ビジネスパーソンインタビュー
有名税から”匿名税”の時代へ
「選挙の1票のようなもの」と裁判を決意。“誹謗中傷をしてきた人にアンケート”したはあちゅうの覚悟
新R25編集部
SNSでの誹謗中傷が世間を騒がせる、2020年。
これまで中傷にさらされてきた著名人たちが、次々に「訴訟」の準備を進めていると公言しています。
ブロガー・作家のはあちゅうさんもその1人。
18歳でブログを開設して以降、年々ネットでの嫌がらせがエスカレートし、妊娠を公表した際には「流産しろ」と血まみれの赤ちゃんの画像を送られるなど、さまざまな中傷を経験されてきたはあちゅうさんですが…
今年5月に「裁判の準備を開始した」と表明すると、たちまち何件もの「謝罪メール」が届いたそうです。
しかもはあちゅうさん、「自分を叩いてた人たちに興味があって、アンケートをとってみた」んだとか…
いったいどういうことですか…!?
〈聞き手=サノトモキ〉
「はあちゅうさん、これまでどんな誹謗中傷を…?」
サノ
「訴訟準備」を表明されたはあちゅうさんですが…
そもそも、これまでどんな誹謗中傷をご経験されてきたのか、お聞きしてもいいでしょうか?
はあちゅうさん
私は、ネットデビューがそのまま炎上デビューだったんですよ。
大学1年のときに「ホームページってこんな簡単に作れるんだ!」って感動して、「慶應義塾大学1年生です! 今日から私の日記を投稿します!」って名前と年齢、大学名、顔写真を投稿して、ブログを始めたんですね。
それが、炎上です…!
な、なんで…!?
はあちゅうさん
当時はハンドルネームやアバターを使って、顔や本名を隠して発信するのが普通で。
それを知らないまま投稿しちゃったから、「小学生がマネしたらどうするんですか?」「顔出しなんかして、自分のこと美人だと思ってるんですか?」みたいなコメントがわーっと来て。
サノ
当時まだ大学1年生ですよね…トラウマになりそう。
はあちゅうさん
しかもそこから、顔に対して、ブスとかブスまではいかないとか「はあちゅうブス論争」がどんどん加熱していって。
ひと記事に400件「ブス」ってコメントがついたり…
結果的に、Google画像検索で「ブス」と検索すると、私の顔写真が一番上に表示されるようになっちゃったんですよ。
「鈴木おさむさんの『ブスの瞳に恋してる』がヒットするまで…1年くらいは“ブス日本1位”だったかな」
はあちゅうさん
最近だと、息子とふざけて遊んでいる様子をインスタに投稿したら「児童虐待だ!」と通報されて、家に警察と児童相談所の人が来てショックすぎて、次の日仕事を休んで1日泣いてました。
投稿した写真がうかつで言葉足らずだった点もあるので今後は私も気をつけますが、「何時間も放置していた」などデマとともに拡散されて、匿名掲示板で「児童虐待通報祭り」が起こったんです…
サノ
壮絶すぎて、想像もできない…
2020年は誹謗中傷の転換点。有名税から「匿名税」の時代へ
サノ
そんなはあちゅうさんを始め、今年、著名人の方々が次々と「訴訟の準備を始めた」と発信し始めましたよね。
「裁判」に向けて動き出したことで、何か変化って感じますか?
はあちゅうさん
2020年は、明らかに誹謗中傷の転換点だと思いますよ。
とくに春名風花さんのニュースは、誹謗中傷の流れを変える決定的な出来事でした。
※今年7月、女優の春名風花さんは「Twitterに虚偽の内容が投稿され名誉を傷つけられた」として、書き込みをした人物に対し慰謝料などを求め訴訟。被告が示談金315万4000円を支払うかたちで示談が成立しました。
はあちゅうさん
ネット上では、今までは「叩かれても我慢しろ」みたいな価値観がずっと許されてきたんですよ。
「耐性ないなら投稿するな」とか「メンタル鍛えれば?」と言われることなんて日常茶飯事だったし、「影響力のある人間が一般人を晒すな」と反論することすら許されなくて…
「有名税」というマスコミが作った都合のいい言葉に乗っかる風潮が、すごく強かった。
サノ
たしかに、そういうコメントもめちゃくちゃ目にします。
はあちゅうさん
でも、有名人だけが有名税を払う時代から、匿名の人も「匿名税」を払う時代に変わり始めているのを感じます。
「匿名税」…?
