ビジネスパーソンインタビュー
「すぐやめる」って、どうやればできるんですか?
「どんな経験もムダじゃないなんて、幻想」為末大が語る、僕らが“嫌な仕事”をやめられないワケ
新R25編集部
元陸上選手、為末大さん。
複数の著書があり、「走る哲学者」との異名を持つ為末さんですが、先日、こんなツイートが話題になりました。
人生や仕事において、「嫌なことはすぐやめる」ことや、「本気で取り組む」ことの重要性を説いたもので、幸福度を上げるうえでとても大切な観点だと、多くの人にシェアされたようです。
…でも、頭ではわかるのですが、人目を気にしてしまったり、リスクをとるのが怖かったりして、「すぐやめる」って難しいことのような気も。
そこで今回は、なぜ僕たちはこの“シンプルな教え”を実行できないのか? またどうすれば実行できるようになるのか? 為末さんに直接お聞きしてきました。
柔らかな表情・声とは裏腹に、人間の本質にズバズバ斬りこんでいく“為末節”、ぜひお楽しみください!
〈聞き手=サノトモキ〉
【為末大(ためすえ・だい)】1978年、広島県生まれ。3度オリンピックに出場し、スプリント種目の世界大会で日本人として初めてメダルを獲得。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2019年10月現在)。現在はSports×Technologyに関するプロジェクトを行う株式会社DeportarePatnersの代表を務める
「合わない仕事」は、逆向きの“動く歩道”を歩くようなもの
サノ
「嫌だからやめる」「合わないからやめる」「やるからには本気でやる」、この3つのどれかでいけばだいたいうまくいくとおっしゃってますが…
為末さん、それを実際にやるのが難しいんですよ!
大物アスリートの取材ということで、最初からエンジン全開になってしまう筆者
為末さん
ははは!(笑)
今日は議論が白熱しそうですね。
サノ
まず、「嫌だからやめる」「合わないからやめる」の二つですが…
たとえば嫌な仕事でも、「やめる」と決断する勇気がないから、みんな苦しんでると思うんです。どうすれば決断できるんでしょうか?
為末さん
こういうときは、「なぜ決断できないか」のメカニズムを言語化するところから始めてみましょう。
なんだろう、この安心感
為末さん
サノさん、「動く歩道」ってわかりますか?
サノ
え…? 空港とかでよく見る、ベルトコンベアーの上を歩いていく感じの?
為末さん
そうそう。
「動く歩道」でたとえると、嫌なこと、合わないことを続けてる人は、わざわざ逆向きに流れる「動く歩道」の上で前に進もうとしているようなものなんです。
サノ
ああ…
つまり、好きなこと、得意なことをやってる人は…
為末さん
ちゃんと進行方向に進む「動く歩道」に乗っている状態です。
そこまで頑張っているつもりはなくても、まわりより成果が出せる。「得意」ってそういうことですからね。
嫌いなこと、苦手なことをやっている人が「1」やって「1」返ってくるとすれば、得意なことをやっている人は「1」やれば「10」返ってくる。
サノ
…きっとみんな、それはどこかでわかってると思うんです。
なのに、どうして「苦手なこと」をやめられないんだろう…?
為末さん
答えは非常にシンプルで、“手にした「1」を手放せないから”です。
ああ…グサッ…
為末さん
仕事がつまらなくても苦手でも、やめないということは、「現状維持する価値のあるもの」を得ているわけです。
「お金」だったり「世間体」だったり、人によってその正体はさまざまですが、「1」やって「1」返ってくる現状を維持していたい…というのが、やめない人の本心。
サノ
たしかに僕も、前職時代まったく楽しくなかったのに、「この会社なら食いっぱぐれることはないんだよな…」と思うと辞められなかったな…
為末さん
「好きな仕事」も「得意な仕事」も当然やってみなければわからないので、就活をくぐり抜けて手に入れた「1」を手放す気にはなれない。
だから人は、嫌なのに、合わないのに、仕事をやめることができないんです。
為末さん、人間の心理を言語化する能力がハンパない
自分のリミットにたどり着かない限り、人は決断しない
為末さん
ただ、その「1」が本当に自分にとって価値があるかは、きちんと確かめたほうがいいですね。
僕たちが抱えてるものって、案外“周囲から向けられた「期待」に応えるためにとりあえず手に入れたもの”だったりするので。
これまた意味深なお話が
サノ
それはどういうことですか?
