「風通しの良さ」を構成する“3要素”とは。

“潤滑油人材”を過小評価しない。改ざん事件からV字回復した3代目社長の「風通し改革」とは

仕事
求人情報でどの会社も常套句のように使っている「風通しの良い会社」というフレーズ。

人間関係が良好で働きやすい職場をイメージさせる言葉ですが、「本当に意見が言いやすい職場」って、実はすごく少ないような気もします。

そこで我々は「風通しの良さ」を“再現可能な手法”として言語化すべく、とある社長に取材を申し込みました。
【前田大介(まえだ・だいすけ)】1979年生まれ。2008年に前田薬品工業株式会社に入社。34歳だった2014年、同社の代表取締役に就任。社内体制の改革や人事評価制度の整備、新規事業の立ち上げなどに注力
前田薬品工業株式会社、代表・前田大介さん。

創業1958年、現在もジェネリック医薬品のステロイド外用剤で国内シェアTOP5に入る売上を誇る老舗企業である前田薬品工業は、2013年、前田さんの父・先代の経営下において試験データの改ざんが発覚。赤字転落や従業員離れなどの経営危機に見舞われます。そこから前田さんは「“風通しの悪さ”の解消」に尽力し、見事V字回復を実現させました。

「前田式フレームワーク」、いったいどんな理論なのか…? 学んでいきましょう。

〈聞き手:サノトモキ(新R25編集部)〉

改ざん発覚で一気に地獄へ。貸し剥がし、社員半分の退職…リアル半沢直樹の世界を味わう

サノ

サノ

今日は、「風通しの良さのつくり方」を言語化していただきたいのですが…

さすがに難易度高いですかね…?
前田さん

前田さん

いや、お話しできるんじゃないかなと思いますよ

「風通しの良さ」って、ひも解いていくとけっこうシンプルなので。
めちゃくちゃ頼もしい
サノ

サノ

早速ですが、前田さんの「風通し改革」による企業再建ストーリーの前日譚としては欠かすことのできない…

「データ改ざん事件」当時の状況から、教えていただけますか?
前田さん

前田さん

ことの始まりは、改ざんが起きる7〜8年前に薬事法(薬を作るための法律 ※現在は薬機法)がガラッと変わり、製薬業界の競争が激化したことでした。

しれつな競争に勝つために、現場では、どんどん品質よりも「納期」や「価格競争」を優先するようになり…

最終的には、品質まわりのデータの改ざんをするところまでいってしまったと。
江戸時代からくすりの街として有名な富山にある同社。そのため、ライバル会社も非常に多いそう…
前田さん

前田さん

ただ、これは後の調査やメディアからも散々追求されたんですが…父をはじめとした経営陣のところには、この情報は本当に上がってきていなかったんです。

当時は年功序列が色濃く、管理職に置かれた人たちが会社を牛耳っていて、『この状態は明らかにヤバい』と思っている若手がいても発言できない状態になっていた。いわゆる、“風通しの悪い状態”です。

しかしあるとき、正義感ある品質保証部の女性部長がデータのおかしさに気づき、上層部に進言してくれた。
サノ

サノ

品質部の部長自ら…すごく勇気が要る進言だっただろうな。
前田さん

前田さん

そこから上層部での議論がはじまり、最終的には正直に話そうということになりました。

県、取引先、メディア、各方面に対し改ざんの事実を誠実に話したのですが、そこからがもう本当に…地獄のはじまりだったんですよね…
ゴクリ…
前田さん

前田さん

まず、金融機関の対応が、リアル半沢直樹の世界

メインバンクの担当者に無言でタバコの煙を吹きかけられ、べつの銀行からは億単位で貸し剥がし(融資していた資金を回収すること)されました。手持ち資金、運転資金をひと月1億で回していたのが、あっという間に手持ち300万円とかになって。

改ざん報告の3日後には、このままでは会社がつぶれてしまうという状況に陥ってました。
サノ

サノ

み、3日…(絶句)
前田さん

前田さん

そこに追い討ちをかけるように県から11日間の行政処分を命じられ、メディアにもバンバン叩かれ…

経営陣全員が引責辞任をして新しい経営体制に変えないと、金融機関からも取引先からも支援してもらえないという状況に追い込まれまして。

そこで、父から私にバトンが渡りました
地獄しか待っていないなかでの社長就任…つらすぎる…
サノ

サノ

正直…そのタイミングでバトンを渡されることをどう思ってたんですか?
前田さん

前田さん

父に対してネガティブな気持ちは一切なかったですね。

むしろ「ここは僕が出ていかないとダメだ」という感じでした。もともと父は職人気質で、チームを率いてリーダーシップを発揮するタイプではなく、このクライシスフェーズをパワフルに引っ張っていくのは難しいとわかっていたので。

自信過剰なわけではなくて、「ここで僕が戦わないと、この会社はつぶれる」と。
サノ

サノ

す、すごい…でも、さすがにその地獄のなかでは「これはやっぱ無理なんじゃないか」と思う瞬間も…?
前田さん

前田さん

毎日そうでしたよ(笑)

