ビジネスパーソンインタビュー
中堅ほど、“モチベーション”に苦しむ。
日本初の無人コンビニ、社長は“JR社員”。大企業をやめずに挑戦する「ミドルリスクキャリア論」
新R25編集部
激しい就活を勝ち抜き、大企業に就職。
多くの人が夢見る“王道キャリア”のひとつですが、じつは大企業には大企業だからこその「大きな壁」が待っているそうなのです。
それは、「“中堅以降”の、モチベーション維持の難しさ」。
上のポストはとっくに埋まり、中堅は能力の違いにかかわらずみんな同じようなポジション。「キャリアの停滞感」を感じながらも今さら転職する気にもなれず、そのまま働きつづける…そんな悩みを抱える中堅が決して少なくないのだそう。
そんな「30代、40代のキャリア悩み」にある“解決策”を提示したのが、「JR東日本」の社員でありながら、株式会社TOUCH TO GOの代表として“無人コンビニ事業”に挑む阿久津智紀さん。
阿久津さんが体現する、大企業を“やめずに”新たな挑戦をする働き方「ミドルリスク・ミドルリターン」、本当に中堅を救ってくれるのか…?
〈聞き手=サノトモキ〉
【阿久津智紀(あくつ・ともき)】1982年生まれ。2004年にJR東日本入社。シードル工房事業開発やポイント統合事業などを経て、2017年にJR東日本スタートアップを立ち上げ。現在はJRに在籍しながら、無人決済システムを開発する株式会社 TOUCH TO GO社長を勤める
JR東日本の社員兼、スタートアップ企業の社長。「ミドルリスク・ミドルリターン」とは
サノ
JR東日本という大企業の社員でありながら、スタートアップ企業・TOUCH TO GOの社長をしているって、改めてすごいキャリアですよね。
そもそも、株式会社 TOUCH TO GOとはどんな会社なんでしょうか?
阿久津さん
TOUCH TO GOは「無人決済システム」を開発する会社でして、2020年には「JR高輪ゲートウェイ駅」に日本初となる“無人コンビニ”をオープンしています。
「お客様が商品を手に取った」データを保持し、レジで商品をスキャンしなくても自動的に明細を表示する仕組みでして。当然、お金を支払うまでは出られません。
JR高輪ゲートウェイ駅にある実際の店舗。めっちゃ近未来…!
サノ
「無人コンビニ」、中国などで普及しつつあると耳にしますが、ついに日本でも始まったんですね…!
ただ気になるのは、なぜそんなすごい会社の社長を「いちJR社員」がやっているのかというところでして。
阿久津さん
まあ、そう思いますよね…(笑)。
説明しますと、今の状況は、僕がJR東日本の社員として、スタートアップの人と協業して新しいビジネスをはじめることを目的としたコーポレートベンチャーキャピタル「JR 東日本スタートアップ株式会社」の立ち上げを任されたところから始まってるんです。
「TOUCH TO GO」も最初は、そこで始めた“スタートアップ協業”の一つでした。
ふむふむ
阿久津さん
ただ次第に、「10年、20年かけて事業をつくってきた鉄道会社では、“今の時代に必要なスピード感”で新事業を成長させることができない」と気づいてしまったんですよね。
「名ばかりベンチャー」じゃなく、親会社と完全に切り分け、名実ともに「ベンチャー」のスピード感で意思決定していかなければ成功できないと。
サノ
組織の大きさゆえに、スピード感が決定的な課題になっていったと。
阿久津さん
僕はJR社員として「ニューデイズ」の店長をしていたころ、駅中の環境が過酷すぎてアルバイトが全然集まらなかった経験があり、「『TOUCH TO GO』という“駅内省人化ビジネス”を絶対に成功させたい」と並々ならぬ思いを持っていたので…
一瞬「独立」も頭をよぎったんですよ。
サノ
そこまで…!
