「努力せずにウケても、うれしくない」
「二度と呼ばれなかった番組」が転機に。狩野英孝が“ボケずに語る”仕事論
新R25編集部
ホストに扮したナルシストキャラで一躍人気を集め、デビューから15年以上が経つ今もお茶の間を笑わせつづける芸人、狩野英孝さん。
今回、普段は「天然キャラ」や「愛されキャラ」として、常にとぼけたトークで大爆笑を作りだしている狩野さんに、あえて「おフザケなし」「ボケなし」で、大真面目にキャリア論を語っていただくという企画を決行しました。
「芸人になりたいとは思っていなかった」という学生時代から、「年2日しか休みがなかった」というブレイク時代。そして現在「イジられキャラ」という立ち位置に対して思うところなど…。
これまであまり語られてこなかった、「芸人・狩野英孝がいかにして成功をつかんできたか」。テレビでは滅多に見られない熱い狩野さんを、ぜひご覧ください。
〈聞き手=サノトモキ〉
【狩野英孝(かの・えいこう)】日本映画学校俳優科を卒業後、2003年に芸人デビュー。ナルシストキャラのネタで一躍人気を集め、ネタ番組『爆笑レッドカーペット』で大ブレイク。ネタブーム時代を代表するピン芸人の一人となる。実家は宮城県・桜田山神社で、現職の神主でもある
高校時代、なんとか家業から逃れようともがいていた
サノ
狩野さんは1500年の歴史をもつ桜田山神社のご出身で、もともとは家業を継いで神主になる予定だったんですよね?
狩野さん
そうなんですよ…
両親は、高校を卒業したら國學院大學に行かせて神主の資格を取得させるつもりだったんですけど、僕はどうしてもそれが嫌で。
高校生くらいのとき、とにかく「こいつに神主はムリだな」って親とか地域の方々に諦めてもらいたくて、バンドをやったり金髪にしたり…なんとかして神主から遠いところに行こうともがいてました。
サノ
じゃあ、「子どものころからお笑い芸人が夢だった」というわけではなかったんですね。
狩野さん
テレビっ子だったんで芸能界自体には憧れがあったんですけど、具体的に芸人になりたいとかは何も決まってなかったですね。どうしたらそういう道に進めるのかもわからなかったですし。
でも高校3年生のとき、職員室の前に、広末涼子さんが表紙を飾ってるリクルートの専門学校案内冊子が置いてあって、そこでのちに進学する「日本映画学校・俳優科」の情報を見つけたんです。
卒業生の欄に、ウッチャンナンチャンさんとか出川哲朗さんとか見たことある名前がズラリと並んでいて、「なんだこの学校は…!?」と思って。
「ここに行ったら、俺も芸能人になれるんじゃね!?」
狩野さん
実際カリキュラムを見たら、演技にダンス、発声練習から漫才演習まで…授業内容がとにかく幅広くて、ここならなんでも勉強できるなと。
あと、カンヌ国際映画祭も受賞した映画監督・今村昌平さんが考案した「10日間くらい福島の農家に行って米作りをする」みたいなカリキュラムもあって、すげえなと。
なんでも、「映画作りと米作りは似てる」らしくて。
サノ
似てました?
狩野さん
いやまったくわかんなかったですね。
そうですか…
狩野さん
で、興味がわいたので説明会に行ったんですよ。
そうしたら、集まってる学生が全員「絶対ここに受かっていつか売れてやる」みたいにギラギラしてる人たちばっかで…
一回そこで心が折れそうになったんですけど、結局1年くらいかけて「この学校でやっていきたい」と両親を説得しました。
サノ
最後にはご両親も納得してくれたんですか?
狩野さん
いや、納得とか応援というよりは、「まあ一握り、一つまみの世界だし、そのうち挫折して帰ってくるでしょ」みたいな気持ちが大きかったと思います(笑)。
「そこまで言うんだったら好きにしてみなさい。当たって砕けて、そして帰ってきなさい」と。
「全然相手にされてなかったなあ…」
渋々観にいった無名芸人のライブで、お笑い芸人になることを決意
サノ
そんなギラギラした仲間たちが集まった日本映画学校、どんな3年間でした?
