「なんとなく」与えられたコミットでは、たどり着けない境地
社内にたった一人で“違和感”を口にできるか?「BPaaS」推進するkubell桐谷豪が語るコミットの本質
新R25編集部
仕事の現場で奮闘するビジネスパーソンたちの魅力、スキルを“○○力”と名付けて、読者のみなさんにお届けしたい! 題して、連載「あのビジネスパーソンの『○○力』」。
今回登場いただくのは、株式会社kubellの桐谷豪さん。
【桐谷 豪(きりたに・ごう)】大学在学中より創業フェーズのスタートアップに参画し、ジョイントベンチャー設立や複数事業の立ち上げに従事し、ユニコーン企業へ。その後、AI系ベンチャーである株式会社ABEJAへ入社し、データ関連サービスの事業責任者を担う。2020年10月にChatwork株式会社(現 株式会社kubell)に入社し、BPaaSのサービス立ち上げ責任者を務めたのち、2024年1月より執行役員に就任。インキュベーション本部を管掌し、新規事業の推進とR&D領域を担当
あの、ビジネスチャットで有名なChatwork株式会社は、2024年7月に株式会社kubellに社名変更。
コーポレートサイトでは「これまで培ってきた圧倒的な顧客基盤と、ビジネスチャットという高価値なプラットフォームを背景に、DXされた業務プロセスそのものを提供するクラウドサービス、『BPaaS』を次の成長の柱としていきます」
「ビジネスチャットの会社から、BPaaSで『働く』を変えるプラットフォームを提供する会社へ」
と説明されています。
BPaaSとは、「Business Process as a Service」の略で、「業務プロセスアウトソーシングサービス」。つまり、企業がおこなっていた業務を外部に委託できるクラウドサービスのことです。
この「BPaaS」に注力しているのが、今回お話しいただくkubell桐谷さん。
桐谷さんが繰り返し口にしたのは“違和感にも逃げずに向き合う”ということ。組織で生きる僕らが飲み込んでしまいがちなその“向き合い”…。学ぶことがたくさんありました。
〈聞き手=天野俊吉(新R25副編集長)〉
狂気とも言えるコミットをしているからこそ「違和感に忠実に」なれる
天野
桐谷さんは、ご自身の特性というか、“まわりからこう表される”というポイントってありますか?
桐谷さん
なんだろう。「狂気」とか言われることが多いですけど…
狂気と言われることが多い人こわい
桐谷さん
たとえば、BPaaSってツイートをしている人の投稿、この2~3年ぐらいは全部見にいってるし、その人が何をしている人かも全部見てるんですよ。
「ストーカーみたい」って言われてます(笑)。
Chatworkに入社した当時は、インサイドセールスのメンバーが顧客対応の電話してる録音を毎日何時間か聴きながら寝てました。
天野
寝るときに!? それはなぜ…
桐谷さん
“知らないと不安”っていう感じですかね。「ビジネスをやっててお客さんのこと知らないなんてあり得ないでしょ」っていう感覚かもしれないです。
天野
今は「BPaaS」に熱狂的に注力されてるってことだと思うんですが…
SaaSのようなクラウドサービスとの大きな違いは何なんですかね?
桐谷さん
いろんなサービスがたくさん出てきたけど「あんまり企業のなかで使いこなされてない…」というリアルがあったと思うんです。
自分は“スタートアップ界隈の中の人”としてずっとやってきたんですけど、SaaSという概念だけでは、日本を変えるのは難しいという違和感を覚えたんです。
天野
「日本を変える」って具体的にはどういうイメージなんですか?
桐谷さん
分かりやすく言うと、日本の会社の99.7%が中小企業なんですよ。
SaaSの会社として、そういった非ITの中小企業を顧客にするビジネスを成功させようとすると難易度は上がるわけです。
そこを排除してビジネスをするのは資本主義としては正しいけど、そのズレが気になったんですよね。なので当時のChatworkに入社して、違和感を解消しにいった。
天野
それ、おいくつぐらいのときですか?
