ビジネスパーソンインタビュー
「温泉なんかで客が来るか!」ネガティブが蔓延していた熱海を復興させた男の戦い

「熱海は、ヨーロッパにも負けていない」

「温泉なんかで客が来るか!」ネガティブが蔓延していた熱海を復興させた男の戦い

新R25編集部

2018/04/23

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“逆境”といわれがちな業界が、今の日本には多い。そんな苦しい状況のなかでも、異彩を放ちつつポジティブに働くビジネスマンの思いを聞く「逆境男」インタビュー

今回のテーマは、「熱海」。熱海といえば、さびれた観光地の代名詞でもあったのが、近年人気が復活中! 2011年からは毎年観光客数を伸ばしているらしい。

そんな熱海復興の“仕掛け人”がこの人、市来広一郎さんだ。

【市来広一郎(いちき・こういちろう)】1979年生まれ。静岡県熱海市出身。東京都立大学卒業後、IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)に入社。2009年から地元・熱海でイベントなどを企画。カフェ「CAFE RoCA」、「guest house MARUYA」をオープン

2007年に熱海へUターン。その後、地元住民に熱海の魅力を紹介するツアー「熱海温泉玉手箱(オンたま)」をスタートしたり、空き家を改装したカフェ「CAFE RoCA」、宿泊施設「guest house MARUYA」をオープンしたりするなど、精力的な活動を続けている。その熱い思いを聞きに、熱海を訪れました

〈聞き手:天野俊吉(新R25編集部)〉

「MARUYA」でお話を聞きました

世界を旅したバックパッカー時代、「日本人は目が死んでいる」と感じた

天野

市来さんは、熱海が地元なんですよね。

市来さん

そう、両親は銀行の保養所の管理人をやってました。祖父母の代からやってたんですけど、僕が20歳のときに閉鎖になったんです

中学生、高校生ぐらいのころから、街が目に見えてどんどんさびれていくんですよ。なんとかしたいなー…とずっと思ってました。

市来さん

大学生になって上京したあと、バックパッカーとして世界を旅したんですけど、ヨーロッパに行ってもインドに行っても、街に活気があって楽しそうなんです。パリだと夕方ぐらいからお酒を飲んだり家族で外食したり。

それに比べて日本人は全然楽しそうじゃなくて、みんな目が死んでる。この閉塞感はなんなんだ…ということも考えてました。

天野

あ~、確かに海外の人は陽気というか人生を楽しんでるように見えますね。

「日本では、みんな必死に自分を隠しているように見えた」という市来さん

天野

その後、IBMでコンサルタントとして働いていらっしゃったんですよね。

市来さん

感じていた「日本の閉塞感」をなんとか変えたいと思ったんです。コンサルなら、いろんな企業に関わってそれが実現できるかなって。

天野

コンサル時代はどんなお仕事をされてたんですか?

市来さん

ワークスタイル変革の仕事がメインでした。人事制度、ミーティングのやりかた、オフィスのレイアウト…いろんな基盤を変えることで、働いてる人の意識を変えていくという。某エネルギー系の大企業に常駐してたんです。

天野

成果はどうだったんでしょう?

市来さん

結局、ちょっとした枝葉の変化で終わってしまった。組織のトップをはじめ、みんなが本気で変えようと思ってないと何も変わらないんですよ。これがコンサルの限界なのか…って思いました。

同時に、そのころから地元・熱海のことが頭から離れなくなってて、仕事も手につかない。これはまずいなと思って、勢いで辞めました

世界の観光地にも引けを取らない熱海に、足りなかったのは“街への誇り”

市来さん

バックパッカーで海外に行ったときに、僕は「熱海だってすごいいい街だ」って実感したんです。

クロアチアのドブロブニクという海岸沿いの街に行ったときなんか、「熱海とあんまり変わんないじゃん」と。

天野

ドブロブニク。世界遺産にも登録されてる「アドリア海の真珠」ですね。

市来さん

でも、冷静に考えたら熱海も引けを取らないんですよ。立地や自然環境は申し分ない。1300年もの温泉地としての歴史があるし、有名な文豪もたくさん来てるし…

天野

なるほど。じゃあ熱海には何が足りなかったんですか?

市来さん

街への誇り」ですかね。

ドブロブニクで感じたことは、あのあたりは昔から都市国家として周りの都市と争いがあったり、ひどい内戦もあった。そのぶん市民が「自分たちの手で街を作ってきた」という誇りを持ってると、話してて感じたんです。

住んでる人たちが誇りを持って楽しそうに暮らしてるなって。それが熱海にはなかったんです。

天野

魅力ある場所のはずなのに、ネガティブな考えが蔓延していたと。

市来さん

街の価値に、地元の人が気付いてなかったんですよ。たとえば、「温泉なんかで観光客が来るか」っていう人もいたんです(笑)。

天野

いや、絶対来るでしょう

市来さん

でも地元の人って、毎日温泉に入ってるからありがたさが分からないんですよ。僕だって、大学生のとき東京で一人暮らししてはじめて「なんでこんなに湯冷めするんだ!?」とか言ってましたもん。

天野

そこから、地元の魅力を知るツアー「熱海温泉玉手箱(オンたま)」を始めるわけですね。

ツアーって普通は観光客向けにやるものですけど、これは「地元の人に熱海の魅力を伝える」ツアーなんですよね?

