ビジネスパーソンインタビュー

「緊張して何が悪いん?」ここぞという場面で緊張しない、守田英正の“自分ツッコミ”

守田英正著『「ずる賢さ」という技術』より

「緊張して何が悪いん?」ここぞという場面で緊張しない、守田英正の“自分ツッコミ”

新R25編集部

2022/11/26

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守田英正選手

プロ一年目の23歳で初めて日本代表に選出され、2022年11月20日より開幕した「FIFA ワールドカップ カタール 2022」でも、日本屈指のボランチ(MF)として活躍を期待されています。

そんな守田選手は、高校時代まで全国大会の経験はなく、決して華々しくないキャリアを歩んできたと言います。

彼が頭角を表したのは流通経済大学時代。自分を律し、「ずる賢さ」を極め、現在はポルトガルの名門スポルティングCPに移籍し、開幕戦からスタメン出場するほど名を上げています。

そんな彼の「ずる賢さ」にフォーカスを当てたのが、新著『「ずる賢さ」という技術 日本人に足りないメンタリティ』。

守田選手が頭角を現すにいたって思考や、実際のプレースタイルが確立されるまでを取り上げた同書より、ここぞという場面でも緊張しない「守田式セルフコントロール術」について、抜粋してお届けします。

「自分ツッコミ」で人生は変わる

僕がいろいろ試して行き着いたのが、「自分にツッコミを入れる」という大阪的な自問自答でした。

自分が思ったり感じたりしたことに、逆の視点からツッコミを入れる「もう1人の自分」を設定したのです。

子供の頃からお笑い番組が好きで、吉本新喜劇をよく見ていたことが急にサッカーで役立ちました。

たとえば、自分のポジションとは異なる右サイドバックをやらされて腹が立ったときには、こんなツッコミを入れました。

「我慢を覚えるチャンスで、むしろラッキーなんちゃう?」

「俺の良さを何もわかってへん」という監督への苛立ちを、「言われたことを全部やって見返してやろう」という反骨心に変えて前へ進めるようになったんです。

自分にツッコミを入れることで、景色が変わり始めました。

ここぞという場面で緊張しない方法

高校時代まで、僕は試合でめちゃくちゃ緊張するタイプでした。

重要な試合になるほど、自分の技術では無理なパスに挑戦したり、独りよがりなプレーをしたりしていたんです。

活躍しなきゃという見栄が、緊張を大きくしていました。

最大の失敗は、高3のときに訪れました。

全国選手権・大阪予選の最初の試合で東海大仰星と当たると、僕を含めた3人が簡単に抜かれて失点し、0対1で負けてしまったのです。

この試合も「良いプレーを見せたい」「評価されたい」という自分の欲が勝り、プレーに集中できませんでした。

「ホンマにアホなことした」と激しく落ち込みました。

でも、大学で「自分ツッコミ」をするようになると、緊張に対して別の視点を持てるようになったんです。

「緊張して何が悪いん? ある意味、幸せやん」

緊張=「非日常でしか味わえない特別な感情」と考え、「次の試合はどんな緊張を味わえるんだろう」と楽しみになりました。

すると高校時代が嘘のように、緊張しない選手になったのです。

「リトル本田」VS「リトル守田」

日本代表の大先輩である本田圭佑さんが、2014年1月、ACミランの入団会見で「たくさんのオファーがある中、心の中のリトル本田がミランと答えた」と語り、一躍「リトル本田」の存在が有名になりました。

大学生のときに「リトル本田」について書かれた記事を読んで、僕も「むっちゃわかる!」と共感しました。

僕の「自分ツッコミ」に似ていたからです。

ただ、僕と圭佑さんの「自分ツッコミ」は、違う点もあるかなと思いました。

記事を通して知っただけなので、もしかしたら違うかもしれませんが、圭佑さんは自分の中に確固たる理想像があり、「リトル本田」はその理想を投げかける存在なんだと思います。

