執着を捨てたおっさんの「交渉力」を学べ

「いや、妥協はクリエイティブな行為ですよ」田端信太郎が若者に伝授する“交渉の鉄則”

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すごいぜ! おっさん

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おっさん」。そう聞いてR25世代が思い浮かべるのは、「面倒くさい」「時代遅れ」などのマイナスイメージばかり…。

でも、ボクらの知らないところでは、おっさんだって社会や組織を動かす大きな力となっているかもしれない。

新R25が9月にお届けする特集「すごいぜ! おっさん」では、普段はなかなか伝わらないおっさんの苦悩や魅力にスポットを当てたいと思います!
4日連続公開特集の第3回のテーマは「おっさんの交渉力」。デカい仕事を動かすにはタフなネゴシエーションが必要になることも多いらしいけど、若者にまだまだ足りないその力とはどんなもの?

…ということで、この「すごいおっさん」に再登場願いました。
【田端信太郎(たばた・しんたろう)】株式会社スタートトゥデイコミュニケーションデザイン室本部長。NTTデータを経てリクルートへ。フリーマガジン『R25』を立ち上げ、創刊後は広告営業の責任者を務める。その後ライブドア、コンデナスト・デジタル、NHN JAPANを経て、2018年3月から現職
〈聞き手:天野俊吉(新R25編集部)〉
天野

天野

「おっさん」呼ばわりしてすみません

前回取材させていただいたときに、「板ばさみになってからが仕事」って言ってたのが印象に残ってまして。そんなハードな状態での、「おっさんならではの交渉力」について教えてくれませんか?
田端さん

田端さん

いいよ、心技体の3拍子そろったまごうことなき「おっさん」を代表して、若者に伝授しようじゃないの。

要求を全部通すなんて考えなくていい。「妥協はクリエイティブな行為」

天野

天野

自分は、交渉がすごい苦手なんですよ。「嫌がられるかな」と相手の気持ちを忖度して遠慮しちゃうんです。

でもそれだと上司からは「交渉で妥協して、指示を遂行できなかった」って思われる気がして、まさに板ばさみに…
田端さん

田端さん

ちがうちがう、交渉において妥協っていうのはクリエイティブなことなんですよ

相手を一方的にやっつけて、自分の要求だけを100%通してくるなんて、王様でも神様でもないんだから、そんなことできるわけないんです。
相変わらずすごい目力だ…
天野

天野

妥協はクリエイティブ…!
田端さん

田端さん

交渉担当者として、あとから上司から責められてしまうのは、「そもそも、交渉で何を最優先で勝ち取って来るべきか? 絶対に譲れないポイントはどこか?」っていう重要な前提条件を事前に把握しないで何となく交渉するからですよ。それはダサい。

勝利の条件を設定するのが交渉の基本中の基本です。
天野

天野

たしかに、そのあたりを考えてなかったかも…
田端さん

田端さん

「相手に嫌がられる」っていうけど、そもそも自分たちが「100要求して100飲んでもらえる」ような有利な状況なら、交渉担当者として付加価値を付けようがないじゃん。

おれだったらそんなの面白くないと思っちゃうけどね。

「交渉は相手を打ち負かさなくても勝てる」フリーマガジン営業時代の強烈な原体験

天野

天野

田端さんはそういう「交渉力」を、どこで学んだんですか?
田端さん

田端さん

いまだに原体験として持ってるエピソードがあってね。

2004年の7月に『R25』が創刊して、同じ年に羽田空港の第2ターミナルがオープンしたんですよ。

それでANAとタイアップして、『R25』の編集記事で「第2ターミナル特集をやりましょう」ってことになったんだよね。(※当時田端さんは広告営業を担当)
天野

天野

フリーマガジンに空港の広告や特集記事を載せるってことですね。
田端さん

田端さん

そう。内容は「“デート向け”みたいな感じで展望デッキとかレストランを紹介する」って話がついてたんだよ。

ところが、当時編集長だった藤井大輔さんが、「そんな『東京ウォーカー』の劣化コピーみたいなことやりたくない」って言うわけ。読者層である若い男性はそういう「こうすればモテる!」みたいな安易なコンテンツに食傷してるって。

それで広告代理店のエライ人と、藤井さんの間で板ばさまるわけです。「無理をなんとかするのがお前の仕事だ」って。
天野

天野

うわあ…まだ20代の青年には荷が重いですね。
田端さん

田端さん

何度も広告代理店とリクルートの間を行ったり来たりして、そろそろ結論出ないとヤバい…ってときに、藤井さんが助け舟を出してくれたんだよね。

いいか田端、ANAさんが一番得たい広告効果は何か? 飛行機に乗るお客さんが増えることだよな」「展望デッキにカップルで来てチューとかして帰っちゃうのが、本当にいいことなのか?」って言うんだよ。
田端さん

