ビジネスパーソンインタビュー

8年間で来館者数が70万人→197万人に。「サンシャイン水族館」を復活させた“社員育成法”

小坂義生著『空を飛んだペンギンは次にどこへ向かうのか』より

8年間で来館者数が70万人→197万人に。「サンシャイン水族館」を復活させた“社員育成法”

新R25編集部

2019/08/25

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2017年に、「ペンギンが空を飛んでいるように見える」と話題になった「サンシャイン水族館」。

その年の年間来館者数は197万人を記録し、「天空のペンギン」や「草原のペンギン」といったキラーコンテンツが、現在も多くのメディアに取り上げられています。

そんな「サンシャイン水族館」ですが、2009年の年間来館者数は70万人程度という低迷した時期がありました。

この8年間でいったい何があったのか?

空を飛んだペンギンは次にどこへ向かうのか サンシャイン水族館を復活させた現場改革』の著者・小坂義生さんは低迷期の「サンシャイン水族館」という組織を以下のように分析します。

個々の業務に真剣に取り組むスタッフはきちんといるにもかかわらず、全体としては停滞感が蔓延し、現場のモチベーションの低下コミュニケーション不足が随所に見られるといった多くの課題を抱えていた。

『空を飛んだペンギンは次にどこへ向かうのか』

「サンシャイン水族館」復活の裏には社員の意識改革と大幅な組織改革があり、同書ではそこに焦点をあててまとめています。

そのなかから、「現場スタッフは、どうやって意識改革を起こすことができたのか?」という点を抜粋。「スタッフの目線を上げるマネジメント」のヒントがありました。

エンタプライズ社員に求められた「プロ意識」

来館者数が増加し、制度的枠組みの整備も進んでくると、いよいよ次はサンシャイン水族館スタッフとしてだけでなく、サンシャインエンタプライズ(水族館の運営会社)の社員としてのプロ意識も求められるようになる。

特に総務や事業推進といった機能は、これから会社を担っていく上で重要な役割を果たしていかなければならない。だからこそプロパー社員を育て、その機能を強化する必要があった。

「考え方、取り組み方、知識、常識、そういったものすべてを変えさせられているような状況でした。自分が変わらなければいけないという気持ちにさせられました」(海老原篤氏)

海老原氏にとって代表取締役社長・積田直人氏の印象的な言葉に「予算は意思だ」というのがある。

売り上げ、コスト、利益はすべて「ゴールを設定し、こうしたい」という意思が反映されたものでなければならない。

そのためには、企画一つひとつがストーリーを持たなければならない

企画の目標値がゴールだとすれば、ゴールに到達するために必要な設備投資費、販促費、宣伝費、人件費などを考えなければならない。

これらを綿密に計算して、利益が生み出される。これまでの経験や感覚だけで立てられるものではない。

海老原氏は、「水族館も変わりましたが、エンタプライズが大きく変わっていきました。たとえるなら、昔のプロ野球球団です。一昔前のプロ野球球団は、親会社の宣伝部門であれば良かった。サンシャイン水族館もサンシャインシティのシンボリックな存在だったので、結果的に赤字でもそれを深刻に受け止めることはなかったのです」と語る。

しかし1990年以降、Jリーグが創設されるなど、プロスポーツの世界も競争が激しくなった。プロ野球球団も、ファンサービスや球場の整備などに投資をし、黒字化に向けて努力を惜しまない。

そうした状況は、サンシャイン水族館が置かれた立場と同様だった。

スタッフの意識改革を促進させるための第一歩として、ビジネス書を中心とした読書会が催されるようになった。

会社の未来像を自分たちで描くためには、ビジネスパーソンとしての知識の蓄積と情報を共有することが必要である。

これから新しい会社をつくり上げようとするときに必要となるのは、籍やニュースといった情報からでも意見交換を行い、問題意識を共有化することである

それを皆の前で口に出すこと。「私はこう思う」と発言すること自体が大切であった。

こうして、あらゆる機会を捉えたコミュニケーションの再生活動が行われた。

部門の名称に込められた思い。お客様との「コミュニケーション」

2012年には、抜本的な組織改革と部門名の変更も行われた。この組織改革と部門名の変更は、以降のエンタプライズの戦略が明確に表れている。

組織改革で設置されたのは、「ゲストコミュニケーション部」(現・アクアゲストコミュニケーション部)「スタッフコミュニケーション部」「カスタマーコミュニケーション部」の3つの部門だ。

