「困ってる人を放っておけない人が、これだけいる」
クラファン史上最速の“1日で1.5億”。【#マスクを医療従事者に】溝口勇児の後悔と感謝
新R25編集部
数カ月前までは想像もしていなかった未曾有の国難に直面し、社会は殺伐とした空気になっています。
しかし、この苦しい状況下だからこそ、誰かへの感謝を感じることもあるのでは?
新R25は、みんなが前を向くエネルギーになる「ありがとう」の声を届けるコンテンツをつくり、連載「#ありがとうプロジェクト」として発信していきます。
今回お話を伺ったのは、起業家でヘルスケアベンチャーFiNC Technologyの創業者、溝口勇児さん。
マスク不足が深刻な医療機関を救うべく、1日で1億5000万円の支援を達成した、
NPOジャパンハートのクラウドファンディング「#マスクを医療従事者に」を立ち上げました。
【溝口勇児(みぞぐち・ゆうじ)】17歳から10年近くフィットネストレーナーを経験後、2012年4月に株式会社FiNC Technologyを創業。ヘルスケアプラットフォームアプリ「FiNC」を国内No.1アプリへと成長させた後、2019年末に代表取締役CEOを退任。国際医療NGOジャパンハートアドバイザー、起業家が400人集うコミュニティFoundersの運営なども務める
医療現場の深刻な現状を発信し、プロサッカー選手の長友佑都さん、俳優の伊勢谷友介さんなども賛同した結果、国内クラウドファンディング史上最速となる、開始約21時間で1億円に到達したこちらのプロジェクト…。
溝口さんに届いたたくさんの「ありがとう」、そして溝口さんが今伝えたい「ありがとう」をお届けします。
〈聞き手=サノトモキ〉
「看護師がドラッグストアに並んでマスクを買っている」溝口さんに届いた悲痛な声
サノ
1億5000万円もの支援が集まった「#マスクを医療従事者に」ですが…
こちらの企画を実施した背景って、どんな流れだったのでしょうか?
溝口さん
まず私自身、ヘルスケア関連の会社を長くやっていたので、医療従事者と一緒にお仕事する機会が多かったんですね。
それもあって、3月中旬ごろから、私のSNS宛てに医療従事者の方々から悲痛な叫びが届くようになって。
悲痛な叫びとは…?
溝口さん
「マスクが1週間で2枚しか使えなくなってきた」
「看護師が朝ドラッグストアに並んでマスクを買っている」
「看護師をしている妻が、防護服やマスクなど、正しい装備で医療に向き合えていない」…
そういう悲惨な現状とともに、「なんとかサポートしてもらえないか」という声が、日に日に増していって。
サノ
なるほど…
それで、すぐに今回のクラウドファンディングを始められたと。
溝口さん
いえ…じつは私も最初は、一歩を踏み出すのが遅れたんです。
溝口さん
私自身、自分の新しい事業を立ち上げていて慌ただしくて、医療従事者からの要望を日々聞いていながらも、見て見ぬフリをしてしまっていたんです。
これは政府がやるべきだとか、医療物資を配給してる大きな会社がたくさんあるんだから自分が動く必要はないとか…「自分の役割じゃない」って言い聞かせて。
サノ
溝口さんでも、最初はそうだったんですか…!
でも、たしかにここまで問題が大きいと、「自分で行動を起こそう」なんて考えられなくて当然かも。
溝口さん
「どうせ自分ひとりが動いたって」って思いがずっとあって…
でもそう思うたびに、自分がずっと大切にしてきた『ハチドリのひとしずく いま、私にできること』という物語が、頭のなかでチラついたんです。
『ハチドリのひとしずく いま、私にできること』(光文社)。南米に伝わる寓話が単行本化されたものです森が燃えていました
森の生き物たちは われさきにと 逃げて いきましたでもクリキンディという名のハチドリだけは 行ったり来たり
口ばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは 火の上に落としていきます
動物たちはそれを見て 「そんなことをして いったい何になるんだ」と笑います
クリキンディはこう答えました
「私は、私にできることをしているだけ」
溝口さん
大きな問題を前にしたとき、私たちは「自分ひとりが動いたって何も変えられない」と思ってしまう。僕もそうでした。
でも、誰もアクションを起こす素振りがないうちに、現場の叫び声が大きくなっていって…
これはもう自分が立ち上がるしかないと思ったんです。
「これだけ多くの声を見聞きしている自分が、見て見ぬフリしてちゃいけないって」
溝口さん
そこからは、“自分にできることは、微力かもしれないけど無力ではない”と信じて、「医療従事者のためにできることをすべてやろう」と決めました。
サノ
その結果、まさに“ひとしずく”を集める「クラウドファンディング」を企画したんですね…
「私は、私にできることをしているだけ」。すごくいい言葉だな。
1万5000人から1億5000万円の寄付金が集まる。「日本の未来は明るいかもしれない」
サノ
結果、「#マスクを医療従事者に」は、1万5000人の寄付によって目標の3倍の1億5000万円の寄付金が集まりましたよね。
「すごいことが起こってるぞ…」と思って見ていたんですが、溝口さんはどんな気持ちで見ていたんですか?
