ビジネスパーソンインタビュー
「他の幸せ」では、ごまかせない。
死の間際まで「美大に行きたかった」という人がいる。漫画家かっぴーに聞く“第一志望の仕事”の諦め方
新R25編集部
広告代理店を舞台にさまざまな“働く大人の葛藤”を描いたマンガ『左ききのエレン』。
2016年にWebサイト『cakes』で連載を開始すると、糸井重里さんをはじめ、名立たるクリエイターや著名人に絶賛され人気が爆発した作品です。
今回は、広告代理店に勤めた経験から、ビジネスパーソンの「悩み」を数多く目撃してきた作者のかっぴーさんに、「R25世代が仕事で直面しがちな悩み」について、『左ききのエレン』の登場人物になぞらえながら全4回で解説していただきました。
今回のテーマは「第一志望じゃない人生の歩き方」。
就活が思うようにいかなかったり、希望しない配属をされてしまったり。社会人には、「第一志望じゃない人生」を歩きだした方もたくさんいると思います(筆者もまさにその1人です)。
広告代理店に6年間勤め、クリエイター志望の営業マンが次々とクリエイターの夢を諦めていく姿を見ていたというかっぴーさんに、「第一志望じゃない人生で幸せになれる人の特徴」を聞きました。
〈聞き手=サノトモキ〉
かっぴーさんが代理店時代に見た「夢を諦めていく営業マン」の姿
サノ
僕もゲームクリエイター志望で就活した結果「IT企業の営業」に着地した人間なんですが…働きながら「俺マジで何やってんだろう」って相当引きずりまして。
今日は「第一志望じゃない人生」を歩んでいるビジネスパーソンにアドバイスをいただきたいです!
かっぴーさん
親近感湧きますね…(笑)。僕自身も、「第一志望じゃない人生」を歩んでた人間なんで。
もともと僕は、漫画家とか映画監督みたいな、誰のハンコもなしに「クリエイター」と名乗れる人になりたかったんですよ。
サノ
ほうほう。
かっぴーさん
でも挑戦する度胸がなかったから、「広告代理店もかっけーじゃん」って言い聞かせて就職して。
就職してからも、「自分はクリエイティブ風な仕事をしているサラリーマン」でしかないんだとモヤモヤしながら働いていたんです。
「これが本当にありたい姿なんだっけ…って」
かっぴーさん
ただ、それ以上に思うところがあったのが…「クリエイター志望の営業マン」が次々と夢を諦めていく姿。
広告代理店のコピーライターって社内試験に受かるしかルートがないので、年に1回あるかわからない採用試験を待ちながら働いてる同期の営業がいっぱいいたんです。
サノ
営業をしながら、コピーライターの席が空くのを狙っていると。
かっぴーさん
僕はクリエイティブの部署にいたから、同期のやつに、「コピーライターの●●さん紹介してよ」とかよく言われてたんですね。
でもそいつら、2年目には「本当になれるのかな…」、3年目には「意外と営業も悪くないかもな…」と変わっていって。
4年目になると、コピーライターの話なんて一切しなくなる。そういうことがざらにあったんですね。
学生時代の友達と飲むときにもよく聞く会話だ…
かっぴーさん
べつに、「第1志望じゃない人生」を歩きだすこと自体は何も悪いことじゃない。
ただ…他の幸せでごまかそうとしても、「本当にほしかった幸せ」って忘れられないんですよ。
サノ
他の幸せではごまかせない…どういうことですか?
かっぴーさん
同期のやつら、「あいつは他の部署に行きたいから、営業ではやる気ない」なんて思われないように、当然営業の仕事も頑張るわけです。
で、そういう人に限って営業としてめっちゃ認められていくんですよね。
サノ
ああー…わかる気がします。
かっぴーさん
で、だんだん思い始めるんですよ。「あ、俺このまま営業やってれば出世できちゃう」って。
あああー…
サノ
わかります…僕も前職時代「この会社で働くのも幸せなんじゃないか」って思ってなかなか辞められませんでした。
かっぴーさん
僕も代理店を辞めるか考えてたとき、何度も自分に言い聞かせましたもん。「自分がどれだけ恵まれてるか」って。何度も反芻した。
「収入も悪くないし」とか「都内で働けてるし」とか…“諦めていい理由”を数えて安心しようとしてたんですよね。でもやっぱりどこかで引きずり続けて煮え切らなかった。
かっぴーさん
人間って、「今の状況で自分を納得させる」のが本当にうまいんです。
でも、「やらなくていい理由」をどんだけ並べても、「やりたい」という気持ちを否定することはできないんですよね。
「第1志望じゃない人生」で前を向きたかったら、「他の幸せで上書きする」では足りない。
「夢ってちゃんと終わらせるまで“呪い”になる」第1志望じゃない人生で幸せになれる人の特徴とは…?
