

「好きなことなら、誰にバカにされてもいい」
“過激な全裸芸”からベース漫談、家族の歌へ… はなわが仕事を断るのをやめた理由
新R25編集部
ベース片手に地元・佐賀県のド田舎ぶりを歌い上げる「佐賀県」などのネタで知られるはなわさん。現在大ヒット中の映画『翔んで埼玉』では主題歌を担当するなど、常に話題を振りまいています。
一方で、はなわさんの活動として特筆すべきは、「家族」をテーマにするのが多いこと。
2017年には奥さんの誕生日プレゼントとして作った曲「お義父さん」が評判を呼んだり、奥さんや3人の息子さんがテレビに出る機会も多く、子煩悩な優しいパパというイメージもあったりします。
「最初は家族をテレビに出すのが嫌だった」(!)というはなわさんは、どうやって今の芸風にたどり着いたんでしょうか?
R25世代の将来的な学びのため、ご家族のことから仕事のことまで、詳しく話を聞いてみました。
〈聞き手=ラリー遠田〉
さんまさんに見出された「あの嫁がオモロい!」

ラリー
はなわさんは、奥さんやお子さんと一緒によくテレビに出られているイメージがありますが、ご家族がテレビに出るようになったきっかけは何だったんですか?

はなわさん
僕はもともと家族をテレビに出すのは嫌だったんです。

ラリー
えっ、どうしてですか?

はなわさん
毒舌っぽいキャラだったこともあって、芸人として家族を人前に出すのはどうなのかな、ってプライドみたいなものがあって。実際にそういう話が来てもお断りしていたんですよ。
でもあるとき、昔からお世話になっていたディレクターさんに頼まれたんです。1回だけでいいから『さんまのSUPERからくりTV』(TBS系)に子供たちを出してほしい、って。

はなわさん
それでいざ出てみたら、どうやら相当面白かったらしくて。そのディレクターさんに「すごい話題になってるから、もう1回お願いします」って言われて。次に出たら、それもまたハネて。
そのうち、自分のプライドとかよりも、これだけ声をかけてもらっているのにお断りするほうがちょっと格好悪いな、っていう気持ちになってきたんです。

ラリー
最初はお子さんが出ていたんですね。

はなわさん
子供たちのVTRを見ているなかで、明石家さんまさんが、たまに映るだけのウチの妻の面白さを見抜いたんですよ。「あの嫁がオモロいからそこを突け!」みたいに。
昔から妻は天然ボケで、僕はそれを直さなきゃいけないと思ってずっと生きてきたんですけど、さんまさんが「そこがオモロいやん」って言ってくれて。

ラリー
はなわさんの奥さんは数々の天然エピソードを持っているそうですね。たとえば、どんなことに衝撃を受けましたか?

はなわさん
いっぱいありますけど、最近はその場でメモるようにしていて…
スマホを取り出すはなわさん

はなわさん
たとえば、僕が「千円札に描かれてる人は?」ってクイズを出したら、「野口五郎」って答えたんです(笑)。
「そんなわけないだろ」って言ったら、「あっ、間違えた。樋口五郎!」

ラリー
混ざっちゃった!(笑)

はなわさん
僕が「家族で今度の休みにセブ島に行こう」っていう話をしていたら、妻が「勝手に行けば」ってちょっとキレてるんですよ。
どうしたのかなと思っていたら、「セブ」のことを「セブンイレブン」だと勘違いしていて。なんでわざわざ休みの日にセブンイレブンに行くんだ、って思っていたらしいんです。

ラリー
すごい…!
まだ出てきます

はなわさん
大黒摩季さんがライブで佐賀に来たときに、お食事をご一緒したんです。
そこで大黒さんが「佐賀ってきれいな女性がいっぱいいるんですね」って言ったら、妻が「そうなんです、佐賀はセフレな人が多いんです」って答えて。

ラリー
セフレ!?(笑)

はなわさん
「セレブな人」って言いたかったらしくて。そういうのが数え切れないくらいありますね。
笑いながらスマホのメモを見返すはなわさんから、奥さんへの愛を感じますね…
当初は「全裸にベース」だった。過激派な芸から“ファミリーイメージ”に転換できたのは…

ラリー
一方で、芸人として“ファミリー”のイメージがついてしまうと、過激なことが言えなくなったりとか、マイナスな面はないんでしょうか?

