ビジネスパーソンインタビュー
上司から同じことで怒られつづけていませんか?
タスク管理ができない原因はADHDだった。とある女性の「大人の発達障がい」体験記
新R25編集部
学生時代は成績優秀だった人が社会人になってから仕事でミスを繰り返し、いざ診断してみると発達障がいであることが発覚するというケースが少なくないのだそう。
現在ブログなどでそんな「大人の発達障がい」に関する発信をおこなっている女性・長谷川樹さんもそのひとり。一般企業の営業職で働いており、社会人5年目のときに、発達障がいのひとつであるADHDだと診断された。
発達障がいであることを疑いはじめたときから、楽しく過ごせている現在に至るまでにどんな過程があったのか、ひとつの体験談を伺った。
タスク管理があまりにうまくいかず、上司から怒られつづけたことがきっかけで病院に
「小さい頃から違和感は感じていました。私は探し物が見つからないことがよくあります。
障がいを持たない人にとってはよくわからないかもしれませんが、
目の前に探しているものがあっても認識できなかった
り、上に重なっているものをよけてその下を探すことなく諦めてしまったりするんです。
学生時代には、終わっている課題を提出日に持っていくのを忘れてしまう、といったことも多くありました」
これらの出来事は、「頻繁にものを失くす」「忘れ物が多い」というような言葉にしてしまえばありきたりなものにも感じる。だからこそ長谷川さんは、「自分が発達障がいである」だとは考えもしなかった。
それでも「何かがおかしい」と思ったのは27歳の時。仕事のタスク管理があまりにうまくいかず、上司から怒られつづけたのがきっかけだった。
「やらなければならないことがわかっていても、体がガタガタ震えて動かなくなってしまうようなこともありました。はじめはネットで『タスク管理 方法』といったキーワードで検索し、役に立ちそうなノウハウを探しました。
その途中でふと何かしらの病気も疑い、「先延ばし 病気」と検索してみたんです。すると『そういった作業が苦手な障がいを持った人もいます』という記述を見つけました。そこで初めて『
大人の発達障がい』
というものを知ったんです」
具体的に長谷川さんが悩んでいたのは、以下のようなことだった。
・仕事が重なった時にタスクの抜け漏れが多くある
・先延ばしにしてしまい期日ギリギリになってしまう
・予定通りに動くのが苦手
・睡眠障害があり、日中常に眠気に襲われる
「繁忙期にミスが重なり精神的に追い詰められていたため、藁にもすがる思いで、『解決のための糸口が見つかるなら』と、病院を探して受診しました」
しかし、病院に行くことを親から止められるケースも少なくないという。病院に行く前に何かできることがあるのではないか、もっと努力でカバーできるのではないかと、子供を責めてしまう親もいるのだそう。
「私の場合は親から反対されるのが想像できたので、事後報告にしました。父はすぐに発達障害に関する本などをたくさん借りて勉強してくれましたが、やはり母はなかなか受け入れられなかったようです」
“発達障がい”だと診断されたときのリアルな気持ちは「安心」
「病院での検査の結果から、自分の障がいのタイプが具体的にわかります。
発達障がいにはいろんなタイプがあり、大きく分けると、
動きが止められない(多動性)
、
突発的に行動してしまう(衝動性)
、
ケアレスミスが多い(不注意)
の3つ。
私の場合は“不注意”にあたります。こういった特性を把握することで、対処法や強みを活かす方法を考えやすくなりました」
初診で「ADHD傾向あり」と診断されてすぐの彼女のリアルな気持ちは、「安心」だった。
「20年以上、違和感がありました。『もしかしたら自分がみんなと違うのではないか』という
違和感に理由があったことがわかって、ホッとしました。
『やる気がない』という意志の力の話ではなく、そういう障がいなんだ
と」
長谷川さんは、大人になってからの発達障がいを“弱視”にたとえる。
「弱視の人たちは、周りも自分のようにぼんやりとした景色しか見えていないと思っている。けれどある日『
あなた
はもしかして弱視じゃないの?
