ビジネスパーソンインタビュー
古舘伊知郎著『言葉は凝縮するほど、強くなる』より
答えにくい質問では「主語」をずらせ。古舘伊知郎が教える“とっさにうまく切り返す”方法
新R25編集部
人と話していると、「今の言葉に対して、うまく返すことができなかったな…」と思うことがありますよね。
自分がとっさに発した一言で気まずくなることもあるし、もし上司や取引先が相手だとしたら、その一言でピンチに陥る可能性もあります。
『報道ステーション』(テレビ朝日)のメインキャスターを12年間務め、現在はフリーのアナウンサーとして活躍する古舘伊知郎さんは、そんな気まずさやピンチを何度も切り抜けてきました。
新著『言葉は凝縮するほど、強くなる』には、とっさに切り返すときに使える「一点突破の凝縮ワード」や、シチュエーションごとの会話術など、古舘さんの経験にもとづくノウハウがまとめられてます。
その著書のなかから、ビジネスマンの日常会話で役立つ「とっさにうまく切り返す力」「言いにくいことをスルっと伝える力」の2記事をお届けします。
ずらす力
答えに窮するような質問や、何かしらの感想を求められたとき。「いいね」「おいしいね」「素敵だね」と肯定的に思えないとき。
あなたは、どんな答え方をするのがいいと思いますか。
『くいしん坊! 万才』の初代レポーターは、名優の故・渡辺文雄さんが務めていました。1日に5日分撮るそうで、金曜日分を収録するときにはお腹がいっぱいになります。
たとえば、漁師町に行って5日分収録するとき、「魚が生臭いな」と感じることもあるわけです。
船乗りのことわざに、「板子一枚下は地獄」があります。のんびり海に浮かんでいるように見える船も、底にある一枚の板を外してしまえば沈みます。台風がきて転覆したら乗組員は死んでしまう。
常に危険と隣り合わせであることをたとえたものですが、それを乗り越えて、ようやく母なる港に戻った漁師さんがとってきた魚を「生臭い」「まずい」なんて仮に思っていても絶対に言えません。
かといって、「おいしい」とも言えない。ウソになる。
そこで渡辺さんがひねり出したのが、一口、二口、三口と食べて、間を置いて…。
おいしいのか、まずいのか無表情の果てに、こう言うのです。
「いやぁ~。好きな人にはたまらんでしょうなぁ」
このとき、「いやぁ~」というどうでもいい方を強めに言います。
聞く側は、「いやぁ~? って、おいしいの? まずいの? どっち?」と思いますよね。そこで引き寄せておいて、「好きな人にはたまらんでしょうなあ」とトーンを落として言う。
これ、「私の答えは保留します」ってことですよね。
私がどう感じたかは言ってない。「おいしいのか、まずいのか言いなさいよ」という視聴者の期待があり、漁師さんが取り囲んで感想を待っている。
それに反して、自分の好みを一切言わないというのは、「私は、ここにいません」と表明しているのと同じですよ。
自分がおいしいか、まずいか明言を避けた時点で、実際には、「私はそんなにおいしいとは思っていません」と、実は自分なりの信号を出しているのです。
主語ずらしは、ごまかしがきく
「私は、ここにいません」を表明するのは、いわば、「主語ずらし」です。
これを私どもは『千の風になって』話法と呼んでいます。
僕よりも先輩の方々は、常道の実況、冷静沈着な実況をしろと言われていました。
テレビは視覚がメインだから、それは見ていれば分かるから、「ご覧の通りです」と謙虚な実況をしろと言われていたんですね。自分を出さない、自分を消すことが求められてきました。
これに関して僕が感動したのが、日本テレビの先輩アナウンサーです。
ずいぶん昔のことですが、夕暮れ時にサッカー中継をしていて、「ここ国立競技場から、ごきげんよう。さようなら」と真面目に言って終えたのです。
「ごきげんよう。さようなら」は古いイメージがあると思いますが、当時は、このフレーズがスポーツ中継の締めの王道でした。
すると、終えたはずが、実は“2分間早く締めちゃった”ことが判明した。スタッフが、ストップウォッチをはかり間違えていたのです。
2分も余っている。どうしよう?
