ビジネスパーソンインタビュー
出所してすぐカジノに行ったって本当ですか?
「お金を意識しちゃう人は向いてないよ」大王製紙元会長が語る“ギャンブルと仕事の哲学“
新R25編集部
「カジノ法案(統合型リゾート実施法案)」が導入に向けて議論されています。
個人的には「依存症」などのネガティブなイメージもあり、ギャンブルって少し苦手なのですが、それでも賭けごとに強い人は仕事などでも「大きな勝負」「豪快な行動」ができそう…というある種の憧れもあります。
今回は、「カジノにのめり込んで自社資金100億円以上を個人的に借り入れ、逮捕される」――かつてそんなウソのような事件を起こした、大王製紙元会長・井川意高氏を直撃。
波瀾万丈の人生を振りかえって、「勝負」と「仕事」についての哲学を語っていただきました。
〈聞き手:天野俊吉(新R25編集部)〉
【井川意高(いかわ・もとたか)】1964年生まれ。大王製紙創業家である井川家の3代目。1987年に大王製紙に入社し、2007年に代表取締役社長に就任。2011年には会長となる。カジノでの掛け金のために100億円以上を個人的に借り入れたとして、同年に会社法違反(特別背任)で逮捕される。2016年に仮釈放
井川さんが語るギャンブルの本質…「チップがお金に見えちゃう人は、向いてないよ」
天野
噂で聞いたんですが…井川さんが「出所してすぐにその足でカジノに行った」というのは本当でしょうか?
井川さん
それはさすがにないですね(笑)。仮釈放にあたって「2017年の10月3日までは賭博行為をおこなってる場所に出入りしないこと」という条件がありましたから。
まあ「72時間飲まず食わずでカジノにいる」「一晩で4億円の借金を背負った」とか、私のカジノ狂いを知ってる人がそう言ってるんでしょう(笑)。
天野
ちょっと想像もつかない世界ですね…
自分はほぼギャンブルをやらないんですが、そこまで熱中できる理由って何なのでしょうか?
井川さん
それをギャンブルやらない人に説明するの、すごく難しいんですよ。
前に「ギャンブルを知らない人がカジノ法案をつくるなんて、童貞がAVをつくるようなもの」と言ったことがあるんだけど(笑)。
「言葉でいくら“気持ちよさ”を説明したって、何にも伝わらないでしょ(笑)」
井川さん
よく「仕事のプレッシャーやストレスのせいでギャンブルに依存するんだろう」ってピントがズレたことを言われるんですけど、それは関係ないんです。
ギャンブル自体がとても面白いゲームだからですよ。釣りや登山が楽しいからやるのと同じです。
天野
釣りや登山と同じなのかな…。「お金をもらえたり失ったりする」っていうのが大きな違いだと思うんですが…
井川さん
これも理解してもらえるかわからないけど、「お金」もあんまり関係ないんです。いくら勝ったとか。
あのね、カジノでギャンブルをしてるときに、積み上げてるチップがお金に見えちゃう人ってギャンブル向いてないんですよ。
「今100万円分勝ってるから、あといくらで車が買える」とか「大勝ちしたらマンションが買える」とか。そういうお金のためではなく、ゲームとして楽しむ人が、本当にギャンブルにのめり込むんです。
交渉は麻雀と同じ「不完全情報ゲーム」。限られた情報から、相手の判断を読む
天野
井川さんは本業の「経営」のほうでは、どのようにお仕事されていたんですか?
井川さん
私は、ハッキリ言って自分の仕事が好きじゃなかったんですよ。1ミリも好きじゃなかったね(笑)。
toBで紙をおろすような仕事って、かなり地味でしょ。もともとが派手好きな自分には合わないんですよ(笑)。
天野
たまに、“ギャンブルが強い人は仕事でも勝負ができるから強い”という話を聞くことがありますが、実際どうなんでしょう?
井川さん
自分が“強い”かどうかはともかく(笑)、たしかにギャンブルと仕事にはある種の共通点があるように思います。
井川さん
まだ20代のころ、子会社の社長をやった時期があるんですが(1992年、大王製紙子会社の名古屋パルプ社長に就任)、赤字続きの会社だったので、資金繰りのために融資を取り付けるのがおもな仕事だったわけです。
ある銀行に融資を頼みにいったんですが、支店長に突っぱねられてしまう。そこで、銀行の「副頭取」に会いにいったんです。
本来の交渉のルールからしたら、ルール違反だとはわかっていたけどね。
天野
交渉してる支店長を飛び越えてってことですか? 失敗したら、ますます銀行相手の立場が悪くなりますよね。
井川さん
その通り。でも、闇雲にいってるわけじゃないんですよ。
こういう交渉はね、麻雀と同じ「不完全情報ゲーム」なんです。
「不完全情報ゲーム」…?
井川さん
麻雀なら、自分の手牌と場に出てる牌以外の情報はない。その情報だけで、いかに勝てる要素を見つけだすかというゲームなわけですよね。
副頭取とは年に1~2回は表敬訪問で会ってるから、こちらには彼の「人柄や経歴」という情報がある。そこから「融資を取り付けられるんじゃないか」という勝機を見つけるんです。
天野
人柄や経歴だけで、どういう判断ができるんですか?
