オリバー・バークマン著『限りある時間の使い方』より

限りある時間内での“恋愛”の進め方。「有害な先延ばし」よりも妥協が必要なワケとは

恋愛
「恋愛は、妥協したほうがいいに決まっている」

こう話すのは、イギリスの全国紙ガーディアンの記者として、外国人記者クラブ(FPA)の若手ジャーナリスト賞などを受賞した気鋭のライターであるオリバー・バークマンさん

マイナスのイメージが多い「妥協」を勧めるのはなぜなのでしょうか?

今回は、同者の著書『限りある時間の使い方』より、恋愛における問題とアドバイスを一部抜粋してお届け。

どこかで妥協することが人生には欠かせないようです。
この記事はこんな人におすすめ(読了目安:5分)
・恋愛に悩む人
・結婚すべきか決めきれない人
・恋愛のアドバイスを欲しい人

恋愛における有害な先延ばし

限りある人生という現実を受け入れ、それに応じて先延ばしをするのは、良いタイムマネジメントの極意だ

逆に、人生の有限性から目をそらしていると、ダメな先延ばしに陥ってしまう

ダメな先延ばしをする人は、自分の限界を受け入れることができず、そのせいで動けなくなる。

自分が限りある人間だということを認められず、失望を避けるために先延ばしを利用しているのだ。

これを、「有害な先延ばし」という。

たとえば恋愛でも、現実に直面するのが怖くて、どっちつかずのみじめな状態を何年も続けることがある

恋愛下手の作家フランツ・カフカもそうだった。

1912年の夏、夕暮れ時のプラハで、29歳のカフカは恋に落ちた。

友人のマックス・ブロートの家で食事をしていて、ベルリンから来ていたブロートの従妹、フェリーツェ・バウアーと出会ったのだ。

カフカ側の証言しか残っていないので、相手の気持ちが実際どうだったかはわからないが、とにかくカフカは一目惚れして、すぐに交際が始まった。

ついに2人が婚約して、バウアーの両親がパーティーを開いてくれたときにも、カフカは「犯罪者のように手足を縛られた気分だった」と日記に書いている。

それからまもなく、ベルリンのホテルで、カフカは婚約の解消を切りだした。

それから2年後、カフカとバウアーはふたたび婚約するが、これもうまくいかなかった。

カフカが結核にかかり、それを口実に二度目の婚約解消を申し出たのだ。

さすがにもう、よりを戻すことはなかった。

2人の関係は終わった。

いかにも「カフカ的」といわざるをえない悪夢のような恋愛から、ようやく解放されたのだった。

カフカは「苦悩する天才」だから、僕らのような凡人とは関係ないと思うかもしれない。

でも評論家のモリス・ディックスタインにいわせれば、カフカの苦悩はけっして例外的なものではない

「彼の神経症的なところは我々と何ら変わらず、とりたてて異常なわけではない。ただ、普通よりも強烈で、純粋なのである。……彼はその天才的な才能によって、凡人には近づけないほど一貫した不幸へと駆り立てられていた」

カフカは、僕たち凡人と同じように、現実の制約を嫌っていた。

彼が何ごとにも優柔不断だったのは、ただひとつの生き方に縛られたくなかったからだ

カフカの苦悩は極端すぎるように見えるかもしれない。

しかし、こういう回避的な態度は、カフカのようにわかりやすく現れるとはかぎらない。

我々は優柔不断を好む

カフカがバウアーに出会う20年前、フランスの哲学者アンリ・ベルクソンは『時間と自由』という本を書いた。

カフカの葛藤の核心をつく内容だ。

ベルクソンによると、僕たちはつねに、何かひとつに決めるよりも優柔不断でいることを好む

なぜなら「われわれが思いのままにする未来が、ひとしくほほえましく、ひとしく実現可能な、さまざまの形のもとに、同時にわれわれに対して現れるからである」空想のなかでは、どんな選択肢も捨てる必要はない。

