ビジネスパーソンインタビュー

「一番搾り」の根底にある“ロングセラー5箇条”。キリン伝説のマーケターによるヒットの裏側

永井隆著『キリンを作った男――マーケティングの天才・前田仁の生涯』より

「一番搾り」の根底にある“ロングセラー5箇条”。キリン伝説のマーケターによるヒットの裏側

新R25編集部

2022/07/08

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どうすればヒットするか、俺には分かってしまうんだ

「一番搾り」「淡麗」「氷結」など、親しみ深いお酒を次々と世に打ち出してきた、キリンビールのメガヒットマーケター・前田仁さん(1950年〜2020年)の言葉です。

一流のマーケターが商品をヒットさせるまでには、どのような嗅覚や戦略が必要なのか…?

そんな疑問を、前田さんが辿ってきた物語を通して明らかする一冊が、ビール産業を取材して30年以上になるジャーナリスト・永井隆(ながい・たかし)さんの著書『キリンを作った男――マーケティングの天才・前田仁の生涯』(プレジデント社)です。

今回は同書より、「一番搾り」誕生までの軌跡とロングセラーの5箇条について抜粋してお届けします。

この記事はこんな人におすすめ(読了目安:5分)
・キリンのヒットの裏側を知りたい人
・ヒットを出したいマーケターやクリエイター
・チームにヒットをもたらしたいリーダー

キリンのメガヒットマーケター・前田仁

キリンビールといえば、どういうブランドを思い浮かべるだろうか。

「一番搾り」を真っ先に想像する人は多いかもしれない。

ビールではその「一番搾り」「ハートランド」、発泡酒の「淡麗」および「淡麗グリーンラベル」、第3のビール「のどごし」、そして缶チューハイ「氷結」…。

これらはみな、一人の人物が作った商品である。

その人の名は前田仁(1950年〜2020年)。

ある時期まではプレーヤーあるいは現場リーダーとして、以降はカリスマ上司として、前田は新商品開発に挑んだ。

このように複数のメガヒットを飛ばしたマーケターは、キリンの中で、いやビール業界では、ほかにはいない。

なぜこの男だけが、いくつものヒットを生み出せたのか――。

「一番搾り」開発の一手は“優秀な人材集め”から

キリン「一番搾り」の開発が始まったのは、89年1月だった。

開発を担当したのは、新商品開発を専門とするマーケティング部の第6チーム。

そのリーダーに当時39歳だった前田仁が就いた。

アサヒ「スーパードライ」の勢いを何としても止めなければならない。

そのための新商品として、「一番搾り」の開発がスタートする。

前田はまず、社内の優秀な人材を、部門の垣根を越えて集めることから仕事を始めた

入社5年目で名古屋工場醸造課に直近まで勤務していた舟渡知彦など、その後キリンの中核を担う人材が集結する。

「一番搾り」の広告は電通が担当したが、その電通側の人選すら、前田がやったという。

プロジェクトに参画した電通は、すぐ次のような提言を行った。

「アサヒはスーパードライという核弾頭で戦っている。一方、キリンには小さな武器しかない。キリンにも核弾頭が必要だ

「核弾頭」とはいかにも大げさだが、こうした単語のチョイスが当時のビール商戦の激しさを物語っている。

「一番搾り」が倣った、ロングセラーの5つの条件

当時、前田の部下だった舟渡は、こう証言する。

ロングセラーに帰る消費者たち(ダイヤモンド社)という本が前田さんあてに送られてきました。千葉商科大学の教授をしていた熊沢孝さんの本でした。前田さんは忙しかったので、代わりに私が読んで、内容を教えろと指示されました」

『ロングセラーに帰る消費者たち』は、ハウス「バーモントカレー」や、グリコ「ポッキー」など、さまざまなロングセラー商品を分析していた。

マーケティングの本を読むのは初めてだった舟渡は、新しい世界に触れる興奮を覚えながら、要点を自分なりに整理して、前田に提出した。

「1つ、企業の思い入れが感じられること。2つ、オリジナリティがあること。二番煎じではダメ。3つ、本物感があること。4つ、お客様が得した感じを抱けること。要するに経済性です。日本の消費者は経済性が好きで、メーカーはその分、損をしがちです。5つ、親しみやすさがあること。個性が強すぎるものは嫌われます」