為末さん
「ネームバリューのある大企業に入ろう」とかって、世間的には大きな価値があるし、親やまわりの期待にも応えたことになるんでしょうけど、その人にとって本当に価値があるかどうかはまた別の話ですよね。
自分の「好き」や「得意」がわからないから、とりあえず「世間的に価値があるとされているもの」に手を伸ばしているというケースは少なくないと思うんです。
サノ
めちゃくちゃわかるかも。まわりの目を気にして、本当に自分が好きでもないもののために働いてるというか…
でも、どうすれば本当に自分にとって価値があるものを見極めることができるんでしょうか?
為末さん
これは安易にオススメしたくないのですが…
パンク寸前の状況になるまで、自分を追い込むしかないと思います。
パンク!?
サノ
こ、ここまで来て根性論ですか!?
為末さん
いえ、ちゃんと理由があります。
人間が現状維持から抜け出すのは、「手を打たなければ局面を乗り切ることができない」という状況に陥ったときだけなんです。
「変わる必要性」を本気で感じない限り何も変えられないし、それは自分のリミット(限界)ギリギリでしか感じることはできない。
サノ
た、たしかにそれはそうかも…
為末さん
それと同じで、人は「何かを手放さなくてはパンクしてしまう」という状況に陥ってはじめて、自分が抱えてるものが本当に必要なのかを考えられるんです。
そこでようやく、捨てられるものがわかったり、本当に大切なものが見つかったりする。
為末さん
だからこそ、「やるからには本気でやる」べきなんです。
自分のリミットに近づかないと、変わる決断はできない。本気でやらなければ、どんな道を選んだとしても納得できるタイミングなんて一生来ないと思います。
本気でやらないでずっと不平不満を言っている人生は、もったいないですよね。
サノ
こんなに理にかなった「やるからには本気でやれ」、はじめて聞いたな…
「石の上にも3年」という言葉は、「どんな経験も無駄じゃない」という幻想から来ている
サノ
僕、前職時代に営業の仕事をしてたんですけど、「この仕事合わないなあ」って思っても、「これくらいガマンして当然なのかも」って、嫌な気持ちを自分で打ち消しちゃってたんですよね。
誰だって何かしらはガマンしてるはずだし…
為末さん
自分の感覚で見切っていいと思いますよ。「嫌」「合わない」というのは、あくまでも主観的な感覚なので。
自分のなかの違和感が、人と比較してどれくらいの大きさかなんてわからないわけです。
「『他の人にガマンできた=自分もガマンしなきゃ』ではないんですよ」
サノ
でも、石の上にも3年とも言いますよね?
為末さん
「石の上にも3年」って、「どんな経験も無駄じゃない」という幻想から来てると思うんですね。
為末さん、とびきりの笑顔でけっこうなことを言う
為末さん
「どんな経験もムダじゃない幻想」には、人の決断力を鈍らせる二つのカラクリがあるんです。
サノ
二つのカラクリ。
為末さん
一つは、「どんな場所でも学べることは必ずある」という安心感。
どんな会社でも最低限のビジネスマナーとかは学べるので、ウソではない。ただ、逆を言えばどこでも学べるわけですから、決して「そこにとどまる理由」にはならないはずなんです。
サノ
ほんとだ…
為末さん
もう一つは、「努力している」という安心感。
人って、日常の時間を埋めていると、落ち着くんですよ。
僕も、スランプのときには、とにかく1日中グラウンドにいて、トレーニングをしていました。何も前進してないんですけど、「何かをした」というのは自分への最高の言い訳になるんですよね。
サノ
めっちゃくちゃわかります。
為末さん
そうやって違和感に気付かないフリをして、同じ会社に3年もいたら、「せっかくここまでやったのにもったいない」という、また次の「決断しない言い訳」が生まれて、さらに動きにくくなりますよ。
だから、もしまわりに「それくらい我慢したら?」と言われたとしても、自分の感覚を信じたほうが後悔がないと思います。
為末さん、「得意なこと」ってどうやって見つければいいんですか?
為末さん
それに、心配しなくても、「1」やると「10」返ってくる場所はどんな人にも必ずあります。
サノ
でも、大人になってから「好き」や「得意」なんて見つかります?
正直、みんなが為末さんにとっての「陸上」のようなものと出会えるとは思えないんですけど…
為末さん
「好き」と出会うのは、正直運かなと思います。
でも、「得意なこと」は必ず見つかります。みんな、探す場所を間違えているだけで。
サノ
どういうことですか?