狩野さん
何かを学ぶというよりは、自分のできなさに気づいていく時間だった気がしますね。
入学当初はみんなすごくギラギラしてて、「自分は誰よりも才能がある」とか、「こいつら全員蹴り落として一番になってやる」みたいに思ってたりもしたんですけど、やっぱり授業とか先生からの言葉で自分の未熟さを思い知って、丸くなっていく。
サノ
その3年間、当然狩野さんもお笑いだけじゃなく、お芝居や音楽も学んでいたわけですよね。
役者やアーティストになりたいとは思わなかったんですか?
狩野さん
お芝居も音楽もお笑いも全部楽しそうだなとは思っていたんですけど、3年生の半ばくらいだったかな…芸人を目指してた同級生たちに「マセキ芸能社のお笑いライブを観にいこう」って誘われて。
「誰が出るの?」って聞いたら、聞いたこともない芸人ばっかりで、正直当時の僕は「いやいや、なんでわざわざ名前も知らないような芸人のライブに行くの? 実力がないから無名なんでしょ?」なんて思っちゃったんですけど、「じゃあまあ、一応…」くらいの軽い気持ちでついていって。
そうしたら、もう…
狩野さん
めっちゃめちゃ面白くて。
若手時代のいとうあさこさんとかナイツさんとかが出てたんですけど、「なんでこの人たちがテレビ出られてないの!?」って思わされるくらい面白くて、かっこよかった。
もともとのイメージをひっくり返されたから余計にかもしれないですけど、バンドの演奏とか、俳優の演技を見たときみたいに「かっこいい」と思っちゃって。
それで、「俺もマセキにいこう」って。
徹底的に準備をするのは、「カッコ悪くなりたくないから」
サノ
でも、日本映画学校ではお笑いだけにがっつり打ち込んでたわけじゃないですよね。
事務所に入ったばかりのときは、追いつくのにけっこう大変だったんでしょうか?
狩野さん
お笑いの勉強をできると言っても、あくまで「俳優科」だったので、メインはお芝居の授業。お笑い実習は3年中3カ月しかなくて、入社時は実質ゼロからのスタートみたいなもんでしたね。
マセキ芸能社って月1で定例ライブをやっていて、そこに出場するためには3組で競うオーディションを勝ち抜かないといけないんですけど、芸人になったもののネタの作り方が全然わからなくて、これは勉強しなくちゃとても話にならないなと思いました。
サノ
どんな勉強をしたんですか?
狩野さん
もともとお笑いは好きで、最寄りのレンタルビデオ屋さんのバラエティコーナーは全部観終わってたんですけど、生のお笑いを観た経験値は圧倒的に足りなかったので、まずはピン芸人の生ライブを観にいくことから始めようと。
ひたすら生のお笑いを研究しながら、ネタの作り方を学んでいきました。
サノ
(さらっと言ってるけど、レンタルビデオ屋のバラエティコーナー踏破してるってやばいな…)
自分の足りてないところを自己分析して、徹底的に準備したと。正直、かなり意外です。
狩野さん
べつにそんなにカッコいいものではなくて、ただ恥をかきたくないの一心だったんです。
僕、ナルシストのキャラクターでお笑いやってますけど、やっぱり素の部分ももともとカッコつけではあったので、「失敗したらカッコ悪い」っていう自意識がいつもどこかにあって。
狩野さん
オーディションにしても、ほぼ「僕だけ落ちたらめちゃくちゃカッコ悪いぞ」って気持ちだけで準備をしてました。
まあ、結果、僕だけ落ちたんですけど。
サノ
えっ。
狩野さん
屈辱…あれはホントに屈辱でしたね。
落ちた人は、オーディションを勝ち抜いた同期のライブの手伝いをするんです。2階で同期が笑いとってる声を聞きながら、チケット配って、下駄箱にお客さんの靴入れて番号札渡して…
そういうときはやっぱり「もう辞めちゃおっかな…」とも思うんですけど、そこでも「ここで逃げ出すのは一番“カッコ悪い”」と思い直して、また来月に向けて頑張ってました。
「一発屋が頭をよぎる余裕も、天狗になる余裕もなかった」
サノ
そこからたった1年で、「ナルシストキャラ」という武器を極めて一気にスターの道を駆け上がっていったと…
当時はどんなお気持ちだったんでしょうか?
