“はあちゅう”が著名クリエイターのパワハラを告発

立場のある人物がなぜ? 心理・環境面から考える「権力者がハラスメントを起こすまで」

社会・政治2017.12.26by 新R25編集部

12月17日の『BuzzFeed News』の報道に端を発し、大きな話題になっている作家・ブロガーのはあちゅう(伊藤春香)氏による「セクハラ・パワハラ告発問題」。

電通社員時代に、上司であった岸勇希氏から「深夜に何度も自宅に呼び出された」「友人女性を紹介させられた」「人格を否定する発言をされた」などのハラスメントを受けたことを証言したのだ。

岸氏は今年電通を退社し、自身の会社「刻キタル」を立ち上げたクリエイティブディレクター。世界最大級の広告の祭典「カンヌライオンズ」で金賞を受賞するなど、日本を代表するスタークリエイターだっただけに、業界を中心に衝撃が走った。

しかし、岸氏のように立場のある人物が、どうしてこのような行動を取ってしまったのだろうか。その原因を、人間の心理などさまざまな側面から探ってみたい。

人は権力を持つと、「利己的」「他人に尽くす」など元来の性格的な特徴が強調される

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「『権力を持つと人は腐敗する』。心理学でよく言われる言葉です。権力とは、周りをコントロールできるという感覚、自分は尊敬されている人間だという感覚です」

そう説明してくれたのは、大阪大学人間科学研究科で助教を務める寺口司氏。

「最近の研究では、人間が権力を持つと、『その人の性格的な特徴が、より強調される』と考えられています(Duboisなど、2015年)。元々利己的な人は、権力を持つとより利己的な行動をとり、逆に、元々周りに尽くしたいと思っている人は、権力を持つとよりそのような行動をとるのです」

権力を手にすると、「報酬」を求める脳のシステム「BAS」も活発になる

また、権力を手にした人の多くが、「報酬を得たい」という脳の働きが活発になることも実証されているそう。

「人の脳には、行動をコントロールする大きな2つのシステムがあります(Gray、1982年)。『BAS(行動賦活システム)』は報酬や目標に向かって何か行動を起こそうとする思考回路。『BIS(行動抑制システム)』は、その名の通り、行動を止めようとしたり、悪いことを避けようとしたりする思考回路です。権力を持つと、前者の『BAS』が活発になり、『報酬を得よう』という思考が強くなる傾向があります(Hirshなど、2011年)」

利己的な欲求は誰しも持っているが、普通は相手のことを考えて行動には移さない。「BAS」が活発になるとそういった自制心のバランスが崩れてしまうということのようだ。

ちなみに、目標を達成しようとするということは、純粋に仕事を頑張るというような行動につながる可能性もあるのだろうか。

「その通りです。『仕事を頑張って、高い給料をもらおう』という行動もありえます。『BAS』は人間が行動を起こす源なので、本来はネガティブなものではありません」

パワハラ加害者は、他者を見下して「仮想的有能感」を強化する傾向がある

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岸氏のケースでは、「自宅で黙って正座をさせる」「人格否定をする」などのパワハラも報じられた。こういった行為はどのような報酬がモチベーションになるのだろうか。

「『仮想的有能感』という心理が影響している可能性があります。これは、『自分がポジティブなことをしたわけではないのに、他者をさげすむことで、自分は有能だという感覚を得る』という概念です。高校生への調査(松本麻友子氏など、2009年)では、『仮想的有能感』が高いほど、いじめの加害経験が多いことがわかっています。ハラスメントに関しても、同じことが言えるのではないでしょうか」

ちなみに、この概念を提唱した速水敏彦氏は下記のようにも述べている。

仮想的有能感は、他者を軽視する傾向がみられるのですが、裏返せばこれは自尊感情が低いこと、つまり自分に自信がないことを現しています。自尊感情の低い人は、自信のなさを補う形で人を見下し、自分の体面を保つようになります。こうしたことを繰り返しながら仮想的有能感が強化されていくのです。

出典http://berd.benesse.jp

仮想的有能感が強化されていった結果、常識とはかけ離れたハラスメント行為におよんでしまう可能性もありそうだ。

「後輩を弟子のように扱う」「“お持ち帰り率100%”の飲み会を設定」…広告業界の悪習の数々

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今回の問題の“根本”は、広告業界の悪習にあるとする意見も多い。情報提供元に関しては名を伏せるが、編集部では複数の関係者から、その実態の一部を確認した。