ゲストコミュニケーション部は、来館者と直接関わる部門を1つにまとめた部門。

それまでの飼育業務は専門性が高いゆえに、会社の歴史の中で「飼育部」または「展示部」という名称で独立してきた。

しかし、「お客様を迎える」という視点で捉え直すと、チケット販売や来館者の誘導、物販飲食とも共通性がある。

飼育と水族館の運営業務に関わる仕事を1つにまとめたといったほうが分かりやすい。

つまり、飼育業務は独立した存在ではなく、水族館の運営業務に関わるスタッフと一緒になって同じ方向を目指すことを明確にした

2019年現在は、展望台事業の運営管理をする部門と分けて、アクアゲストコミュニケーション部として、展望台事業はスカイゲストコミュニケーション部としている。

スタッフコミュニケーション部は、キャスト(パート、アルバイトスタッフの名称)の管理と教育を担う部門として、新しく創設された部門だ。

これからのサンシャイン水族館はホスピタリティを重視していくこと、そのためには重要な戦力であるキャストのサービス力を強化することが目的だった。

カスタマーコミュニケーション部は、従来は販売促進部だったが、直接の来館者だけでなく、法人顧客に向けた営業施策の立案や、イベント・特別展、催事の企画立案を担う部門として、位置づけられた。

「カスタマー」とは水族館や生き物に関心があるすべての人を指し、そうした人々とコミュニケーションを取ることを目的につくられた。

今では「毒毒毒毒毒毒毒毒毒展(もうどく展)」など、人気のある特別展の企画をほかの商業施設の要望に応じて全国的に展開しており、北海道や沖縄の人々ともコミュニケーションが取れるようになっている。

引き続きカスタマーコミュニケーション部は、集客を図るための戦略を社内各部と連携して進める。

部署名を変更する上で、キーワードとなったのは「コミュニケーション」である。これまでは水族館の運営が「お客様商売」であるという意識が少なかった。

来館者とのコミュニケーションによって新たな企画・サービスが生まれ、感動や発見を届ける水族館にしていかなければならない。

そうした来館者の反応を喜ぶ会社でなくてはならないという思いが込められている。

新設した3部門の名称は、スタッフが参加する会議の中、ボトムアップ形式で決定した。

私たちの仕事が、お客様を相手にすることだと、皆で再認識したのです。それまででしたら、生き物や展示内容が優先されていたでしょう」と藤田宗克氏は語る。

事業戦略のトップに顧客を据えたことから、「ゲスト」「カスタマー」を部門名に冠することになった。これもエンタプライズの成長といえる。

一方的にトップダウン形式で部門名を決めるのではなく、スタッフが話し合ってサンシャイン水族館にとっての最適な部門名を決めていく

スタッフの意識に自己決定能力が芽生え始めた証である

ホスピタリティを向上させて利益を上げ、さらにより良いホスピタリティを提供する

来館者に感動と驚きを提供し、レクリエーションとしての役割を果たすためには、何が必要なのか。

それは、展示生物や内容の充実にある。しかし、サンシャイン水族館はそれに加えてホスピタリティをトッププライオリティの1つとした。

2011年の第1次リニューアルの際、「すばらしい水族館を皆で創ろう委員会」を立ち上げて、「接客・おもてなし」チームがホスピタリティを追求したが、その後、国内でもトップクラスの集客を誇るアミューズメント会社の部門責任者を招聘し、勉強会を設けたことがあった。

