ビジネスパーソンインタビュー
羽生善治著『直感力』より
プロ棋士・羽生善治が語る“直感の正体”。将棋で「長考に好手なし」と言われる理由とは
新R25編集部
コロナ禍で先の見えない時代にあって、どのように行動を取ればいいのか不安に思う人が多いのではないでしょうか。
「次の一手が見えてこない」
そんな、混迷の時代において意思決定に迷いを覚えている人は多いはず。
将棋棋士の羽生善治さんは、2012年に上梓し、このたび2020年12月に文庫化された著書『直感力』のなかで、次のように語っています。
「何をしたらいいのか、どうなっているのか見えにくい、分からない時代を生きていかねばならない。そのときのひとつの指針となるのが直感だ」
羽生さんの語る「直感」とは一体どのようなもので、直感力を磨くにはどうすればいいのか。同書より抜粋してお届けします。
「直感」とは何か
直感の正体とは何か。
たとえばひとつの局面で、「この手しかない」とひらめくときがある。100%の確信をもって最善手が分かる。論理的な思考が直感へと昇華された瞬間だ。
以前、カーネギーメロン大学の金出(かなで)武雄先生と対談をさせていただいたときに、次のように指摘してもらったことがあった。
『直感力』より論理的思考の蓄積が、思考スピードを速め、直感を導いてくれる。
計算機の言葉でいえば、毎回決まったファンクションが実行されているうちにハードウェア化するようなものだ。
それまでは毎回発火していた脳のニューロンが、その発火の仕方がいつも同じなので、そこに結合が生まれ、一種の学習が行われたということではないか。
つまり、直感とは、論理的思考が瞬時に行われるようなものだというのだ。
勝負の場面では、時間的な猶予があまりない。
論理的な思考を構築していたのでは時間がかかりすぎる。
そこで思考の過程を事細かく緻密に理論づけることなく、流れの中で「これしかない」という判断をする。
そのためには、堆(うずたか)く積まれた思考の束から、最善手を導き出すことが必要となる。
直感は、この導き出しを日常的に行うことによって、脳の回路が鍛えられ、修練されていった結果であろう。
将棋を通して私は、それが羅針盤のようなものだと考えるようになった。航海中に嵐に直面した。どのルート(指し手)をとればいいのか分からない。
そのとき、突如として二、三のルートがひらめくことがある。
これが直感だ。
その直感にしたがって海図を調べ(検証)、最終的に最善のルートを決断するのは思考の段階だ。
その前の直感は、具体的に頭の中で考えるとか表現するというものではない。
自然と湧き出た感覚、「感じ」なのである。
本当に何もないところから湧き出てくるわけではない。
考えて考えて、あれこれ模索した経験を前提として蓄積させておかねばならない。
また、経験から直感を導き出す訓練を、日常生活の中でも行う必要がある。
もがき、努力したすべての経験をいわば土壌として、そこからある瞬間、生み出されるものが直感なのだ。
それがほとんど無意識の中で行われるようになり、どこまでそれを意図的に行っているのか本人にも分からないようになれば、直感が板についてきたといえるだろう。
さらに、湧き出たそれを信じることで、直感は初めて有効なものとなる。
直感力を身につけると、惑わされない自分になれる
将棋の世界には、「長考に好手なし」という言葉がある。
長く考えたからといって、いい手が指せるわけではないのだ。むしろ、長く考えているのは迷っているケースが多いからで、創造的に考えていることは少ない。
たとえば、Aという選択肢を選ぶ。そこから先を何手か読む。それを選択肢Bにしたらどのように変わるだろう、といった具合に、可能性のありそうな手筋を選んで何手か読む。
すると、たいてい30分もすれば、それぞれの10手先の展開までは到達することができる。
さてそこで、最終的にそのAという選択肢を選ぶのか、あるいはBを選ぶのかという段階になって、迷ってしまうのだ。
選択、決断をためらってしまい、踏ん切りがつかずにその決断を放棄してしまう。
そして、もしかしたらとまた違う可能性を探し始めたり、両方の選択をもう一度なぞったり…とするうちに、じりじりと時間が過ぎてしまう。
つまり、ある程度の道のりまでは来ているのに、そこから先を、考えているより迷っている、決断しきれずにいるだけというケースが非常に多いのだ。
対局中に、自分の調子を測るバロメーターがある。
それは、たくさん記憶ができているかとか計算できるかとか、パッと新しい手がひらめくかとかいったことではない。
そうではなく、「見切る」ことができるかどうかだ。
迷宮に入り込むことなく、「見切って」選択できるか、決断することができるかが、自分の調子を測るのに分かりやすいバロメーターになる。
「見切る」ことによって選択できる、決断できるのは、調子がいいときだ。
すぐに立ち止まり、迷ってしまいがちになるのは調子が悪いときだろうと思っている。
「見切る」とは、必ずしもこれで勝てるとかこちらが正しいといった明快な答え、結論ではない。
「分からないけれども、まあ今日はこれでいってみよう」とか、「今回はこっちを選ぼう」と、絶対の自信はなくとも思いきりよく見切りをつけることができるかどうか。
それは、直感を信じる力の強さにも通じているのではないか。
直感は何かを導き出すときだけに働くのではない。
自分の選択、決断を信じてその他を見ないことにできる、惑わされないという意志。
それはまさしく直感のひとつのかたちだろう。
私たちはどうしても、目に見えるものに意識をもっていかれてしまう。
目に見える原因、目に見える根拠、目に見える成果。
そして、私たちはともするとそれらにふりまわされ、自分の選ぶべき行動、進むべき道が分からなくなってしまう。
しかし、どんなにデータを駆使していても、そのデータはいま自分が向き合っている局面のものではない。
そこに気づきさえすれば、何かの判断をする、決断をするときに、目の前に広がる現象に囚われ、目に見えるものだけを判断材料として、その選択にのみはまり込んでしまうことなく、自分自身の中に蓄積されたものに目を向けることもできるのではないだろうか。
それまでの知識や経験などをもとに、自分自身の中に蓄積されたもの。
将棋の実戦では、それらを集約し自分で計りながら、指す。
意識的にそうすることもあれば、無意識のうちに湧き上がるものにしたがっていることもある。
そのこと自体も蓄積になるだろう。
それは自分の調子を客観的に見る、大局観につながる力の養成にもなるし、逆に見切りがつけられない自分、迷っている自分を自覚しながらそれでも指し続ける集中力を養うことにもなる。
そして、その経験は確実に力になる。
将棋のプロに持ち時間が長く、長考することができるようになっているのは、それに耐え得るだけの力や漠然とした決断を受け入れるために必要な「覚悟」のための時間を与えられているということなのかもしれない。
直感力は「磨ける」
直感というと、先天的なもののように思えるかもしれません。
今回、紹介した羽生善治さんの著書『直感力』では、その正体と磨き方、そして現代社会でどのように活かせるかに至るまで、具体的に語られています。
直感力を働かせる回路は鍛えることができる。同書でその真実をぜひ確かめてみてください。
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