井川さん
ひとつは、その人は営業畑のキャリアを歩んできていた。審査畑が長い人よりは、まだ融資に対して厳しくないかもしれない。
あとは、「自分は古いタイプのバンカーですから」と言っていたことがあった。実際、バブル以前に入行していた人なんです。
バブル以降の日本の銀行は「担保主義」(※不動産などを担保に融資の判断をするという考え)ですが、かつては銀行は「人を見て金を貸す」なんて言われていた。自分を「古いタイプ」と言うってことは、そういった「人情」で話ができる性格なのでは…と。
天野
たしかに、そう聞くと可能性を感じますね!
井川さん
タイミング的にもバブル崩壊まもないころだったから、支店長クラスは失敗をおそれてリスクのある判断ができなくなっていた。
ある程度上の役職にいかないと、我々のような赤字企業に融資の判断はできないだろうと考えたんです。
結果、融資を取り付けることに成功。これが「読み」ですか…
本当に勝てるのは「シンプルな戦法」。コンセプトはそぎ落とす
天野
ほかにも、大王製紙の社長に就任されてから、赤字だった「家庭紙事業」を大幅に黒字転換させてますよね。
これは、どのような“勝負哲学”の結果だったんでしょうか?
井川さん
あえて言えばですが、「戦法をシンプルにする」ことでしょうか。
大王製紙の社長になって、紙おむつの新ブランドをつくろうというプロジェクトを始めたところ、ある社員がユニ・チャーム、P&G、花王など競合商品のすぐれているところをいろいろ挙げて、それらを取り入れた商品をつくりましょうって企画を出してきたんです。
天野
競合を研究して“真似”する。正しい戦略な気もしますが…
井川さん
正しいとは思いますよ。でも、それで本当に勝てるかというと話は別です。
「売れてるユニ・チャームは、他社商品のいいところが全部そろってるから売れてるの?」ってきいたら、そんなことないんですよ。
現にその社員だって「○○社の商品はここがいい」ってポイントを挙げてきてるんだから。
井川さん
これは私が部下によくしていた話なんですが、日産のスカイラインという車種の人気が落ちたことがあった。
そのとき社内で何が起きてたかというと、重役に試乗させて「ちょっと後ろの座席が狭いね」とか「トランクにゴルフバッグ3つは入れたいね」とか言われたのをそのまま反映してしまった…と聞いたことがあるんです。
いろいろなコンセプトを取り入れた結果、スポーツカーなのに大型化してファンが離れた。
天野
むしろそぎ落としてシンプルにすべきだと。
井川さん
そうです。結局我々は「赤ちゃんの肌にやさしい」ことだけを全面に押し出した。
コンセプトをしぼることで、新たなブランドをつくりあげたんです。
人生を振り返って…いま語れる「慢心」と「後悔」
天野
「創業家の三代目」として、幼いころからいろいろな教えを受けてきた…と著書に書いてありましたよね。印象に残っている言葉はありますか?
井川さん
父に言われた「呉服屋の番頭ができたら、漆器問屋の番頭もできる」。つまり、仕事に一生懸命打ち込んで一人前の人材になったら、ほかのどんな業界にいっても活躍できるんだ、と。
だからこそ私は、とくに家庭紙事業部長として大赤字の部門を担当したときは、土日全部出て、盆と正月以外は休みなく働いて会社を立て直したんです。
天野
起業家やクリエイターの方がまったく別の業種で経営に参画することがありますが、昔から言われていた格言だったんですね。
井川さん
ただ、それが慢心につながったのではないか、という思いもあります。
つまり、「俺はここまでやってきたんだから…」という。
天野
慢心…。失礼な質問かもしれないんですが、ここまで順風満帆な経歴でありながら、事件を起こしたことを後悔する気持ちはありますか?
井川さん
結果的に仕事からも解放されたし、友人には恵まれてるし、私は今が一番楽しいと思ってます。
でも、私は気の弱い人間なんで、日々「ほかに選択肢はなかっただろうか」って振り返っているんですよ。後悔と言われればそうかもしれない。
天野
井川さんには豪快なイメージを持っていたので、少し意外な気もします。
井川さん
私の好きな映画で、『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』というのがあるんです。
クライマックスのシーンで、アル・パチーノ演じる盲目の退役軍人が、学生たちの前で演説をぶつんですね。
“これまで何度も人生の選択があったが、私はいつもどれが正しい選択かわかっていた。私が選ばなかったほうだ。それが困難な選択だったからだ”という内容なんです。
人間はどうしても楽なほうへ、楽しいほうへと行ってしまう。自分の人生を振り返って「まさに、そうだったな」と。この歳になって思うんです。
井川さんは、まだ20代のころにある政治家から「博打はあかんぞ、人間の底が割れるから」と言われたそうです。
実際、「名前は言えませんが有名な経営者で、負けるとカードをグチャグチャにしてディーラーに投げつけたり、車の運転手のシートを後ろから蹴ったりする人もいます」とも…。
優秀な経営者たちがそこまでのめり込み、我を忘れてしまうギャンブル。井川さんのお話を通じて、その魅力と恐ろしさの片鱗に触れられたように思います。
〈取材・文=天野俊吉(@amanop)/撮影=土田凌(@Ryotsuchida)〉
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