巨額な赤字が3期続いて、50年積み上げた蓄財が3年でゼロになりましたから。

「あ、会社ってこうやってつぶれていくんだ」と思いましたね。1週間くらい寝たきりの状態になるくらいぶっつぶれたこともありました。
エピソードが全部強すぎる
前田さん

前田さん

一番辛かったのは、一緒に働いていた仲間や先輩が辞めていくこと。心や身体が切り刻まれる感じでした。

毎日、社長室の扉に「トントン」という乾いたノック音がするんです。その音を聞いて、退職届を受け取る日々。1日に7通の退職届を受け取ったこともありました。

最終的に、1年半で150人いた社員の「半分」が辞めていきまして
サノ

サノ

…!
前田さん

前田さん

そのなかで、残ってくれた半分の人たちの期待に応えなければいけないというプレッシャーに耐えながら、なんとか凛とした姿を見せようとしました。

前田さんがたどりついた、 “風通しの良さ”の正体とは

サノ

サノ

そんな状況下で前田さんが注力されたのが、社内の「風通しの改善」だったんですよね。

なぜ事業まわりや戦略ではなく、「会社の空気」から着手したんですか…?
前田さん

前田さん

改ざんが起きてしまった諸悪の根源は、「問題に気づいても上に言えなかったこと」。

ここを改善しないまま事業や数字を追いかけても、絶対企業は立て直せないと思いました。

そこでまずやったのは、“風通しの良い組織をつくる”とはどういうことなのかを定義し直すことでした。
ついに話は核心へ
サノ

サノ

「風通しの良い組織をつくる」とは何か…答えは出たのでしょうか?
前田さん

前田さん

メンバーに対して、“心理的安全性”を約束すること」。

結局、これでしかないんですよね
前田さん

前田さん

「このチームでは、思ったことを言っても大丈夫」。

この心理的安全性をぶち壊すのは、いつだって「上からの圧力」です

本当は誰もが美学や信念を持って仕事をしているのに、上からの何かしらの圧力によってそれが崩れていって、何かを誤魔化したり、隠したりしちゃうわけじゃないですか。
サノ

サノ

はい…
前田さん

前田さん

その「上からの圧力」を“システム”でなくしていく。それが「風通しを良くする」ことだと思います。

なので当時僕がやったのは、“「上からの圧力」をなくすための3つの成立条件”を整えていくことでした。

“風通しの良さ”、成立条件①:「組織図を"薄く”する」

前田さん

前田さん

まずやったのは、「組織図を“薄く”すること」。

イメージしたのは、サッカーチーム・トルシエジャパンのフォーメーションです。
トルシエジャパン…中田英寿らを率い、2001年には当時日本史上最高となる「世界8位」のレーティングを記録した、名将フィリップトルシエ監督による日本チーム(1998年〜2002年)
前田さん

前田さん

サッカーって、チームのトップラインからバックラインまでの距離が間延びすればするほどパスカットされやすくなるし、すき間だらけだから相手に攻められやすくなるんですよ。

そこでトルシエジャパンは、トップラインとバックラインを極力コンパクトに保って、みんなで細かいパスを回しながらみんなで前に進んでいく戦略で成果を上げたんですね。
前田さん

前田さん

これは経営にとってもすごく合理的な考え方で。

トップライン(権力者)からエンドライン(現場)までの距離が間延びするほど、パス(報告)を出しにくくなるんです。階層の数だけ上下関係や思惑による「圧力」が生まれ、発言しにくい空気ができあがっていく。

だから僕は、「トップラインとバックラインが近い組織図」に改革しました。最終的に「僕(社長)→管理職→現場」の3層になるまで階層を減らし、徹底的に組織をシンプルにしたんです。
「僕と社員との距離をグッと縮めたんですね」
前田さん

前田さん

結果、管理職の数は半分くらいになりました

正直、役職の数が減ったことで管理職ひとりあたりの負担は増えたと思いますが、逆に言えば、それに対応できる能力を持った人こそがこれからの前田薬品工業では上に立つべき

その体制変更をもって、弊社は年功序列を完全に撤廃しました。
めちゃくちゃドラスティックな改革だ…!

“風通しの良さ”、成立条件②:「“上の考え”を見える化する」

前田さん

前田さん

次にやったのは、「上の考え」を“見える化”すること。

「上からの圧力」って、現場側が勝手に感じちゃうケースもあると思っていて。

それをつくりだしてるのはおそらく、「上が何考えてるかわかんない」という状況だなと。
サノ

サノ

ああ、めちゃくちゃわかるかも…!
前田さん

前田さん

“上が何を考えてるかわかんない”って、すごく心理的安全性を削いでる状態なんですよね。

「今自分は、何を求められてるんだろう…」「ちゃんと期待に応えられてるのかな…」と、余計な不安や顔色伺いを発生させてしまうというか。
わかりすぎて笑ってしまった
前田さん

