

シンプルに、カッコよく働きたい。
「遊ぶように仕事をしたい」誰もが思う悩みの答えをHIPHOPなホットドッグ屋が体現していた
新R25編集部
「週末になれば、楽しい休日が待っている。だから辛い仕事もがんばれる」
「働き方の多様性」が声高に叫ばれる現代でも、「仕事は辛いもの」というイメージは根強くあります。
しかし、そんな世間の常識に抗うかのように、「やりたい仕事をやり、やりたくない仕事をやらない」「カッコよく飯を食う」ために、店を開いた男たちがいます。
彼らは、ダンサーとして活動するかたわら、2020年春、1軒のホットドッグショップ「HOT DOG SHOP SPELL's」を立ち上げました。
今回は、5人のダンサーとともに店を立ち上げたSEIJUさん(写真左から2番目)と、プロデューサーとしてお店作りに関わっている井上拓美さん(写真右から2番目)にインタビュー。
彼らが、ホットドッグショップを通して実現する「自分らしく働く」スタイル。その実態に迫るにつれて、HIPHOPの精神から生まれた“オンとオフの境目がない”新しい労働観が見えてきました。
〈聞き手=いぬいはやと〉
「オンオフなくカッコいい」のがHIPHOPの精神。それは仕事にも通じる

いぬい
今日はよろしくお願いします! SEIJUさんがnoteで書かれていた「働く」ことへの考察が面白くて。
「仕事と好きなこと」の両立に悩まされる読者は多いはずなので、SEIJUさんの「労働観」を教えてもらいにきました。

SEIJUさん
よろしくお願いします。
【SEIJU】明治学院大学経営学科卒業。東京・下町育ち。ダンスチーム「NAME」代表、2018年にアメリカ・マイアミへ行き、現地で働き方観に大きな影響を受ける。2020年にオープンした「HOT DOG SHOP SPELL’s」メンバー

いぬい
まず、SEIJUさんたちはダンサーでありながら、ホットドッグショップを仕事にしているんですよね? その理由は何なんでしょうか…?

SEIJUさん
あーそれは…単純に、ダンサーだけじゃ全然食えないんですよ。
「全然食えない」と明るく話すSEIJUさん

SEIJUさん
自分たちのようなスタイルだと特に、って感じですけど。僕らみたいなダンサーは、大会やイベントの出場がメインの活動になります。小さなダンスの大会で優勝しても、賞金は2〜3万円とか。その次のステップとして、大会の審査員として呼ばれると、そのギャラは1万円くらい。
もともとダンスだけで食っていくイメージはなかったから、不満とかはないですけど。ダンスで稼いだお金は、会場でお酒を飲んだり、ダンス仲間のグッズを買ったり、ダンスのコミュニティの中で全部使うようなイメージですね。

いぬい
シビアですね…

SEIJUさん
だから、会社員をしながらダンスを続ける友人も大勢いて。でも、自分はあんまり、就職するイメージが持てなかった。
先に社会に出た大学時代の先輩たちから、「自分を殺しながら働いている」話をよく聞くようになってしまって、当時の彼らを否定するつもりは無いけど「自分には無理かもしれない」と思ってしまったんです。

SEIJUさん
それで、大好きなダンスだけで食っていけないなら「ダンスと同じような感覚でできる仕事」をしようと思った。
それができれば、働いてるときも、遊んでるときも、休んでるときも、いつでもHIPHOPでいられるなと。

いぬい
いつでもHIPHOPとは…?
HIPHOPって音楽として聞くことはあるんですけど、それ以上まで深くは理解できてない気がします。

SEIJUさん
じゃあまず説明すると、HIPHOPのカルチャーには四大要素ってものがあります。その4つは、ラップ、ダンス、グラフィティ、DJ。そこに知識(knowledge)がくわわって、5つのものからHIPHOPは成り立ってると言われています。

いぬい
なるほど、そんなふうに考えたことはなかったです。

SEIJUさん
ただ、これはあくまで要素です。僕は、音楽やダンスだけじゃなく、生活や仕事まで含めて「HIPHOP」だと思ってるんです。
HIPHOP初心者のライターに、丁寧に教えてくれるSEIJUさん。優しい…

SEIJUさん
自分にとっては「生活にオンオフがない状態」がHIPHOPなんですよ。

いぬい
オンオフがない状態?

SEIJUさん
全部つながってるっていうか。ダンスだけうまくてもダメで、ファッション、遊び、練習、普段の生活まで全部カッコよくないと、HIPHOPとしてカッコよくないんですよ。
もし裏で友達を裏切ってたり、ダサい行動をしてたりしたら、そいつはカッコよくない。ファッションも遊びも生活も、そいつのライフスタイル全部がダンスに表れるんです。
昔、ダンスの師匠には「一度HIPHOPを学んだら、将棋をしててもHIPHOPだ」って言われたことがあります。

いぬい
なるほど…技術だけ見られるんじゃなくて、その人の”人間性”みたいなものまで評価されるんですね。

SEIJUさん
そうです。
そしてそれって、仕事にも当てはまるんじゃないかと思っているんです。

SEIJUさん
「SPELL’s」は、ダンサーたちが「HIPHOPに働ける場所」をつくりたいと思って、開いた店なんです。
自分自身のスタイルと労働を切り分けて考えるんじゃなくて、ここでどう働くかによって、その人のやりたいことにもいい影響を与えるような。
大きな企業と違うのは「自分の仕事が隣のこいつを食わしている」意識

SEIJUさん
あと、「働き方」に関しては、大学卒業してすぐにアメリカ留学に行ったときのことにも影響を受けています。
向こうだと、みんなすぐお金を取ろうとしてくるんですよ。

いぬい
お金をとる?

