ビジネスパーソンインタビュー

「ありがとう、は安く不満を抑えようとする言葉かも」幡野広志に聞く“感謝と感動ポルノの違い”

「病気になったら、“思い出の旅”に連れて行かれて…」

「ありがとう、は安く不満を抑えようとする言葉かも」幡野広志に聞く“感謝と感動ポルノの違い”

新R25編集部

連載

#ありがとうプロジェクト

2020/06/30

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未曾有の国難に直面し、社会は殺伐とした空気になっています。しかし、この苦しい状況下だからこそ、誰かへの感謝を感じることもあるのでは?

新R25は、みんなが前を向くエネルギーになる声を届けるコンテンツをつくり、「#ありがとうプロジェクト」として発信していきます。

…というプロジェクトを立ち上げてしばらく、ずっと気にかかっていることがありました。それは、この企画が“感動ポルノ”になってはいないか、ということ。

先日も、新型コロナウイルスと戦う医療現場への応援メッセージに対して、「医療現場の過酷さを、勝手に美談にしないでほしい」というような声がSNS上で見られました。

困難な状況にある人を、「感動の材料」として消費してしまう感動ポルノ。じつは僕たちも、普段の生活のなかで無意識のうちにやってしまっているんじゃないか…?

そんな危機感を抱いた筆者は、2017年にガン患者であることを公表して以来、たくさんの“感動ポルノ”を経験してきたという写真家の幡野広志さんに、「感動ポルノってなんなんでしょうか?」と聞いてみることにしました。

〈聞き手=サノトモキ〉

【幡野広志(はたの・ひろし)】写真家。1983年、東京生まれ。2004年、日本写真芸術専門学校中退。2010年から広告写真家・高崎勉氏に師事。同年「海上遺跡」で「Nikon Juna21」受賞。2011年、独立し結婚する。2012年、エプソンフォトグランプリ入賞。2016年に長男が誕生。2017年、多発性骨髄腫を発症し、現在に至る。著書に『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる』(PHP研究所)、『写真集』(ほぼ日)、『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために』(ポプラ社)がある

幡野さん

自分たちの企画が“感動ポルノ”になってないかを聞きにくるって、面白いね(笑)。

サノ

医療従事者、コンビニや薬局で働く人たち、いろんな方々への「ありがとう」を届けてきたつもりだったんですけど…

誰かをイヤな気持ちにさせていなかったかなと不安になって。

「感動ポルノとして消費されること」を実際に経験されたという幡野さんなら、本音で答えてくれるんじゃないかと。

幡野さん

なるほどね。まず、「勝手に美談にするな」っていう医療者の指摘は、本当にそうだと思う。

感染対策のマスクとか防護服が足りない状況で働かなきゃいけないってニュースになったとき、「医療現場の方々、ありがとう」みたいな空気ができたでしょ?

僕あれ見て、「ずるいなあ」と思ったもん。

サノ

「ずるい」…?

「ありがとう」は、コスト低く不満を抑えようとする行為…?

幡野さん

医療者って「他人に尽くすやさしい人たち」って決めつけられがちだけど、彼らにも家族がいて人生があるわけだし、他人のために命を懸けられるわけないよね。

でも「ありがとう」って言われちゃったら、言い返せないですよ。これはもう、コミュニケーションとして王手に近い。

サノ

たしかに…

幡野さん

ようは、すごくコスト低く不満を抑えようとしてるんですよ。

本来であれば、無理させるのであればお金と物資と時間を与えなくちゃいけないのに、何の費用も出さずに「ありがとう」だけで医療従事者に無理強いしようとしてる。

こんなのブラック企業と一緒だよね。善意で頑張ってきた人も、辞めたくなっちゃったりすると思う。

サノ

善意だけじゃ限界がありますよね…

この間も、「自粛に協力せず、病院でもスタッフに当たり散らすコロナ感染者を見て、命を懸けてまで守りたいと思えなくなった」と退職してしまったベテラン医師のブログが話題になってました。

幡野さん

そうなっても仕方ないと思うよ。

僕は毎週病院に通ってるんですけど、医療従事者って「ありがとう」と言われれる一方で、毎日患者さんに怒鳴り散らされてるんですよね。

もともと、モンスター患者もそれに疲れてる医療者もすごく多かったと思うんだけど、今回、それがより顕在化したんだと思う。

幡野さん

あとね、僕が通ってるのは大学病院なんだけど、大学病院のお医者さんってすごく給料安いの。

大学の給料だけだと、人にもよるけどたしか月給20万後半くらい

サノ

えっ? お医者さんが、20万円台?

