ビジネスパーソンインタビュー
「私はまだ自分のことを女優だと感じられなくて」
篠原涼子「お客さまに感動してもらうことを第一にしちゃいけないって気付かされたんです」
新R25編集部
記事提供:Woman type
ずっと無我夢中で駆け抜けてきた。20代は代表曲『恋しさと せつなさと 心強さと』が女性ソロ歌手としては史上初のダブルミリオンを突破。
その後は歌手から女優へ軸足をスライドさせながら演技力を磨いてきた。そして、30代で魅力が開花。トップ女優としてヒットドラマを連発した。
そんな篠原涼子さんは今、40代を迎え、母として、一人の働く女性として、また新しいステージを切り拓こうとしている。そう感じさせてくれたのが、最新主演映画『人魚の眠る家』だ。
【篠原 涼子(しのはら・りょうこ)】1973年8月13日生まれ。群馬県出身。1990年、デビュー。94年、『恋しさと せつなさと 心強さと』をリリース、200万枚を超える大ヒットを記録する。2004年、『光とともに…~自閉症児を抱えて~』で連ドラ初主演。以降、『anego』『アンフェア』『ハケンの品格』『ラスト♡シンデレラ』と数多くのヒットドラマで主演を飾る
40代を迎えた篠原涼子が今なお“冒険”する理由
本作で篠原さんが演じるのは、2児の母・薫子。最愛の娘が事故で意識不明の重体に。もう再び目を覚ますことはないという悲劇に見舞われる。そんな身をちぎられるような悲しみと絶望の中で、薫子は奇跡を信じ、ある決断をくだす。
「2時間の作品の中でこんなに苛酷な生き様を表現できる役なんて、なかなかない。これは絶対にやらないと損するって、そう思いました」
言葉通り、まさに苛酷な役だ。もしも自分だったら、と安直に想像することさえ難しい。女優としての真価が問われる難役だけに、わざわざそんなハードルの高い方を選ばなくても、と尋ねたら、篠原さんは勢いよく首を横に振って、こう話し始めた。
「せっかくこういうお仕事に携わらせていただいているんだから、私はどんな刺激でもいただきたいんですよ。自分から刺激をもらわないと、人に刺激を与えられないような気がしちゃうのかな。もっといろいろ冒険したいし、もっといろいろ蓄えたいんです」
そして、これだけキャリアがあるにもかかわらず、こんな自己評価の低い言葉が続いた。
「私はまだ自分のことを女優だと感じられなくて」
溢れ出てくる想いを止められないといった表情で、篠原さんは言葉をつなげる。
「いろんな女優さんとお仕事したり、お芝居を拝見したりすると、やっぱり自分はまだまだだなって思う。私は、自分で自分のことを納得させてあげられる人間になりたいし、人にも認めてもらえる人間になりたい。
そのためには、もっといろんなものを蓄えていかなくちゃいけないと思っていて。この役も確かに難しいハードルかもしれないけど、それを飛び越えられるような人間になりたいなって。だから迷わずやらせてくださいってお願いしたんです」
そして迎えた最大の山場が、クライマックスのあるシーン。篠原さん演じる薫子の取り憑かれたような表情が、観る者を引きこんでいく。撮影当日の朝は、特別な緊張感があったという。
「いざ現場に入ったら、どんどん自分の気持ちが昂ぶっていきました。普通、本番の前にドライ(カメラをまわさないリハーサルのこと)があるんですけど、終わってから『あれ? 今、本番だっけ? ドライだっけ?』ってなっちゃうような(笑)。カメラが回っているかどうかも忘れるぐらい、薫子という女性に入り込んで、お芝居をすることができました」
努力は2番目。私は運が良かったから、ここまでやってこられた
篠原さんと言えば、長年連ドラが主戦場。しかし、この1年はガラリとステージが変わっている。『SUNNY 強い気持ち・強い愛』『人魚の眠る家』、そして来年公開の『今日も嫌がらせ弁当』と立て続けに映画に主演。
さらに、13年ぶりの舞台『アンナ・クリスティ』ではやさぐれた娼婦を演じ、女優としての力量を改めて見せつけた。ここにきて活動の基盤を大きくシフトしたように見えるが、何か期すものがあったのだろうか。