桐谷さん
25歳ぐらいのときですね。こういうスタートアップを続けていて、果たしていいんだろうか?と感じてしまった。
天野
かなりキャリア的には早い段階で。
そこからBPaaSという概念にたどり着いた経緯はどんな感じだったんでしょうか。
桐谷さん
Chatworkの仕事でさまざまな中小企業にツール導入の提案をしていると「ツールを入れても、ウチでは使いきれないですよ」という話をたくさん聞くようになって。
“ここを改善しないと、日本の生産性が上がらない”と痛感したんです。
そんなタイミングで、福島広造さん(ラクスル株式会社→BCG)がX(Twitter)で、「“SaaS+オペレーションwithテック”の時代だ」とおっしゃっていた。つまり、ITサービスに、人によるオペレーションや技術のサポートが入って、広く使われるようにすべきだと。
そこから、社内のメンバーがそんな概念を表す「BPaaS」という言葉を見つけてきた…という流れかと思います。
SaaSに対する閉塞感とか違和感は、みんなが共通して持っていたので、しっくりきたんでしょうね。
天野
みんながうっすらと違和感を覚えていたなかで、桐谷さんが突破できたというか、新しい概念にベットできたのはなぜなんでしょうか?
桐谷さん
自分たちを否定することを怖がらない…という姿勢があったからかなと思います。
新規事業って、やはりある程度は今までの自分たち、あるいは業界を否定する部分はあると思うんです。
自分は「SaaSだけではきついと思う」と社内外問わず言っていましたし、違和感から逃げずに向き合うっていうことですかね。
天野
サラリーマン的に考えると、最初におっしゃっていた“0.3%に向き合っている”ほうが心地よく仕事できちゃうと思うんです。会社がそういう方向を向いていたら自分もそうなりそうだなと。
そこで自社を否定できた根源をお伺いしたいんですが…
桐谷さん
それは、ファーストキャリアの影響が大きいと思います。
自分が学生時代に創業メンバーとして入った会社が、ユニコーンまでバーンといったんです。
そのときに「世の中って変わるんだ」っていう感覚がすごく身について。
天野
最初に入った会社というのはどちらに…?
桐谷さん
新電力系のスタートアップに入ったんですが、その後、なかなかうまくいかなったことがあって…
桐谷さん
それで、「もう絶対に失敗したくない」という気持ちが強いんだと思います…
コミットが足りなかったことへの「後悔」がすごくあって。
天野
なるほど。どんなことを後悔されてるんですか?
桐谷さん
違和感があったときに、「もっと調べておけばよかったのか?」「あと一声だけでも声をかければよかったのか?」…とか。
会社や組織が“やれるやれる”っていう雰囲気のときに、「いや大丈夫ですか? 本当にこの方向性でいいですか?」っていう一言を言えるかどうか。
みんながポジティブな雰囲気のときに違和感を口にすると、なんとなくネガティブなヤツになってしまう構造なので、言い出すことがすごく難しい。
天野
うーん、なるほど…
組織的に引っ張られて「まあいいか」となってしまったのは、「本当にコミットしてるわけではなかった」という…
桐谷さん
そうですね。今はその反動で、間違っててもいいので少しの違和感でも言うようになりました。
本当にコミットするためには「環境の選定」をして、意思決定せよ
天野
仕事をしてると、たしかにコミットを求められる場面って多くて。
ただ、「自分の会社が扱っているサービスを好きになりましょう」みたいなことをどうしても根っこまで下ろせない人も多いんじゃないかと思うんです。
桐谷さん
“なんとなく”与えられてるだけだと、うーん?ってなっちゃうのは当然だと思います。
僕は、「この環境なら、自分がやるべきことをやれる」っていうのをめちゃくちゃこだわって自分で“間違いない”って意思決定している。そうすれば、あとはやり抜くだけになるんですよね。
桐谷さん
ビジネスパーソンとしての成長性は業務内容ではなく、環境に依存するんですよね。つまり「What」ではなく「Where」とか「When」。
僕は、仕事内容にはこだわらずにムチャぶりもたくさん受けつづける。ただし、環境の選定だけはめちゃくちゃこだわってます。
天野
「環境の選定」の、基準みたいなものはあるんですか?