阿久津さん
ただ、今までコーポレートベンチャーキャピタルとしてスタートアップをたくさん見てきたぶん、「独立」という選択肢がいかに“ハイリスク”かもわかっています。
であれば会社を飛び出して挑戦するより、「このまま日本有数の大企業・JRのアセット(資産)を使いつつ」「ベンチャーのスピード感で動ける環境」をつくるほうが、確実にリスクを下げつつ成功確率を上げられると考えたんですね。
そこで僕は会社を説得し、僕が在籍する「JR東日本スタートアップ」から出資するというかたちで、「TOUCH TO GO」をカーブアウトさせたんです。
「カーブアウト」とは、会社から特定の部門を切り出して、独立したベンチャー企業として立ち上げること
阿久津さん
つまり今の僕は、「TOUCH TO GO」の社長として事業を成功させることが、「JR東日本スタートアップ」の社員としてのミッションになっているんです。
なので、「会社員でありながら、会社の資産を利用して社長という新たなキャリアに挑戦する」という“裏技”みたいな働き方をさせてもらってるんですが…
僕はこの、会社を“やめずに”新たな挑戦をする「ミドルリスク・ミドルリターン」という働き方が、“中堅社員のモチベーション低下”という課題を解決すると本気で思ってるんですよ。
ここから、生々しすぎる「中堅の悩み」が言語化されていきます
“大企業勤めの優秀な中堅”ほど直面する「モチベーション維持の難しさ」
阿久津さん
30代、40代のモチベーション維持って、本当に難しいんですよ。大きな組織にいると、とくに。
「さあ会社の中核として仕事を回していくぞ」と奮起して30代に突入するとき、多くの人がそこで待ち受けている景色にモチベーションを削られてしまう。
サノ
具体的に…どんな景色なんですか?
阿久津さん
“上のポストなんてとっくに詰まっている”という現実です。
阿久津さん
大事なポストなんてとっくに先輩たちで埋まってるんです。
その結果中堅層は、仕事がすごくできる人も、あまり成果を出せていない人も、みんな同じような中間ポジションにいる状態になりがちなんですよ。
そこで「キャリアの天井」が見えてしまうんです。
サノ
ああ…ちょっとイメージできるかもしれません。
阿久津さん
しかも、“振られる仕事”にも問題があって。
JRにいながら言うのもアレなんですけど…大企業って、「90を100にしなさい」「そしてそれを、他の人でも替えが利くようにやりなさい」みたいな仕事がすごく多いんですよ。
僕はこれが、本当に大っ嫌いで!(笑)。
阿久津さん、魂の叫び
阿久津さん
「君じゃなきゃダメなんだ!」と頼ってもらえたり、「これは自分の仕事だ」と心の底から胸を張れたり…
そういうことがないと、モチベーションなんて維持できるわけないじゃないですか。
サノ
たしかに…!
阿久津さん
みんな同じようなポジションにいて、代えが効くような仕事を求められて…
年次を重ねるごとに、「自分じゃなきゃいけない理由」を感じにくくなっていく。
かといって40代にもなると、相当なスキルがないと高待遇の転職はできないから会社に残りつづける。そういう悩みを、JRに限らずいろんな大企業勤めの人から本当によく聞くんですよね。
順風満帆に見えても、“大企業勤めだからこそ”の悩みがあるんだな…
阿久津さん
だからこそ、ミドルリスク・ミドルリターンという「会社をやめずに×会社の資産を利用して×やりたいミッションに挑戦する」働き方が日本の大企業でどんどん採用されていったらいいなと思うんです。
企業にとっても働き手にとっても、非常にポジティブだと思うから。
サノ
なるほど!
ただ、すべての大企業がそんな働き方を許してくれるとも正直思えないというか…「JRが柔軟な会社だからできた働き方」という部分も大きいのでは…?
阿久津さん
それはないです。
JRは日本有数の“おカタい企業”なんで(笑)。
なんでも本音でぶっちゃけてくれる阿久津さん「もちろん、魅力的なところもたくさんあるから在籍してるんですけどね!」
阿久津さん
「“おカタい企業”だから自分には無理…」で諦めてしまうのは少し早いです。
上の人間を動かし「ミドルリスク・ミドルリターン」を実現するには、ある“2つのポイント”があるんですよ。
組織を動かすためのポイント①「専門性」
サノ
おカタい組織を動かす2つのポイント…いったい何なんでしょうか?
阿久津さん
まずは、「専門性」。
会社のなかで「これだったら、俺が一番できる」と言えるものを作ること。これが非常に重要です。
ん…! これについては筆者、ちょっと反論があります
サノ
それって、「その分野で1番の実績のある人間になれば、意見が通るようになる」みたいなお話ですよね…?
よく聞く気がするんですけど、正直それってハードル高すぎると思うんです。
たとえば…JR東日本って社員さん何人いるんですか?
阿久津さん
5万人くらいかな?
サノ
いや、絶対無理じゃないですか!
サノ、魂の叫び
サノ
たくさんライバルがいるなかで、「誰にも負けない自分だけの武器」を見つけるなんて現実的に無理な気がするんです。
やっぱり「ミドルリスク・ミドルリターン」も、一部の優秀な人にしか選べないキャリアなのでは…?
阿久津さん
たしかに難易度はあります。でも、コツもあります。
それは、自分の仕事領域のなかで「とくにみんながやりたがらない、“面倒で小さな仕事”を極めること」です。
サノ
面倒で小さな仕事…?