』と言われたら、それがきっかけで気が付ける。
大人になるまで発達障がいに気がつかずに生きてきた人も、その状況に近いと思います」
しかし、「発達障がいは治るものではなく一生付き合っていかなければならないのだ」という事実に落ち込む時期もあった。
「調べてみても、いままでに
発達障がいの特性を活かして成功した例は、決して多くは出てこない
んです。
栗原類
さんはADHDの一種ながらタレントとしてご活躍されていますが、珍しいケースです。
前例が少ないなかで自分で道を切り開いていかなければならないことに気がついて、途方に暮れてしまいました」
病院で教えてもらえることも少ない。そもそもきちんと診察ができる医師も少なく、「忘れっぽいから、メモを取るようにしてください」という、簡単なアドバイスしかもらえないこともあるのだそう。
「実は
ADHDの情報交換は、ほとんど当事者間でしかできない
のが実情。そのためブログやTwitterを使ってなんとか同じような境遇の人に出会い、コミュニケーションをとっています。そのほかにも、発達障がいを持つ人たちが集まるバーなどもあります」
診断を受けたことで自分がつまづきやすいポイントを把握し、対策できるようになった
長谷川さんは、診断を受けたことで自分がつまづきやすいポイントを把握し、あらかじめ対策できるようになった。
「たとえば、忘れもの対策はふたつのことをしています。ひとつは、忘れたくないものは前日に用意して、
必ず目に入る玄関に置いておく
。
もうひとつは、よく使うものは持ち運ばずに済むようにしておく。メガネ、化粧品、パソコンの電源なんかは、
職場と家の両方に置いてあります
ね」
さらに、タスクの漏れを防ぐためにパソコン画面の周りに付箋を大量に貼っていたら、思わぬ効果もあったそう。
「実はこの方法は、作業効率を上げるのにはあまり効果がありませんでした。
けれど、付箋がびっしり貼られて、
ひまわりのようになったパソコン
を職場の人たちが目にして、「
ミスをしないよう努力はしているのだ
」という印象は持ってくれたようでした。
逆にいうと、そこまでしないとなかなか理解をしてもらえないんです」
「努力すればうまくいくのでは?」の言葉が怖くて、打ち明けられない人もいる
長谷川さんは、職場においては直属の上司にしか自身がADHDであることを伝えていないため、 “発達障がいだから”という配慮をほかのメンバーには求められない。しかし、なるべく理解を得られるような工夫はしている。
「私の場合は良くも悪くも発達障がいっぽくないので、できないことが目立ちます。
そこで
『3歩歩いたら忘れてしまうくらい本当に忘れっぽいので、もし何か抜けていそうなことがあれば、すぐに言ってください』
というように、冗談交じりにお願いするようにしています。
もちろんお願いするだけでなく、覚えている限りは進捗を報告するなど、自分の苦手をカバーしている姿も見せるようにしているつもりです」
長谷川さんは幸いにも障がいを共有できる上司との信頼関係があったが、世の中には周囲に発達障がいであることを伝えられない人もいる。
「私の知り合いのケースだと、『障がい』という言葉を出すことにハードルを感じたり、もし仮に打ち明けたとしても『努力すれば、もっとうまくいくんじゃない?』といなされてしまうことを怖れている人も多いです」
長谷川さんは親しい友人にも、自身が発達障がいを持っていることを伝えたところ、反応はいい意味で薄かったという。「いままで仲良くしてきたんだから、障がいだと知ったところで何も変わらないよ」と。
病気を疑うひとつの基準は「継続的に迷惑をかけたら」
「もし病院で診断を受けていなかったら、まだ自分を責め続けたり、人に迷惑をかけたりして苦しんでいたと思います。
こうやって前向きに日々を楽しめるようになったことを考えると、診断を受けて自分の障がいと向き合えたのは良かったです」
長谷川さんは、「もしかしたら自分も」と感じたら、早い段階で病院へ行ってみることを勧めている。
「症状を疑う基準は難しいですが、 “
継続的に誰かに迷惑をかけたら
”というのをひとつの目安にしてみるといいと思います。
手を抜いているつもりはないのに
『なぜ同じミスを繰り返すの?』
『何度も同じことを言わせないで』といった注意を頻繁に受け、違和感を感じるようであったら、すぐにでも病院へ行ってみてほしいです」
ただ、発達障がいだとわかってから、それを乗り越えていくまでには時間がかかることも訴える。
「薬を服用すればすぐによくなると思うかもしれませんが、
薬はあくまで補助の役割
。薬を服用した状態から、できることを増やしていく必要があります。
私はできるだけ早くはじめたほうが、結果的にできるようになることの幅は広がると考えています」
“普通”であることと“発達障がい”には明確な境目がないため、仕事のミスを繰り返して自分を責めつづける人も少なくない。
もしこの記事を読んで、自分にも当てはまるかもしれないと思った方は、一度病院や同じような症状の方が集まる場所へと足を運んでみてほしい。
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〈取材・文=森かおる/取材・編集・撮影=葛上洋平(新R25編集部)〉
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