください!
「スモールマス」の誕生で、「N=1」ブランドの立ち上げへ
福田
オフィスに突然「宇宙きぶん」が届いてびっくりしました。
でも、使い心地はすごくいいですね。
これまで「メンズビオレ」のボディシートは使ったことはありましたが、頭皮をケアするシートは斬新だなと。
生井さん
ありがとうございます。
「宇宙きぶん スペースシャンプーシート」の前身である「3D Space Shampoo Sheet」は、実際に宇宙飛行士の若田光一さんにも使っていただいています。
福田
へえ〜。
ただ、気になったことがあって。どうして花王が「宇宙向けの商品」を開発しているんですか?
生井さん
これは、花王が始めた、個の深い悩みに焦点をあてて満足度を高める「N=1(エヌワン)起点のサービス開発」のひとつなんです。
※「N=1」とは…ターゲットを1人の個人に集中することで、本質的な課題が確認できたり、新しい角度から仮説やアイデアの芽を発見できたりする分析方法
福田
花王が「N=1」起点の開発をすることは珍しいんですか?
生井さん
はい。花王はこれまで「アタック」や「ビオレ」など、メガブランドを中心とした事業を展開しています。つまり強くて大きなブランドづくりをしています。
全国の津々浦々のお客さまに花王の製品を満足に使っていただく。それは今後も続いていくでしょう。
ただ、たった1人を対象に「ありがとう」と言われる商品はなかなか生まれにくい。
福田
日本を代表するような大企業だからこその悩みですね…
売上を最大化させるためには、大きな市場を取らないといけないという。
生井さん
そうですね。でも、そうも言ってられないのが最近の消費トレンドで。
ここ数年で、「スモールマス」という言葉が出てきました。
お茶の間のみんながひとつのテレビを見ている時代ではなく、スマートフォンやPC、タブレットなどでそれぞれが自分の好きな動画を見るような時代になった。消費傾向もバラバラになってきています。
そうなると、今までの一つのブランドで大きな売上をつくるやり方だけでは通用しない。
たとえば100億の売上のつくり方も10億のブランドを10個つくるような方法に変化してきていると感じます。
生井さん
そうなると「みんながいいという商品」ではなく、「自分がいいという商品」でないと選んでもらえないんです。
つまり我々のモノづくりも、“特定の誰か”から感謝されるような商品をつくっていかないといけないなと。
福田
その話から考えると、今回の「宇宙きぶん」は宇宙飛行士から「ありがとう」と言われるような商品を開発したと。
生井さん
そうです。ただ、それだけがすべてじゃないと思っていて。
たとえば外出先でシャワーを浴びられないような方にも必要となるかもしれないし、キャンプをしているときに使えるものかもしれない。
「N=1」起点のものづくりは、これまで発見できなかった新しい市場を生み出すことにもつながっているんです。
業務時間の一部を好きな研究に使ってもいい。花王研究員から自由な発想を促す仕組み
生井さん
そして、その「N=1」起点の商品開発をスピーディーに行って、世の中にECで発売してみて、どれぐらいマーケットニーズがあるかを確かめる事業部があるんです。
それが「ファンテック Lab&Biz(ラボ&ビズ)」と言いまして、私は販売チャネルのEC戦略担当として関わっています。
また新しい言葉が出てきましたね
生井さん
「ファンテック Lab&Biz」は、花王発のオープンイノベーション・プラットフォーム組織です。
わかりやすく言うと、花王に在籍する研究者たちから、「この技術を商品化したい!」というようなアイデアを募集して、それをビジネス化するというもの。
じつは花王の研究者たちには、業務時間の一部は自分の好きな研究にあてていいという文化があるんですよ。
福田
へええ! 大学みたいですね。
生井さん
そう。花王には、研究者の自由な発想をやめさせてはならない、という思いがあって。
研究者のなかには「足のニオイ」に特化したスペシャリストや、365日「おへそ」のことを考えている人もいるんですよ。
おへそ…考えたこともなかった
生井さん
今回の「宇宙きぶん」の発端は、誰も取り残さないための頭皮と髪の清潔インフラをつくりたいという思いを持った研究者からのアイデアなんです。
水も限られた無重力空間の宇宙で洗髪する、宇宙飛行士のQOL向上に貢献したいと。宇宙空間での洗髪は、ごくわずかな量の水と特殊なシャンプー液を使って行います。
