ビジネスパーソンインタビュー
好きなことなんて「ない前提」でお願いしたいね
やりたいことも、向上心もない。それでもオードリー春日が仕事を続けられる理由
新R25編集部
記事提供:20's type
「好きなことなんて、“見つかったらラッキー”ぐらいの話ですよ」
好きなことで生きていこう、という今の風潮についてどう思いますか? そんなこちらの質問に、オードリー春日さんはそう答えた。
芸能人なんて「好きなことを仕事にしている」の代表格みたいなものなのに、と戸惑っていたら、春日さんは顎に手を当てて少し考えた後、こんな話をしてくれた。
それは、私たちがテレビで見ている春日さんとはちょっと違う真面目なお話。
浮き沈みの激しい芸能界で10年以上サバイブし続けた春日さんの仕事観を、「自分には好きなことがない」と悩める20’sに向けて明かしてくれた。
【春日俊彰(かすが・としあき)】1979年2月9日生まれ。埼玉県出身。2000年、芸人デビュー。05年4月、コンビ名を「オードリー」に改名。08年、M-1グランプリでの準優勝を機に一躍ブレイクし、バラエティ番組を中心に活躍。その他、ボディビル、フィンスイミング、レスリング、エアロビなどさまざまなジャンルに挑戦し、その運動能力を活かして数々の優秀な成績を残している
「好きなこと」なんて「ない前提」でお願いしたいね
「好きなことで生きていきたい」というのは最近よく聞きますし、確かに耳障りのいい言葉ですよね。
そりゃあ好きなことで毎日楽しく生きていけたら最高でしょう。でも実際にそれができるのはほんの一握り。
そもそも普通は「好きなこと」が何なのか、見つけることすら難しいと思いますよ。
基本的に、「好きなこと」なんて「ない前提」でお願いしたいね。好きなことで生きていく道なんて、誰しもに用意されているわけではないってことです。
趣味くらいならあるでしょうけど、メシを食えるほど好きなことは全員にはないんです。
周りに好きなことを見つけた人がいっぱいいると、どうしても自分にも何かあるはずだと思い込んでしまいそうになる。
でも、そうじゃなくって、好きなことなんて“見つかったらラッキー”ぐらいの話ですよ。
自分にも何かあるはずだと思っているから、上手くいかない気がしちゃうんだと思います。
とはいえ、20代は自分の可能性にまだ期待している時期なんですよね。
それは決して悪いことではないし、好きなことを探そうと努力することを否定するつもりもないです。
20代で好きなことを探すために、何かやりたいと思うことがあるならやってみたらいいと思いますし。で、やってみてキツかったら辞めたらいい。
そして、辞めちゃったことに対して何か恥ずかしさや後ろめたさを感じる必要もないと思います。
だって、おかげで「自分は、嫌だったら辞める人間なんだ」っていうことが分かるわけですから。
あるいは、好きかなと思ったものが「何か嫌なことがあったら辞める程度のもの」だと分かったのかもしれない。
どっちにしたって、やらないで年をとって、後から「あれをやっておけばよかった」と思うよりはいいんじゃないですかね。
ただ、そうやって試行錯誤する人に、一つ覚えておいてほしいことは、「別にメシが食えるほど好きなことがなくたっていいじゃん」ってこと。それがなければ、不幸なわけじゃない。
「好きなことで生きていく」ことは何も絶対じゃないということを忘れないでいてほしいですね。
“芸人・春日”を作ったのは若林くん。私には向上心も自発性も全くない
むしろ私は「好きなことで生きていく」よりも「求められることで生きていく」方を目指した方がいいんじゃないかと思いますよ。
実際、私も今までいろんなことをやってきましたが、自分から「これがやりたい」と思ってやったことはほとんどない。
ボディビルにフィンスイミングにエアロビに東大受験。どれも事務所や番組から「ちょっとやってみないか」と言われたからやってみただけで。現に企画が終わったらどれも全然やっていない(笑)。
裸になる仕事があったりするのでボディビルだけは続けていますけど、それにしたって別に楽しいとも思いません。
やりたくないとも思わないし、のめり込むこともない。自分ができること、求められていることをただやっている。それだけなんです。
そもそもお笑いだって相方の若林(正恭)くんに誘われたから始めただけで。