田端さん

それで藤井さんが、「男旅特集」っていう企画を出してきた。

当時から「女子旅」みたいなキャンペーンは多くあったんだけど、『R25』の男性読者に向けて「仕事に疲れたら男2人で旅に出よう!」という新たな提案をしようと。
天野

天野

違う企画にしちゃうってことですか?
田端さん

田端さん

そうだよ。その特集で紹介する旅の行き先が何カ所かあるんだけど、北海道の稚内とかなの。

なんで稚内だかわかる?
なんで…えーっと…
天野

天野

…東京から遠いところのほうが旅客費が高いから?
田端さん

田端さん

いや…ここがミソなんだけど、紹介した場所は実はすべて「ANA便しか飛んでないところ」なんですよ。
天野

天野

なるほど!!!!
田端さん

田端さん

でも別に特集内では、そんなことはまったく触れていない。

編集部としては、“金の力で書きたくない記事を書く”状況を回避して、編集権の独立を守りたい。ANAは広告を出していい効果を上げたい。

これがクリエイティブなアイデアによって、両立可能になったんです。目の前がパーッ!とひらけた感覚だよね。「交渉ってこういうゲームなのか!」って。
天野

天野

今聞いてるだけで面白いです…
田端さん

田端さん

交渉は相手を打ち負かさなくてもいい

それに気付かず、伝書鳩みたいに両者の間を行ったり来たりしてた自分はダサかったよね。「これを自分で考えるようにならなきゃダメだ」って思わされた

田端流交渉の鉄則1「“ゼロサムゲーム”にしないように“相手を応援”する」

田端さん

田端さん

ゼロサムゲーム」って知ってるよね? 「自分がプラス1になったら相手がマイナス1になる」っていう概念。
天野

天野

大学の経済学部でやるような「ゲーム理論」の話ですね。
田端さん

田端さん

ANAさんとの話は、両者の要望がゼロサムゲームじゃなかったっていうことなんだよね。

交渉はゼロサムゲームにしないようにするのが基本

おれは、どちらかが一方的に有利な状況から「やり込めてやったぜ!」っていう交渉は嫌いなの。次に自分がやり込められることもあるわけだからね。
天野

天野

…そういう交渉をできる手法があるんでしょうか。
田端さん

田端さん

まず相手に「もっとも得たいものは何ですか?」ってきいちゃう。

そのうえで相手の立場に立って、「こちら側は最大限に協力させていただききます。ただし、こちらが得たいものは…」と話しあえばいいんだよ。
天野

天野

「相手に協力する」んですね…
田端さん

田端さん

そう。たとえば転職したがってる部下を引き止めなきゃいけないなら、その人が転職によって「勝ち取りたいもの」が何なのかきく。

「育児のために毎日17時に帰りたい」なら、そういうシフトにしましょうとか、具体的な交渉に入れるでしょ。転職それ自体が目的になってるってことはないわけだから。

お互いほしいものがあるときに、「奪いあうんじゃなくて交換しましょう」というのが交渉の基本ロジックですよ。
天野

天野

ふむふむ。
ハイボールを飲みながら納得感のあるお話を連発

田端流交渉の鉄則2「“マッドマンセオリー”による揺さぶりにビビらない気構えを持て」

田端さん

田端さん

あと、交渉に大事だといわれるのは、「揺さぶり」。

おれはよく部下に、「たまになら交渉のイスを蹴っ飛ばして帰ってもいい」って言ってるんです。
天野

天野

武闘派ですね…どういう意味なんですか?
田端さん

田端さん

交渉にはそういう気構えが大事ってこと。揺さぶりにビビらずに、ときにはイス蹴っ飛ばして帰ってこいと

実際おれも「蹴っ飛ばす寸前」までいったことがあってさ。

LINEにいたとき、あるファッションブランドの社長と広告単価の値上げについて交渉のテーブルにつくことになったんだけど…
天野

天野

LINEがそのブランドに広告を出してもらっていて、広告費を上げてくれってことですね。
田端さん

田端さん

うん。先方の会議室で値上げを切り出したら、「こんなに広告費上げるなんてぼったくりじゃねえか!」「ふざけた見積もり出してんな!」って大声でドヤしつけられてね。

「まあまあ」って感じで社長秘書がアイスコーヒーを出してくれたんだけど、おれが一口飲んだら社長が真顔で「はい、そのコーヒー代1000万円な」って。意味がわからないし、これもうヤクザじゃねえか…と。
田端さん