はあちゅうさん
誹謗中傷って、「匿名」だからこそ生まれていたと思うんです。顔も名前も出さなくていいからこそ、普段言えないようなことや相手を傷つける表現も無責任に言えた。
でも、「有名税だ!」と一方的に人を傷つけてきた人たちが、「匿名だからこそ使ってしまった言葉」に対して対価を支払わなきゃいけない時代が、もうすぐそこに来ているんです。
サノ
たしかに、ひどいことを言えてしまうのって、絶対「匿名だから」だもんな…
「匿名税」、まさに言い得て妙だ。
はあちゅうさん
たとえば、飲酒運転ってひと昔前のドラマや映画を観てると、けっこう出てきたりしてた。
でも、今では飲酒運転って厳罰化されてますよね。
煽り運転もそうですけど、悲しい事件が起きて、被害を訴える人が現れて、制度が変わって、世の中が変わった。誹謗中傷も今、その流れに入ったと思うんです。
サノ
「やっちゃいけないこと」として、当たり前の認識になっていくと。
はあちゅうさん
実際私も、裁判の準備を公表してからアンチの声が目に見えて減ったんですよ。
最近はむしろ、応援コメントを目にする機会のほうが多いです!
「共感が反感へ」謝罪メールから見る“誹謗中傷をしてしまう人”の特徴
サノ
訴訟準備を公表したら、謝罪メールも届くようになったんですよね。
率直に、どう思ったんですか?
はあちゅうさん
「ありがとう!」って。
サノ
なるほ…えっ!? 「ありがとう」!?
はあちゅうさん
もちろん、明らかに保身のために形だけ謝ってるものもあったんですけど…「本当に反省してるんだな」と伝わるものもたくさんありました。
私、謝罪メールが届くようになってから、「なぜ私のアンチになったのか」のアンケートを実施したんですよ。
「このアンケートに答えて、今後中傷をしないことを約束してくれた方には、私も訴えるつもりはありません」と伝えて。
サノ
自分を叩いてた人たちにアンケート…!
はあちゅうさん
「誹謗中傷をしている自覚はなかったけど、この投稿がそうだったら本当にすみませんでした」というものも来ましたね。
そういうものには、「私が生身の人間だと気づいてくれてありがとう」って思いました。
サノ
…散々中傷されてきたわけですし、もっと厳しい目を向けてもいいのでは?
はあちゅうさん
今回謝罪メールをくださった方たちの言葉を読んで改めて思ったんですけど…
きっと私自身と私をバッシングする人たちって、根底に通じる部分があるんです。
「自分と似た部分があったり、部分的に共感できたりする人にこそ中傷してしまう」というのは、一つのパターンとしてある気がしていて。
「共感できる人にこそ中傷してしまう」…? どういうことだ…?
はあちゅうさん
共感って、反感にひっくり返りやすいんですよ。
自分と近い考え方や境遇の人を見つけると、「この人は私の言いたいことを代弁してくれてる」って、自分を投影させちゃうんですよね。
サノ
ああ、それはわかるかも。
はあちゅうさん
そこまでならむしろありがたいんですけど、共感が行きすぎると「何から何まで自分と同じであること」を一方的に勝手に期待してしまうんですよね。
だから、少しでもその人の意見と違うことを言うと、「裏切られた」と感情が一気に反感に塗り変わって過激化ちゃうんですよ。
今回謝罪メールをくれた人たちも、「もともとはあちゅうさんのファンだったのに、あるきっかけでアンチになってしまった」という人が多かった。
たしかに「そんな人だとは思いませんでした」も、SNSでめちゃくちゃ見る気がします
はあちゅうさん
そして私も正直、悪口を書く人の気持ちもわからないでもないんですよね。
普段なら「いいな」で終わることも、自分のメンタルが落ちていると「うらやましいな」と思ってしまう。それがもっと進むと「悔しいな」とか「恨めしいな」になって、攻撃に変わるんだろうなと。
理解はできるけど、実際に攻撃するのはアウトなんですよ。それをわかってほしいのと、私も含めて新たな被害につながらないように、裁判にしています。
情報開示だけで1件50万。それでも訴訟するのは「選挙の1票みたいなもの」
サノ
でも、そうやって気づいてくれる人が現れたり、世の中全体の風向きが変わっていくなら、どんどん訴訟の事例が増えていくといいですよね。
はあちゅうさん
もちろんそうなんですけど…裁判を起こすって、時間とお金を死ぬほど使うんですよ。
そう簡単にできるのものじゃなくて、私もやるかどうかめちゃくちゃ迷いました。
はあちゅうさん
まず金額面ですけど…
ケースバイケースですが、情報開示の段階で、1件50万円くらいかかることもあるんですよ。
(※着手金+成功報酬)
サノ
ご、50万!?
