ビジネスパーソンインタビュー
あんなに核開発してたのに…なぜ?
北朝鮮が「非核化」を宣言したけど、ホントに実現するの? 専門家に聞いてきた
新R25編集部
2018年4月27日に開催された南北首脳会談で、北朝鮮が「朝鮮半島の非核化」を示したことが、ニュースで話題になりました。
これまでずっと核実験やミサイルの発射を繰り返してきた北朝鮮が、なぜあっさりと核を手放すのでしょうか?「非核化宣言」なんて、“でまかせ”じゃないの?
元航空自衛官で軍事ジャーナリストの潮匡人(うしお まさと)さんに、素朴な疑問をぶつけてきました。
【潮匡人(うしお・まさと)】アゴラ研究所フェロー。国基研客員研究員。岡崎研特別研究員。防衛庁・空自勤務、聖学院大専任講師、防衛庁広報誌編集長、帝京大准教授、拓殖大学客員教授など歴任。TV出演等多数。著書には『安全保障は感情で動く』(文春新書)、『誰も知らない憲法9条』(新潮新書)などがある 。
ライター・中村
よろしくお願いいたします。さっそく伺いたいのですが、北朝鮮が宣言した「非核化」は実現するのでしょうか?
潮さん
「非核化」の定義にもよりますが、私はすぐには実現しないと考えています。
ライター・中村
そうなんですね! なぜでしょう?
潮さん
それを説明するために「非核化」の定義から整理しましょう。まず北朝鮮が求めているのは「朝鮮半島の非核化」です。
一方、アメリカなど諸外国が求めているのは「北朝鮮の非核化」。似ているように見えますが、大きく異なります。
ライター・中村
北朝鮮だけか、韓国もかってことですよね。つまりどういう違いでしょうか?
潮さん
韓国は核を保有していません。それは北朝鮮も知っています。それなのに北朝鮮が「韓国も」と言っているのは、要するに在韓米軍を撤退させろ、という要求なんです。
ライター・中村
なるほど!
潮さん
昨年、アメリカの「B-2」という核を搭載できる爆撃機が、朝鮮半島付近を何十回も飛行していました。
北朝鮮は、そのような爆撃機が近くを飛ぶことも含めて「韓国が核の傘の下にいる」と主張しています。
ライター・中村
だから「撤退させろ」と初めて宣言したと。
潮さん
いえ、実はこれ、金正恩の祖父(金日成)の時代から要求してきたことなんですよ。なぜか先日「北朝鮮が非核化を宣言した」と大きく報道されましたが、決して目新しいことを言ったわけではありません。
ライター・中村
そうだったんですか! 韓国の大統領と手をつないでいるインパクトもあり、初めて宣言をしたものだと思い込んでいました。
ライター・中村
昔から要求してきたとのことですが、北朝鮮が在韓米軍を撤退させたい理由は何なのでしょうか?
潮さん
北朝鮮が以前から一貫して掲げている目標は、朝鮮半島の統一です。
北朝鮮が武力による統一を目指しているとすると、在韓米軍が撤退すれば敵は韓国だけ。北朝鮮にとってはまだ「勝機がある」と判断できるのかもしれません。
ライター・中村
ということは、北朝鮮は「在韓米軍を撤退させろ」とアメリカに交渉し、そのあと韓国を攻めて朝鮮半島を統一するのが目的なのでしょうか。
潮さん
そうですね。
ただし、「アメリカとの間で『非核化』が決まっても、北朝鮮は本気で非核化するはずがない」との見方もあります。
専門家の中でも、「どんな方法で」なのかは意見が分かれるところですが、私は、最終的には北朝鮮が朝鮮半島を統一しようとしていることには疑いがないと考えています。
ライター・中村
仮に、北朝鮮が核を放棄することが決まったら信用していいものなのでしょうか。なんとなく北朝鮮への不信感は続く気がするのですが…?
潮さん
過去を振り返ると、北朝鮮は核放棄を約束しておきながらも開発を続ける、ということを続けてきましたね。
ライター・中村
そんなに何度も約束を破っていいものなんですか? 合意に強制力はないのでしょうか。
潮さん
いや、破ったらダメなので、石油の輸出を制限するなどの「経済制裁」が国連から下されています。ただ、北朝鮮にとって決定的な脅威にはなっていません。
というのも、“人道的にOKな程度の制裁”しか認められていないんです。よって国際法に基づく合意や声明は、北朝鮮にとっては「あまり強制力がない」と言えるかもしれません。
ライター・中村
なぜこのタイミングで北朝鮮は南北首脳会談をし、非核化を宣言したのでしょう?
潮さん
「経済制裁は脅威ではない」と言ったのとは逆になってしまうんですが、それでも最近は効果が出てきているんです。
昨年の「水爆実験成功」やICBM(アメリカまで届く射程距離のミサイル)の発射実験のせいで、経済制裁はより厳しくなりました。消極的だった中国も、以前より厳格に制裁をおこなっていることもあり、打撃になったと考えられます。
ライター・中村
人道的な範囲の経済制裁でも、かなり厳しくされて参っているんですね!
潮さん
そう、北朝鮮は友好的な姿勢を見せる「ほほえみ外交」に転じています。
今年2018年の元日には、それまで言及してこなかった韓国の平昌オリンピックに対して、「成功を願っている」などのメッセージを出しました。そして4月に南北首脳会談がおこなわれたのです。
ライター・中村
今回の非核化宣言によって、日本へどのような影響があると考えられますか?
潮さん
うーん、もし仮に「非核化」が実現したとしても、日本にとっては脅威であることは変わらないんですよね。
ライター・中村
どういうことですか?
潮さん
北朝鮮はアメリカ以外の国に対しては、「非核化」を示唆すらしていません。
現時点で、北朝鮮が放棄する姿勢を見せているのは、アメリカ本土までの射程距離を持つミサイル(ICBM)とそこに搭載できる核弾頭だけです。
それよりも射程距離が短い、日本や韓国を射程に収めるミサイルについては、まったく触れていません。
画像は防衛省作成の図。射程の違うミサイルが多種あるのがわかる。「スカッド」は韓国、「ノドン」は日本を念頭に開発されているそう。
ライター・中村
そうなんですか…。なんとなく日本でも平和ムードになっていたのは、見当違いということですね。
潮さん
北朝鮮の「非核化宣言」を含む一連の過程で、金正恩に対して好感度を持つ人が韓国で8割にのぼったという調査があります(韓国の公営放送MBCによる)。
この数字を見ると、北朝鮮のしてきたことをもう忘れてしまったかのように思えますね。日本も似たような変化がありそうです。
ライター・中村
たしかに、ガラッと印象が変わってしまったような気がします。
潮さん
彼はミサイルを発射し続けてきただけではなく、実の兄を殺害したんですよ。
そういう人物が韓国に来たときに笑顔を見せたというだけで、日本のメディアも含めて大はしゃぎしているということに、この国の安全保障の大きな脆弱性を感じますね。
潮さんのお話を聞いて、自分はきちんとニュースを噛み砕かずに、表面的に見ているだけだったな…と痛感。
北朝鮮をめぐる国際事情は複雑で、私たち素人にとってはなかなか理解へのハードルが高いですが、できるだけいろいろな情報を摂取して、日本の置かれている状況を理解しておきたい、と感じました。
〈取材・文=中村英里(@2erire7)/ 取材・編集・撮影=葛上洋平(@s1greg0k0t1)〉
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