ビジネスパーソンインタビュー
ここは優しいインターネット
73歳でnoteを始めた寿司職人。「自分の貯金だけで勝負していると、終わりが来る」
新R25編集部
日々新しいチャレンジをして、成長していきたいR25世代。
まだまだ若いしやる気もある。…と、心では思っていても、未知の物事に取り組むことは勇気がいるし、「年齢関係なく、誰にでも教えを乞うて学ぶ」なんて理想的なスタンスでいるのはなかなか難しい。
そんな僕らのウジウジした感情を打ち破るかのように、新しいことにチャレンジする73歳の寿司職人がいました。1975年に東京・下北沢にて店を構え、今年で45年を迎える寿司屋「鮨ほり川」の堀川さん。
堀川さんは、コロナ状況下をきっかけにnote、Instagram、TwitterなどのSNSをスタート。若いアルバイト店員に教えを乞いながら、家でも作れる「野菜寿司」や「フルーツ寿司」のレシピを公開しています。
そんな堀川さんに「挑戦することへの抵抗はないんですか?」と伺うと、返ってきたのは「レベルアップしている感じが楽しい」という驚きの答え。
何歳になっても変化を恐れず、新しい物事にチャレンジするにはどうすればいいのか? 人生の大先輩から、R25世代にこそ必要な「レベルアップの極意」を伺います。
〈聞き手=いぬいはやと〉
一人で全部やってるの…? 73歳の寿司職人が、noteをはじめた理由とは?
堀川さん
今日はよろしくお願いします。
いぬい
店構えが渋い!!!(新R25っぽさゼロだけど、大丈夫か…?)
堀川さん
うちは1945年に開店した店ですからね。内装もほとんど昔のままだし、私もこの世界に入ってもう50年になりました。
いぬい
大ベテランの鮨職人さんだ…堀川さん、今日はR25世代に向けて、若者の疑問にも答えてくれますか?
堀川さん
もちろん、なんでも答えますよ。
いぬい
ありがとうございます。では早速ですが本題に…
実は「鮨ほり川」さんのnoteを拝見して、びっくりしまして。
「鮨ほり川」さんのnote。お店の紹介のほか、家で作れる寿司のレシピや、店で人気の一品レシピなどを発信している
いぬい
そもそもSNSをはじめたきっかけって、なんだったんですか?
堀川さん
アルバイトに来てたみんながやってるのを見て、やってみようかなと思って…
いぬい
バイトの先輩のノリじゃないですか!
「だってみんなやってたから…」
堀川さん
もちろん、今回のコロナでお客さんが店に来づらくなったのもきっかけでした。できるだけ自然なかたちで、若いお客さんともコミュニケーションがとりたくて。
皆さんにとっては、SNSが当たり前に生活のなかにあるでしょう。お客様の当たり前に合わせていくのも商売ですから。
いぬい
とはいえ、73歳にしてnoteやSNSを更新して…ってすごいですよ。
ぶっちゃけ、すべて堀川さん一人でされてるんですか?
堀川さん
いや、アルバイトをしてた子に教えてもらったり、手伝ってもらったりしながらですよ。
堀川さんからSNSとnoteの相談を受け、手伝うことになった秋谷さん。自身もフリーのスタイリストとして、noteを活用しているという
秋谷さん
私が教えてるのは操作とか、更新の仕方とかです。
内容は全部堀川さんが考えて、写真も「こう撮ったらおしゃれじゃない?」なんて言いながら、堀川さんと一緒に撮っているんです。
いぬい
つまり二人三脚で運営されていると。
人生の先輩にこう言うのも失礼ですが、堀川さんが若者から教わりながらスマホを操るところを想像すると、ますます好感が持てます。
秋谷さん
みなさん温かく見守ってくださってるな、と思います。この間も堀川さん、間違ってインスタに店と関係のない写真を上げてしまって。
それからすぐ、フォロワーの方からお店に電話があったんです。「間違った写真を上げてませんか?」って。
いぬい
そんな優しいインターネットが、まだあったんですね…
これまで、SNSに触ったことはなかったんですよね? 堀川さんにとっては未知の部分も多いチャレンジだと思いますが、実際にやってみてどうですか?