その勉強会であるスタッフが、「なぜ、ホスピタリティを重視するのか」という素朴な質問を投げかけた。

すると間髪入れず「それは利益を上げるためです」という答えが返ってきた。予想外の答えに対し、そのスタッフはもう一度質問をした。

では、なぜ利益が必要なのですか

もっと良いホスピタリティを提供するためです

つまり、上質のホスピタリティを提供しなければ、ほかのアミューズメントパークと差別化できず、集客は図れない。

集客ができなければ収益は上がらない。収益が上がらなければ、ホスピタリティの向上も、展示内容の向上も図れないということである。

今の言葉でいえば「サステナビリティ」が確保できない、ということである。

来館者に「感動と驚き」を提供するためにホスピタリティを向上させ、収益につなげる。

多角的な努力をしなければ、民間経営のサンシャイン水族館は「レクリエーション」の役割が果たせず、JAZA(日本動物園水族館協会)が定める動物園・水族館の使命であるほかの3つの役割「種の保存」「教育・環境教育」「調査・研究」も実現できない。

レクリエーションを追求するということは、「スタッフが固定観念から脱却すること」と同義であった。

なお、サンシャイン水族館はレクリエーション以外の3つの役割を疎かにするという考えではない。

「4つの役割を全うするためには、財政基盤がしっかりしていないとできません。まずはレクリエーションを徹底することでたくさんのお客様に来館していただき、それから3つの役割を実践する」と積田氏は語る。

キャストを育成するための取り組みや制度

人材育成においても、体系化することで全体の底上げを図る工夫をした。

人材育成で最初に取り組んだのは、2013年にパート・アルバイトスタッフの名称を「スマイルキャスト」と変更したことだ。飼育部門では「アクアスタッフ」、接客部門では「スマイルスタッフ」と名称を変えた。

水族館への来館者にとってコミュニケーションを取るスタッフが社員なのか、アルバイトなのかは関係ない。

むしろ、現場の最前線で活躍するほとんどのスタッフはパート・アルバイトで構成されており、水族館の運営では最大の戦力となっている。

そこでキャストと名称を変更することで、自分の仕事に自信と誇りを持ってもらい、社員・アルバイトに関係なく、お客様に仕事を見てもらうことを明確にしたのである

また、キャストを独立した部門(スタッフコミュニケーション部)で管理することで、一人ひとりを社内で見える化した。

それまでは、部門ごとにパート・アルバイトを採用し、管理していたのである。

そのため、部門が異なれば、目の前にいるスタッフの名前が分からないといった状態だった。

これらの問題を改善するため、同部で一元管理することにした。キャスト一人ひとりの成長を会社として見守るという意思の表れでもある。

さらに、キャストの給与制度も見直している。

それまでは経験年数によって昇級する制度を設けていたが、飼育のスキル、接客のスキル、販売のスキルなどを評価するステップアップ制度を導入し、それを給与に反映させた。

そうしたスキルは、個人の資質だけに委ねられることではないという視点から、教育体系も見直し、マニュアルを作成した。

ユニークな試みとして、「ありがとう大賞」という制度を設けている。これはスタッフ同士が評価する社内表彰制度だ。

「ありがとう大賞」がユニークな点は、来館者とスタッフとのコミュニケーションの中で、喜ばれるようなことを見聞きしたときに、そのスタッフに投票するというものだ。

月1回の表彰と半年に1回の大賞を決定する。こうした表彰は社内の掲示板に掲載し、たくさんの感謝の言葉をスタッフ間で共有している。

こうした取り組みと制度は、スタッフの行動指針につながるだけでなく、モチベーションの向上、スキルアップにも役立っている

現在はこの制度をさらに進化させるための検討が行われている。

停滞した組織の復活劇から、マネジメント力・意思決定力を養う

時代とともに組織のあり方も変わってきます。

来館者数が低迷していたなか、フルリニューアルにともない組織改革をも実現した「サンシャイン水族館」。

約10年間のうちに起こった組織の変化を目の当たりにすることで、自分たちの働き方を見直すきっかけになるはずです。

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