ビジネスパーソンインタビュー
佐々木 亨著『道ひらく、海わたる~大谷翔平の素顔~』より
「哲学なんて持ってない」“てっぺん”を目指しつづける大谷翔平の強さの根源
新R25編集部
今年8月1日の時点で、メジャーでもトップレベルの37本塁打、打点82の成績を残し、投手の方でも実力が認められているエンゼルスの大谷翔平選手。
オールスターゲームではファン投票でも選手間投票でも1位に選ばれたメジャーリーグ初の“二刀流”で挑んでいる大谷選手は、今一番話題と言ってもいいほどのプロ野球選手です。
実は、二刀流を始めたころは批判の声も多く上がっていました。
「二刀流は体への負担が大きい」
「結果的に、どちらの才能も失ってしまう可能性がある」
そんな声に対して、大谷選手は以下のように答えています。
道ひらく、海わたる~大谷翔平の素顔~自分がどこまでできるのか、人間としても、どこまで成長できるのか楽しみです。
二刀流を叶えたとき、そこには大きな価値があると思う。
自分が成功すれば、同じように二刀流に挑戦する選手が続くと思いますし、いろんな可能性が広がるはずです。
今はとにかく頑張って、新たな道を作れるような選手になりたいと思っています。
大谷選手がここまで野球で挑戦しつづけられる理由とは一体何なのでしょうか。
今回、大谷選手を高校時代から取材しつづけている佐々木亨さんの著書『道ひらく、海わたる~大谷翔平の素顔~』(扶桑社刊)より、大谷選手の野球への想いを一部抜粋してお届けします。
読んだら、大谷選手のことをさらに応援したくなるはずです。
【佐々木 亨(ささき とおる)】1974年岩手県生まれ。スポーツライター。主に野球をフィールドに活動。大谷翔平選手の取材を花巻東高校時代の15歳から続ける。
メジャー挑戦の最大にして唯一の理由
周囲の声に惑わされることなく、自分の意志をどこまでも貫く強さ。
そして躊躇することなく行動に移せる強さが大谷にはある。
そこまで彼の思考に刺激を与え、彼の行動に深く影響を与える海の向こうの“野球”とは、大谷にとってどういう存在なのか。
「個人的には、見ていて純粋に面白いなと思います。
迫力もありますしね。
ただそこは100人いたら100人が同じことを思うことではない。
日本の野球の緻密さなどのほうに魅了される人もなかにはいると思いますし。
どれだけの人がそう思うかはわかりませんが、僕はメジャーを見ていて、あっち(メジャー)でやってみたい。
そういう思いが出てきた。
ただそれだけですね」
もともとメジャーへの思いはあった。
強く抱いていた感情ではないが、憧れに近いものが少年時代からあった。
道ひらく、海わたる~大谷翔平の素顔~「イチロー(鈴木一朗)さんや松井(秀喜)さん、松坂(大輔=現・中日)さんもそうですけど、NPBでトップと言われる人たちが海外へ行ってすばらしい成績を残したところを見ていて、憧れみたいなものは生まれました。
子供にとって深いところは関係なくて、こういうふうになりたいなという率直な気持ちというか。
単純に『そういう人たちみたいになりたいな』という思いが小さい頃はありました」
日本人選手がメジャーでプレイする記事や映像に触れることで、野球少年なら誰もが抱く感情はあった。
大谷は「小さい頃に日本のプロ野球の試合を生で見たことがほとんどない」という。
実際に白球を追いかけることが好きだった少年は、テレビで野球観戦することが好きではなかった。
何でプロ野球選手になりたいの?周囲からそう問われても「憧れの選手がいるから」、あるいは「好きなプロ野球の球団があるから」、そんな答えが大谷の口から発せられることはなかった。
「野球が好きだから」それが大谷の答えだった。
そして、いつも彼はまだ見ぬ自分との出会いに胸を躍らせるのだ。
道ひらく、海わたる~大谷翔平の素顔~「野球をやっているからには『てっぺん』を目指したいんです。
すごいレベルの高いところで野球をやってみたいなと思っていたので、まずはプロ野球選手になりたいと思って、そこに近づいていったら、さらにその上でやってみたいと思う。
僕はいろんなことにチャレンジしていきたいんです。
それが良いことなのか、悪いことなのか。
その時々で出た結果によって『良かった』『悪かった』ということになるのかもしれません。
また、たとえ良い取り組みをしていても、結果が悪くなっちゃうときもあると思います。
でも、その取り組みをさらに継続していって、(結果が)良い方向に振れていくこともあると思います。
だから、何事もチャレンジはしてみたいなと思うんですよね。
常に変化していきたいと思うし、そうあるべきだと思っています」
人は誰しも臆病な一面を持つ。
自分自身が変わってしまうことに躊躇い、変わった先にある失敗を恐れてしまうことがある。
置かれた状況に満足していったり、その時点で周りから大きな評価を得ていればなおさらかもしれない。
新たな道に踏み出す勇気が、どうしても持てないことがある。
大谷に、メジャーに挑戦する不安がないと言えば、噓になるだろう。
新たな環境へ進む不安は、彼のなかにはたしかにある。
それでも、大谷はこう思うのだ。
道ひらく、海わたる~大谷翔平の素顔~「これまで自分のなかで作ってきたもの、形作ってきたものがあって、ある程度はそれを受け入れてもらえる器というかチームがあって、おそらくそれを続けていけば、これからもそんなに大崩れすることはないと思っています。
ただ、実際にメジャーでプレイをしていない。
大崩れするような可能性を持って(メジャーへ)行くわけなので、それは不安ですよね。
チームを選ぶことにも不安がありましたし。
まったく違う環境に行くということは、どの分野でも不安なことが多いと思う。
