ビジネスパーソンインタビュー

「プロデュースとは、人生を共有すること」宇多田ヒカルのデビューに携わった松尾Pに聞く後輩の指導法

「平井堅さんに言ったこと、ちょっと後悔してるんだよね(笑)」

「プロデュースとは、人生を共有すること」宇多田ヒカルのデビューに携わった松尾Pに聞く後輩の指導法

新R25編集部

2021/04/13

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新卒が入ってきたり、自分の担うポジションが変わったりと、変化が目まぐるしいこの季節。

皆さんは後輩や部下への指導、どうしていますか?

難しいのが、ヘタに注意したところがその人の“いい個性”な可能性があるということ。自分なんかが口出しをして才能の芽を摘んでしまっていいのか…!?

というわけで、今回お話を伺ったのはこの方。

音楽プロデューサーの松尾潔さんです。

【松尾潔(まつお・きよし)】1968年生まれ、福岡県出身。音楽プロデューサー ・作詞家 ・作曲家。R&B、HIP HOPを対象としたライター業を経て、90年代半ばから音楽制作に携わり、SPEED、MISIA、宇多田ヒカルのブレーンを務めた後、プロデュースした平井堅、CHEMISTRYを成功に導く。2008年、作詞・作曲・プロデュースを手がけたEXILE「TiAmo」が第50回日本レコード大賞を受賞するなど、ヒット曲、受賞歴多数。数多くのアーティストに提供した楽曲の累計セールス枚数は3000万枚を超える

松尾さんといえば、SPEED、MISIA、宇多田ヒカルのデビューに関わり、平井堅、CHEMISTRYをトップアーティストへ導いた“ヒット請負人”

さまざまなスターの本質を見抜いてきた名プロデューサーは、どのように人の強みを伸ばし、弱みをカバーしてきたのか。聞いてみました!

〈聞き手=いしかわゆき〉

プロデュースの本質は「捨てること」。では松尾Pが「残す」ものは…?

いしかわ

今日は松尾さんに「組織のメンバーをプロデュースするコツ」を教えてもらえたらと…

よろしくお願いします!

松尾さん

プロデュースねぇ!

僕、何かを教えるって「前後5歳ぐらい」の関係性が一番難しいんじゃないかと思うんです。

僕とあなたぐらい年が離れてると、「この年代にはこの年代の正解があるだろうし、自分が間違っているんじゃないか」という寛容さや冷静さが生まれる余地もあるんですけど、若い人同士だとお互いカリカリしちゃうでしょ。

考えなきゃいけないこと、いっぱいありますよね。

敏腕プロデューサー、いったいどんな講義をしてくれるのか…?

いしかわ

たくさんの才能を世に送り出してきた松尾さんですが…

人をプロデュースするとき、松尾さんはいったい何をしているんですか?

松尾さん

僕はまず、ひたすらいろんなことをやってもらうんですよ。

その人がどんな人で、どんな個性を持っているのか、いい部分も悪い部分も一度全部見るんです。

そしてプロデュースの本質は、広げて見えてきた個性のほとんどを「捨てる」こと

捨てちゃうのか…

松尾さん

優れたプロデューサーは優れたエディター(編集者)であるべきなんです。

エディットを「編集(集めて編む)」と表記するのは誤訳だと思ってます。編集とは「集めて削る」こと。

プロデュースでやるのは、ほとんどが「捨てる作業」なんですよね。

いしかわ

プロデュースの本質は、集めて捨てること…

何を捨てて、何を残すんでしょうか…?

松尾さん

努力によって変えられない個性」。ここをジャッジします。

松尾さん

その人の個性を、努力によって養われた個性と、“声質”のように「努力では変えられない個性」に仕分けるんです。

宇多田ヒカルちゃんのあのヴォーカルテクニックを、トレーニングして身に付ける人はいるかもしれないけど、あの声を手に入れることは不可能。

「他の人が努力で手に入れられない魅力」。これこそが才能なわけで、そこを探しますね。

いしかわ

なるほど。

松尾さんがプロデュースしたアーティストだと、ほかにはどんな感じでその作業をしたんですか?

松尾さん

たとえば、けんちゃ…平井堅さんはわかりやすいかな

いしかわ

(けんちゃんって呼んでるんだ)

