ビジネスパーソンインタビュー
前刀 禎明著『学び続ける知性 ワンダーラーニングでいこう』より
ジョブズの「日本をなんとかしてくれ」に応え、iPodをヒットさせたマーケターの発想とは
新R25編集部
「雲の形を見るだけでも頭は動かせます」と、元アップル日本法人社長・前刀禎明さんは言います。
こちらは、前刀さんのインスタグラム。
「こうでなきゃいけない」を捨てて、自分の考えで物事を決められる人を増やしたいという思いから、空の写真の投稿を続けているのだそうです。
ソニー・ディズニー・アップルなど名だたる企業で“人の心を動かす仕掛け”をつくりだしてきた前刀さんの「固定概念にとらわれない発想法」とは、一体どのようなものなのでしょうか?
今回は、新著『学び続ける知性 ワンダーラーニングでいこう』から、「iPod miniを大ヒットに導いた着眼点」や「人気アニメとビジネスの共通点」について抜粋します。
スティーブ・ジョブズに「日本をなんとかしてくれ」と言われた男
僕がアップル(当時は米アップルコンピュータ)にマーケティング担当バイスプレジデントとして入社したのは2004年のことでした。
当時、アップルの日本事業はかなり苦戦していて、パソコンのMacシリーズは日本市場撤退の噂があったし、2001年に登場した携帯音楽プレーヤーのiPodも一部の音楽好きにしか売れていませんでした。
そんな中、僕が就いたポジションは日本事業を立て直すために新設されたもの。
アップルのCEOだったスティーブ・ジョブズからは「とにかく日本をなんとかしてくれ」と言われ、僕は毎月、彼を囲む米国本社でのミーティングに参加していました。
オタク向けガジェット「iPod」をファッションアイテムに変えた
どうしてiPodは売れていなかったのか。
当時はMD全盛で、パソコンに接続して使うiPodは、多くの人にとってピンと来ない商品でした。
あるとき、打ち合わせのテーブルにiPodが置いてあったので、僕が「お、iPodじゃないですか」と言ったら、持ち主の女性があわててiPodを隠したことがあります。
当時のiPodはオタク向けガジェットというイメージが強かったので、持っていることが恥ずかしかったみたいです。
そこで僕が取った戦略は「iPodをファッションアイテムにする」こと。
「便利なデジタルガジェット」ではなくてね。
テレビCMにはiPod miniで音楽を楽しむ人のシルエットを映し、iPod miniで楽しむイメージと「Good bye MD」のメッセージを前面に押し出しました。
製品を映さない広告なんて、本来、メーカーはなかなか打ちません。
製品発表会にファッションモデルを起用したのですが、それも当時はまだ珍しいことでしたね。
iPod miniの5色展開に合わせて、色ごとのイメージサイトも用意しました。
どの色のiPod miniをどんなファッションと組み合わせて、どんなライフスタイルの中で使うのか、サイトを見た人が具体的に想像できるようにしました。
入社時の最終面接でスティーブに提案していた高級セレクトショップ「バーニーズ・ニューヨーク」とのコラボも実現し、実店舗のディスプレーでの訴求もしました。
iPod miniを含めたファッションコーディネートを、よりリアルに想像してもらえたと思います。
iPod miniを売り出すとき、僕が意識したのは、機能や性能の説明をするよりも感性に訴えること。
当時、テレビCMやポスターでの宣伝とは別に、僕自身、5色のiPod miniを常に持ち歩いて、飲みに行ったときなどに女性に見せる“草の根運動”をして、反応を観察していました。
「かわいい!」って言ってもらえたら、「これで音楽が聴けるんだよ」「え、これで音楽聴けるの?」「これに1000曲入るよ」「だったらMDとかいらないですね」なんて会話をして。
ここでいきなり「これは4GバイトのHDDを積んでいて」などと、技術の話から切り出してはいけない。
日本の多くのメーカーが失敗しがちなのですが、大切なのはまず感動してもらうこと。
製品を購入する人は、技術で「欲しい」と言うわけではありません。
「こんなことができるんだ」と知り、自分が使っているシーンを想像して、その姿がいいなと思ったときに初めて欲しいなと思います。
技術の説明は、「それをどうやって実現しているの?」と興味を持った人に、その後、伝えればいい。
iPod miniの発売以降は、電車で日に日に増えていく白いイヤホンコードを数えるのが僕の楽しみになりました。
白は汚れが目立つということで、当時は他のメーカーが採用していなかったので、白いイヤホンはほぼアップルの純正。
