ビジネスパーソンインタビュー

一体どんな授業してるの?「ジェンダー教育」を18年前から続ける高校に聞いた

教えているのは“人間関係を構築する力”

一体どんな授業してるの?「ジェンダー教育」を18年前から続ける高校に聞いた

新R25編集部

2018/06/25

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東京・港区の私立「正則高等学校」では、1年生が「総合(総合的な学習の時間)」の授業で「人間の生と性」について1年かけて学んでいるという。いわゆる性教育? と思いきや、「ジェンダー(社会的・文化的な性差)」がテーマなのだとか。

男らしさ・女らしさ、セクハラ、男女平等…ニュースになるたびネット上でも意見が分かれるこの問題を、どう教えているのか? 高校生はどんな答えを出すのか? 正則高校の校長・日沼慎吉先生にインタビューしてきました。

日本社会に根強いジェンダー観。高校生にとっても身近な話題だった

お話をうかがった正則高校の校長・日沼慎吉先生。正則高校は2019年に創立130年を迎える伝統校で、卒業生にはあの吉田茂元首相も!

編集部・N

さっそくですが、ジェンダー問題というすごくセンシティブなテーマを取り上げようと思われたきっかけは何ですか?

日沼先生

きっかけは、本校が2000年度に男子校から共学校に変わったことです。ちょうど「総合」の授業が導入され始めたこともあり、そこで取り上げることにしました。

編集部・N

ではもう20年近くもやってるんですね!

日沼先生

当時、昔ながらの「男らしさ・女らしさ」や「男だったら、女だったらこうすべき」といった「社会的性差」についての問題提起がされ始めた時期でした。

世の流れに沿って、高校生もそうした切り口で社会を見る目が必要だと思ったんです。

編集部・N

ジェンダー問題は大人でも意見が割れやすく、非常に難しいテーマですが、高校生に戸惑いはないのですか?

日沼先生

確かに難しいかなとは思いましたが、意外に高校生にとっても「ジェンダー」は身近なことだったようです。

日本は世界的にみても、男役割と女役割をはっきり分ける“ジェンダー意識”が非常に強く、社会の中にかなり浸透しています。生徒たちも、その感覚を根強く持っていたんですね。

編集部・N

そうなんですね! 最近では性の多様性がかなり認知されている印象ですが…

日沼先生

いろんな考え方が広がり、理解されつつあるとはいえ、日本の家庭や社会でのジェンダー意識は相当根深いということです。

「ジェンダー意識」を扱った授業って、どんなことするの?

編集部・N

具体的に、どんな授業をされてるかも教えてください!

日沼先生

そうですね。生徒の思い込みをひっくり返す授業展開を紹介しましょうか。

「ある共働きの夫婦がいて、一方は保育士で一方はトラック運転手。家事も育児も一緒にやっていこうと決めていたのに、保育士さんのほうにばかり負担がかかっている」と。生徒たちには「この悩みにどうアドバイスする?」と問いかけます。グループワークで討論してもらい、いろんな意見を出させます。

そして、最後にタネ明かしをします。

編集部・N

ん? タネ明かし?

日沼先生

この夫婦、実は「旦那さんが保育士でトラック運転手が奥さんだった」と。

編集部・N

なるほど! てっきり逆かと…

日沼先生

あはは。生徒たちもまったく同じリアクションですよ(笑)。

保育士=女性の仕事、トラック運転手=男性の仕事だと思い込んでいる。まさに“ジェンダー意識”の典型ですね。生徒たちに、この思い込みに気づかせることが授業のポイントなんです。

生徒から出た「セクハラ」撲滅のアイデアは「考える場を設ける」「被害者サポート」

編集部・N

授業では「セクハラ」もテーマにされたそうですが、これはどんな授業をしたんですか?

日沼先生

同様にグループワークを中心とした授業です。

セクハラの歴史や裁判例(巨額な訴訟で話題になった1996年の米国三菱自動車の例など)、また、最近ネットで話題になった被害者の告発運動(「#MeToo」や「#TIMESUP」など)を取り上げます。

生徒たちは話し合いを通じ、セクハラの背景には権力(支配と強制)、ジェンダー意識があることに気づくのです。

編集部・N

これも難しいですねえ。生徒さんの反応はどうでしたか?