ピンクのベストを着るのも、胸を張っているのも全部若林くんに勧められたからですし。
もちろんお笑いは好きですけど、よくよく考えたら自分からやりたいと思ってやったことがあんまりない。全部受け身でここまで来ましたね。
だからと言ってそれが嫌とも不幸とも思わないんです。それは全く売れていなかった20代の頃から変わりませんね。
大学を卒業すると、徐々に同級生がお金を持ち出すじゃないですか。ご飯を食べに行く店もずっとガストだったのにロイヤルホストになるみたいな(笑)。
気付いたら周りは、車や家を買うとか結婚するって話題が飛び交うようになって。
でも春日はずっと売れない芸人で、風呂無しのボロアパートに住んでいる。傍から見たらさぞ大変なんでしょうけど、私自身は特に何も思っていなかったんですよね。
そういう、鈍感であることって結構大事なのかなって思います。何をモチベーションにして生きていくかは人それぞれですが、私なんかはもともと向上心が全くない。
極論、この先もし売れなくなっても、別の心の安定を見つけて幸せに生きていくんじゃないかなと思います。
最低限生きていればそれでいいんじゃないかっていうタイプなんで。
こうやって話しながら思い出したことがあります。
私がまだ全然テレビに出ていない頃、2007年に日本人K-1選手の発掘を目的とした育成プロジェクトがあって、事務所に言われてそれに応募したんですよ。
元ロッテで4番の立川(隆史)選手とか、スポーツ界で結果を残してきた人たちが集まる中で、芸人という話題性もあってか私も未経験なのに補欠合格しまして。そこから1カ月、アーネスト・ホースト選手のもとで猛合宿したんです。
その後、初めて試合に出させられたんですけど、試合前に「同じぐらいのキャリアの選手をマッチメイクしたから」と聞かされてリングに上がったら、相手の中国人選手がめちゃくちゃ強かったんです。
もう私はリングの上を走って逃げ回るだけ。客席からは「逃げるな!」って怒号の嵐ですよ(笑)。最後はボコボコにされて負けました。
後で聞いたら対戦相手は「中国の魔裟斗」って呼ばれるほど強い人だったそうです。そりゃあ負けるよなって感じですよね(笑)。
その試合を見ていた(浅草キッドの)水道橋博士からは後日、「春日は鈍感力がすごすぎる」と言われました。
まあそうですよね。K-1なんて、素人が手を出すには危険すぎるスポーツ。格闘技未経験、ケンカもろくにしたことのない人間がたった1カ月の練習でいきなり「中国の魔裟斗」と対戦させられたんですから(笑)。
普通そんなのなかなかできないぞって言われて、初めて「言われてみれば、確かにそうだな…下手したら死んでたな」と思いました。それぐらい、私は鈍感なんです(笑)。
でも、そういう鈍感なところや自分から何も求めないところが、私の場合は結果的に良かったんだと思いますね。
自分に期待してないから「春日ができること」に目を向けた
私は自分のことは好きですけど、特に自分に期待はしていないんです。
だから言われたことを実直にこなしていきたいと思うし、そのおかげでこの仕事を続けられた気がします。
逆に若林くんは周りの芸人とかをすぐ気にするタイプ。でも、彼はその嫉妬心やコンプレックスをバネにすることで、夜中まで根詰めてネタを考えることができる。
だから、人を気にしすぎるのも、人を気にしないのも、どっちが悪いっていう話でもない気がします。
大事なのは、何が自分に合っているかを知ることですよね。
20代の頃は身に付けることに必死で、あれもこれも手を出していく。
でも30代に入る頃には自分の能力の限界とか向き不向きというのが分かり始めて、一つ一つ諦めていく。そうやって最終的に残ったものが、自分に合っているものだと思うんです。
我々もコントをやったり漫才で時事ネタをやったり、いろいろ試行錯誤しました。そうやって自分たちのできること・できないことを一つ一つ知った上で、今の形に行き着いたわけです。
好きなことを探すのもいいけれど、それだけが全てじゃない。
好きなことがなくて焦ったり落ち込んだりするぐらいなら、自分のできること、求められることを見つけてみるのもいいと思います。
自分に合う場所って、意外とそういうところにあったりするものなんじゃないですかね。
〈取材・文=横川良明/撮影=赤松洋太〉
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