ビジネスパーソンインタビュー
「死は暗いものではない」ってどういうこと…?
“死”は結婚や就職と同じ。在宅医療に挑戦する若手医師が「20代で人生会議を知るべき」と語る理由
新R25編集部
先日、厚生労働省が「人生会議」(※)を啓発するポスターが「死を連想させる」という意見とともに物議を醸しました。
※人生会議=自分が望む医療やケアについて前もって考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取組みのこと
皆さんは“死”について考えることはありますか?20代の私たちは、“死”についてどう向き合い、どう考えればいいのでしょうか。
…『新R25』らしからぬ暗い話をはじめてしまいすみません。
なぜこんな話をするかというと、今回登場する鬼澤信之医師が、「在宅医療」の専門家だから。
在宅医療とは、通院が困難な患者のもとに通って医療を提供すること。
そんな世界で、弱冠32歳にして「杏クリニック」を開業した鬼澤先生は、「若い世代にも、もっと多死社会(※)に目を向けてもらいたい」「最近話題となった『人生会議』についてもっと20代に知ってもらいたい」という熱い想いを持っているらしい…。
※多死社会=人口の多くを占めている高齢者が寿命などにより死亡していき、人口が減少していく社会のこと。高齢化社会の次に訪れると想定されている社会の形態
「ぜひ、『新R25』を通じて発信したい」と相談を受けた編集部は、埼玉県狭山市のクリニックに足を運び、鬼澤先生に“死”の話をうかがうことになりました。
(“死”かあ…やっぱり暗いテーマだな…)
〈聞き手=宮内麻希(新R25編集部)〉
【鬼澤信之(おにざわ・のぶゆき)】医療法人あんず会杏クリニック理事長。1983 年、東京都生まれ。埼玉医科大学卒業後、埼玉医科大学総合医療 センターの腎・高血圧内科に入局。2016 年、32 歳の若さで、訪問診療を軸とした医療法人あんず会杏クリニックを開業(所在地:埼玉県 狭山市)。開業から 3 年で 500 人の在宅医療患者を診察するクリニックに成長するなど、地域医療の中核として躍進。著書に『Dr.サーバント 若手在宅医開業奮闘記』(幻冬舎メディアコンサルティング)
「“死”を明るく捉えよう」というメッセージを伝えたい
宮内
今日は“死”についてのお話ということで、心構えをしてきました…
取材にあたっていろいろ調べさせてもらったのですが、鬼澤先生ってちょっと“医者”のイメージとは違いますよね…
鬼澤先生
あはは、そうかもしれませんね(笑)。
それに、「在宅医療」と言われても、一般的にはかっこいいイメージもないでしょう。
宮内
たしかに、あまりなじみがないからこそ、関心が薄い人も多いかもしれません。
鬼澤先生
でもね、これから多死社会がやってくる。そのなかで「最期を看取る」在宅医療ってすごく意義のある仕事だと思ってるんです。
この世界でも類をみない、人がたくさん死ぬ超高齢化社会が日本にやってきて…ちょうど僕たちの親世代も…死…
しょっぱなから脅してくる鬼澤先生
宮内
ちょっと待ってください!
先生…こわいし…いきなり暗い話すぎません!?
鬼澤先生
そうですか? 僕、誤解を恐れずにいうと、“死”について話すことがネガティブだと思ってないんですよね。
ええ
鬼澤先生
死を悪いものとして遠ざけて行ってしまうと、多死社会と言われる時代に、生きづらくなっちゃうじゃないですか。
宮内
そりゃそうですけど…
鬼澤先生
死生観は人それぞれでいいと思うんですよ。
今日は「もっと “死”を明るく捉えてもいいんじゃない?」という話をしましょうか。
在宅医療において、“死”は暗いものじゃない
宮内
“死”って経験する場面があまりなくて、まだどう向き合ったらいいのかわからないんですよね。
でも、家族に万一のことがある可能性もあるし、考えなくちゃいけない問題な気もしていて…
鬼澤先生
“死”ってどうしても敬遠されがちだし、医療の敗北という側面もある。
『新R25』読者の皆さんも、好きじゃないワードですよね。
宮内
できれば聞きたくないです…悲しくなります…帰りたい…
鬼澤先生
それは宮内さんだけじゃなくて、社会でも同じなんです。
たとえば、今って葬儀屋さんが足りなくて、火葬までに1週間かかったりするんです。これも、火葬場の建設が地域住民から反対されてしまってなかなか進まないから。
同じことが、ホスピス(※)の建設でも起こっています。
※ホスピス=終末期ケアのための施設。がんなどの患者に対し、苦痛を和らげる“緩和ケア”をおもに行う
鬼澤先生
“死”を連想させる施設は反対意見が上がりやすいので、なかなか建設できないということもあるんですよ。
宮内
当事者になったことはないけど、その気持ちは少しわかります。
鬼澤先生
でもね、実は在宅医療の世界では“死”ってそんなに暗いものだと思われてない。
僕は年間100人以上の方をお看取りしていますが、イメージされるより穏やかな死を迎える方も多いんですよ。まるで寝ているようにね。
ようやく怖くない話が出てきてホッとしています
宮内
若いうちはそういう場面に立ち会う経験もあまりないうえに、ドラマや映画にでも“死”が悲劇として描かれているからこそ、より怖いものに思ってしまうのかもしれません。
鬼澤先生
人が亡くなるって、どう考えても悲しいことです。だからもちろん、100%明るく、笑顔で送り出そうというわけではない。
でも、「本人も家族も精一杯満足できる穏やかな最期を迎えることができた」という経験を次の世代に伝えていければ、“死”のネガティブイメージを少しでも軽減していけると思っています。
若い人こそ、「自分がどう死にたいか」を考えるべき
鬼澤先生
だからこそ、若い人こそ「自分がどう死にたいか」を考えるべきだと思うんですよね。
「いや死にたくないわ!!」と思った人も読み進めてね
鬼澤先生
“死”って誰もが経験することじゃないですか。
結婚や就職についてはみんな真剣に考えるのに、死については考えることを避けてしまう。
でも、結婚も就職も死も同じで、きちんと自分で考えて、自分で納得できないと幸せにはなれませんよね?