すると彼は、5秒間ぐらい時間をあけたあと、ケロッとこう言ったのです。
「再び、国立競技場です」
続けてこう言いました。
「まだ試合の余韻冷めやらぬ、ここ国立競技場。スタンドは多くの方々が信濃町、あるいは千駄ヶ谷方面に流れて行かれるのでしょうか。戦い済んで日が暮れて、なんとも言えない風情がここに漂っております。解説の〇〇さん、すごい試合でしたね」
と2分間つないで、またこう言うのです。
「ここ国立競技場から、ごきげんよう。さようなら」
テレビを見ていた人は、「え? さっきも、さようならって言ったよね?」と思うかもしれませんが、そんなの関係ありません。
しれっと再登場して、何ごともなかったように解説して、何食わぬ顔で去っていく。まるでさっきとは別人が話しているように…自分を消す。まさに「私はここにいません」。
人間、苦しいときは自分をなくしていい。
先ほどの渡辺文雄さんにしても、この先輩アナウンサーにしても、彼らを見ていて僕はそういう教訓を勝手に得ました。
「独特ですね」は間で勝負
この「主語ずらし」ですが、普段の生活でも私たちはわりとよく使っています。
たとえば、感想を求められて肯定できないとき、「主語ずらし」を使うとうまくその場を切り抜けられることがあります。
先日、僕は、知り合い夫婦の住む新築の家に遊びに行きました。
なかなかの豪邸で、玄関の観音開きの重厚な扉を開けると、すーっと気が通るような感じがするんですよ。今、思えば、群馬県館林市で、風が強くてすごい寒い日だったから、単に風が入ってきただけなんですけど。
立派な家なので、『渡辺篤史の建もの探訪』並みに褒めちぎりながら部屋を見て行ったら、一か所、内装の一部で個人的には、「あまり好きじゃないな」と思うところがあったんです。
すると、まさにその箇所について、「ここはどう?」と聞かれたのです。
インテリアデザイナーでもない自分が「良くないね」と言うのは身勝手な気がしたし、かといって、「良いね」は、良いと思っていないから言えない。
そこで僕が言ったのは、
「2人のうちどっちかは、かなり気に入ったんでしょう?」
これも完全な「主語ずらし」で、僕は自分が良いと思っているのか、悪いと思っているのかは一切言っていません。
でも、たぶん、言わない時点で、「あまり良いと思っていない」ことは伝わっています。
すると旦那さんの方が、「けっこう派手だと思わない?」とさらに突っ込むので、「うーん」と一呼吸置いたあと、「それは人によるよね」で逃げました。
これは僕の推測ですが、おそらく夫婦も、深層心理ではあんまり気に入っていないから、第三者にそれを証明してもらいたい。
もっと言えば「罵倒してもらいたい」といういやらしさを含んでいるんですよ。そうときたら、こちらも含み返しです。
「好きじゃない」というニュアンスは打ち出して良いと思うんです。
でも、「良くない」ってはっきり言うのは角が立つから、「どっちかは、かなり気に入ったんでしょう?」「人によるよね」と、二重、三重に逃げればいいと思います。
こういうときの逃げ方で、「独特ですね」もありです。
相手から「どう思う?」と聞かれたら、
間をおいて、さらに、間をおいて、さらに、“三間”ぐらい置いてから、ゆっくりと見て、ニコッと笑って、
「…独特ですね」
と言えば、必ず誰かが笑います。
オウム返し反撃力
カチン! とくる一言を相手に言われたとき、どうやって“反撃”しますか?
たとえば、「やっぱりキャスターは、ある程度英語がしゃべれないとダメだよね」と言われたら、僕だったらどう思うか。
内心、ちょっと気になるかもしれませんね。
なぜなら、僕は英語が苦手だから。カチンとくるということは、相手の一言が図星な一面があるということです。
もしも英語がペラペラな人が「キャスターはある程度英語がしゃべれないとダメだよね」と言われたら、「そう?」であっさり終わる話なのです。
でも、ムッとしたからといって、
「じゃあ英語が苦手な僕は、キャスター失格ってことですね」
と言い返すのはちょっとおかしい。だって、ある種正しいことを言われているのに、キレて開き直るわけですから。
そんなときは、切り返したらいいんですよ。こんなふうに。
「キャスターは英語がしゃべれないとダメですか?」
相手の「やっぱりキャスターは、ある程度英語がしゃべれないとダメだよね」
の一言を、そのまま質問に変換して投げ返すのです。
これは、質問という名の自己主張になります。
英語がしゃべれないとダメなんですか?
英語がしゃべれないとキャスターしちゃいけませんか?
と相手に投げかけながら、
「英語がしゃべれないとダメとは言い切れない部分もあると思いませんか?」
と自分の意見をぶつけているのです。
さらに言えば、「確かに僕は英語が苦手ですけど、例外的にキャスターとして認めてくださいね」というニュアンスも含めているのです。
こういうときは、真剣に言う方がいいです。
真剣に言っていることがより伝わるように、身体性を活かします。
相手を下から見上げるような位置から言うこと。
相手を上から見下ろすようじゃダメ、目線が対等でもダメ、下から見上げながら真面目に、ちょっと不思議そうに質問します。
これはいろいろと応用が効くフレーズです。
友達に「あんなにお金かけてパーソナルトレーニングしたのに、また太っちゃったじゃん」と言われたら、
「パーソナルトレーニングしてまた太っちゃったらダメなの?」
と質問返し。
「いまどき、資産運用してないの? やばくない?」
と言われたら、「いまどき資産運用していないとやばいの?」と質問返し。
オウム返しの感じでいいんです。真面目に、真剣に切り返す。
これが、質問という名の切り返し力になります。
また太っちゃったのって、しょうがなくない?
資産運用に口出ししてくるあんた何様?
そんな本音は、ストレートな怒りとしてぶつけずに、質問返しの中にさりげなく忍び込ませればいいのです。
コミュニケーションの切り札となる「一点凝縮ワード」を学ぼう
1977年にテレビ朝日のアナウンサーとして入社してから、40年以上も話し手として活躍する古舘さん。
コミュニケーションの障害になりがちな「言いにくいことを、あえて言わなければならないとき」「この場をうまく切り抜けたいとき」といったシチュエーションも、適切な言葉を使えば円滑になると語ります。
『言葉は凝縮するほど、強くなる』は、ピンチな状況で何を話せばいいのかわからない、という方のヒントになるはずです。
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