幡野さん

そんなもんなの。大学病院は全然高くない。

それでも、「研究したい」「最新設備で患者を治したい」「専門医になって開業したい」みたいに上昇志向で頑張ってる人が多いんだよね。

で、彼らは「外勤」っていって、他の病院に行ってバイトするの。それで1回3万円とか5万円とかもらって収入を安定させるんだけど、コロナの状況ではそれも禁止になったりする。

サノ

そうだったんですね…全然知らなかった。

幡野さん

収入が下がってストレスが上がった人たちに対して、社会は「ありがとう」だけでリスクある過酷な労働をお願いしている

それってすごく「安い」ですよね。

「ふざけんな」って声が出てもおかしくないと思うよ。

サノ

…今その「安さ」を、自分たちに対しても感じてるかもしれません。

幡野さん

そうかもしれないね(笑)。

よかれと思っても、結果的に彼らの口をふさぐような「ありがとう」になっちゃってたら、あんまりよくないよね。医療者に無理をさせたのだから、まずは医療者の不満を聞いたほうがいい。

感動ポルノってある意味、反撃を許さない一方的な暴力だから。

聞いててどんどん苦しくなってきたけど、もう心して聞くしかない

「生きた人間は叩かれて、亡くなった人間は軍神扱い」

サノ

幡野さんご自身も、やっぱり病気になられてからそういう経験があったのでしょうか?

幡野さん

基本的に、来る取材はだいたい感動ポルノですよね。それは本当に嫌だった。

サノ

…!

幡野さん

この前、ガン保険の会社のインタビューを受けたんですよ。

「家族との感動秘話」みたいな内容を依頼されたんですけど、嫌だったから「お金と保険の話をさせてもらえるなら出ます」と答えて。

サノ

ふむふむ。

幡野さん

で、取材当日もそのままお金と保険の話をしたんですけど、結局記事は「家族への感謝の話」に仕上がってたの(笑)。

サノ

ええー!! それは…なるほど…

幡野さん

でも、仕方ないと思いますよ。やっぱりそのほうがウケがいいんでしょうね。

結局感動ポルノって、「相手のため」なんかじゃなくて、「自分のためのエンタメ」なんですよね。

やってる人たちが勝手に気持ちよくなってるだけで、された側はエンタメとして一方的に消費されていく

幡野さん

病気になってからは、「誰だっけ…?」みたいな親戚がいっぱい見舞いに来たんだけど、彼らも「自分のため」にやってるんです。

なんかね、旅行に連れていこうとするのよ。「思い出の地」みたいな(笑)。

ほぼ知らないおっさんと旅行なんて行きたくないんだけど、連れまわされちゃうの。「これは、この人の思い出作りなんだろうな」って、ずっと思ってた。

旅行は行きたい人と、行きたい場所に行くから楽しいのよ。

サノ

しんどすぎるし、自分勝手だなと思うけど…

普段自分も近いことをやっちゃってるかもしれないな…

幡野さん

医療従事者に「ありがとう」って言って一番感動してるのも「ありがとう」って言ってる人たちでしょうね。

勝手に感動して、お医者さんが過労死とかしたらまた悲しみながら感動するんじゃない? 軍神扱いするんじゃない?

で、お医者さんが文句を言おうものなら今度は叩くんじゃない?

「軍神」とは、明治期から太平洋戦争期にかけて日本軍やマスコミが、壮絶な戦死を遂げた人を神と称えたもの

幡野さん

志村けんさんが新型コロナウイルスで亡くなったとき、世の中はすごく大々的に、ていねいに扱ったでしょ。

でも、石田純一さんのときはひどいもんだったよ、扱い。二度と出てくるなとか。

生きた人間はめちゃくちゃ叩かれて、亡くなった人間は感動を生んで軍神扱い。すごいことが起こってるなと思った。

サノ

まさに、「エンタメとして消費してる」の象徴的なエピソードだ…

本当に感謝を伝えたいときは、どうすればいい…?

サノ

感動ポルノって想像以上に身近なものだったんだなと痛感してるんですけど…

僕たちは、誰かに「感動ポルノ」を押しつけてしまわないように、どう気をつければいいんでしょうか?

幡野さん

まず、黙る黙って彼らが喋るのを待つ。それに尽きると思いますよ。

医療従事者にしても、彼らはとにかく「できるだけ家にいてくれ」ってことを言い続けてるじゃないですか。

「ありがとう」「ありがとう」ってこっちが言うんじゃなくて、まずこっちが彼らの言うことを聞いたほうがいいでしょうね。

それが彼らの求めていることなんだから。

サノ

勝手に何かを押しつける前に、まず相手のことをきちんと理解しろと。

たしかに、「まず黙る」と決めることで冷静に考えられる場面っていっぱいありそうだ

サノ

でも、心から「ありがとう」と伝えたいときもあると思うんですけど…

どういう伝え方なら、相手に押しつけずに届けられるんですかね…?

幡野さん

目の前の人に「ありがとう」って伝えるのが一番健全なんじゃない?