宮内
その通りだ…それに、どんな人でも“絶対に経験すること”って、言われてみれば人生でほとんどないかも。
鬼澤先生
厚生労働省が推奨している「人生会議」も20代こそ知るべきだと思うんです。
「死」について考えるということは、「自分の生き方を自分で選ぶ」ということ。
言われたままの医療を100%受け続けることだけが自分の幸せとは限らないですから。
自分で治療を決めることが、自分らしい生き方につながる
鬼澤先生
僕、もともと大学病院にいたので、病院の患者さんとしか接したことがなかったんですが、あるとき在宅医療で「治療せずに最期を迎える」という選択をした人の最期を看取ったことがあって。
正直、痛みで苦しい最期を迎えるんじゃないかって、怖かったんです。
「やだ~行きたくな~い」と思っていたらしいです
鬼澤先生
でも、実際はそんなことなかった。しっかりとした緩和医療を提供することで、穏やかな最期を迎えられる方も多いんです。
在宅医療って、病院という枠にとらわれず、それぞれの患者さんごとに看護師、理学療法士、ケアマネージャーなどたくさんの職種がプロジェクトチームを結成するイメージ。
だから、患者さんに合わせたオーダーメイドな治療を提供選択できるというのが大きな特徴なんですよね。
宮内
私、病気とか身体のことについてちゃんと考えたことなかったんですけど、今の話を聞いたら「自分の選択」をもっと大切にしなくちゃいけないかもって思えてきました…
鬼澤先生
若いうちって、風邪やインフルエンザだってすぐに治る場合が多いのでそれでもいいと思うんですよ。
でも、「治療してもどうにもならない」という状態になったときに、その先をどう自分らしく生きるかは、病院で治療するにしろ、在宅医療を選ぶにしろ、自分で考えて決めるべきだと思うんです。
取材の途中にも患者さんからのビデオ診察が。オンライン診察にすることで、細かい対応が可能になったそう
前向きな死を増やすことで、多死社会の日本を明るくしていきたい
宮内
今日お話を聞くまで、在宅医療のイメージを勘違いしていました。
「もう治療ができなくなったときの選択」というようなイメージがあって…
鬼澤先生
よく旅行にたとえられるんですが、病院での終末期の医療が「ツアー」なら、在宅医療は自分で行くところを決める「自由行動」なんですよね。
宮内
わかりやすい!
鬼澤先生
最期を迎える瞬間「最後まで家族と過ごせたからこそ、子供たちに伝えられたことがある」と言ってくれた患者さんもいました。
“死”を軽く捉えているわけではなくて、本人がやりたいように、まわりが幸せなように死んでいくことが大事なんです。
鬼澤先生
だからこそ、僕たちにできるのは、多死社会と言われる世の中で、患者さんが自己決定して自分の人生を選べるような医療を提供することで、前向きな死を増やしていくこと。
宮内
もしかして、そうやって明るいイメージをこの業界に持ってほしくて…
鬼澤先生
そうそう。だから自分が在宅医療の医師としてアイコンになって積極的にSNSで発信したり、本を出したりすることで、少しでも社会を明るくしたいと思ってるんです。
いや~…ほかのお医者さんからは嫌われそうですけどね(笑)。
「どうやって死ぬかを考える」
自分の人生を楽しくするために、「明日をどう生きるか」ばかり考えていた私にとって、意外な、同時にすこし肩の荷が下りたような鬼澤先生のお話。
たくさんの“死”を看取ってきた鬼澤先生だからこそ話せる“死”についての考え方。
20代で、健康で、仕事が楽しいという今のタイミングだからこそ、このお話を聞けてよかったです。
鬼澤先生の著書『Dr.サーバント 若手在宅医開業奮闘記』が絶賛発売中!
そんな鬼澤先生が大学病院を飛び出し、開業医となるまでを描いた『Dr.サーバント 若手在宅医開業奮闘記』が発売中!
医療界のしがらみ、資金難、医療機器不足…。困難に次ぐ困難をいかに乗り越えたのか。実話をもとにした小説です。在宅医療についてすこしでも興味を持った方、ぜひチェックしてみてください!
〈取材・文=宮内麻希(@haribo1126)/撮影=長谷英史(@hasehidephoto)〉
ビジネスパーソンインタビュー
またスゴいことを始めた前澤さんに「スケールの大きい人になる方法」を聞いたら、重たい宿題を出されてしまいました
新R25編集部
【不満も希望もないから燃えられない…】“悟っちゃってる”Z世代の悩みに共感する箕輪厚介さんが「幸せになる3つの方法」を伝授してくれた
新R25編集部
「実家のお店がなくなるのは悲しい… 家業を継ぐか迷ってます」実家のスーパーを全国区にした大山皓生さんに相談したら、感動的なアドバイスをいただきました
新R25編集部
「俯瞰するって、むしろ大人ではない」“エンタメ鑑賞タスク化してる問題”に佐渡島庸平が一石
新R25編集部
社内にたった一人で“違和感”を口にできるか?「BPaaS」推進するkubell桐谷豪が語るコミットの本質
新R25編集部
【仕事なくなる?そんなにすごい?】“AIがずっとしっくりこない”悩みへのけんすうさんの回答が超ハラオチ
新R25編集部