営業の仕事は、基本的に大手クライアントの無茶振りに応えること。クライアントの広告担当者は莫大な予算を握っているため、『全力で奉仕する』のが当たり前。『明日までに企画書送って』『飲み会盛り上げて』と言われたら断る選択肢はない。

出典 関係者証言

「一流のクリエイターになるためには必要なことだ」と、業務外のことも要求する先輩がクリエイティブの部署にいました。後輩に女性を紹介させるなど…。悪い意味で後輩を弟子のように扱っている関係に見えました。

出典 関係者証言

飲み会でふざけて上司やクライアントから怪我をさせられたけど、労災申請をしなかった友人を知っています。1人は未だに後遺症があるそうです。“これも仕事だから”みたいな感じで、告発されるリスクとかはまったく考えていないでしょうね。逆にそういうことで騒ぐやつはダサイ、という風潮を感じました。

出典 関係者証言

風俗とかキャバクラでつながった女の子をクライアントに紹介することで出世した、と自慢していた社員を知っています。彼女たちにはそのあとに自腹でお金を払っていたそうです。「クライアントの満足度を上げるには“お持ち帰り率100%”の飲み会を設定することが重要だ」と話していました。

出典 関係者証言

代理店勤務の男性が幹事の合コンに参加したときに、なぜかそこにクライアントが来ていて…。初対面だったのに『(一緒にいた)あの人お得意さんだから隣に行って盛り上げてくれない?』などと言われてビックリしました。

出典 関係者証言

さすがに最近はこういった悪習が社内でも問題視されるようになり、労働環境の改善は進められているようだ。

ハラスメントが蔓延している集団では、『主観的規範(=周りの人がどう思うか)』が歪んでしまう

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このように、セクハラ・パワハラが蔓延している集団にいると、自分もそのような行動を取りやすくなってしまうものなのだろうか?

「十分にありえると思います。Ajzenの『計画的行動理論』という理論では、人がどういう思考を経て行動にたどりつくのかを『行動に対する態度』と『主観的規範』という言葉で説明しています。『行動に対する態度』とは、かんたんにいえば、ある行動を起こしたときに『自分がどう思うか』という思考。『主観的規範』とは『周りの人はどう思うか』という思考です」

“自分の周りではこれが普通”という環境にいると、やはりその感覚が歪んでしまう?

「『主観的規範』によって『周りの人も、別に悪いことだと思わないだろう』という思考が強くなるので、もともと欲求がある人はそのままパワハラ・セクハラ的行動に出てしまうでしょうね。ただ、注意したいのは、『主観的規範』はあくまで『主観』。本人の思い込みで、実際に周りがどう思うかはわかりません」

セクハラの加害者が、“相手も自分に好意を持っていると思った”とコメントしているのをニュースなどで目にすることがある。これも「主観的規範」によるものとして説明できそうだ。

「被害者特権」でも連鎖するハラスメントは、当事者の「主観的規範」を周りが修正するしかない

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今回の一件では、“岸氏もまた広告業界の悪習に飲まれた被害者”(要約)といった声もあった。岸氏が過去に社内でパワハラ的指導を受けていたかは定かではないが、セクハラ・パワハラを受けると、自分も同様の振る舞いをしてしまう、というような“連鎖”の可能性もあるのだろうか?

「それは6、7年前ぐらいの論文で提唱された『Victim entitlement』という概念で説明できるでしょう(Zitekなど、2010年)。日本語にすると『被害者特権』。たとえば、暴力を受けて育った子どもが、親になったときに子どもに暴力を振るってしまう。こういうことは多く起きるのですが、その当事者にある思考は『自分は被害を受けて損をしているのだから、その分周りに被害を与えてでも幸せになる権利がある』というもの。たとえるなら、『ビニール傘を盗られたから、自分も誰かのビニール傘を持っていってもいいだろう』というような“負の連鎖”ですね」

なんとも救いのない話だが、この“連鎖”を止めることはできるのだろうか?

「止めるのは難しいと思いますが、連鎖を断ち切るには、先に述べた『主観的規範』がカギになるだろうと思います。多くの人が『これはダメなことだ』と声を上げることで、加害者のなかでの『主観的規範』が変わっていくのです」

今回の騒動をきっかけに、「#MeToo」というハッシュタグを付けて、SNS上で自身の考えや経験談を語るムーブメントは加速している。このような動きによって、当事者の「主観的規範」が変わっていくことが、抜本的な解決策となるのではないだろうか。

〈取材・文=天野俊吉(新R25編集部)〉

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