僕は病院に一回通院すると、12、13人くらいの医療従事者の方とかと接するから、受付の人とか採血してくれる人に、直接「ありがとう」って言ってる。

サノ

たしかにコンビニの店員さんとか、配達の方とか…直接伝えられる人もたくさんいますね。

幡野さん

誰が言ってるかもわかんないSNSで「ありがとう!」って言われるよりも、目の前の人から伝えられたほうが圧倒的に実感があるし、伝わるよね。

メディアでこういう企画をやるにしても、読者の人たちが記事を読んで感じた感謝を日常に持ち帰って、目の前の人に「ありがとう」を伝えるきっかけになってるんだったら、すごく意味はあるよね。

少しだけ、救われた気がしました

感動ポルノは「その人が幸せになったとき、態度が変わるかどうか」でわかる

サノ

ちなみに、「自分が感動ポルノをしてるかどうか」って、どうやったら気づけるんですかね?

そもそも、自覚するのがすごくむずかしい気がするんですけど…

幡野さん

上から目線かどうか」じゃない?

感動ポルノって、ようはマウンティングなんで

幡野さん

感動ポルノをしてしまう人って、本質的には「弱者を見つけて安心したがってる」んじゃないかとも思うんですよね。

自分より弱いやつ見つけると、安心するでしょ。運動会とかでも、自分より下のやつがいると安心する。やってることは、それと近い気がしていて。

サノ

なるほど…正直、自分にもそういうところある気がします。

幡野さん

これは僕のパターンだけど、僕が本を出したりしてる現状を見て、当時感動ポルノを押しつけてきた人は今、ちょっとムカついてるっぽいんだよね。

幡野さん

ようは、「自分より下だと思ってた人間」に抜かされたような感覚なのかな。

だから、僕が死んだら喜ぶんじゃない?

サノ

「おとなしく不幸になっとけよ」みたいな…

幡野さん

それこそ、いざ大学病院のお医者さんとか看護師さんの給料を国が支援して月給手取り100万円になったら、世の中はめっちゃ反発すると思うよ。

きっとありがとうの声も薄れる。

幡野さん

「困窮する大学生に国が10万から20万だかお金を支援する」ってニュースが出たじゃない。

それに対して、怒りのコメントが殺到してたんだよね。

結局、大学生が困窮してれば同情するんだけど、具体的な支援が発生して「いい思い」をすると、人は怒るんだよ。

サノ

不幸そうな人を見つけると気持ちよく感動するものの、その人が幸せになるのは許せない…

人間、業が深すぎる

幡野さん

でも、そういうものだよ人間って。

だから、自分が応援したり感謝をしたりしてる相手が幸せを手に入れたときに、本気で喜べるかを想像すれば、自分の気持ちが本物かわかると思うよ。

おわりに…

幡野さん

でも、究極的にはやられないとわかんないと思う、これは。イジメと一緒。

僕だって、病気になってはじめてその辛さを知ったから、自分も誰かにやっちゃわないようにって気をつけてるだけで…

経験してなかったら今みたいに考えられてなかったと思うし、感動ポルノしちゃってたと思う。

サノ

そっか、幡野さんでも。

幡野さん

でもまあ、意識することはできますよね。

結局、Win-Winであればなんでもいいと思うんですよ。

幡野さん

自分が気持ちいいだけじゃなくて、ちゃんと相手にとってもwinになってる「ありがとう」なのか。

そこを意識できるだけでも、全然違うとは思う。

サノ

Win-Winであればいい」。シンプルだけど、間違いなく一つの結論ですね…

それを考えるだけで、「ありがとう」だけで対価を求めるんじゃなくて、少し具体的な行動を取れる気がします。

言葉だけで終わらせるんじゃなく。

幡野さん

そうだね、言葉より具体的な行動のほうがいいだろうね。

相手が本当に言いたいことに耳を傾けて、それから「相手のため」にできることを考えてみる。

だからやっぱり、まずは「黙る」ですね。いろいろ言いたくなるのはわかるけど、ここから始めるのが一番いいと思います。

まず黙ろう、我々が黙って、彼らが喋るのを待とう

誰もがSNSをポケットに忍ばせて、わずか数秒で自分の思いや考えをみんなと共有できるようになった21世紀。この言葉は、今を生きる僕たちに本当に大切なことを教えてくれている気がしました。

「誰かのため」と言いながら「自分のため」にやってしまっている、いろいろなこと。少しずつ気づいていけるように、自分と向き合っていけたらなと思います。

〈取材・文=サノトモキ(@mlby_sns)/編集=天野俊吉(@amanop)〉

幡野さんの「なんで僕に聞くんだろう。」が絶賛ロングヒット中!

Webメディア「cakes」史上最も読まれてる連載を書籍化した、「なんで僕に聞くんだろう」。

恋の悩み、病気の悩み、人生の悩み。質問文に隠された本音をスルスルと紐解いていく幡野さんの言葉は、ウソがなくまっすぐで、ときにとても厳しい。

書籍内には“自ら感動ポルノの主人公になってしまう人”の悩みに答えるパートも。自分が知らず知らずのうちに誰かに押しつけてしまっていた感動ポルノに、痛みを伴いながらも気づける1冊でだと思います。

気になった方は、ぜひチェックしてみてください!

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