堀川さん
自分にできることが増えて、レベルアップした感じがしますね。
いぬい
73歳にしてその気持ちを持てるのカッコいいなー!
堀川さんの「新しいことにチャレンジするマインド」の正体、今日はたっぷり掘り下げていきます!
noteも寿司屋も、やることは一緒
いぬい
それにしても、近くにすぐ聞ける人がいるのは心強いですよね。今更新されている「家で作れる寿司のレシピ」も、SNSのニーズをわかってる若い人の発想だなと思います。
堀川さん
ああ、あれをやろうと言い出したのは私ですよ。
いぬい
そうなんですか! SNS慣れした秋谷さんのアドバイスかと…
堀川さん
あれは、コロナでお客さんが店に来られないなかで、どうしたら家でもおいしいものを食べてもらえるかと考えてね。
もともと常連さんに「あのお寿司、どうやって作るの?」なんて聞かれてたことも思い出して。
いぬい
常連さんの質問に、noteで答えてあげたってことですか?
堀川さん
そうですね。そもそも僕たち寿司屋の仕事は、「旬のおいしいものを楽しんでもらう」ことに尽きます。
寿司の作り方をnoteで伝えるのも、店で旬の魚を勧めて握ってあげるのも、根本的には同じ「おいしいものを知ってもらうために、寿司職人ができること」をやってるだけ。
お客さんのいる場所が店なのか、noteなのかだけの違いです。
いぬい
仕事の意味を広く解釈すると、できることが広がる…ってことか…
でも、店で手に入る材料と、家庭で使える材料は違いますよね。プライドがある職人さんだと「家庭向けレシピ」なんて嫌がる人もいるかと思うんですが、そういう気持ちはなかったんですか?
堀川さん
「一人ひとりに求められていることをやる」と考えれば、寿司屋でやることと一緒なんですよ。
いぬいさんは普段、寿司をどう食べますか?
いぬい
えっ、普通に箸…ですかね?
堀川さん
箸で食べられるお客さんと、手でひょいとつまむお客さんとで、僕らはシャリの握り具合を変えているんですよ。
堀川さん
柔らかく握ったシャリを箸でつまむと、すぐに崩れてしまう。でも、シャリのおいしさは口に含んだ後に米が「ほろっ」と崩れるところにありますから、程よい柔らかさも必要で。
箸の人には少しだけしっかりめに、手の人には柔らかめに握ってお出ししています。
いぬい
お客さんごとに、そんな微調整が!
堀川さん
あとは、お酒を飲みたい人には、鮨がアテになるようシャリを小さくしてあげたり、反対に子どもはすぐ満足できるようにシャリを大きくしたり。
その日に入った魚のなかでどれを勧めるべきかも、一人ひとりのお客さんと話してみないとわかりませんから。
いぬい
相手を見て、対応を変化させていく仕事なんですね。「職人」というと、やはり“同じことをひたすら繰り返す”…なんてイメージもあるんですが。
堀川さん
そうじゃなくて、むしろその都度、相手のことを考えて1から作る仕事ですね。一人ひとりのことを気遣って仕事をするのが大事。
日々の仕事がそうですから、寿司の家庭用アレンジもそれほど大変じゃなかった。
いいトロは家庭で手に入りづらいので、代わりにスーパーでも良質なものが手に入るサーモンで、店の人気メニュー「トロたく巻き」を再現するとか。簡単な「野菜寿司」をレシピ化しようとか。
いぬい
日々、お客さん一人ひとりのことを考えているから、こんなに柔軟な対応ができたんですね。
貯金だけで勝負すると、いつか終わりが来る
いぬい
料理人にとって「レシピ」って大切なものだと思いますが、それを一般の方に広く教えることに、抵抗はありませんでしたか?
堀川さん
あまりないですね。うちは弟子をとってないぶん、自分が考えたことや知っていることはどんどんお客さんに伝えていきたいなと思っていて。旬のことでも、寿司の握り方でも。
何より、自分の知っているものを惜しまず伝えるから、新しい考えが浮かんだり、新しい知識と出会えたりするんです。
いぬい
「新しい」といえば、「野菜寿司」「フルーツ寿司」も斬新な取り組みですよね。テレビでも取り上げられているのをお見かけしました。
堀川さん
これも、最初はお客さんの声がきっかけだったんですよ。
いぬい
えっ!