日沼先生

セクハラの加害者が口にする「冗談だった」「悪気はなかった」という言い訳を見聞きし、意識の低い大人が多くいる現状を知ります。

そして、「やったことにあれこれ理由をつけず、素直に被害者に謝罪するべきだ」など、率直な言葉で怒りますよ。

また、セクハラを容認する一部の声に対しても「セクハラを“しょうがないこと”と考えたり、加害者に同情の声があったりするという事実にも本当に腹が立った」と、厳しい意見が出ます。

編集部・N

生徒さんから、セクハラをなくすためのアイデアは出ましたか?

日沼先生

2つ出ました。1つは、自分たちが受けている授業のように、大人たちも“考える場”を設けること

もう1つは、社会全体がもっと(セクハラの)被害者をサポートしたり、啓発運動を起こしたりすること

セクハラをなくすための根本的なところは、きちんと理解しているようです。

彼女を支配したい、彼氏に嫌われたくない…恋愛関係を歪める「男らしさ、女らしさ」

編集部・N

「男らしさ、女らしさ」がテーマのときは、どんな反応でしたか?

日沼先生

これも生徒たちにディスカッションをしてもらったんですが、「男らしさ、女らしさ」は価値観の問題なので、教師から「どちらがいい」ということは言わないようにしました。

男らしくありたいという男子生徒、女らしくありたいという女子生徒もいれば、男女関係なくフリーでありたいという生徒もいます。

ただ、長年に渡り日本社会でつくり上げられた「らしさ」に対する根深い固定観念というか、憧れは現代の高校生にもありますよ。たとえば、高校生にとって大きな問題として「デートDV」があるのですが…

編集部・N

デートDV。付き合っている関係で、相手を支配しようとしたり暴力を振るったりする行為ですよね。「男らしさ、女らしさ」が関係するんですか?

日沼先生

そうですね。特に男子が「男らしさ」のイメージにとらわれていることがあります。

「彼女を身体的、精神的に支配したい」という考えはいまの高校生にもあって、ジェンダーの授業を1年間受けたからといって早々なくなるものではないようです。

編集部・N

根深い…

日沼先生

一方女子の側にも「おかしいな」と思いつつ、彼氏に嫌われたくない一心で支配を受け入れてしまう傾向があります。これも同じく、「女は弱く、支配される立場だ」という思い込みが根底にあるからなんですよ。

繰り返しになりますが、これまで日本社会に根付いてきた男女の性差には、本当に根深いものがありますね。

さまざまな人と「対等を目指す」ためには、“人間関係力”を身につけること

日沼先生

ただ、授業を通じて「対等な恋愛」を目指したいという意思は芽生えているようです。「お互い対等じゃないとおかしいよね」って。

編集部・N

いまの高校生が大人になるころには、“対等”なカップルがあふれる世の中になっているでしょうか?

日沼先生

学んだことも、頭のなかで理解し、知識にとどめるだけでなく“体験”につなげていかなくては意味がないので、「総合」の授業で話し合い、ジェンダーについて理解させたあとには、クラスや学校行事で“体験”させるんです。

編集部・N

具体的にはどんな体験をさせるんですか?

日沼先生

たとえば体育祭。本校には、男女混合でトータルタイムを競う「集団クラスリレー」という競技があります。

男女が協力し合い、どこで男子が走り、女子が走るのかなど、最終的に勝つための作戦を生徒たち自身が考えるのです。

編集部・N

男女平等だけでなく、個々の能力を踏まえて戦略を練るという体験もできますね。集団としての結束力や協調力も強まりそうです。

日沼先生

そうなんですよ。自分とは違ういろんな人と関わっていかないといけない、それが社会なんだということに気づかせる。

そのなかでどうコミュニケートしていくか、“人間関係力”を鍛える重要性を理解してほしいんです。

授業でジェンダー問題に取り組むユニークさへの興味から取材をしてみたら、最終的には、「多様な人と人間関係を構築していく」という、社会人としての基礎を改めて学んだような気がします。

高校生の学びを参考に、大人たちも凝り固まった“ジェンダー意識”を解きほぐし、自分と違う他人を理解して共生できる“人間関係力”を身につけたいですね。

〈取材・文・撮影=新R25編集部〉

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