ビジネスパーソンインタビュー
「生きるも死ぬも、私たち次第ですよね」
自由に生きるって、実は残酷なんです──為末大×青野慶久「個人の時代への備え」
新R25編集部
記事提供:サイボウズ式
複業やテレワークなど、従来の「会社」ではあり得なかったワークスタイルが、「働き方改革」の影響で話題になっています。これからますます「個人」は会社にとらわれる必要がなくなるのかもしれません。
しかし、このような働き方が世の中に一気に浸透してきたわけではありません。成果主義へシフトした企業で言われるように、向き・不向きもありそうです。今後、もし個人が活躍する時代が到来するなら、それにはどんな準備が必要になるのでしょうか。
そんな問いについて、サイボウズ社長の青野慶久といっしょに考えてくれるのが、かつては日本を代表するアスリートとして、現在は株式会社侍の経営者として活躍する為末大さん。来るべき個人の時代への備えについて、2人が語り合います。
自由に生きたらスランプに。自由の伴うリスクに気づいた
青野慶久
為末さんって、ちょっと変わっておられるというと、失礼なんですけど…。
為末大
(笑)。たしかに、変わっているかもしれないですね。
青野慶久
現役時代、コーチをつけなかったんですよね。若くして、自ら一般的な枠組みを外れるというのは、かなり大胆な決断にも思えます。
為末大
もともと、人の言うことを聞かない性格だったこともありますが(苦笑)。大学に入学した頃は、ちょうど陸上競技の理論を学び始めた時期だったんです。そうしたら、「たぶん、これをやれば速くなる」という仮説が自分の中で膨らんできて。
青野慶久
おお。
為末大
でも、それを周りの大人に伝えても、わかってもらえなかった。だから、「俺が証明してやるんだ」みたいな。
青野慶久
なるほど、なるほど。実際にやってみて、どうだったんですか?
為末大
大失敗でした(笑)。
為末大(ためすえ・だい)さん。1978年広島県生まれ。男子400mハードルの日本記録保持者(2017年5月現在)。スプリント種目の世界大会で、日本人として初のメダルを獲得した。2012年、25年間にわたる現役生活からの引退を表明。現在は、スポーツに関する事業を請け負う株式会社侍(2005年設立)を経営、一般社団法人アスリートソサエティ(2010年設立)の代表理事を務める。主な著作に『走る哲学』(扶桑社新書)、『諦める力』(プレジデント社)など。
青野慶久
失敗だったんですね(笑)。
為末大
スランプに陥ってしまったんです。試行錯誤をしているうちに、正解がわからなくなってしまって。結局、高野進さん(当時の日本陸上競技協会強化委員会の短距離部長)に教えを請いました。
青野慶久
コーチをつけずに仮説を試した後に、もう1度指導者を求めたのですね。
為末大
はい。実は高校生の時に高野さんに勧誘してもらっていたのですが、違う大学に行ってしまったんです。それでスランプになって、今度は高野さんにお願いに行きました。幸い器が大きい人で受け入れてくれて、今があります。
青野慶久
それが後の日本記録や、オリンピック出場・世界陸上のメダル獲得につながっていくわけですね。やっぱり、「自分でやってみたい」という気持ちが強いんですか?
為末大
それは、そうですね。僕、仮説オタクなんです。
青野慶久
仮説オタク?
為末大
陸上に限らず、一番おもしろいのは仮説を立てることだと思っているんです。「こうやったら速くなる」という仮説を立てて、それを実際に試して、「速くなった」「遅くなった」を検証するという。
青野慶久
ビジネスモデルの作り方とも似ています。
為末大
はい。でも、当時のスポーツ界の力関係は、選手よりコーチの方が強いんです。だから、コーチが仮説を立てて選手はそれに従うのが普通でした。僕はそれを「ズルい」と感じて、欲求不満だったんです。
青野慶久
それでコーチをつけずに、独力で。スポーツの世界の常識に反することに、不安感はなかったのですか?
為末大
初めはなかったのですが、スランプになってから怖くなりました。誰も助けてくれないし、後戻りもできない。「自分の強みは何だろう」って悩んだりして。
青野慶久
そこを高野さんに軌道修正してもらった、と。
為末大
ということになります。結果的にスランプから抜け出せたので、僕はとてもラッキーでした。でも、この経験から「自由というのはリスクを伴うもの」だと気づいたんです。
「自由にしていいけど、すべてあなたの責任」と言われる時代
青野慶久
以前、元サッカー日本代表監督の岡田(武史)さんも近いことをおっしゃっていました。為末さんは1度自由にやってみて、ある意味で「型にはまる」重要性に気づいたわけですよね。
為末大
そう言えると思います。
青野慶久
岡田さんが言うには、サッカー強豪国であるスペインでは、小学校のうちにプレーの型を教え込むんだそうです。たくさんの型を知っていることで、あれだけオリジナリティーのあるプレーができるようになる、と。
為末大
それはあるかもしれません。自分で考えることは大事なのですが、そのためにはある程度、基本になる考え方の型を自分の中に持っていなければいけない、というか。
青野慶久
為末さんは当時、まだそれがなかったから、スランプになってしまった。
為末大
それでもまだ、若いころに悩んだので、よかったのかもしれません。当時はとにかく手当たり次第という感じで、めちゃくちゃなやり方をしていたら、なんとなく「こういう型があるんじゃないか」ということがわかるようになりましたから。
青野慶久
一方、日本は「子どもを型にはめてはいけない」という風潮があるから、いざ社会に出るときにどうしていいかわからず、結局は型にはまってしまう。逆ですよね。
青野慶久(あおの・よしひさ)。1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立した。2005年4月には代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を推進し、離職率を6分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得している。2011年からは、事業のクラウド化を推進。総務省ワークスタイル変革プロジェクトの外部アドバイザーやCSAJ(一般社団法人コンピュータソフトウェア協会)の副会長を務める。著書に『ちょいデキ!』(文春新書)、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)。
為末大
うちの会社って、今は社員が6人いるのですが、出勤も退勤も自由なんですね。そこで最近になって、スタッフに「このやり方をどう思う?」って聞いてみたら……。社員のほとんどが「いやぁ、これは残酷な仕組みですよ」と言うわけです。
青野慶久
残酷、ですか?