田端さん

でもおれも気を強く持とうと思ってさ、「お言葉ですが社長! お宅のショップに行って、商品4割引きで売れって言ったら店員は売ってくれるんですか?」「値下げしろしろと言うのはご自由ですが、ぼくらにも売らない自由がありますから!」って言って、「じゃ!」ってバーンと席を立とうとしたら、社長もさすがにビックリしたのか「いや、ちょっと待ちなさい…」って冷静になった(笑)

そうやって対等になってから、ようやく交渉がはじまるってこともあるんだよね。
天野

天野

そんな「相手をビビらせる」みたいな交渉がホントにあるんですね…
田端さん

田端さん

マンガみたいな話だけど、国同士の外交交渉でもあるよ。

トランプ大統領が、米朝首脳会談をシンガポールでやるって言ってたのに、2週間ぐらい前に「やっぱ会わねぇ」って言いだしたことあったでしょ(2018年5月)。

あれなんか典型的な“揺さぶり”だよね
天野

天野

へえ~!
田端さん

田端さん

マッドマンセオリー(狂人理論)」っていう交渉術があるんですよ。

交渉において、相手がオバマみたいな“話のわかる人”だとやりやすい。でも相手が頭のおかしい狂人だったら怖いよね

どこで怒るか、何をしてくるかわからない、損得に関係なく核ミサイルを打ち込んでくるような。
天野

天野

トランプ大統領はそれをわざと演じてるんですか…?
田端さん

田端さん

いや、それはわかんない。マッドマンは演じてると思われたらダメだからね(笑)。

でも、あのおっさんはそういう交渉を散々やってきた人だと思うんだよね。

西郷隆盛は流刑にされてから活躍した。「執着を捨てた」おっさんの交渉は強い

田端さん

田端さん

なんで交渉に“おっさん力”が大事か?」って考えたんだけど。

西郷どん』(NHK大河ドラマ)観てます?
天野

天野

あー、あんまりちゃんと観られてないです…
田端さん

田端さん

西郷隆盛って、エライ人に嫌われて2回島流しになってて、戻ってきてから活躍するんですよ。それってたぶん「自分はもう死んだ人間」だと思ってたんじゃないかと

「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり」「この始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり」、つまり「命や金に執着しない、そんな厄介な人間こそ大きな仕事をやってのける」という言葉も残している。
天野

天野

執着を捨ててから強くなったと…?
田端さん

田端さん

そう。自分に置き換えても、おれもだいぶ人生楽しんだ気がするし、そこそこウマイものも食ってきた。子どももいるし。もう死んでもいいかな?と思えなくもない。だからハードな交渉があって板挟みになっても、いざとなったら「辞めます」「腹切ります」って言える気がするしね

若者はそんなこと言えないよね。だって未来があるんだから。

おっさんの強みはそこだよ。大げさにいえば「死」が近いこと。生物学的にも、サラリーマン的な意味でも死が近いんだから、「一身を賭して」って感じで、体当たりの交渉がしやすい。
田端さん

田端さん

でも、本来はそんな強みを持ってるおっさんでも、しょうもないメーカーで不正をやらかしたりするじゃないですか。あれは、日本の管理職のおっさんの給料が安すぎるからだと思うんですよ。

ちゃんと金があれば、経理部長が粉飾決算みたいな悪事の片棒かつげって命令されても、辞めます!と言える。

ところが「今辞めたら住宅ローンが」「子どもの学費が」とか思うと、組織にしがみつくしかない。組織を腐らせるのは、不健全な執着心。これは本質だと思います。
“交渉のセオリー”の一部を学ぶことはできたものの、田端さんも「やっぱり、場数踏んでるかどうかはかなり大きいよ」とのこと。

「おっさん」の交渉力は、執着を捨てた覚悟と、豊富な経験に裏打ちされていたんですね。

自分だったら、激しく揺さぶられるような交渉の場では、絶対ビビッてしまう気がする…。社内のおっさんを見る目も変わりそうです。

…呼びつけておいて散々おっさん呼ばわりしたにもかかわらず、ためになるお話をしてくれた田端さん、ありがとうございました!!

〈取材・文=天野俊吉(@amanop)/撮影=葛上洋平(@s1greg0k0t1)〉

【4日連続公開】特集「すごいぜ! おっさん」

明日公開第4回のテーマは「本気で遊ぶおっさん」。

仕事だけに限らず、私生活も充実しているおっさんってカッコイイ!…ということで、たくさんの趣味をエンジョイし、本気で遊ぶ大人の趣味マガジン『Funmee!!(ファンミー)』を立ち上げたトライバルメディアハウス代表・池田紀行さんにインタビュー。

おっさんこそ遊びを全力で楽しめる理由」を熱弁してもらいます。