狩野さん
一番忙しかったとき、ゆっくり休めた休日って365日中2日しかなかったんです。
当時はネタブームだったからどんどんネタを作らなきゃいけなかったし、朝方にできたネタを全国のゴールデンでやるみたいな日もあったんで、毎日めっちゃ怖くて。
狩野さん
しかも、失敗しても凹む時間もない。
下積み時代みたいに「これは失敗だった。じゃあどうするか」って反省とか対策をする時間もなくもう次の仕事が来るんで、気持ちを引きずらないことくらいしかできることがなくて。
サノ
なんだかお聞きしていると、まわりから見たら「成功者」っぽく見えてる期間のほうが圧倒的に…
狩野さん
キツかったですね。カッコ悪い目に遭うのはめちゃくちゃ嫌なのに、準備ができないんですよ。
自分のオンエアを観て「うわここ、編集でめっちゃ助けていただいてる…」みたいなことにも気づけないから、まわりに感謝もできなかったですし。
一発屋にならないか不安がよぎる余裕も、天狗になる余裕もなく、ただただ目の前のことに必死でした。
ハプニングでウケても、おいしいとは思わなかった
狩野さん
でも、仕事量が落ち着いてからは、やっぱりめちゃくちゃ準備して収録に臨むようになりましたね。
トーク番組が決まったら、後輩を食事に誘って、「そういえばさ…」みたいな感じで本番話そうとしてる内容を練習させてもらったり、当時の彼女に聞いてもらったりもしてました。
やっぱり、ビギナーズラックとかラッキーパンチで成功するよりも、1カ月2カ月考えて練習してドンとウケたときのほうが、断然うれしいし楽しいんです。
サノ
でも、狩野さんって「意図していなかったところで奇跡的なハプニングを巻き起こす」みたいな天然キャラのイメージも強い気がして。
意識的にやっていなくても勝手に笑ってもらえるのって、僕だったら正直「おいしい」って思っちゃいそうなんですけど…
狩野さん
たしかに僕、せっかく事前に準備をしても本番で言い間違えたり噛んじゃったりして、予定通りにいかないことは多いんですよ。
先輩たちがツッコんでくれればそれはそれで笑いになるし、プロデューサーさんとかも「よかったよ」って言ってくれますけど…僕自身は「練習したのにうまくできなかったな…」って毎回本気で落ち込みます。
もちろん僕も芸人なので笑いが起きたらそりゃあうれしいですけど、やっぱり自分の力じゃないとわかっているのに「おいしい」とは思えないですよね。
狩野さん
ある時期からドッキリの仕事とかもすごく増えたんですけど、あれも仕掛け人とか編集の力で面白くなってるだけ。
僕自身は普段通りの生活をしていて、何も笑わせようとしてないし、準備もしていない。
「何も面白いことしてないのに、これでいいのか?」って、だんだん何が面白いのかすらわからなくなってしまった時期もあったな…
サノ
でも、そうやってまわりにイジってもらって面白くなるのって、「愛されキャラ」である狩野さんの強みなんじゃないでしょうか?
狩野さん
うーん、僕、「愛されキャラ」って言葉がちょっとよくわからなくて。
昔、「他の人だと『やりすぎだ』ってなっちゃうことも、英孝ちゃんだとかわいそうな感じにならないから、すごくイジりやすいんだよ」って誉め言葉みたいに言われたことがあるんですけど、いや俺、傷つきますから!(笑) 痛いし、寂しいし、傷ついてる。
そうやって使っていただけることはもちろんありがたいし、それで笑ってもらえるならいっかと思う自分も正直いますけど、「こいつはかわいそうじゃないから強めにイジっていい」みたいなことを「愛されキャラ」と都合よく呼ぶのは、俺は正直よくわからないです。
サノ
そっか、「愛されキャラ」って、イジったり、笑ったりしてる側が都合よく押し付けてるレッテルだったりするのかも…
狩野さん
ただ、強くイジってくるスタッフさんや芸人さんは、スキャンダルで僕がほんとうに落ち込んでいたときに「世間から狩野英孝を忘れさせない」と言って一番手を差し伸べてくれた人たちでもあったので、やっぱり今となってはすごく愛も感じるし、感謝してるんですけどね。
狩野さん
でも、当時はあんまりにも「英孝ちゃんはそれでいいんだよ!」って言われるもんだから、だんだん不貞腐れちゃって、あるときついに何も準備せずに本番に臨んだんです。
なまくらでもいいから武器を用意しておけば、「心の準備」ができる
サノ
そんな破天荒エピソードが…!!