為末大
「生きるも死ぬも、私たち次第ですよね」と。
青野慶久
わかります。サイボウズも似たような就業規則なので、「明日何時に来ればいいですか?」と聞かれても、「自分で考えて、自分のタイミングで来たらいいよ」としか言ってあげられない。
為末大
そして、その結果として起こることは、すべて自分の責任という。だから今、「働き方改革」とかいろいろ議論されていますけど、それはつまり、これからは「自由にしていいけど、すべてあなたのせい」と言われてしまう時代になるということですよね。
青野慶久
そういえば、サイボウズはよく「社員に優しい会社」という言われ方をします。でも、そんなことはないですからね。選択肢があるのは、本当は非常に責任が重いことだから。自立を促されるし、自立していない人にとっては苦痛でしょう。
為末大
陸上でも、優しいコーチほど「最後は俺のせいだ」と言うんですよ。厳しいコーチほど「お前が決めたよね」と言うんです。
(一同笑)
為末大
だから、コーチがいないことでつぶれてしまうスポーツ選手も結構いる。あとは、コーチが合うかどうかも重要です。短い競技人生の中で、適切なサポートが得られるようにするか、自立する方法を学べなければ、そのまま引退です。
個人で生きる時代は過酷だが、社会は「昔ほど危ないサバンナではない」
青野慶久
仕事についても、これからは個人が会社に合わせるのではなく、会社が個人に合わせる時代が来るんじゃないかと思うのですが、それはそんなに簡単なことではないですよね。
為末大
個人で生きることの残酷さがわかっていないと、「ついにわれわれは、閉じ込められていた檻から解放されるんだ」という認識になるのかもしれませんが、そこはまさにサバンナですからね(笑)。
青野慶久
アスリートとして、それをまさに体験されたわけですよね。
為末大
はい。コーチがいなくなって、「僕はついに自由を手に入れた」という気分に1度はなりました。でも、いざ自分でやろうとすると「きっとこれが問題だから、こうやってみたら解決するんじゃないかな」「あれ、これって誰が決めるんだっけ」って。
青野慶久
決められるのは自分しかいない、と。
為末大
これから個人の時代が来るとしたら、その覚悟を決めておかないといけないでしょうね。
青野慶久
それは本当にそうですね。ただ、社会が成熟してくると、セーフティネットも整備されてくるんですよ。サバンナなんだけど、昔ほど危ないサバンナじゃないというか。
為末大
従来の会社というものも、盤石ではなくなっていますよね。
青野慶久
うん、終身雇用だ、年功序列だ、と言っていた大会社が立ち行かなくなるニュースもよく聞くじゃないですか。だから、社会全体としてもうちょっと自立の方に舵を切った方が、より幸せに生きられるんじゃないかと思うんですよ。
為末大
その点、やはりアスリートは「個人で生きる」に近い気がしますね。苦しい局面を経て、ようやく自由を享受できる。僕はそれを「考え始めの谷」と呼んでいて。
青野慶久
いいですね、「考え始めの谷」。
為末大
選手が自分の頭で考え始めると、だいたい2〜3年はスランプになるものなんです。この時期がポイントで、超一流の選手になるにはここを乗り越えるしかない。でも、ニ流、あるいは1.5流くらいでいいなら、実は変に考えさせない方がよかったりする。
青野慶久
そこそこでいいなら、悩まない方が出来上がりが早いということですね。
為末大
ここでふと思うのは、昔の会社というのは、実はこの1.5流の人材を量産するのに最適化されていた可能性があるんじゃないか、と。
青野慶久
ああ、おもしろい。おもしろい考察ですね。まさに、日本の学校や大企業のやり方は、1.5流を量産する仕組みです。
為末大
全体のレベルは高いし、均質化されているけど、超一流は育ちにくいという。一方、底が抜ける感覚を味わうというか、暗闇の中を手探りで進んでいくような経験をすると、人間は強くなる。
青野慶久
その中で主体性とともに、自分で自分の人生をデザインしていく能力が身につくわけですよね。それはきっと、それからずっと使える能力になるでしょう。おそらく、仕事が変わっても、ずっと使えるはず。
(つづく)
取材・文:朽木誠一郎(ノオト)/撮影:すしぱく(PAKUTASO)
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