香川真司著『心が震えるか、否か。』より
「天才プレーヤーになったつもりか?」苦しかった2016年、香川真司はいかにして再起したのか
新R25編集部
日本代表で長年「背番号10番」を背負い、欧州のビッグクラブで11年弱、闘いつづけてきたプロサッカー選手・香川真司さん。
世界中の期待と重圧にさらされながらも挑みつづける香川さんが、迷い悩んだときに大切にしてきた心の指針とは何なのでしょうか?
香川さんの最初で最後の著書『心が震えるか、否か。』より、原点となるジュニアユース「FCみやぎ」についてや、プレッシャーとどのように向き合っていたのか、挫折をどのようにして乗り越えてきたのかなど、エピソードを抜粋してご紹介します。
仲間からの辛らつなメッセージで「自分のルーツ」を思い出した。
苦しかった2016年の終わりを、香川は神戸の実家で迎えた。
実家で年末年始をゆっくり過ごすのが何年ぶりのことなのかすら、覚えていなかった。
頭と心をリセットするための時間であったし、新しい自分を見せるためのパワーをためる時間でもあった。
家族以外の誰かと会うでもなく、静かに過ごしたのにはもちろん、理由があった。
ある人たちからのメッセージを思い返しつつ、2017年からの新しい取り組みについて考えていたからだ。
そのメッセージが経験したことのない苦境を打開するためのヒントとなった。
FCみやぎ時代の関係者から、愛のこもったメッセージを受け取ることになった。
彼らの言葉は一見すると、辛らつなものだった。
心が震えるか、否か。「土のグラウンドで、先輩に挑んでいたころの泥臭さはどこへいった?」
「日本代表や選抜とも無縁だった若いころのガツガツした姿勢は、もうないのか?」
「メディアやファンに作り上げられた香川真司像をキレイに演じようとしているんじゃないか?」
「代表では10番になった。日本人選手のなかで最もUEFAのランキングの高いクラブでプレーするようになった。日本人で最も高い給料をもらうようになった。それで、満足してしまったのか?」
「真司は、天才プレーヤーにでもなったつもりなのか?」
厳しい意見の数々が、むしろ嬉しかった。
日本代表に定着して、ヨーロッパで活躍するようになったことで、「“あの”香川真司さんですよね」と低姿勢で接してくる人は増えていった。
気がつけば、自分のことをやたらと持ち上げてきたり、うわべだけのほめ言葉をかけてくる人ばかりになっていた。
一方で、厳しい意見をくれる人は減っていく。
日本のクラブでプレーしていれば、自分の変化を見逃さず、ときに厳しく、ときに優しく声をかけてくれるコーチや先輩がいるのかもしれないが、海外では、良くも悪くも、放っておかれる。
名もない中学生だったころの香川を知っている人たちには、そんな配慮なんてない。
あのころと同じように、厳しい意見をぶつけてくる。
そして、忘れかけていたことを思い出させてくれた。
心が震えるか、否か。「組織力を活かしたサッカーが主流のなかで、『ドリブルができる選手が、タイミングをはかってパスを出すことはできる。でも、パスしか出せないヤツにはドリブルなんてできないぞ!』と鍛えられたわけです。
だから、どんな状況でも必死にゴールへ向かっていったし、ドリブルを仕かけていた。
そういう姿勢をなくしたら、つまらないサッカー選手になるだけだし、自分のキャリアも終わりだと自分に言い聞かせるようになりました」
自分のキャリアは雑草そのもの。
むしろ、お腹が空けば雑草を食いちぎってパワーにして、またボールを蹴っているくらいハングリーな少年だったはずだ。
辛らつなメッセージは、そんな自分のルーツを思い出させてくれた。
心が震えるか、否か。「やはり、FCみやぎ時代を知る人たちの指摘は的確で、自分の胸にスッと入ってきた。
子どものころに描いていた夢を一つひとつ実現してこられたのは、仙台で築いた土台があったから。
あそこで培ったものは、絶対に忘れてはいけないと改めて気づかせてくれた。
本当に大きな出来事でした」
だから、1月2日、人もまばらな羽田空港で香川はこう語った。
心が震えるか、否か。「僕が戦っているのは、簡単に結果が出るほど甘い世界ではないです。
昨年は悔しい思いをたくさん味わいながら、そう実感しました。
僕が結果を貪欲に求めていける選手であるかどうかは、自分自身のこれからにかかっていると思います。
才能あるヤツらがドルトムントにはいます。
彼らに打ち勝つには、彼ら以上の強い気持ちを持って戦っていかないといけない」
香川真司とは、どんな選手なのか?