それが増えるということはそのまま、iPodが多くの人の手に渡ったことを意味していたんです。
アップルでのこうした取り組みには、製品やユーザーに対する、マーケターとしての僕の考えが強く反映されていたと思います。
アップルはもともと3年で辞めるつもりだった
こうして僕のキャリアの話をすると、よく受けるのが「なぜアップルを辞めたのか」という質問です。
入社したときからアップルでの仕事は3年以内に辞めるつもりでした。
日本市場での立て直しがうまくいったら、そこから先は僕の仕事じゃないと思っていました。
アップルの仕事は面白かったけれど、他の誰かでもうまくやれそうな仕事なら、やりたいとは思わないんです。
「これは失敗するかもしれない」「難しそうだ」と感じる仕事にこそチャレンジしたい。
僕は、アニメの「ドラゴンボール」が大好きなんですよ。
主人公の孫悟空は、強い敵に当たると「オラ、わくわくすっぞ」と笑いますよね。
僕もそのほうが性に合っている。
iPod miniのマーケティングが思った以上にうまくいったことも大きかったです。
そうなると米国本社がコントロールを強めてくることは、過去に外資系企業で働いた経験からも分かっていました。
そもそもアップルはどこまでいってもスティーブ・ジョブズの会社。
僕の会社ではない。
そう考えると、スティーブ・ジョブズに対して嫉妬のような気持ちもあって、離れようと決めたんです。
“学び続ける知性”をテーマに会社を起業
アップルを退社後、2007年につくったのが今、僕が代表を務めるリアルディアという会社です。
この会社のテーマは、子供や若い人がイマジネーションを使って遊ぶ状況をつくりだすこと。
僕の半生には楽しいこともあれば苦しいこともたくさんありましたが、それらの経験すべてを学びに変えてきました。
どんなに優秀な人でも、必ず失敗はします。
そのとき大切なのが、“学び続ける知性”。
これがなければ経験はただの経験であって、つらいことはただつらいことにしかならない。
そして、それを人生や仕事に生かす“創造的知性”。
物事をよく見る「観察力」
自問自答する「質問力」
仮説を立てて試してみる「実験力」
自分で一通りやったら今度は人に相談したり意見を交換したりする「相談力」
こうして得た知見を関連付けて考える「関連付ける力」
これらを総動員して、自ら考え、選択する力。
これがあれば、常識や論理性だけでは見落としてしまうようなことも、独自の視点で発見することができます。
僕はリアルディアのビジネスを通じて、これらの知性を1人でも多くの人に身に付けてもらいたいと思うようになったのです。
“型”を破れない人のために、創造性を養うスマホゲームを開発
自ら手掛けている事業もあります。
その1つが、「DEARWONDER」というスマホアプリです。
第一印象の思い込みを捨て、トライ・アンド・エラーを繰り返しながら答えを探るゲームなのですが、これが苦手な人は多い。
操作するうちに要領はつかめるし、マニュアルが必要ないことも分かるはずですが、自分ではよく考えずにとりあえず質問から入る、マニュアルを探す。
そういうクセがついているのです。
これは、日本の教育に問題の一端があるんです。
親や先生が良かれと思って言ったことが、結果的に子供に固定観念を植え付けることになってしまいます。
さらには、「“間違った”答えをすると恥ずかしい」「“当たり前”を裏切るのは怖い」という感覚が根付きます。
これでは創造性が養われるはずもありません。
“型にはめる”式の教育を受けて育った人が、ビジネスの場で「創造力を発揮しろ」と言われても、それは難しいのです。
こうした取り組みを一つひとつ積み重ねることで、イマジネーションで遊べる人、真っ白なキャンバスに思うように何かを描ける人を増やすことが、今、僕が掲げている目標です。
前刀さん「あらゆる仕事はクリエイティブになり得ます」
前刀さんは、「あらゆる仕事はクリエイティブになり得る」と言います。
失敗を恐れて、つい前例やマニュアルに頼ってしまいたくなりますが、それでは新しい発想は生まれてこないのかもしれません。
同書では、学び続ける知性(目の前にあるもの、今、起きていることを自分なりに観察し、推測し、考える力)を身に付ける方法が、具体的なエピソードと共に紹介されています。
マーケティング担当者はもちろん、今以上に仕事を充実させたいと思っている方は、ぜひ読んでみてはいかがでしょうか?
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