でも、さらに良くなる可能性がそこにあったら、僕はチャレンジしてみたい。
『やってみたいな』と思うタイプの人間なので」
自分がさらに上のステージへ、技術的にも人間的にも『良くなる可能性』がたとえ1%でもあれば、大谷はその可能性を信じて前へ進むのか。
挑んでいくのだろうか。
「可能性のパーセンテージはわからないですけど、『やってみたい』と思ったらやるんじゃないですか」
何度も繰り返しになるが、彼にとってメジャーで『やりたい』と思ったのが今であり、今このタイミングで海をわたりたいと思ったのである。
それが、覚悟を持って決断した大谷の、メジャー挑戦の最大にして唯一の理由なのだ。
大谷翔平の哲学
彼にとっての「てっぺん」とは何か。
道ひらく、海わたる~大谷翔平の素顔~「野球は、そこが難しい競技だと思っています。
たとえば柔道だったら、オリンピックでそれぞれの階級で金メダルを獲れば、その競技のトップに立ったと言えるかもしれませんが、野球に関しては、それが年俸なのか何なのか、難しいところはあると思います。
野球はチームスポーツでもあるので、測るものがないというか。
ただ、周りから『彼が一番、今までで良い選手だった』という声が聞こえてくる日がいつか来るんだったら、そのときが『あっ、ここ(てっぺん)まで来たんだな』と思える瞬間だと思います」
比較できるものではないし、決して比べるべきものでもないと知りながら、大谷に訊いてみた。
高校時代と日本のプロを経た今では、見えているメジャーリーグの風景は違うのか、と。
大谷は、わずかに感情を抑えてこう語り始めた。
道ひらく、海わたる~大谷翔平の素顔~「成功してプラスになること、マイナスになること。
あるいは、失敗してプラスになること、マイナスになること。
そこ(メジャーリーグ)には、自分の『やりたい』という要素以外に出てくるいろんな要素があって、それらを全部背負って挑戦しなければいけないと思っています。
そこは高校時代とまったく違いますね」
投打両方で挑む二刀流での挑戦だ。
高校時代とは明らかに状況は違う。
道ひらく、海わたる~大谷翔平の素顔~「その道は、今はまだ見えているようで見えていないと思いますね。
教わる先輩もいないですし、自分で一個一個やるべきことを見つけて作っていかなければいけないものだと思います。
そういう意味では今後、同じような選手が出てきたときに『僕はこうやってきた』というものを示すことができると思う。
そう考えても、向こうで(二刀流を)やる意味はあると思っています」
そこまでの信念や、覚悟にも似た強い意志を持つ大谷の言葉に触れると、彼の思考の原点を、思わず覗いてみたくなるのだ。
漠然とした言い回しだったと後になって後悔するのだが、あえて大谷に訊いた。
大谷翔平の哲学とは?
道ひらく、海わたる~大谷翔平の素顔~「ないですよ。
まったくないです、それは。
そんなに長く生きてないですよ。
これから…一個、見つかるかどうかぐらいの大きなことだと思うので、哲学というのは。
今は全然ないですね。
そこまでの経験がないですから」
彼は、少しばかり上体をのけ反らせて笑うばかりだ。
何年後かにもう一度、哲学について訊いてもいい?
「そのときも、ないと思います。僕は、自由に生きたいので」
大谷はそう言って、また悪戯っぽく笑った。
ただ、こと野球の話に再び引き戻すと彼は饒舌になる。
スーッと笑いはどこかへ消え、大谷は野球人としての未来像を話し始めるのだ。
道ひらく、海わたる~大谷翔平の素顔~「たとえば、五十代の体のキツさがどれぐらいのものかわかりませんし、今はこのままの状態でこれからもいけると思うのが普通の感覚だと思います。
ただ、野球はできる限り長くやりたいし、できる限りの成績を残したいし、そのために毎日毎日、今のうちから基礎体力をつけて、なるべくそれが落ちないようにやっていきたい。
現役選手なら誰でも普通にそう考えると思いますが、僕もそういう選手でありたいと思っています。
でもやっぱり一回しかない現役ですしね。
五十代まではやりたいですね。
そのときは、医療やトレーニングも今より発達していると思うので、決して不可能ではないと思っています。
確実にこれからは現役の平均年齢が上がってくると思いますし。
本当に真剣にやって、順序を正してやっていけば、五十代までの現役は不可能ではない。
絶対にこれからそういう選手は出てくると思いますし、自分自身も目指していくものだと思っています」
大谷翔平の内なる魂
大谷は、変わらない。
選手としての進化を激しく追い求める一方で、その内なる魂や秘めた思いは高校時代から何も変わっていない。
メジャーのトップに行きたい。
長く野球を続けたい。
何か新しいことを、他人がしたことのないことをやりたい。
目指すべきものは、揺らぐことはないのだ。
投げて、打つ――プロ野球界では新たな発想となった二刀流の挑戦は、終わらない。
多くの人に指示される理由が分かる一冊
同書で大谷翔平さんは以下のように語っています。
道ひらく、海わたる~大谷翔平の素顔~野球に関しては、それがとてつもなく楽しかったので、今まで続いているんでしょうね。
算数が好きで得意だったら、数学者になればいいんです。
僕の場合は、たまたま野球だったんです。
“野球が好き”、大谷選手が活躍する根源はココにあるのだと感じます。
著者の佐々木さんが長年のおこなった丁寧な取材から見えてくる大谷選手の素顔。
『道ひらく、海わたる』は“人としての大谷翔平”さんの魅力に気付かされる上に、その挑戦しつづけるその姿勢が私達に勇気をくれます。
野球ファンやスポーツをしている方のみならず、多くの人にぜひ読んでほしい一冊です。
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