サノ
では「第1志望じゃない人生」、どうすればいい再スタートを切れるんでしょうか…?
かっぴーさん
ちゃんと負けたほうがいい。
夢ってちゃんと終わらせるまで、“呪い”になるので。
かっぴーさん
これは僕が美大に行くか迷ってた高校時代、古文の先生が授業中にした話なんですけど…
先生のじいちゃんが死の間際に口にした最後の一言が、「ありがとう」とか「いい人生だった」とかじゃなく、「俺は美大に行きたかった」だったんですって。
サノ
人生の最後にそれなのか…
かっぴーさん
「受験に落ちて美大に行けなかった」なら、たぶん違ったと思うんですよ。
「挑戦もせず諦める」って死ぬ直前まで引きずるんだと、そのとき知ってしまったんですよね。
かっぴーさん
「営業も悪くない」と諦めていく同期を見て、その話を何度も思い出しました。「お前今のままだと、死ぬ瞬間『俺はコピーライターになりたかった』って言う人生になっちゃうぜ」って。
「手も足も出ませんでした、完全に玉砕しました」って言えるくらいになんなきゃ、呪いは解けない。
一番危惧すべきなのは「夢にトドメを刺さない状況」なんです。
かっぴーさん
「本当に玉砕して夢を諦めた人」って、意外と少ないと思うんですよ。
卒業文集の「将来の夢」も、“野球選手”とか“アイドル”とかそうそうたる夢が並ぶけど、今見返すと1人も叶ってないのが現実ですよね。
でも、「アイドル志望の人はオーディション受けたの?」「役者志望の人は劇団に入ってみたの?」…
サノ
…そもそも、「始めてない」と。
かっぴーさん
そう。ほとんどの人は「そもそも本気で始めてない」んです。
夢って追ってるときが一番楽しいから、決定的な結果が出てしまうような本気の挑戦をズルズル引き延ばしにしてしまう。
そのまま「あんなことも言ってたな」とか言いながら、自分でもなんでそこにしたのかよくわからないような会社に就職していく。
はい…
かっぴーさん
でも、それじゃダメで。
「第1志望じゃない人生」ルートで幸せになれるのってたぶん、「本気で夢を終わらせた人」だけなんですよね。
『左ききのエレン』でも、「夢を終わらせていく物語」を描いた
かっぴーさん
だからこそ僕は『左ききのエレン』で、登場人物たちの「夢を終わらせて前を向いていく物語」を描いたんです。
©かっぴー
サノ
作中には、「コピーライター志望の営業・流川俊」が描かれてますよね。
営業の仕事が終わり、コピーの勉強をしようと思ったころには終電が終わってるような毎日。挫折した結果、クリエイターを毛嫌いしながら働くようになってしまいますけど…
その葛藤を突破して、クリエイターとの架け橋となる存在として営業の世界を駆け上がっていく姿には震えました。
©かっぴー・nifuni/集英社
かっぴーさん
読者が作品に感化されて「よーし俺も夢を追いかけるぞ!」って立ち上がったとしても…それで全員の夢が叶うわけじゃないですからね。
終わらせることで始まる物語って、実際の世の中にはたくさんあると思うんです。
だからこそ、たとえ夢が叶わなかったとしても前を向けるような作品にしたかったんですよね。
『左ききのエレン』は“夢を終わらせる物語”。みなさんもぜひ読んでみてください!
「終わらせることで始まる物語が、世の中にはたくさんある」
思い描いていたのと違う道を歩き出さなくてはいけないとき、この言葉を思い出したら少し前を向けるような気がしました。
どんな人でも少なからず、“こんなはずじゃなかった人生”を歩いているはず。立ち止まってしまったときは、みなさんもぜひ一度、「何を終わらせなくてはいけないか」を考えてみてはいかがでしょうか。
第3弾のテーマは、「鬼上司とのベストな距離感とは」。作品のファンの方はお察しかもしれませんが…鬼畜上司・柳の回です。
明日公開予定ですので、楽しみにお待ちください!
〈取材・文=サノトモキ(@mlby_sns)/編集=天野俊吉(@amanop)/撮影=中澤真央(@_maonakazawa_)〉
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