仕事で大成功しながら、家事や育児も完璧にこなし、日々マラソンのトレーニングに打ち込み、長時間の瞑想をし、地域のボランティア活動に参加する。

想像するだけなら、それは可能だ。

でも実際にそのうちの何かをやろうとすると、すぐにトレードオフに直面する。

何かで成功するためには、別のことに費やす時間を減らさなくてはならないからだ。

現実世界でのあらゆる選択は、できるかもしれなかった無数の生き方を失うことに直結する

厳しいけれど、それが現実だ。

現実逃避をやめて、喪失を受け入れることができれば、有害な先延ばしに陥らなくてすむ

出口のない優柔不断から抜けだすことができる。

何かを失うのは、当然のことだ。

だから、もう心配するのはやめて、手放そう。

恋愛は、妥協が大切

ここで、恋愛についてのアドバイスを紹介したい。

適当なところに腰を落ち着ける方法だ。

自分の理想の人ではないけれど、今の相手と一緒にいていいのだろうか

もっと自分にふさわしい人を探すべきじゃないのだろうか

そんな不安を現代人の多くが抱えている。

雑誌やインスタグラムを見ていると、妥協するのはまるで罪であるかのような雰囲気だ。

本当の理想の人に出会うまで、いつまでも妥協なく追い求めるべきだとみんなが言う。

でも、だまされないでほしい。

本当は、妥協したほうがいいに決まっているからだ

正確にいうなら、それ以外に選択肢はない。

誰だって、妥協するしかないのだ。

がっかりだと思うかもしれないけれど、そうではない。

政治理論家のロバート・グッディンは、妥協することの意味がそれほど単純ではないことを指摘する。

「もっといい人がいるはずだ」と密かに思いながら中途半端な相手と交際を始めるのは、明らかに妥協だと誰もが認めるだろう。

でも、決まった恋人をつくらないこと——たとえば理想の相手に出会うためにマッチングアプリで10年間相手を探しつづけること——も、やはり一種の妥協である

つまり、オンラインでの出会いを求めることに時間を費やし、いつまでも先に進めないという残念な状況に甘んじているわけだ。

さらにグッディンに言わせれば、妥協する生き方と、最大限に努力する生き方とを対比させるのは、そもそもまちがっている。

最大限に努力するためには、どこかで手を打つ必要があるからだ。

恋愛についても同じだ。

少なくともしばらくのあいだは、相手の欠点が見えても妥協して、その関係を続けてみたほうがいい。

数々の誘惑や、理想と違うのではないかという疑問を振りきり、「この関係を続けよう」と覚悟を決めるのだ。

そうしなければ、いつまでたっても深い関係を築くことはできない。

もちろん、そんな覚悟を持って恋愛をする人は多くない。

たいていは何年もふらふらしながら、相手が真剣になってくるたびに口実を見つけて逃げだしたり、いろんな相手と中途半端な関係を続けたりする。

あるいは特定の人に決めてみたものの、年月が経つうちに相手の欠点が見えてきて、やっぱり相性が良くないな、などといって別れを考えはじめる。

なかには実際に別れたほうがいい場合もある。

後戻りできない状態を強制的につくる

恋愛に限らず、人は時々ひどくまちがった選択をしてしまうものだ。

でも多くの場合、本当の問題は、「相手がただの人間である」ということだ。

相手に特別な欠陥があるとか、2人の相性が悪いとかいうことではなく、相手が(必然的に)不完全であり、空想の世界みたいに完璧ではないということに失望してしまうのだ。

ベルクソンが未来について指摘したことは、恋愛にも当てはまる。

想像上の未来であらゆる希望を叶えることができるのと同じように、想像上の恋人はあらゆる特徴を兼ね備えることができるからだ。

たとえば、無限の安心感と無限の刺激を与えてほしい、という理想を持っていたとしよう。

相手が安心できるけれど刺激に足りなかったりすると、この人は理想の相手ではないと考えて、別の誰かを探しに行く。

でも現実には、無限の安心感と無限の刺激を両方与えてくれる相手なんかどこにもいない。

そもそも矛盾する資質だからだ。

その両方を一人の人間に求めるのは、身長170センチと180センチの両方を兼ね備えたパートナーを求めるのと同じくらい不合理なことだ。

そんなふうに不可能な理想を追いかけていたら、いつまでたっても持続的な関係は築けない

だからどこかで妥協して、一人の相手に決めたほうがいい

どうやっても後戻りできない状況をつくってしまったほうがいい。

結婚だってそうだ。

「幸せなときも困難なときも」一緒にいることを誓うのは、うまくいかなくても逃げださないと約束することで、より満足度の高い関係性を手に入れるためだ。

その他の無数の可能性(どこかにいる理想の人)をあえて捨てたほうが、目の前の相手にコミットできて、結果的に幸せな生活を送ることができるのだ。

思いきってひとつを選び、無限に広がっていた可能性を封印する。

これは「捨てる喜び」に通じるやり方だ。

多数の選択肢を捨てるからこそ、選びとったものに価値が生まれる

仕事を辞めるにしても、子どもを持つにしても、家を買うにしても同じだ。

迷っているうちは不安でいっぱいかもしれないが、思いきって決めてしまえば、不安は消えてなくなる。

進むべき方向はただひとつ、自分が選びとった未来に向かって前進するだけだ。

全米ベストセラーから学ぶ“時間の使い方”

限りある時間の使い方

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「現代の、いわゆるタイムマネジメントというやつは、あまりにも偏狭すぎて役に立たない」と話すオリバー・バークマンさん。

同書は、世間に広がっているタイムマネジメント術に一石を投じる内容です。

全米ベストセラーとなっている同書より、時間の使い方について学んでみてはいかがでしょうか。
〈撮影=ⒸJeff Mikkelson〉