はなわさん
最初はそれも気にしていたんですけど、あんまり「芸人は家族をないがしろにして過激なことをしなきゃいけない」っていう時代じゃなくなってきましたよね。
そこがちょうどラッキーだったなって思います。

ラリー
はなわさんってもともと、結構過激なキャラでしたよね?

はなわさん
そうなんです。僕、最初は「アキラ100%」みたいに全裸だったんです。
「田舎のあるあるネタ」みたいなのを歌詞にして、全裸でベースを弾きながら歌ってたんですよね。

ラリー
それって、下に何もはいていない「リアル全裸」ですか?

はなわさん
「リアル全裸」です。股間だけベースで隠して。完全にカルト芸人ですよ。
僕が舞台に出たら女性のお客さんから悲鳴が上がる、みたいな。若くて必死だったから、そんな笑いも欲しかったんでしょうね…
(遠い目)

ラリー
そんなパンクな芸風だったのに、なぜ過激路線から脱することができたんでしょうか?

はなわさん
松井秀喜さんのモノマネなどでテレビに出るようになったあたりから変わりましたね。
自分には(裸芸は)できないな、と思ったんですよ。
ああいう裸芸とか、リアクション芸っていうのはいちばん難しい。江頭(2:50)さんとか、佐賀県の先輩ですけど、すごく憧れてますもん。

ラリー
それは、どういうところが難しいんでしょうか?

はなわさん
「かわいそう」だと思われちゃ駄目なんで、そのためには普段から体型とかも維持しなきゃいけない。
笑いづらくなるからあんまりこういうことは言っちゃいけないんでしょうけど、じつは芸人はみんなそういう芸風の人のことを尊敬していると思いますよ。

はなわさん
もうひとつは、2000年に子供ができたときに、「子供を幸せにする」っていうのが最大のテーマになったこと。
「自分が売れたい」「過激なことをやって目立ちたい」っていうよりも、自分の子供を幸せにするために生きようと思えているので、自然とそこにつながるようになったのかな、と思っています。
「佐賀県」CDリリースは断っていたが…。ショーパブで「ベタが大事」と学んだ

ラリー
そこから、「佐賀県」のネタが話題になりはじめたときには、ご本人としても「これでいける」という確信はあったんでしょうか。

はなわさん
う~ん、ネタの手応えはありましたけど、僕、CDを出すのを最初はずっと断っていたんです。
ライブでもテレビでもあの歌をやっていたので、そればっかりやっていても駄目かなと思って、ベース漫談という形もやめようとしてたんですよ。

ラリー
CDリリースにそんなに乗り気じゃなかったとは意外です!

はなわさん
いま考えると、完全に僕の勘違いなんですけど、“もうすでに、世の中の誰もがあの歌を知っている”と思い込んでいたんですよね。
でも、その時点では一般の人はそこまで僕のことを知っているわけがないんですよ。
「佐賀県」の歌がCDになってラジオで流れたときに、ものすごい反響があって。そのときに「あっ、世間って俺のことをこんなに知らなかったんだ」ってすごく勉強になりました。

ラリー
確かに、何回も同じネタをやっていると、自分自身が先にそれに飽きてしまいそうです。

はなわさん
でも、ベタなネタを極めるって大事なんですよね。自分では「まだこのネタやるの?」って思ってるぐらいのものを、ちゃんと世間に届ける。
「(そっくり館)キサラ」っていうショーパブに出させてもらうようになったんですけど、当時の僕はトガってたから、最初は嫌だったんですよ。
ベテラン芸人のベタなネタを見て、「全然面白くねえじゃねえか」なんてイライラしてた。
な、なるほど…

ラリー
僕もキサラに行ったことありますけど、「ネタを見よう!」と思って来てる人が多い一般的なお笑いライブとは、客層も雰囲気も全然違いますよね。酔っ払っているお客さんも多いし。