ショーケースには、旬の野菜や果物がずらりと並ぶ
堀川さん
ある日、若い女性のお客さんがショーケースを見て、デザート用のシャインマスカットを注文されたんです。お皿に盛り付けてお出ししたら、「えっ、握らないんですか?」って(笑)。
いぬい
へー! その一言でフルーツ寿司が!?
堀川さん
はい。「じゃあ、握ってみましょう」なんてその場で作ってね(笑)。
味見してみたらジューシーな酸味と、お米の旨味が合わさってとてもおいしかったんです。そこからはいろんなものを試して、今とても人気のマンゴー寿司も生まれました。
いぬい
お客さんがそんなことを言ったら、バカにしたり笑ったりする職人さんもいると思うんですが…
歴史あるお寿司屋さんなのに、素直にチャレンジできる理由はなんですか?
堀川さん
長く続けているとね、「貯金だけで勝負すると、いつか終わりが来る」とわかるんですよ。
私も40~50代くらいのときには、それまで積み重ねた寿司の修行や魚の知識、現場での経験値で十分に勝負できると考えていました。
でも、自分の知っていることだけを大事に大事に抱えていると、新しいことにチャレンジできなくなる。
堀川さん
今は違います。70代になって、むしろ30代のころのような「店を常に新しくしたい」という気持ちになっているんです。
いぬい
秋谷さんにnoteを教わることもそうですが、自分より若い世代に「教えを乞う」ことへの抵抗はありませんでしたか?
堀川さん
自分が教わる立場ですから、そんなのないですよ。素直に聞くだけ。フルーツ寿司のときのような、思わぬ出会いもあるし、いいことばっかりです。
それに、新しいことをしようとすると必ず最初は批判されるんですが、そういうときに若い人たちから良い反応があったものは大抵、可能性がある。
そういう指針にもなるので、若い感性には触れていたいんですよ。
いぬい
フルーツ寿司の件といい、「人に与え、伝えれば、自分にも新しい学びが返ってくる」ということを信じて続けているんですね。
堀川さん
その通りです。新しいことにチャレンジしつつ、長く来てくれる常連さんにとっていつまでも良い店である、というのも大事なんですけど。
店というのは、お客さんが常連さんだけになると、常連さんと一緒に老いていくものなんです。歳をとるといつか魚の脂も食べられなくなってくるしね。
だから、少しずつ新しいお客さんにも来てもらって、常連さんと若いお客さん、どちらも楽しめる店でいられたらなと思っています。
73歳、これからやりたいこと。
いぬい
堀川さんが、これからやりたいことはなんですか?
堀川さん
若者に、おいしいお寿司を伝えていきたいなと思いますね。バブルのころは「会社の経費でうまい寿司に連れてってもらい、舌を肥やす」なんてこともできたけど、今じゃそうはいかないから。
たくさんの若者が回転寿司で寿司を覚えてしまっていることは、もったいないと思いますね。
いぬい
なるほど…やっぱり関心があるのは伝えること、与えることなんですね。
noteも順調にフォロワーを増やされていますが、今後も続けていきますか?
堀川さん
実は、次は「握り方」をnoteで教えたいなと思っているんです。我々はふきんを握ってシャリの握り方を練習するんですが、その様子を動画で伝えたり。
家で寿司を作るなら、「シャリよりネタを大きくするだけでおいしくなるよ」とか、伝えたいことがたくさんある。
お客さんが「旬のおいしいもの」に触れるために、できることはまだまだありますからね。
73歳にしてnoteやSNSを活用し、アルバイトの若者や若いお客さんともコミュニケーションを取ってきた堀川さん。
その極意は、「新しいものにチャレンジする」ことよりも、「一人ひとり相手の求めるものに答える」という一見アナログ的な寿司屋の働き方に根ざしていました。
自分のなかにある思いさえ一貫していれば、何歳になっても次の可能性にチャレンジできる。
そのことを、堀川さんは身をもって伝えてくれていました。
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