10件訴えるだけで、ごひゃ…無理…
はあちゅうさん
それに、1件ごとに自分でいろんな証拠を集めなきゃいけないので、時間も膨大にかかります。
すっごい嫌なんですよ、自分の悪口まとめるの。「息子預けて捻出した貴重な時間で、何やってんだろう」って思いながら、今も内心イヤイヤやってる感じです。
はあちゅうさん
あとそもそも、「ネットの誹謗中傷に理解のある弁護士さん」と出会うのが、ものすごく難しくて。
ネットのことや誹謗中傷の実態に詳しくない方もけっこういて、「それくらい我慢したらいいよ」とか「引っ越して、ネットやめて暮らしなさい」みたいな提案を受けることもけっこうあったんですね。
サノ
ええー…
はあちゅうさん
そのうち、訴えようとしてる自分が間違ってるような気持ちになってきちゃったりして。
「やっぱり私が弱いのがいけないんだ」「メンタル強くないなら発信はやめたほうがいいんだ」ってどんどん自責思考になってしまって…
はあちゅうさん
それに今はまだ慰謝料が少ないケースも多いので、それだけ時間やお金をかけても、実質とくに得られるものはないこともありえるんですね。
とくにタレントさんは、「裁判していること」がイメージに影響してしまう可能性もあるから、リスクも考えるとかなり動きにくいはずです。
サノ
たしかに…「もっとガンガン訴訟すればいいのに」って安易に思ってたけど、いろんなハードルがあるんですね。
それでもはあちゅうさんが訴訟に踏み切ったのはどうしてだったんですか?
はあちゅうさん
選挙の1票みたいなものですね。
はあちゅうさん
自分が1票入れたところで何かが大きく変わることはないかもしれないけど、それでも動かないよりは、世の中を変えていく“一石”は投じられるのかなと。
訴えたら訴えたで「誹謗中傷芸人」「被害者ポジション」と言われたりもするんですけど…誰かが動くことによって勇気をもらえる人もきっといると思うんですよね。
私が声をあげたことで、また別の誰かが声を上げる。そういう連鎖の一部になれたらなと思います。
おわりに…
はあちゅうさん
私も、同じように誹謗中傷と戦ってる人にすごく勇気をもらってるんですよね。
今年、ようやく「誹謗中傷されてます」と声を上げられる方が増えてきたので、いろんな方の話を聞いたんですけど…
私よりひどい中傷を経験されてる著名人の方、本当にたくさんいます。
はあちゅうさん
児童虐待通報を12回受けてるけど、経営者だから表沙汰にできないとか…キラキラして中傷とは無縁に見える人も、想像以上に中傷を浴びていました。
でも、裁判や、こういった動きが報道されることによって、中傷する人の母数を減らしていけることは間違いないと思います。
声を上げつづければ、いつかきっとルールが整って、「当たり前にやってはいけないこと」として認識される時代が来るはず。
サノ
ここ数カ月、誹謗中傷に関する取材を何件もしてきたんですけど…
今日お話しを聞いて、ついに希望が見えてきた気がしました…!
はあちゅうさん
私はめっちゃ希望にあふれてますよ。
今私、人生で一番インターネットが楽しいです!(笑)
今日はありがとうございました!
過酷な体験談もありましたが、最後「今が人生で一番インターネットが楽しい」とおっしゃったときの笑顔がとても晴れやかで印象的でした。
終わりのない戦いにも思えた誹謗中傷。まさに今、勇気を出して声を上げ始めた方々の努力によって、少しずつ変わっているのかも。
僕もSNS時代に生きる一人の人間として、「傷つけあわないSNS」に1票を投じるつもりで、1つひとつの投稿と丁寧に向き合っていけたらと思います。
〈取材・文=サノトモキ(@mlby_sns)/編集=天野俊吉(@amanop)/撮影=長谷英史(@hasehidephoto)〉
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