無重力環境下であることから、周囲にシャンプー液が飛散しないよう、注意しながら洗髪をする必要があるんです。
宇宙では簡便に洗髪し、快適性を叶えることが難しいんですね。
福田
そうなんですね…知らなかった。
生井さん
研究員が出したアイデアが「頭皮の汚れが取れる突起型ドライシャンプーシート」。
シートで拭くだけで、頭皮や髪の根元の汚れを拭き取ることができるというものでした。
そして、2020年にJAXAから「宇宙生活/地上生活に共通する課題テーマ・解決策」の募集があって。
この「宇宙きぶん」の前身となる「3D Space Shampoo Sheet」を提案したら、見事にISSへの搭載が決定したんです。
生井さん
そして、ここからが「ファンテック Lab&Biz」の真骨頂なのですが…
研究者たちが出してくれた、自由なアイデアをどうやってビジネスに展開するか?ということを、これまで数々のブランドを成長させてきた花王の精鋭たちが真剣に考えるんです。
花王の社長も期待を寄せる「ファンテック Lab&Biz」のテストマーケティング
生井さん
今回、この「宇宙きぶん」を限定販売しているのですが…
これは「ファンテック Lab&Biz」によるテストマーケティングなんです。
福田
一般の消費者にニーズがあるかどうか判断するんですね。
生井さん
そうです。テストマーケティングのために、我々は楽天と手を組みました。
「楽天市場」にはすでに「ファンテック Lab&Biz」専用のページがあり、そこで数量限定販売をします。
生井さん
まずは「楽天市場」で購入していただいた方の購買データを収集します。
その方が楽天のなかでどんなページを見ているのか、どういう商品を買っているのか、ということを分析するんです。
そこから、似たようなユーザーはどんな商品を買っているのか、と分析の範囲を広げていき、「ポテンシャルユーザー」を算出し、市場規模を想定できるんですよ。
福田
なるほど…
「宇宙きぶん」という突飛な名前で、インパクト目的の商品なのかと思ってましたが、裏にはそんな緻密な狙いが練られていたんですね。
生井さん
実際に「ファンテック Lab&Biz」から出た商品で、2021年に数量限定販売されたものもあります。
その代表的なものが「SPOT JELLY へそごまパック」というもので。
「へそごまをキレイにとれる」というニーズがあるかわからなかったのですが、実際に「楽天市場」で販売したら、4カ月の計画が2週間で完売しました。
レビューやSNS投稿などで、ニーズがあることがわかり、現在本発売検討中です。
福田
実際に「宇宙きぶん」の市場規模はどのくらいあると思っていますか?
生井さん
正直なところ、まだわからないですね。
こればっかりはテストしてみないと。楽天市場で数量限定販売し、市場規模予測をしながら見ていきます。
福田
なるほど。
改めて、花王がそんな結果が出るかわからない市場に挑戦しているってすごい話ですね。
生井さん
これは花王の現社長の強い期待を込めた新しいアクションなんですよ。
社長はもともと研究職出身で、研究技術をもっと世の中に出したいと思っていて。ただ、これまでの花王の仕組みだと出しづらかった。収益規模が読めないからね。
そこで、研究者のアイデアから新しい市場をつくりだすために、花王発のオープンイノベーション・プラットフォーム組織「ファンテック Lab&Biz」が企画・開発したんです。まず販売してみて軌道修正する、高速PDCAを回す事が重要な時代なんでしょうね。
今後も「宇宙きぶん」のようなみんなが驚くような商品をつくっていくと思うので、期待してお待ちください!
「宇宙きぶん スペースシャンプーシート」
宇宙という言葉だけで、インパクト重視な商品かと思いきや、花王が総力をかけてチャレンジしている新しいモノづくりだということがわかりました。
日本を代表するような企業でも、新しいビジネスの形を模索していると聞くと、自分たちのいる会社でも新しいチャレンジをしないと!という気持ちになりますね。
こういう話をもっといろんな企業から聞きたい…!新R25では、大きなチャレンジをしている企業のお話を募集しています!
〈取材・文=福田啄也(@fkd1111)/編集=天野俊吉(@amanop)/撮影=長谷英史(@hasehidephoto)〉
ビジネスパーソンインタビュー
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