ビジネスパーソンインタビュー

人間の脳は、勝手に“歪んだ物語”をつくりだす。私たちはなぜ「苦しみ」をこじらせるのか?

鈴木祐著『無(最高の状態)』より

人間の脳は、勝手に“歪んだ物語”をつくりだす。私たちはなぜ「苦しみ」をこじらせるのか?

新R25編集部

2021/10/22

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他人に言われた何気ない言葉が頭から離れない

幸せな環境なのに、なぜか幸せを感じない

未来に明るい展望が抱けず、すべてから逃げたい

こんな状況に、心当たりないですか?

心配事の97%は起こらない」という研究結果が出ているにもかかわらず、私たちの“心配事”や“苦しみ”が絶えないのは、一体なぜなのでしょうか。

サイエンスライター・鈴木祐(すずきゆう)さんの著書『無(最高の状態)』から、「苦しみの正体」と「苦しみから解放される対策法」について抜粋してお届け。

精神機能を“最高の状態”に整える方法に迫ります!

私たちは、脳が作り出した「シミュレーション世界」を生きている

ヒトの脳は物語の製造機である

こんな見解を、神経科学の分野でよく耳にするようになりました。

私たちの脳は物語を生み出すために生まれた器官なのだという考え方です。

この考え方では、私たちは次のステップで“現実”を体験することになります。

① 周囲の状況がどう展開するかについて事前に脳が物語を作る

② 感覚器官が受け取った映像や音声の情報を脳の物語と比べる

③ 脳の物語が間違っていたところのみ修正して“現実”を作る

無(最高の状態)

たとえば、あなたが出勤のため玄関のドアノブに手をかけたとしましょう。

この瞬間、脳の島皮質(とうひしつ)という高次領域が「扉の向こうにはいつもの庭があり、普段どおりの日常が続くだろう」「ドアノブは普段どおりに開き、私は駅に向かうだろう」などの物語を無数に作り出し、このデータをいったん目と目の間に位置する視床(ししょう)という場所へ転送。

続いてあなたが実際にドアを開くと、眼や耳から入った外界の情報が視床に送られ、ここで物語データとの比較が行われます。

もし物語が現実の情報と同じだったら、あなたの脳は外界から取り込んだ情報を使わず、最初に高次領域が産んだ物語をそのまま採用します。

つまり、眼や耳から入ったデータはほとんど使われず、脳が作った「扉を開いても普段どおりの日常が続く」というシミュレーションを、あなたは“現実”として体験するわけです

【試してみよう】生の情報より“物語”を重視していることがわかる「錯視の図」

本当に興味深いのは、私たちの脳の構造は、網膜からインプットされる生の情報よりも、高次機能が作った“物語”を格段に重視する設計になっているという事実です。

その結果、私たちはときに現実のデータを無視して、“物語”の方を真の現実として採用することがあります。

もっとも身近なのは「錯視」の事例で、次図の中心に並ぶ格子模様を、20秒ほど注視してみてください。

無(最高の状態)

そのまま画像の真ん中を見つめ続けると、周囲に散らばるバラバラのラインがつながり始めたのではないでしょうか。

しかし、再び画像を遠くから見直してみると、模様はすぐ元に戻ったはず。

これは神経科学者の金井良太博士が考案した作品で、「ヒーリング・グリッド」と呼ばれる有名な錯視現象です。

メカニズムを説明しましょう。

「ヒーリング・グリッド」の中央を見つめると、視界の大半は規則正しい格子模様で埋まり、周辺の途切れたラインの情報はほとんど脳に入ってきません。

すると、あなたの脳は少しずつ「中央が正確な格子模様ばかりなのだから、周辺にも同じパターンが広がっているはずだ」といった物語を想像し、頭のなかで組み上げた格子模様を、あなたなりの“現実”として提示します。

すなわち錯視とは、現実のデータ不足を脳が物語で強引に埋めた結果なのです。

“歪んだ物語”こそが、私たちを悩ませる「苦しみ」の起源

もちろん、これらの機能が平凡な日常の物語を生むだけなら問題は起きませんが、脳のストーリーテリング機能は昼夜を問わず働き続けており、なにか嫌なことがあった直後にも「この人に嫌われている」や「私は他人より不幸だ」といったマイナスの虚構を作り出し、それをあたかも唯一の“現実”であるかのように思い込ませます。

これが、私たちを悩ませる「苦しみ」の起源です

例を挙げましょう。

誰か見知らぬ人と出会ったとき、あなたの脳はすぐに過去の記憶を引き出し、「この人は母親に似ているから良い人だろう」や「背が高いから怖い人かもしれない」といったような判断を1000分の1秒で下します。

この判断材料に使われるのは、私たちが子どもの頃から吸収してきたすべての体験です。

過去に得た知識と情報は脳内に個別の物語として蓄積され、その一部は、あなたの行動を導く“法律”のような働きをします。

いわば特定の物語が強制力を持った状態で、周囲の状況が変わるたびに、私たちの脳は複数のストーリーから適した物語を選び、その内容に沿って次の行動を決めるのです

同じトラブルでも「苦しむ人」と「苦しまない人」がいる理由

歪んだ物語は自分自身にも牙をむきます。

たとえば、あなたの友人が急にそっけない態度をとってきたとします。

このとき、人間の脳はすぐに現状を説明してくれる物語を探し始め、その結果として「忙しい人は態度が冷たくなりやすいものだ」という無難な物語がピックアップされれば、単に「日を改めて連絡しよう」と思うだけ済むでしょう。