SEIJUさん
たとえば、友達になったヤツから「髪切ってやろうか?」って言われて。
彼は美容師でもなんでもない素人なんですけど、切り終わったら「はい、じゃあ25ドルな」って請求されるんです。
でももういい感じに切ってもらったし、払うしかないみたいな。

いぬい
素人が散髪してお金をとる…その人、めっちゃたくましいですね

SEIJUさん
でも向こうには、その感覚を当たり前に持ってる人が多いんですよね。
日本だと「働く」ってかなりかしこまって、会社に所属して、その業界のルールを守って…ってしなきゃいけない。
でもアメリカで出会ったヤツらは、みんな各々ができることやって、お金をもらう。シンプルかつ楽しくお金を稼いでるなって思って、それがカッコよかったんです。

いぬい
アメリカでの日々は、「SPELL’s」の価値観のもとにもなっているんですね。

SEIJUさん
しっかり刺激を受けましたね。
今の自分たちは、「働く」というより、「一緒に集まって遊んでる」ような感覚かもしれないです。やってること自体は、ただ「ホットドッグを作って、売って、食ってる」だけ。
企業に入って出世して…って働き方じゃないけど、小さくてもいいから行動を起こして、自分たちが暮らす分のお金を作っていくような体験になってますね。

いぬい
その感覚も、企業に入って働く感覚とは大きく異なるように思います。SEIJUさんは、自分たちの働き方は一般的な会社員と比べてどう違うと思いますか?

SEIJUさん
僕は就職したことないので、想像のところもあるんですけど…会社って、まず社内の人に認められることからスタートしたりしません?

いぬい
たしかに、まずは同僚とか、直属の上司とかに認められて、ようやくいろんなチャンスが回ってくるようなところはありますね。僕も昔は会社員だったので、先輩に認められたくて必死でした…

SEIJUさん
俺たちは、もともとが信頼しあってる仲間なんです。仲間と一緒に、最初から社会のほうを向いて仕事ができたんですよ。それは大きな違いかもしれないです。
そもそもこの店を始めたのだって、「仲間たちと一緒にいるにはどうしたらいいか?」ってところがスタートだったりするから。この世の中で、“みんなで”HIPHOPに働く場所が欲しかった。
最初から社会を向いていたぶん、細かい仕事でも、「自分のやっている仕事は隣の誰かが食っていくためにあるんだ」という実感がある。その感覚を持ちながら働けるのって、すごいハッピーな気持ちになるんですよ。

いぬい
自分が「隣のこいつを食わしてる」みたいな感覚…ってことですか…!

SEIJUさん
大きな会社の人って、そういう「いま打ってるエクセルの1文字1文字が、隣の席のこいつを食わせてる」みたいな感覚は持てているのかな…?ってちょっと思いますね。

いぬい
たしかに、会社が大きくなればなるほど、「自分の仕事が誰かを食わせてる」って実感は薄まっていくかもしれないですね。
根底にあるのは、仲間への愛情。「あいさつ」と「ディスリスペクト」の文化で働きやすい環境に

SEIJUさん
こんなふうに「アメリカで見たヤツらみたいに自由に働く」ということを実現できたのは、タクミくんが新しい店舗ビジネスを始めようとしているのを聞いて「俺らにやらせてもらえないですか?」って提案したおかげですね。
【井上拓美(いのうえ・たくみ)】「HOT DOG SHOP SPELL’s」プロデューサー、Capital Art Collective MIKKE 代表/Producer。お茶を吸うプロダクト「OCHILL」や、朝をテーマにしたwebマガジン「KOMOREBI」などさまざまな事業をプロデューサーとして立ち上げている

いぬい
タクミさんは、実際に彼らとホットドッグショップを始めてみて、何を感じますか?

井上さん
みんなと出会ってからは4年くらい経つんですけど、僕はそれまで、HIPHOPの文脈の人とあんまり出会ったことがなかったんです。みんなのおかげで、ダンサーってすごいなって改めて思いました。
「SPELL’s」にいる6人のすごさって、「素直で、アホで、一生懸命で、礼儀正しい」ところなんですよ。「やらなきゃ!」って思った瞬間にフルコミットできる素直さと一生懸命さがあって、道を指し示すとキラキラして突き進んでいく。

井上さん
これに、”礼儀正しさ”…つまりは、人を巻き込んでいくコミュニケーションがつく。どんな人にも礼儀を持って接することができて、仕事にフルコミットできたら最強ですよ。

SEIJUさん
たくみくんは俺らのことを「礼儀正しい」って言ってくれるけど、俺らは礼儀じゃなくて「愛」を持ってるだけだと思ってます。

いぬい
それはどう違うんですか?