市来さん

まず地元の人の意識から変えないと、何も変わらないと思ったんですね

観光客が来て、地元の人に道を聞くかもしれない。そのときに地元の人がどういう対応をして、どういう話ができるのか? 嫌な対応されたらそれだけで嫌な旅行になっちゃうでしょう。

「仕事で気をつければいい」という話じゃなくて、住んでる人たちが本当に「熱海はいいよ!」って思えてないと、観光の満足度も絶対に上がらないんですよ

天野

コンサル時代の経験が生きている。

地元の反対を説得するには「見て、感じてもらう」こと。“やってしまって謝る”戦略

天野

地元の方には、すぐに活動が受け入れられたんでしょうか?

市来さん

「オンたま」も、最初は全然協力してもらえなかったです。「何それ面倒くさい」「それやって何の金になんの?」みたいな反応ばっかりでしたね。「ツアーでお客さん連れてきますよ」っていうだけの話なんですけど(笑)。

2013年に「海辺のあたみマルシェ」というマーケットのイベントを始めたときも、商店街のなかでは賛否両論。「よそ者が来て物売るなんて!」という意見もありましたね…

天野

なぜそこまで反対を受けたんでしょう?

市来さん

正直、理由がちゃんとあるわけじゃないと思います。ただ、「自分たちが大事にされてない」といった不安が大きかったんでしょうね。

天野

そこをどうやって切り開いていったんですか?

市来さん

僕らの戦略はひとつです。「やってから謝りにいく」(笑)。

豪快に爆笑されておる…

天野

保守的な商店街の方々相手に、それで大丈夫なんですかね…?

市来さん

大丈夫なんです。1回やってみたら変わるんですよ。

オンたまツアーだって、お礼のあいさつに行ったら、事前の説明では1回も笑わなかったオジサンがニコニコして遠くから手を振ってるんですよ。「次いつやるの?」とか言って(笑)。

これはコンサルのときに学んだことなんですけど、「人は説得されて変わるもんじゃない。見て、感じて初めて変わるんだ」と。

“復興”に手応えを感じた「人が来れば来るほど街が良くなる」ゲストハウス

天野

“熱海復興”に手応えを感じられた瞬間はいつですか?

市来さん

2年半前にこのゲストハウス(「MARUYA」)を始めてからですね。単純に利益が出ているということもそうですが、熱海の「旅のスタイル」が変わったなと

めちゃくちゃ雰囲気のいいゲストハウスです

市来さん

場所が商店街の真ん中なんで、ここに泊まりつつ、近所に干物を買いに行くとかスナックに飲みに行くみたいな、“街を使う”スタイルが出てきたなと思うんです。

僕がこの辺のお店でメシを食ってると、お店の人に「いつもありがとう」って言われるんですよ。こないだこんなお客さんが来たという話で盛り上がったり。

天野

エリア全体が盛り上がってるわけですね。

市来さん

そう、宿ってこんな機能があるんだって思いましたね。

昔の熱海は、団体旅行でガンとお客さんが来て、ゴミ落として帰っていくという、「観光客が来れば来るほど街が汚れていく」イメージがあったんです。

それが、「来れば来るほど街が良くなる」ようになっている。これ、目指してた理想系のひとつなんですよ。

天野

「MARUYA」では朝食にご飯とみそ汁が用意されていて、近所で買った干物を自由に焼いて食べられるんですよね。

市来さん

干物屋のおばちゃんも喜んでて、ウチのお客さんが焼き方がわからなくて困ってると、入ってきて教えてくれてますよ(笑)。

このバーベキュー用グリルで干物を焼いて食べる。うまいだろうな…

「自分のミッション」を見つけられたから、進む道を迷わなかった

天野

しかし、安定したコンサル会社を辞めて、さびれていた熱海に戻ることに抵抗はなかったんでしょうか?

市来さん

まったく迷わなかったですね。「これは自分のミッションだ」と、自分の人生でやるべきことに気づいた感じです。

「熱海を使って社会を変えたい」って思ったんです。みんなの目が死んでる都会と、さびれて街が死んでる地元を見て、このままじゃ都会も地方も未来がない!と。

熱海って東京から40分ぐらいですから。都会の人も、軽い気持ちで来てもらえれば生活への閉塞感がなくなって、日本が変わるんじゃないかと思うんです。

天野

そんなミッションに出会えるって最高ですね。最後に、僕ら一般のビジネスマンが「自分のミッション」を見つける方法があれば教えていただきたいです。

市来さん

社会人になったばかりのころは、かなり悩んでたんですよ。「働く理由ってなんだろう?」「なんのために生きてるんだろう?」って。

天野

その答えは何だったんですか?

市来さん

答えは「とくに理由はない」(笑)。

散々考えたけど、理由も意味もないと(笑)。だったらやりたいことだけして、生きたいように生きればいいやと思ってここまで来ましたね。

自分と同じように悩んでいる人がいたら、一度熱海に来てみてほしい。海でぼーっとしたり、古びた喫茶店でコーヒー飲んだりしてれば、気持ちがラクになるはずですよ。

…以上が、さびれていく地元を復興させている男の“逆境の仕事論”。

「自分の仕事なんて、もうオワコンだから」と熱意を失っているR25世代は、ぜひ参考にしてみてほしい!

〈取材・文=天野俊吉(新R25編集部)/撮影=森カズシゲ〉

【告知】6月1日、市来さんの著書が発売となります

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