一方、ここで脳が「私は愛されない人間だからだ」という歪んだ物語を取り出したら話は変わります

あなたの中には「嫌われたのではないか」や「何か悪いことをしたのでは」などの思いが浮かび上がり、いつまでも頭をめぐり続けるはずです。

要するに、同じようなトラブルにも苦しむ人と苦しまない人がいるのは、あなたのメンタルが強いか弱いかの問題ではありません

脳内に作られた独自の“ストーリーライン”が適応か否かの問題なのです。

“歪んだ物語”の対策は「停止」と「観察」の2つ

人間は“物語”の自動発生をピンポイントで止めることができない

人間は“物語”によって行動させられる自分を認識できない

無(最高の状態)

もはや打つ手などなさそうな難問ですが、幸いにも現代では神経科学および心理療法の研究が進み、臨床テストで良い効果が認められた対策が存在しています。

その対策とは、「停止」と「観察」の2つです。

「停止」の力で“物語”の強度を限界まで下げ、「観察」の力で“物語”を現実から切り離す

この2つが、無我を達成するための最後のスキルです。

「停止」

「停止」とは、脳のリソースを何かほかのことに使い、物語の製造機能そのものを止めてしまう方法です

何らかの作業に意識を集中させることで“物語”が停止する現象は、すでに複数の実験で確認されています。

その代表的な手法として、もっとも有名なのは「詠唱(えいしょう)」です。

ご存じの通り、礼拝の祈祷文を一定のリズムと節に乗せて歌う宗教儀式のひとつで、短い聖句を何度もリピートするパターンや、聖歌のような複雑な構成の楽曲まで、いくつものバリエーションが存在します。

日本の祝詞念仏も詠唱の一種です。

詠唱と「停止」の関係があきらかになったのは2000年代後半のこと。

たとえば、ワイツマン科学研究所の研究では、健康な男女に「ONE」という単語を何度も繰り返させたところ、安静時のベースラインと比べてDMN(※)の活動量が下がり、自己にまつわる物語の量も有意に減る傾向が認められました。

(※)デフォルトモード・ネットワーク:何もしていないときに活動を始める神経回路

無(最高の状態)

詠唱と似た事例として、音楽もまた同じような働きを持ちます。

同じ音階や歌詞のくり返しが、やはり詠唱に似た効果をおよぼし、DMNがもたらす自己の感覚を消すからです。

音を聞きながら「この歌詞の意味は?」や「いまのコード進行にはジャズの影響があるのでは?」などと考えていたら、その曲を楽しめないのは容易に想像がつきます。

しかし、同じ歌詞やフレーズの繰り返しに身を任せることで思考の麻痺が起き、その曲を万全に楽しめるようになるわけです。

「観察」

「観察」は、文字通り、あなたの脳内に浮かぶ物語をじっくりと見つめる作業を意味します

苦しみをこじらせる人の脳は、世界の小さな変化をすべて「自分ごと」として捉えがちなのです。

小さな問題が起きるたびに自分の問題として捉えていたら、心がすり切れるのは当然でしょう。

人前で失敗した過去のイメージ、嘘がバレたあとの恥ずかしい感情、「貯金が尽きたらどうする...」という思考など、すべてのネガティブな物語を科学者になったような気持ちで観察し続けるのが基本です。

何やら難しそうな印象があるでしょうが、「観察」の感覚そのものは誰でもすぐに味わうことができます

試しにリラックスして座り、次の単語を声に出さずに読んでみてください

リンゴ

誕生日

海岸

自転車

バラ

無(最高の状態)

単語を読む間、あなたの心にどんな変化が起きたでしょうか?

リンゴや猫のイメージがそのまま浮かんだかもしれませんし、誕生日の思い出が心をよぎったかもしれません。

もちろん何の変化も起きないこともあるものの、それはそれで構いません。

この実験のポイントは、ごく平凡な単語に対して、あなたの内面がどう反応したかに気づくことです。

何度か単語を読み返してみて、脳裡になんらかのイメージや思考が浮かぶかどうかを眺めてください。

この感覚こそが「観察」です。

私たちが自己にとらわれるのは、脳が外界の脅威に過剰な反応を示したとき。

しかし、観察を続けた人の脳は脅威に反応しづらくなります

つまり、観察のトレーニングによって、脳が作り出す物語を「これは現実ではない」と認識できるようになったのです

不安・ストレス・怒り・孤独・虚無・自責...自らを解放する科学的メソッド

『無(最高の状態)』は、あらゆる苦しみの根源を掘り下げて、包括的で普遍的なアプローチを試みる一冊。

『無(最高の状態)』の2ステップ

人生において「苦しい」とはどのような現象なのかを考える

あらゆる「苦しみ」の共通項を見極めて普遍的な対策を立てる

無(最高の状態)

「自分は精神的に弱いからダメなんだ...」と落ち込んでしまいそうなときに読むことで、ものごとを客観視できたり、苦しみと対峙する方法がみつかったりして、負のループから抜け出せるはずです。

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