前田さん

それをシステムで解消するために僕が実行したのが、「A.課題の可視化」と「B.評価制度の可視化」でした。

じつは僕、組織改革を進めるかたわら、150人の社員全員と毎日30分〜1時間、2年間かけて1on1の面談を行ったんですよ
サノ

サノ

150人全員!?
前田さん

前田さん

2013年の改ざん事件は、急に爆弾が落ちてきたわけじゃなくて、ずっと蓄積してきたものが破裂したわけです。

会社という体のあちこちに病魔がいると思ったので、この会社のどこに病魔がいるのかを1人ひとりに問診しました。まあ、お医者さんと一緒ですね。
企業版健康診断みたいなことか…
前田さん

前田さん

で、ここからがポイントなんですけど…

「誰が」というのは絶対に特定できないかたちにしたうえで、「どの部署でどんな困りごとが挙がったか」をすべてリスト化し、全社員が見える場所に貼り出したんですよ。
サノ

サノ

ほう…!?
前田さん

前田さん

そのうえで、「この課題は真っ先にやっつける」「これは時期をおいてやる」「これは今はやらない」と、全社員が集まる場で僕からトップの意思決定をフィードバックしました。

つまり、「今この会社は何が課題で、みんなでどう直していこうとしているのか」を全員がわかるかたちにしたんです。
「会社が向かう方向性を、誰もがわかるようにしたということです」
前田さん

前田さん

そのうえで、「何をどうすれば評価されるのか」、人事評価制度を完全に見える化しました。

問題解決能力、提案力、部下育成能力など、「今の組織に必要な力」を12項目に整理し直し、「何を求められているのか、どうすれば給料が上がるのか」を社員に対しすべて共有したんです。
サノ

サノ

会社で今何が起きているのか全部見えて、自分がどう頑張れば評価されるのか明確に見える…

たしかにこれ、とんでもない安心感かも

“風通しの良さ”、成立条件③:「“潤滑油人材”を重要なポストにつける」

前田さん

前田さん

そして最後、これがものすごく重要なんですが…

「能力的には突出してないかもしれないけど、人間味があって人との潤滑油になってくれるような人」を組織の重要なポストに置いたこと。

これは本当に大きかったと思います。
サノ

サノ

ああー! それはちょっとわかるかも…!

部下からツッコまれがちな人というか、ちょっとどこか抜けてるけど相談しやすい人ってことですよね?
前田さん

前田さん

そうそう(笑)!

仕事の成果は並かもしれないけど、「本当にみんなが話しやすい、相談しやすい人」。

そういう人をちゃんと評価し、ポストにつけているかどうか
前田さん

前田さん

今、うちで一番大きい組織を率いているのはそういう人間です

「ちゃんとわかってくれるリーダー」が、自分にも最低1人はいる。これだけで、現場のパフォーマンスってとんでもなく変わるので。

そういう人を、過小評価しない組織であること。これがめちゃくちゃデカいです。
サノ

サノ

でも、リーダーって事業づくりとか戦略づくりとか、能力が高い人がつくべきだというイメージもあるんですが…?
前田さん

前田さん

そういう人が、2番手、3番手として「人たらしのトップを支える飛車角」になっていればいいと思いますね。
サノ

サノ

そこはもう、能力以上に人間性の評価を重視すべきだと。
前田さん

前田さん

うん。それは揺るぎないです。

というか「相談しやすい」って、組織においてトップクラスに不可欠な“職能”ですから

そこを軽んじたまま、「風通しのいい組織」なんて絶対にできないと思います。

僕は45歳から50歳の間には辞めるって社内でも言いつづけているんですが、そのときには僕なんかよりもっともっと「人たらし」な人にバトンを渡したいと思っているので。
潤滑油になる人の存在のありがたみを噛み締める両者

おわりに…

サノ

サノ

「①組織図を“薄く”する」「②“上の考え”を見える化する」「③“潤滑油人材”をポストにつける」、この3つが風通しの良さの成立条件だと。

ものすごく勉強になりました…。

ちなみに、風通しの良さを改善したことは、今振り返ると前田薬品工業のV字回復において何%くらいの重要度を占める施策でしたか?
前田さん

前田さん

何%という考え方は…ちょっと違っているかもしれないです。

「心理的安全性が担保された風通しの良い環境」は、すべての土台であり、大前提

その土台の上で「事業」や「戦略」が動いていくのであって、小手先の数字だけにフォーカスしても、そもそも何も始まらないと思いますしね。
前田さん

前田さん

会社って結局は「人間の集合体」ですからね。

家族と同じです。お互いのリスペクトや愛情がなければ、そもそも始まらない。

そこから逃げずに向き合うことこそが、ほかでもない“トップの責務”だと僕は思っています。
頭にも心にも刺さる1時間だった…ありがとうございました!
想像以上に、風通しの良さをロジカルに組み立てていた前田さん。

“意見の言いにくさ”で会社はつぶれる可能性があると知った反面、なんでも言える風通しの良さが企業にもたらす力の大きさを実感したインタビューでした。

みなさんもぜひ「前田式フレームワーク」を活用して、ご自分の職場やチームの「風通しの良さ」づくりに挑戦してみてください!

〈文=エディット/取材・編集=サノトモキ(@mlby_sns)/撮影=長谷英史(@hasehidephoto)〉