為末さん
「得意なこと」は、長所というより「特性」のことなんです。
みんな“自分の長所”を探そうとするけど、それだともっとできる人と比較してすぐに自信を失ってしまう。
探すのはそこじゃないんです。「得意」は、ダメなところをひっくり返すと簡単に見つかるんです。
為末さん
僕、子どものころ、すごく多動的だったんですね。
授業中も教室の後ろで走りまわったりしていて…今だったらたぶん特別な支援が必要だと言われてたぐらい落ち着きがなくて(笑)。
サノ
そうだったんですね。
為末さん
でも、陸上教室で先生の言うことを聞かずに好き勝手やっていたとき、先生が「この子は何でもトライする好奇心があるから、伸びるかもしれない」と言ったんです。
これがすごく大きな体験で。学校でダメだと言われていたことが、場所を変えるだけでこんなにも簡単にひっくり返るのかと。
サノ
おお、その一言がオリンピック選手を誕生させたのか…!
為末さん
アメリカの人が底抜けにポジティブなのって、学生時代にさまざまな環境を経験することで、自分の特性を理解していくからなんです。
サノ
たしかに、スポーツで言っても、日本の部活のようにひとつの競技に打ち込むんじゃなく、トップ選手もアメフトや野球、バスケなどいろいろプレーするらしいですね。
為末さん
「ここで叱られたはずのことが、別の場所では褒められる」という体験をたくさんするから、「短所」ではなく「特性」という認識になっていく。
自分のなかのどんな要素も武器になると知ってるから、彼らはネガティブにならないんだと思うんです。
サノ
なるほど! めちゃくちゃ面白い!!!
為末さん
でも日本は、相対的に“ポジションチェンジ”が少ない社会ですよね。プレーする競技を変えることも、環境や仕事を変えることも。
だから、自分の短所を「特性」だと認識できる機会がなくて、短所をずっと短所のままだと思ってしまうんですよね。
日本は、眠っている「得意」を見つけるのが苦手な国なんです。
サノ
つまり、「得意」は今からスキルを磨いたりして新しく獲得するものではないと。
為末さん
そうです。
場所が変われば、「多動」が「好奇心」に、「内向的」が「思慮深さ」に変わる。どんな特性も、得意なことに変わるんです。
現代は、「得意なことをやっている」人にお金が集まる時代
サノ
僕、為末さんのツイートを拝見したとき、「合わないことをやめる」の意味がわからなかったんです。
“好きなことと得意なこと、どっちを仕事にすべき?”ってよく言いますけど、為末さんの言う「合ってる」って、どっちなのかなって。
為末さん
個人的には、「得意」を優先したほうがいいと思ってます。
「好き」なだけでは、どうしても食べていけないことも多いので。
為末さん
僕、陸上を引退した後はセカンドキャリアとして「起業家」を目指したんです。
まわりにアスリート出身の起業家がいたってだけで、憧れてしまったんですね(笑)。
サノ
ふむふむ。
為末さん
でも、数字まわりが経営者としては致命的なレベルでダメだったんです(笑)。
僕は陸上時代もコーチをつけていなかったので、「今自分はどう見えてるか」を人に聞くクセがあったんですけど、あまりにボロボロだったので聞いてみたら案の定「向いてないんじゃない?」と言われて。
為末さん
今の世の中は、結果を出した「デキる人」にお金を払うシステムですよね。
それはやっぱり、「好きなことをやっている人」ではなく「得意なことをやっている人」にお金が出ているということなんです。
サノ
たしかに…
為末さん
得意なことって、「そんなに頑張ってるつもりがないのになんか褒められること」なので、結局好きになっていくんですよ。
僕もオリンピックに出るまで散々褒められてきたわけで、そりゃ陸上好きになりますよね。
ちょっとその次元はわかりませんけども…
為末さん
好きだから続ける、っていう“売れないバンドマンの幸せ”を覚悟したうえで享受したい人は、もちろんそっちでいい。
ただ「好き」から始めると、どうしても博打になってしまいます。「得意」は突き抜けるかはわからないけど、成果は出やすい。
なので、まずはある程度「得意」なことを見つけたほうがいいと思います。その先に「好き」が待っているケースもたくさんありますからね。
サノ
何から何まで腑に落ちるお話ばかりでした…
今日はありがとうございました!
僕らが“現状維持”してしまうメカニズムを、見事に言語化してくださった為末さん。
正直耳が痛い部分もたくさんありましたが、普段目を背けていた「言い訳の正体」を暴いてもらったこと自体が、現状を突破する第一歩になったような気がします。
ぜひまたお話聞かせてください!
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〈取材・文=サノトモキ(@mlby_sns)/編集=天野俊吉(@amanop)/撮影=中澤真央(@_maonakazawa_)
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