桐谷さん
世の中の仕事には「ゴールデンタイム」があると思ってて。ある特定の業界とか業種がすごく伸びる、ゴールデンタイムです。
優秀な人たちが気付いて飛びついていくので、“なんかよくわかんないけど集まってる”状態。僕の感覚だと、5~7年間ぐらい。
天野
わかる気がしますが…なんで約5年しか続かないんですか?
桐谷さん
社会の流れ、変化のスピードが現実的にそれぐらいなんだと思います。
天野
たとえば、今だったら「AIに飛びつくべき」ってすごく言うじゃないですか。
ただ、「みんなが言ってるから自分も乗っかろう」じゃダメなのではという感覚もあるんですが…
桐谷さん
それはやっぱり、情報収集の仕方だと思うんです。
僕はすごく情報収集をしてるんですが、「いろんな人が嘘をついている」と思う。
ちょっと特殊だと思うんですけど、家にテレビもないし、新聞やビジネス系、経済系メディアとかも一切見ないんですよね。
天野
何を見てるんですか?
桐谷さん
X(Twitter)ですね。
テーマごとにアカウントをつくって、海外のVCだったり、とにかくたくさん二次情報を大量に眺めています。全体感をぼやっと見ているイメージ。
天野
眺める。“全体視”みたいな。
桐谷さん
そういった情報を眺めてると、信頼できる人たちが一様に同じようなことを言ってる瞬間が必ずあるんですね。そこから、本を読んだり論文を漁ったりしにいきます。
昔は真剣に全部の一次情報を読んでたんですが「これ時間ないぞ」って思って。
なので、「同じことを言ってるポイント」をぼんやり見つけて、真実にたどり着くことが重要だと思います。
「まわりがAIって言ってるから乗っかる」とかアホみたいなことを言ってすみませんでした
世界を変えられるのはビジネス。だからコミットできる
天野
ほかにも、桐谷さんが「狂気のコミット」ができる根源があるんでしょうか?
桐谷さん
世界を変えるのは「ビジネス」で、それこそが面白いと思ってるからですね。
桐谷さん
ただ…
IT業界、スタートアップ業界には、個人的に尊敬してる人もたくさんいるんですが、なかには“儲ける”という意味では成功しているけど、楽しくなさそうな人もいて。
僕も「仕事が楽しそうで羨ましいよ」って言われるんです。それを見ていると、ビジネスとしてお金を稼ぐだけでは虚しくなる可能性もあるんだろうなと思う。
天野
そんなに稼いでる境地じゃないですが、感覚はわかる気がします。
桐谷さん
以前、社会のインフラに影響を与えるようなビジネスに携われた経験があったので、僕は「社会的意義」を感じられる仕事じゃないと面白くない…と思っちゃう。
ただし、社会的意義に重きを置きすぎてボランティアをやっても、与えられるインパクトが小さい。
ビジネスインパクトとソーシャルインパクトを両立して、できる限りソーシャルインパクトの大きい部分で頑張る…それが一番面白いと思うんです。
桐谷さん
「自分で起業したほうがいい」って言われたこともあるんですが、当時のChatworkという会社を見つけた瞬間、「この会社を使ってやるしかない」って思いました。
そこからはもう、まわりから「何かが憑依してる」って言われるぐらいにコミットできてると思います。
天野
そういう「憑依」が根っこにあったんですね。
もしかすると、今日着ているシャツも「kubell」を憑依させるために会社のカラーで…?
桐谷さん
あ…いやこれはたまたまです。
たまたまでした
「僕、本当はすごくコンサバな性格で、会議で発言するのも苦手…っていう人なんですよ」
という桐谷さん。
それでもここまでの熱狂とともに動けるのは、やはり強烈なキャリア体験から来るものだそう…
桐谷さんの言うように、自分が納得できる環境を選定し、社会の変革にコミットする。
自分に何ができるかはわかりませんが、そんな桐谷さんの“熱”を受け取って行動したいと感じさせられた取材でした。
〈取材・文=天野俊吉(@amanop)/撮影=森カズシゲ〉
撮影場所:WeWork 乃木坂
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