舟渡の話を聞いて前田はこう言ったという。

「いいじゃないか。これでいこう」

こうして「一番搾り」の方向性がまとまっていった。

企業の思い入れ

オリジナリティ

本物感

経済性(お得感)

親しみやすさ

キリンを作った男――マーケティングの天才・前田仁の生涯

この5条件のうち、特に③と④の要素を前田は大事にしていた。

麦芽100%で、しかも専用のグリーンボトルを使った「ハートランド」、一番搾り麦汁だけを使う「一番搾り」、高コストな大麦を使った「淡麗」と、いずれも前田はプレミアムな価値」を「スタンダードな価格」で提供することにこだわっている。

“キリンの天皇”と直談判して勝ちとった「危険な賭け」

「キリン・ジャパン(「一番搾り」の当時の名称)」の商品化が正式に決定する。

ここで問題が持ち上がった。

「キリン・ジャパン」は、「ヱビス」のような高価格のプレミアムビールにするという。

コストが上がる分、商品価格を上げるという判断が下ったのである。

これでは勝てません。スーパードライを止める大型定番商品を作るのが、僕たちの目的だったはずです!

会議の結果を持ち帰った前田に、さっそく舟渡が食ってかかった。

前田自身も通常価格で売るべきだと思っていた。

そうしないと「スーパードライ」に対抗できないのはわかり切っている。

だが、この時、前田は39歳。

経営会議の決定を覆す力は持っていなかった。

その時、前田のマーケティング部第6チームが入るフロアのドアが静かに開き、大男が入ってきた。

その男は前田の前にやってくると、前置きもなく言い放った。

「前田君、今日の経営会議の決定を、君はどう思う?」

この大男こそ、キリン社長の本山英世だった。

当時、「キリンの天皇」と呼ばれていた男である。

「社長、実は申し上げたいことがあります」

「そうか。では、二人だけで話そう」

この「直談判」の場でも、純粋に商品としてどうすれば売れるか、という話をした。

開発責任者として「通常価格でなければ、スーパードライを止められません」と、前田はあくまで冷静に訴えた。

数を売れば、多少原価が高くても採算は取れる。

一方で思うように売れず、空振りだった場合、ダメージが大きくなる。

つまり、値上げせず通常価格で売るのは「危険な賭け」だった。

すべての責任は、私が取ります

前田はこの時、「キリンの天皇」の前で、自分の覚悟のほどを示したのだった。

やがてドアが開き、いつものニヤニヤ笑いを浮かべた前田が入ってくると、いつになく張りのある声で次のように言った。

通常価格で行くことになった。プレミアム案は却下だ

それを聞いた舟渡は思わず小躍りした。

「一番搾り」の大ヒット

「一番搾り」のヒットが牽引し、キリンの90年の販売数量は前年比10.5%増の2億5500万箱に拡大する。

この年2桁増を果たしたのはキリンだけだった。

「一番搾り」のヒットにより、前田ら開発チームは、当時の本山英世社長から社員表彰(社長賞)を受ける。

発売翌年の91年6月のことだった。

前田仁は、この時41歳。

働き盛りのサラリーマンが手にした栄光だった。

“マーケティングの天才”の頭のなか

戦後にキリンでヒットした商品のほぼすべてにかかわり、「マーケティングの天才」と謳われた前田さん。

2022年1月からキリンビール社長に就任した堀口英樹さんは、前田さんについてこう言います。

本質と信念の人でした。

つねに流行は追っているけれど、それで『本質』を見失うことはない。

前田さんにとっての『本質』とは、お客様のことです

会社の都合などは二の次でしかありません

部下にも『社内事情より、お客様を第一に考えろ』と言い続けています。

キリンを作った男――マーケティングの天才・前田仁の生涯

前田さんにかかわった仲間の証言から見えてくる“天才マーケターの頭のなか”を、同書で覗き見てみませんか?

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