SEIJUさん
ダンサーには「ディスリスペクト」って文化があります。それは誰かを否定するんじゃなくて、正しく批判すること。
たとえば相手の悪い点を指摘するにも、愛情とリスペクトを持って伝えることが大切とされているんです。敬意を持って伝えるから、相手にも伝わる。

SEIJUさん
俺らは仲間同士で決めてる暗黙の了解があって、それは、「どんなときでも絶対にあいさつをする」ということ。ケンカしてても、どんなに忙しくても、絶対に。
それは相手に愛情を持ってるからなんです。

井上さん
こういう、生き方やスタイルまで評価対象になるダンサーの文化はすごいと思うんです。
一般的な社会のなかでは、画一的な価値観をベースに評価されることが多いでしょう。今は多様な評価軸があるとはいえ、環境によってはその評価軸から逃げづらいこともある。
人間性まで評価の対象になる“ダンス”っていうクリエイティブな遊びをずっと続けてきたSEIJUたちが、店を開いて、お客さんたちから愛されて、うまくいってる…そりゃあそうだなと思いましたよ。

SEIJUさん
お客さんから好きでいてもらえるのは、素直ににうれしいです。ダンサーって、もともとの活動圏が結構小さいんですよ。ダンサーまわりのつながりがあったら、そのつながりだけで遊びも、商売も完結しちゃう。
でも、「SPELL’s」を始めてから、僕らの円のなかにいろんな人が入ってきてくれたような感覚がある。お客さんのなかには、俺たちがダンサーだってことを何も知らずにきてくれる人もいるんですよ。そこで接客をして、ダンス文化への好印象を持ち帰ってくれるかもしれない。
この仕事をダンサーとしてやる意義も、そうやって生まれると思っていますね。
すべてが順調に見えるが…「じつは子供ができて、焦った」ことも

いぬい
本当に、聞く限りすべてが順調ですね。

SEIJUさん
いやいや、でも、焦るときもあったんですよ。去年の7月に妻の妊娠がわかって。春には子どもが生まれたんです。

いぬい
ええ、そうなんですか! おめでとうございます!

SEIJUさん
子供が生まれる、ってわかったときに一気に「これ大丈夫か?」「ちゃんと嫁と子供食わしていけるのか?」って、将来がリアルに不安になってきて。
でも、仲間たちに話したら「じゃあ、店をしっかり頑張らないとな」って言ってくれて。そこから、将来全員が食っていくビジョンを、クリアに考えるようになりました。「嫁と子供はもちろん、一緒にいてくれるこいつら5人も、絶対に食わせなきゃ」って。

SEIJUさん
とはいえ、やることはシンプルなんですよね。できなかったことを、考えたり調べたりしてできるようにする。「ソーセージはこう作るとうまいらしい」とか、「経営のことでわからないことはタクミくんに相談しよう」とか。
6人の働きがうまく関わり合って、いい店になるように。問題を一つずつクリアしてくだけ。

いぬい
SEIJUさんは「HIPHOPに食っていく」「カッコよく食っていく」ってビジョンを持って店をはじめて、実際にうまく行っているように見えます。
これから10年後、20年後になると自分たちはどうなっていると思いますか?

SEIJUさん
10年後か…

SEIJUさん
ちょっと賢くなってるくらいで、あんまり変わらないんじゃないですかね。もちろん、店を辞めて別の道に進んでいるメンバーもいるかもしれないですけど、それはそれでいい。「店を作るために集めた仲間」じゃないから、仲間であることに変わりはないし。
自分らしく、HIPHOPであれる場所を作りたくてこの店を始めました。実際、ここでは技術や知識がなくたって、「こういう状態になりたい」「こういう店にしたい」って思想があって、それを発信したり、実現する努力をしたりしてれば評価されるんです。チームからも、お客さんからも。

SEIJUさん
それって、ちゃんと「HIPHOPに、カッコよく飯を食う」ことを実現できてるなって思う。
だから、10年後も、20年後も、「個々人のスタイルがきちんと評価される場所」を、遊びながら作ってると思いますね。
まとめ
生活のために働く時間を、「自分を殺す時間」にしたくない。そう考えたSEIJUさんたちは、「自分らしいスタイルがあること」そのものが評価されるような居場所を作りました。
彼らを見守ってきた井上さんは、「同じようなことを考えている若いダンサーがもしいたら、その子たちにはぜひこの店を見てほしい。『HIPHOPに働く』ことをリアルに考えられるんじゃないか」と語ります。
この店は、仕事において、スキルだけでなく「人間性」を評価することのできる、新しい価値観が生まれた場所。
働き方に悩んだ人は、ぜひ一度訪れてみてください。
自分らしく、生き生きと働く彼らの姿を見れば、SEIJUさんがアメリカで受けたような衝撃を、味わえるかもしれません。
〈取材・文=いぬいはやと(@inuiiii_)/編集=天野俊吉(@amanop)/撮影=藤原慶(@ph_fujiwarakei)〉

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