松尾さん

彼は歌う前のブレスに大きく「スゥッ」と声が混じるのがユニークなんですけど、あの声帯でそれをするから「いいかも」と思って。

だけど、明石家さんまさんの引き笑いみたいな音で「ヒャーッ」とか言ってたらたぶん邪魔だと思う人が多いので、「悪癖」として削っていきます。

巻き込み事故を食らうさんまさん

松尾さん

あと平井さんって歌うとき、アレじゃないですか…「すごい悪臭を嗅いだとき」みたいな顔してるじゃないですか

いしかわ

悪臭。いやいや…セクシーなお顔ってことですよね。

松尾さん

昔は僕も自分の感性に根拠のない自信があったのか、「それはやめたほうがいい」って言ってたんですよ。「もうちょっと綺麗な表情で歌えないの?」って捨てようとしていた。

でも、ちょっと後悔してます(笑)。あの「表情」も残すべき個性だと今では思いますね。

「音楽とは性愛の代替行為だ」って言う人がいるんだけど、たしかに、歌うときってそんな本能むき出しの表情が魅力的なものなんですよ。

いしかわ

松尾さんでも迷いながら削っているんですね…

たしかに若手の芽を摘んでしまうかもと思うとちょっと怖い気がします。

松尾さん

「本人はよかれと思ってるけど大して効果が出ていない個性」なんかは難しくて、残すことが本人のキャリアの障害になると思ったら言葉を尽くして説得するけど…

でも、歌い手自身が残したいものは残したりもしますよ。自分が削りたいと思っても、その人の気持ちを削ってるかもしれないので

松尾さん

自分はあくまでプロデューサー。本人を歪めるようなことは極力しません。

使えそうな武器を足すとか、短所を克服させるとか…本人のかたちを無理に変えさせる行為はプロデュースじゃないんです。

ちなみに松尾さんは平井堅さんの手の動きに「ちょっとやりすぎじゃない…?」と思ってたとのこと。「削らなくてよかった…(笑)」

若手で伸びる人は、「下世話な人」!?

いしかわ

ちなみに、松尾さんが若手を見ていて「コイツ伸びそうだな」って思うのって、どんなポイントがありますか?

松尾さん

下品じゃないけど、下世話さがある人」。

たくさんあるけど、一番はここじゃないかな。

「下品」と「下世話さ」…どう違うんだろう?

松尾さん

まず、下品なのはいただけないですよね。

卑しさや狡猾さが出ちゃってる人は、一瞬成功することはあっても、人気が続かないんですよねどれだけ芸が秀でていたとしても。

いしかわ

それが「下品さ」だと。

松尾さん

もちろん善人の順番に売れるってわけじゃないんですけどね。

でも、長く売れ続けている人はやっぱり人柄も魅力的です。

ここは恐ろしいところなんだけど、やっぱり世の中の人たちは、性格や人柄をきちんとジャッジしてるなあと思いますよ。

松尾さん

ただ、下品はダメだけど「下世話さ」はあったほうがいいんですよ

いしかわ

どういうところがあるといいんですか?

松尾さん

「一生懸命やってるんだからたくさんの人に認めてほしい」というような、欲求や欲望ですね。

「わかる人だけ聴いてくれればいい」みたいな気概や誇りは高尚かもしれないけど、注目されません。

それよりは正直、多少下世話に「みなさんが聴きたいの、こういう歌ですよね?」ぐらいの人がいいかもしんない(笑)。

松尾さん

まあ一言で言えば、ちゃんと「人に好かれたい」と思ってるということでしょうかね。

したたかさ、人間らしい下心みたいなものって、案外大事だったりするんです。

中途半端な伝え方が一番ダメ。熱さを尽くしたほうがいい

いしかわ

最後に…短所やダメなところを指摘するのって勇気がいると思うんです。

「うぜぇ先輩だな」と思われるのも嫌だし、やる気を削いでしまうかもしれないし…松尾さんはどのように伝えているんですか?

松尾さん

「暑苦しいと思われるかな」って思っちゃダメ

熱く話すって大事だと思いますよ。

熱くならずに、変に自分でリミットをかけて言わなかったことは一生悔いになりますよ、って言いたいです。

松尾さん

言わないと、相手も「途中で諦めちゃったのかな」って残念に思いますよね。

もちろん伝え方には気をつけるんだけど、熱量には人の心を動かす力もありますからね。

熱さっていうのは嫌がられるもんですけど、その熱も使いようで。少し抑えれば、それはハートウォーミングと言われるんです(笑)。

いしかわ

変に遠慮せずに、熱量はそのまま伝えたほうがいいんですね。

松尾さん

伝えるときだけじゃなくて、受け取るときもね。

親しいミュージシャンたちの悩みを聞くと、20年前に言ったはずのことでまた悩んでたりして。

向こうだって言われたくないと思うんですけど、一生懸命受け止めて、また付き合いますもん。なが~いメールを熟読して返信したり、泣き言に耳を傾けたり(笑)。

プロデュースするというのは、人生の一部を共有することでもありますから。熱くなるくらいが、ちょうどよく向き合えてるってことなんじゃないですかね。

今日はありがとうございました!

削ぎ落として最後に自然と残るものこそが「個性」。

後輩や部下はもちろん、自分自身を見つめるときにもめちゃくちゃ大事な視点だと思いました。というか、まずは自分の魅力を磨かなくてはいけないのでは…(猛省)。

皆さんの後輩や部下への接し方のヒントになったなら幸いです。

〈取材・文=いしかわゆき(@milkprincess17)/編集=サノトモキ(@mlby_sns)〉

松尾潔が手掛けた初小説『永遠の仮眠』(新潮社刊)が好評発売中!

日本を代表する音楽プロデューサー・松尾潔さんの初小説となる『永遠の仮眠』(新潮社刊)が現在好評発売中。

音楽業界を舞台とした本作には「理想と現実」、「仕事と家庭」、「ビジネスとモラル」など、いくつもの「あいだ」を揺れ動く大人たちの姿が描かれています。

さまざまな「あいだ」で葛藤する主人公の姿に、私たちR25世代も共感できること間違いなし!

松尾さんがデビュー曲をプロデュースした三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBEの岩田剛典さんのカバーが目印です!

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