はなわさん
でも、そこが大事なんです。ベタな笑いも当時は嫌だったんですけど、そういうものの大事さも知ることになるんです。
歌い方とか表情とかコンマ何秒の間とか、そういう方程式を知らないと、ネタが良くなっていかないんですよね。

はなわさん
ショーパブでウケる芸じゃないと売れないと思いますよ。逆に言うと、ショーパブでウケる芸になれば、一生メシを食える。
その感覚が大事なんだっていうのは、後輩のオードリーとかにもよく言っていました。
「好きな仕事なら、誰にバカにされてもいい」

ラリー
「佐賀県」が当たった後は順調だったんですか?

はなわさん
「佐賀県」で売れて、一時期仕事がバーンって増えて、引っ張りだこになった時期もあったんですよね。ただ、そのときに、バラエティに出るのもすごく難しいな、って思ったんです。
当時まだ25~26歳ぐらいのガキが急にバラエティのど真ん中に出されて、どうすればいいかよく分からなくて毎日テンパっていたんですよね。それがストレスで円形脱毛症ができたりして。

ラリー
うわー…

はなわさん
そこで改めて自分の向き不向きとかを考えてみて、ストレスを感じながら仕事するためにこの世界に入ってきたわけじゃないな、って思ったんです。

はなわさん
僕がなんで芸能界に入ろうと思ったかと言うと、「ずっと楽しくてワクワクできて遊んでいるみたいな仕事って何だろう?」って考えたら、芸能界しかないなって思ったからなんです。
好きで始めたことで誰から馬鹿にされても別にいいやと思って東京に出てきたんですけど、その気持ちがなくなっていたことに気付いて。
それで結局、楽しいこと以外をするのをやめたんです。自分がやりたいことをやって、それが評価されなくても仕方ない、っていうふうに考え方を変えたら、そこからすごく楽しくなってきたんです。

ラリー
そうやって唯一無二を目指してきたはなわさんの芸風って、確かにほかの誰ともかぶってないですね。

はなわさん
それが音楽だったり、家族とのテレビ出演だったりする。
賛否両論でいいし、何か言われてなんぼ、というか。
僕も最初はみんなが目指すでっかいエベレストみたいな山を登ろうとしていたんですよね。でも、僕みたいなやつは、自分だけの山で1番に立てればそれでいいんです。

ラリー
たとえば、『M-1グランプリ』とか、みんなで漫才をやって1番を決めるようなところだと、ものすごく競争も激しいじゃないですか。そういうところにはあえて行かなかったということですか?

はなわさん
そうなのかもしれないですね。
「埼玉ディス」から感動曲「お義父さん」まで…幅が広がった

ラリー
最近では、奥さんに捧げた「お義父さん」という曲も話題になっていましたね。あの曲はどういう経緯で生まれたんですか?
※はなわさんの妻・智子さんの父は、
智子さんが幼いころに“失踪”
。そんな智子さんの現在の幸せなようすを、義父に伝える内容の歌が「お義父さん」。結婚15周年を迎えたはなわさんが、「誕生日プレゼント」として智子さんに贈ったもの。YouTubeにライブ映像がアップされるとすぐに話題になり、再生回数が20日間で100万回を突破

はなわさん
妻への誕生日プレゼントをどうしようかな~と考えていたんですよね。
それで、結婚15周年だったので妻に捧げる歌を作ろうと思ったんです。

ラリー
なるほど。

はなわさん
子供は、(父が失踪したという)妻の生い立ちも全然知らなかったので、それをちゃんと伝えるきっかけにもなるな、と思って。
でも、いざ作るとなるとなんか恥ずかしくなってきちゃって、なかなかできなかったんですね。そこで、ずっと仲良くさせてもらっている寺岡呼人さん(80~90年代に人気を博したバンド・JUN SKY WALKER(S)のベーシスト)に相談させてもらったんです。

ラリー
すごい人が出てきた!