溝口さん
僕はあの日、「コロナ後の未来は明るいんじゃないかな」って思えました。
困ってる人や苦しんでいる人を放っておけない人が、日本にはこれだけいるんだということに、何よりも希望を感じました。
溝口さん
今回のプロジェクトは、一般的なクラウドファンディングと違って、リターンがなかった。
あくまでも寄付というかたちだったんです。
つまり、自分には何の利益もないのに医療従事者をサポートしたいと思ってくれた人たちが、それだけいたということ。
サノ
見返りがないのに1億5000万円が1日で集まるって…すさまじいことですよね。
溝口さん
ほかにも、「お金がないから寄付はできないけど、少しでも力になりたくてツイートを拡散しました」という連絡も200通くらいもらったし、回しきれないところをボランティアスタッフに助けてもらったりもして。
かたちは違っても、たくさんの人が“自分にできること”を考えて応援してくれた。
本当に感謝が尽きないです。
冷静な語り口ですが…溝口さんの声色は想いであふれていました
溝口さん
あと、これはさすがに涙が出たんですけど…
友人の経営者やアスリート、SNSで見てくれたタレントの方が、重みのある「ありがとう」を、たくさんくださったんですよね。
「マスクの配送をサポートしたい」と連絡をくれたラクスルの松本恭攝(やすかね)もそうですが…
溝口さん
「自分も何かやりたかったけど、指をくわえて見てるしかなかった。だから、ありがとう」って。
「医療現場のために何かしたかった」という気持ちが、すごく伝わってきたんですよね。
サノ
そういう気持ちを持った方がたくさんいるって、なんだかすごく勇気づけられるな…
溝口さん
医療従事者に想いを馳せている人たちがこれだけいるんだという事実が、現場で戦っている人たちに少しでも届いたらうれしいなと思います。
今、医療従事者の方は、一部の自粛に協力的でない人たちの姿を見て、苦しい気持ちになってしまっていると思うんですね。
でも、決してそういった人たちばかりがマジョリティではないんだということを、少しでも感じられるきっかけになっていたらいいなと思います。
「売名なんじゃないか」世の中に出てくる“ネガティブな声”について、溝口さんが思うこと
サノ
応援メッセージや感謝などポジティブな言葉が集まる一方で…
やっぱり、批判などもあったのでしょうか…?
溝口さん
最初のころはありましたね。
「まず身銭切れよ」とか「売名なんじゃないか」とか、いろんな言葉をかけられました。
溝口さん
でも僕は、今の時期、誰かに心ない言葉をかけてしまうのも、決して理解できないことではないなと思っていて。
サノ
!?
どういうことですか…?
溝口さん
たとえば最近ニュースにもなっていますが、医師・看護師の方々、またそのご家族が差別的な扱いを受けている…という情報が、私のところにも入ってくるんですね。
サノ
お子さんが学校でイジメられてしまったりですよね…
心苦しいニュース、よく目にします。
溝口さん
最前線で働く人たちが白い目で見られるというのは、絶対にあってはならないこと。
ただ一方で、人類が体験したことのないウイルスが感染拡大していくなかで、多くの人たちが恐怖ゆえにそういった不適切な言動をしてしまうことも、共感できないけれど、理解はできる。
溝口さん
今は誰もが不安な気持ちで過ごしていて、すごく不安定になっていると思うんです。
自分を守るために、無意識に「共感の半径」を小さくしている人が、たくさんいると思う。
サノ
「共感の半径」?