「これは本当にタイミングで。自分で選んだわけじゃなく、タイミングよく立て続けに映画のお話をいただいただけなんです。本当に運が良いなって自分でも思っています」
篠原さんは、自身の仕事のスタンスを語るとき、よく「運」という言葉を使う。
「私の場合、努力というよりは運。“努力は2番目”っていう感じがすごくしていて。今回、こうして今まであまり経験したことのない映画のお仕事をいくつもいただけたのも、神様からそういうふうにやってみなさいって言われているような感覚。それで私も、じゃあやらせていただきます、ってそれに答えるんです。
これまでのことを振り返っても、自分の意志で道を切り拓いてきたというよりは、周りの皆さんがいろいろ『やってみたら?』と声を掛けてくださるものに、一つ一つ応えていくうちに、ここまで来たという感じなんです」
篠原さんが自分のことを「女優だと感じられない」と言うのも、もともとは歌手に憧れてこの世界に入ったから。
お芝居は、初めはやりたいことではなかった。だが、ヒットメーカー・小室哲哉さんのプロデュースを離れて以降、なかなかヒット曲に恵まれず、「たまたまお話をいただいた」ことから女優業へ。
さまざまな出会いと経験を積み重ねていくうちに、演じる楽しさに夢中になった。篠原さんのすごいところは、そうやって本意ではなかった場所に身を置いても、決して投げ出さなかったこと。
ビジネスの世界でも、意に沿わない異動や職務変更はよくある話。そんなとき、つい「私の本当にやりたい仕事はこれじゃないのに」と投げやりになってしまう人も少なくない。けれど、篠原さんは与えられた場所で自分にできることをやってみよう、と決めた。だから、今がある。
「私が演じる上で大切にしていることは、とにかくいただいた役をまっとうしようという気持ち。そのためには、まず自分が役を愛することから始めます。どう面白くしよう、どうカッコよくしよう、どう可愛くしよう、というのはすごく考えますね。
私が役を愛することで、見ている人に応援してもらえたり、愛してもらえたりする役ができていくと思うんです」
満足できる作品に出会うより、自分の力で満足させる作品にしていきたい
「女優だと感じていない」と言いながらも、そうやってお芝居について語る声は、真剣な熱がこもっている。「やりたいことじゃなかった」はずの演じることが、いつしか篠原さんの居場所を築き上げた。そして今、女優という仕事に対する想いも、また少しずつ変わり始めている。
「昔は、お客さまに感動してもらえる作品をつくることが自分の役目だと思っていて。でもある時、知り合いの監督とゴハンに行って、そこでそういう話をしたら、彼女から言われたんです、『それは違うよ』って」
その監督は、続けてこう言った「まずは自分のためじゃないと、観ている人にも伝わらないから」と。
「なるほどなって目からウロコだったんです。自分が満足しなくちゃダメだって分かってはいたんですけど、そういう気持ち忘れていたなって改めて気付かされたというか。
だから今は、自分が満足できる作品を届けたい、という気持ちが一番。そういう意味では、この『人魚の眠る家』は私の代表作になったと思います」
「女優だと感じていない」と控えめな自己評価をした篠原さんが、静かにそう自信を込めた。
「そして、これからもそんな満足できる作品に出会うんじゃなくて、“自分から満足できるように”していきたい。満足するものを与えられるんじゃなくて、自分で満足させていける。そういう力を持ちたいですね」
どれだけキャリアを積んでも、篠原さんの向上心は尽きない。どこまでも努力の人だ。女優願望のなかった彼女をここまで導いてきたのが運ならば、その運をただのラッキーで終わらせなかったのは、やっぱり努力だと思う。
夢見た場所と違っても、諦めずに努力を重ねたから、神様がまた新しい運をプレゼントしてくれた。“努力は2番目”と語るその言葉に、篠原さんが第一線で走り続けてこられた理由を見た気がした。
〈取材・文=横川良明/撮影=竹井俊晴〉
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