はなわさん
呼人さんは、ゆずとか、「トイレの神様」の植村花菜ちゃんのプロデュースもされている方なので、僕にヒントになるようなすごいキラーパスくれないかな、と思って。
それで「妻に直接語りかけるみたいなのは、ラブソングっぽくて寒いし恥ずかしいんですよ」って相談したら、「じゃあ、その義理のお父さんに対して語りかけるような歌詞にしたらいいんじゃない?」って。

ラリー
キラーパス来た!

はなわさん
「それ、すごいですね!」ってなって。それから夜に家に帰って速攻で作り始めて、朝の7時にぐらいにはできていました。

ラリー
実際に奥さんに披露したときの反応はいかがでしたか?

はなわさん
妻は「もういいよ~」とか言って笑ってるんですよ。子供たちも笑っていて、最初はあんまりしんみりと歌う雰囲気じゃなかったんです。
でも、まあいいやと思って歌いはじめたんですよ。そしたら、2番に入ったぐらいから、妻が急にドーンと泣き出したんです。

ラリー
おお!

はなわさん
今まで妻が泣いたのを見たことがなかったので、僕も感動しちゃって、泣きすぎてうまく歌えなくなったんです。
歌い終わったら妻から「実は1週間ぐらい前にお父さんのことで親戚から連絡があった」と言われたんです。お義父さんが末期がんになっていて、会いたいかどうか聞かれていたらしいんですね。

ラリー
すごいタイミングですね。

はなわさん
それで妻も「これってお父さんに会いに行けってことなのかな」と言っていて。
結局、その後僕たち家族はお義父さんに会ったんです。病室でお義父さんにこの歌を聴かせたら「うん、いい歌だ」って褒めてくれました。

ラリー
「お義父さん」は笑いの要素がない楽曲という点では、はなわさんの新境地ではないかと思ったんですが。

はなわさん
そうですね。本当にあの歌のおかげでライブに来てくれるお客さんの層も変わりましたね。年配の方が来てくれるようになりました。
自分でたまに思いますけど、「埼玉県のうた」ではあんなに埼玉のことをディスりまくっておいて、いちばん最後に「お義父さあ~ん」なんて泣きそうになりながら歌って、こんな幅のあるやつはいないですよね(笑)。

ラリー
確かに…! 裸でベースを弾いていたところから始まって、幅が広がりましたね。

はなわさん
そういう意味ではあの歌(「お義父さん」)には本当に感謝しています。なんであれを作れたのかは自分でも不思議なくらいで。
義理のお父さんの思いが僕に作らせたんじゃないかな、って思ってるんですけど。

ラリー
はなわさんのネタは確かに幅広いんですが、すべてに通じる要素はありますよね。あくまでもノンフィクションというか、実際にあるものや体験したことがネタになっていますよね。
これからもさらに幅が広がりそうです。

はなわさん
子供の話や、「佐賀県」もそうですけど、最初に嫌だと思ったり、断ったりしていたことから新しいものが生まれているので、最近は断るのをやめました。自分が考えていることよりも、まわりの皆さんが僕のために考えてくれたことのほうが、結果的に主軸になってるので。
これを読んでいる若い人にはそれを言いたいですね。
自分の考え方だけで石頭になってると損するよ、って。まわりから言われたことをひとまず「はい、はい」って素直にやってみることが大事なんです。そこに全部意味があるんだな、って今は思いますね。
ちょっとトガっていた若手時代を経て、ベース1本で笑いと感動を巻き起こす唯一無二の芸人に成長したはなわさん。「人を元気にするっていうのが僕のテーマなんです」と明るく語ってくれたのが印象的でした。
佐賀県や埼玉県のことを痛烈にディスっているようで、どこか愛が感じられるあの独特のスタイルは、そうやって確立されたものだったんですね。
R25世代のビジネスパーソンも、仕事で“拒絶反応”が出てしまうことがあっても、いったん受け入れてみると、自分を代表する「一芸」になるかもしれません!
〈取材・文=ラリー遠田(@owawriter)/編集=天野俊吉(@amanop)/撮影=池田博美(@hiromi_ike)〉
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