阿久津さん
たとえば僕の話をすると…僕が新卒でJRに入ったのってもともと、「世の中に与えられるインパクトがデカい」からだったんですよ。
JRの百貨店でアルバイトをしていた学生時代、とんでもない数の人たちが毎日行き交うのを見て、JRでビジネスに挑戦したらものすごい規模の人の目に触れられることになるんだなと思って。
あっそうなんですよ、僕もともとJRグループの百貨店のアルバイトなんですよ。
阿久津さん、まさかのアルバイトから“社長”まで上り詰めていた
阿久津さん
そういう志望動機だったので、入社後も「鉄道以外の事業を広げること」をミッションとする部署に配属されて、本当にいろんなプロジェクトに携わったんですけど…
そのなかには「青森県に行って地元の方々とリンゴ酒“シードル”を一緒に作ってこい」みたいな仕事を任されることもあったんですよ。
サノ
JRの仕事幅広すぎんか…
阿久津さん
当時26歳くらいで、正直「嫌だな」と思ってたんです。学生時代に思い描いたインパクトとは程遠いし、仕事内容もしんどいし、みんなやりたがらないような小さな仕事だし。
でも、本当にいろんなチームで、いろんなサービスを立ち上げてきた経験のおかげで、僕は今「事業を立ち上げる」ことについてならJRで一番詳しい自信があるんですよ。
「一番知ってるし、一番できる」と言い切れる。
サノ
みんながやりたがらない小さくて面倒くさい仕事は、経験値の宝庫だったと。
阿久津さん
「まわりの仕事いいな…」「もっと華やかな仕事につきたいな…」みたいなときって、むしろ「勝てる専門性」が足元に転がってるチャンスタイムなんですよ。
そういうときほど、目の前の畑を徹底的に耕してみるべき。
「隣の芝よりまずは自分の芝を見よ」ってことですね。
“組織”を動かすためのポイント②「伝える力」
阿久津さん
そしてもうひとつは「伝える力」。
組織を…つまり「上の人間」を動かすというのは、「時間のない人間の心を動かす」ということです。
ここは、徹底的に鍛えないといけません。
阿久津さん
これは象徴的なエピソードなんですけど…昔上司に、「俺、お前の言ってることの20%しか聞いてないよ」って言われたことがあるんですよ。
当時は「なんでそんなこと言うの…」って思ってたんですけど、僕も今小規模とはいえ社長になって思うのは、やっぱりそんなに全部の話を聞けないし、見られない。
サノ
上の立場になって実感されたと。
阿久津さん
だから、いかに端的に、確からしく伝えるか。
上の人間を動かしたければ、資料づくりやプレゼンのような、ビジネスパーソンの基礎たる「伝える力」を着実に伸ばしておくことをオススメします。
内容以前に、この前提がないと聞く耳すらもたれませんからね。
結局最後は「基礎」なんだな…
阿久津さん
今お話しした、「専門性×伝える力」。この2つが揃ったら、「ミドルリスク・ミドルリターン」で、これに挑戦してみたい」と上に提案してみてください。
意外と大企業って、社員の「これやりたいです」を通すもんなんですよ。社長や役員だってみんなが何考えてるか知りたいし、アイデアほしいので。
今思えば「20%しか聞いてない」というのは、「端的に伝えろ」だけじゃなく、「だから積極的に言ってこい」というメッセージでもあったんですよね。
サノ
なるほど…なんか少し、「ミドルリスク・ミドルリターン」が現実的なキャリアの選択肢に思えてきた気がします。
阿久津さん
もちろん、大企業にも幸せに働いてる人はたくさんいますから、そういう方は無理に行動しなくてもいいと思うんです。
でも「キャリアの停滞感を打破したい」「挑戦したいことはあるけど会社を飛び出す勇気がない」とモヤモヤされてる方は…
「ミドルリスク・ミドルリターン」なキャリアを視野に入れることで、違う世界が開けると思いますよ。
今日はありがとうございました!
会社をやめずに新しいことに挑戦する働き方、「ミドルリスク・ミドルリターン」。もしかしたら大企業に限らず、さまざまな環境の“中堅ビジネスパーソン”の日常をポジティブに変えていく考え方なのかもしれません。
阿久津さんレベルの「専門性×伝える力」に至るには時間がかかるかもしれませんが、筆者も今日からコツコツとこの2つを積み重ねていこうと思います。
あと普通にTOUCH TO GOの“無人コンビニ”が気になりすぎたので、このあと高輪ゲートウェイ駅に寄って帰ろうと思います。
〈文=プレスラボ/取材・編集=サノトモキ(@mlby_sns)/撮影=長谷英史(@hasehidephoto)〉
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