「これから、それを証明していきたいなと思っています」
プロサッカー選手としての、2度目のスタートだった。
香川はここから、再生することになる。
長所を伸ばすトレーニングへ
サッカー選手としての原点を見つめ直したことで、次の一歩が定まった。
自分の強みを磨いていくために、新たなパーソナルトレーナーとして神田泰裕を迎え入れることにしたのだ。
神田はFCみやぎジュニアユースのチームメイトで、ともに戦った仲間である。
彼に声をかけたのには、理由がある。
課題の克服に目を向けすぎたせいで、自分の得意なプレーを繰り出す意欲が薄れてしまった。
本来は香川の武器であるはずのテクニックのミスが前年の末に続いてしまった原因も、そこにあるように感じた。
「これをやる」と決めたら、とことん突きつめたくなる性格が、災いしたといえるのかもしれない。
自分の原点に目を向けたことで、長所を武器に戦っていこうという覚悟ができた。
そして、そのためには、新しいパーソナルトレーナーが必要だった。
しかも、神田はFCみやぎでともにボールを蹴った同志である。
そこで香川はサッカー選手としての礎を築いた。
わざわざ言葉に表さなくても、共有できる感覚がある。
2人で相談しながら、メニューを考えていくことになった。
香川が妥協することはないし、神田にも遠慮はなかった。
当然のことながら、新たなトレーナーと一緒に練習を始めたからといって、すぐに身体に変化が表れるわけではない。
その効果は、半年や1年という長いスパンでしか測れないものだ。
すぐに成果が出るのなら、誰だってスーパースターになれる。
大切なことは、継続していくことや、練習を重ねるなかでその質や強度を改善していくことである。
ただ、身体以外の変化、つまり、意識が変わったことによるポジティブな効果はさっそく表れていった。
例えば、2月18日のヴォルフスブルク戦のあと、知人からは「守備のときに激しく競り合っていたね」と言われた。
もちろん、守備力を鍛えるためのトレーニングなどしていない。
心がけていたのは、自分の強みを意識すること。
そうすることで、強気になれた。
一つひとつのプレーには、気持ちが反映される。
だから、そんな風に映ったのかもしれない。
他にも、この年からは自宅のリビングルームに大きなホワイトボードを設置した。
そこに試合やチーム練習のスケジュールを書き込む。
そのうえでパーソナルトレーニングのテーマやメニュー、時間なども書き加えて、それらを常に目に触れられるようにした。
何気なく過ごす時間のなかでも、サッカーのことを常に意識できている気がして、このスタイルが気にいった。
新たに映像分析をするためのスタッフと契約したのもこの年からだ。
トレーニングに役立てるために、試合中には気がつかなかったことを発見するために、映像やデータを用意してもらうことにした。
現在では試合のあとにシャワーをあび、取材を受けてからスタジアムを出る時点で、少なくともその試合の前半を振り返ることができるように、映像を作ってもらっている。
全ては、自分の長所を発揮して、ライバルたちを超えるため。
反撃のための体制は、着々と作られていった。
「自分に欠けていたものはこれだ!」と気づいて意識を変えた
香川選手は以下のようにコメントしている。
心が震えるか、否か。もしも若い選手から「パーソナルトレーニングを始めようかと思っているんですけど...」と相談されたら「まずは、やってみたらいいよ」と答える。
もちろん、「パーソナルトレーニングをすることに効果があるのかな?」と悩んで、一歩を踏み出せない気持ちはわかる。
トレーニングを始めるときに、1年後の答えはわからないし、もしかしたら成長するにつれて、自分に合わない部分も出てくるかもしれない。
でも、それだって、トレーニングを始めなければ気がつかない。
どんなトレーナーの人に頼もうかと考え始めたときから、自分と向き合い、考える作業は始まる。
もちろん、お金も時間も投資することになるから、自然と真剣に考えるようになる。
その時点でもう、成長は始まっている。
「紆余曲折の中で僕が何を考え、もがいてきたか」
心が震えるか、否か。「脚光を浴びる一方で、数多くの失敗をしてきた。
それに後悔もたくさんある。
紆余曲折の中で僕が何を考え、もがいてきたか、を記すことでアスリートのみならず、多くの人の糧になることを願っている」
ブラジルW杯やロシアW杯など、世界中が注目する数々の舞台の裏で、香川真司選手は何を感じてきたのでしょうか?
そこには、プロのアスリートだけでなく、ビジネスパーソンが抱える悩みにも通ずる学びがあります。
栄光・挫折・苦悩・重圧を赤裸々に明かした最初で最後の著作『心が震えるか、否か。』を、ぜひお手に取ってお読みください!
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