狩野さん
自分は思い通りのお笑いをできずに納得できないのに、まわりからは「いやよかったよ!」って言われつづけるうちに、「ふーん、あれでいいんだ」って。
「一生懸命準備してもどうせ無駄になるし、失敗しても笑いが起こるなら何も用意していかなくていいや」っていじけたんです(笑)。
狩野さん
でも、結局その番組には二度と呼ばれなかった。
準備ができてないと「今ふられたらどうしよう」ってことで頭がいっぱいになっちゃって、人が言ってることまったく聞いてないんですよ。
だから「英孝ちゃんどう思う?」って聞かれても頭真っ白になって、「ええっと、すごくいいと思います…」みたいに駆け出しのアイドルみたいなことしか言えなくて。
武器がないから、何も切り返せないんです。
サノ
それ、めちゃくちゃわかります!
僕も仕事で会議に準備不足で臨んじゃったときとか、自分の番が回ってきたときのことばっか考えちゃって、結局全然発言できずにほぼいないも同然の人になっちゃいます。
狩野さん
それからは、「準備をする」って、たとえば僕で言えばネタやトークを準備することですけど、ほんとうは武器を用意することで「気持ちを準備できる」ことに何より意味があるのかもなって思うようになって。
たとえ本番でトークを思い通りに話せなかったり、仕込んだネタを披露するタイミングが来なかったりしたとしても、「いざというときはこの刀を抜けばいい」と思える武器があると、それだけで余裕をもって人の話を聞けるし、よりベストなタイミングで刀を抜けるようにもなるんです。
サノ
たしかに、バラエティ番組『ドキュメンタル(制限時間内で芸人同士が笑わせあい、笑ってしまった芸人から脱落していくサバイバル形式のお笑い番組)』でも、「バッグ一つ分なら小道具を持ち込んでいい」っていうルールがありましたけど、狩野さんバッグがパンパンになるまで武器用意してましたもんね。
あのバッグの大きさは、狩野さんがドキュメンタルに対して準備してきた気持ちの大きさでもあったんですね…
狩野さん
あの番組なんかはとくに先輩方との真剣勝負なので、自分が面白いと思う笑いで先輩方に笑ってもらうチャンスだと思って、とくに準備に力をかけました。
ハンズとかドンキをまわりまくって、バッグが閉まらないくらいいろいろ買いだめして行ったんですけど、いざ現場に着いたら、千原ジュニアさんが手ぶらで来てて。
もうその時点で、圧倒的な力の差を見せつけられました。
サノ
でも、そこまで準備するところがきっと狩野さんならではの強さなんだなって、今日お話を聞いて思いました。
狩野さん
そう…なんですかね?(笑)
まあでも、手ぶらで来て笑いをかっさらうつもりの人と渡りあわなきゃいけないんだから、自分なんかはなおさら10の準備をしておかなくちゃいけないと思うんです。
実際カバンの中で使ったのってリアルに3割くらいだったんですけど、残りの7割が無駄だったというよりは、きっと10割分用意したことに意味があったはずで。
めっちゃ準備したのにうまくいかなかったり出番がこなかった僕を見て、「お前が準備してきた武器、全部なまくら刀やで」ってイジってもらえるのは、準備してこなかったやつでは起こせない笑いですから。
おわりに
これまで、いつもどこかとぼけていて、自然体のままみんなに愛されているように見えていた狩野さん。
しかし、いざ「おフザケなしで」とお願いをしたら、想像の数倍熱い魂をひっさげた狩野さんが待っていて、正直めちゃくちゃ驚きましたし、表に出さない「準備」の数々を知ったときはふつうに「かっこいい…」と思ってしまいました。
狩野さんを「天然キャラ」「愛されキャラ」と思っているそこのアナタ、じつは彼の手のひらの上にいる…のかも!?
〈取材・文=サノトモキ(@mlby_sns)/編集=天野俊吉(@amanop)/撮影=二條七海(@ryuseicamera)〉
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