溝口さん
どれぐらいの距離の相手まで共感するか、ということですね。
たとえば、自分の家族が苦しんでるときに「なんとかしたい」と思う人は多いじゃないですか。
僕はその半径が比較的広くて、家族を超えて医療従事者の人たちにまで寄り添ってしまって、今回のようなアクションを起こしている。
ただ、そうやって広範囲の人に共感できているのは、今たまたま僕に少しゆとりがあるからという側面も大きいと思うんです。
溝口さん
僕は、必ずしも「共感の半径」を広げていくことが正しいとは思っていないんですね。
感染リスクがあるのに出社しなければいけないとか、収入が少なくなってしまうかもしれないとか、自分にゆとりがないときに半径を広げるべきだとは、一切思わないです。
それはすごく苦しいことだと思うから。
サノ
たしかに、今は自分のことで手一杯で、誰かに「ありがとう」と思う余裕がない人もきっとたくさんいますよね…
溝口さん
毎日が苦しいとき、「ありがとう」と思えない自分を否定する必要はまったくないし、できれば、そういう自分のことも許してあげてほしいなと思います。
「できること」が自分の身の丈を超える必要はない。
まずは、自分の心を大切にしてほしいです。
「医療現場のために、“今、本当に必要なサポート”をしつづけたい」
サノ
最後に、溝口さんは今、医療従事者の方々にどんな想いを抱かれているのでしょうか?
溝口さん
困難な状況のなかで危険を顧みずに苦しんでる人たちを救ってくださっている医療従事者の方々に対しては、本当に頭が上がらないと思ってます。
大きな感謝の思いがこみあげてくるし、立ち上がるのが遅くなってしまったことへの後悔が強烈にある。
だからこそ、この先はやれることを全部やりたいというのが、今の僕の覚悟というか、思いです。
溝口さん
今もこの先も、とにかく柔軟に行動しなくちゃいけないと考えています。
当時、非常に難しかったのは、1日単位で状況が変わっていったこと。
医療従事者のリアルな声に触れている私も、1週間後、医療現場がどうなるのかを占うのはとても難しかったです。
サノ
そうだったんですね…
溝口さん
そのなかで私たちは、サージカルマスクが最も優先度が高いと考えてアクションをしました。
医療従事者、有識者の意見では、孫さんマスク(※)が到着する5月中旬までに必要なマスクは最低1000万枚。
今後の政府支給がおそらく500万枚で、残りは500万枚。
そのうち、200万枚を調達しました。
ですが調達している最中も、「今最も必要なものはマスクなのか」を考えながら、状況の変化に応じて最適な時間とお金の使い方をしなければいけないということを常に考えていたんですね。
※孫さんマスク
…ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は4月、月産3億枚のマスクを無利益で提供することを表明しました
サノ
たしかに、「状況が変わってもマスクを補給しつづける」じゃ、手段が目的になっちゃってますもんね。
最近は医療現場のマスク不足もかなり周知されて、いろいろな組織が補充に動いてるし。
溝口さん
やっぱり、一人ひとりが「いま、自分にできること」を考えつづけることが何より大事なだと思うんですよね。
国民全員が、コロナで失ったものとしっかり向き合いながら、次の未来をみんなで一緒に作れたら、5年10年後の社会はもっと明るくなるんじゃないかなと。
そういった思いで、少しでも多くの人と一緒に歩めたらいいなと…そんなことを思っています。
今日はありがとうございました!
余裕がないときほどイライラして、誰かへの「ありがとう」を忘れてしまうもの。
でも、そんな自分を否定する必要はないと言ってもらえたとき、少しだけ、心に余裕が生まれた気がしました。
「“#ありがとうプロジェクト”、いつもの新R25とはちょっと、雰囲気が違いますよね(笑)。でもそれは、『すごくいい意味で』です。普段の行動範囲を少し超えてでも、何か自分たちにできることを一生懸命やろうとする姿勢というのは、すごくこう…届く人には届いてると思います」
そんな言葉をかけてくれた溝口さん。
引き続き新R25は、「ありがとう」の声を少しでも広げていけるようなコンテンツを更新していきます。
みなさんもよかったらぜひ、ハッシュタグ「#ありがとうプロジェクト」で感想を書いたり、日ごろ誰かに感じた「ありがとう」を投稿したりしていただけたらうれしいです!
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