何か判断に迷ったとき、「俺の理想はこうだ。それと合ってるか?」という感じで。

それに対して僕の中の「もう1人の自分」は、ここまで書いてきたようにツッコミを入れる存在です。

判断に迷ったときに、逆の視点を与えてくれます。

あえてたとえるなら「リトル守田」というより「ウラ守田」という感じでしょうか。

フェネルバフチェ移籍破談の真相

サッカー人生の中で最もふてくされた期間をあげるとしたら、2021年9月・10月の2カ月間だったと思います。

2021年1月にサンタ・クララへ移籍した際、半年で格上のクラブへ移籍することを目標にしていました。

そして夏、トルコの名門・フェネルバフチェからオファーが届きました。

彼らは直前のシーズンで国内3位になり、ヨーロッパリーグの出場権を得ていました。

格的にも申し分ない名門です。

僕はオファーを受け、あとは現地へ飛んでサインするだけになりました。

ちょうどW杯最終予選が始まるときでしたが、僕は日本サッカー協会に事情を伝え、帰国を遅らせる了承を得ました。

「ついに島を脱出できる!」

サンタ・クララがあるサンミゲル島はポルトガル本土から約1500km離れており、日本からは最速でも30時間かかります。

日本代表合流時の移動の負担を減らす意味でも、トルコ行きは大きい。

僕は意気揚々と、まずは乗り換え地であるリスボンへ向かいました。

しかしトルコ行きの飛行機を待っているとき、「移籍がなくなるかもしれない。飛ばずにホテルで1日待ってくれ」という連絡が入ったのです。

次の日、もんもんとしながらホテルで待っていると、破談の一報が届きました

「そんなアホな」

日本代表への合流まで遅らせたのに、自分は何をやっているんだ…。

表現できないような脱力感に襲われました。

ただ、このとき救いだったのは、日本代表の選手たちが励ましてくれたことです。

過去に所属クラブがない時期も経験した(川島)永嗣さんは、こう元気づけてくれました。

「移籍っていうのは、自分が行きたいときに行けるものじゃないぞ。次のチャンスのためにやれることに集中しよう」

拓実くんはこんな声をかけてくれました。

「おまえは良い選手やから、絶対にもっと上のステージでやれる。頑張れ」

落ち込んでいる暇はない。

そんな気持ちにしてくれました。

「半年間のプレーでフェネルバフチェからオファーが来たんやから、次の1年でもっと頑張れば、それ以上のクラブに行けるはずだ。永嗣さんや拓実くんが言うように、自分にベクトルを向けなあかん」

「自分ツッコミ」しながら、ふてくされていた気持ちを少しずつ上げていきました。

スポルティング移籍を巡る大混乱

予想は間違っていませんでした。

2022年3月頃、ついにポルトガルの名門・スポルティングからオファーを前提とした問い合わせが届きます。

しかし、やはりヨーロッパの移籍は一筋縄ではいきません。

すぐに決まると思っていたら、クラブ間の条件が折り合わず、塩漬け状態になってしまったのです。

とにかく合意を待つという日々がスタートしました。

詳しい内情は書けませんが、サンタ・クララにはプロ部門を経営する会社と、非営利法人としてそれを統括する団体があり、それらの責任者や株主を含めてさまざまなステークホルダーがいるため、クラブ内の意見をまとめるのが簡単ではないのです。

待てど暮らせど答えが出ないため、僕は自分でスポーツダイレクターや強化担当のスタッフに気持ちを伝えに行くようになりました

アウェイ戦当日の午前中に行ったこともあります。

「今日は試合だ。試合に集中してくれ」

そうたしなめられましたが、僕は本気度を示す必要があると思ったんです。

それでも事態が動かないため、クラブの許可を得ず、ポルトガルの新聞のインタビューも受けました

「スポルティングへ行きたい」。

クラブ内外に気持ちを伝えたかったんです

一部のメディアが僕に処罰が下ったという報道をしましたが、それは嘘で、実際には何のペナルティもありませんでした。

しかし、日本代表で僕が足を痛め、負傷が理由でポルト戦を欠場すると、「モリタは謹慎処分になった」というフェイクニュースが報じられました。

ヨーロッパにおける移籍は、まさに情報戦なんです

このときは次のような「自分ツッコミ」をしました。

今年はW杯もある。できるだけ感情に流されないようにしよう。もし移籍できなかったら、そのとき考えればいい。とにかく今はケガをせず、シーズンをやり切ることに集中しよう

サンタ・クララもお金が必要だったのでしょう。

シーズン終了後、ついに合意がなされ、僕のスポルティング行きがほぼ決定しました。

張り詰めていた心と体を、ようやく休めることができました。

ただし、騒動による負担は想像以上だったのかもしれません。

僕は日本代表の練習で負傷し、ブラジル戦を含めた6月の4試合に出場できませんでした。

今後、ヨーロッパに出ていこうとしている選手に伝えたいのは、ヨーロッパサッカーは想像以上にビジネスが絡んでいるということです。

賄賂が発覚してクビになる責任者もいれば、自分が持っている株をいかに高く売るかということばかり考えているクラブオーナーもいました。

給料の未払いだって日常茶飯事で、実際に払われていない選手もいました。

「ずる賢さ」を持って、強いメンタルで渡り合わなければいいようにされてしまいます

それでも日本で得られない経験をできることは間違いありません。

もし自分に自信があるなら、どんな条件でもヨーロッパに挑戦するのを僕はオススメします。

コンフォートゾーンから出るのは、やっぱり刺激的やで

日本人に必要な“ずる賢さ”とは

高校時代まで無名だった守田選手が、一気に世界レベルにまで躍り出た裏にある「ずる賢さ」

幼少期から「ずる賢い」考え方で、自分を成長させてきた守田選手のキャリア・思考は、真面目で実直とされる、僕ら日本人のビジネスパーソンも取り入れるべき学びになるはず

同書を読みながら、W杯で世界と戦う守田選手を応援しましょう!

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