ビジネスパーソンインタビュー
宇野常寛著『遅いインターネット』より
YesかNoの思考で、世界は変わらない。時代はあたらしい「書く」「読む」力を求めている
新R25編集部
時間も場所も問わず、あらゆる情報に瞬時にアクセスできるインターネット。スマホ社会になった今、我々がインターネットに触れない日はありません。
ただ、評論家の宇野常寛さんは著書『遅いインターネット』のなかで、インターネットに「行き詰まりを感じている」と書いています。
その原因は、瞬時に情報をキャッチ・発信できる「速さ」にこそあるのだとか。
今回は、同書より、現代のインターネット社会に対する問題意識、そして、それを打開するために宇野さんが提唱する「遅いインターネット計画」の一部をお届けします。
スロージャーナリズムと「遅いインターネット」
近年は国内にも紹介されることが多くなったが、欧米を中心にスロージャーナリズムと呼ばれる運動が注目を集めている。
具体的には現代の「速い」インターネットで量産される単純化された議論やフェイクニュースに対する反省として、時間をかけた調査報道を前提とした良質な情報発信を行うインターネットメディアが勃興しているのだ。
これらのスロージャーナリズムと呼ばれるメディアは、基本的に自社による取材と記事作成を前提としている。
つまり、既に拡散しているニュースにコメントを加えることで安価かつ簡易に記事を量産することを拒否しているのだ。
そのため、調査報道の多くがそうであるように事案の発生から報道までの時間が長く、多くの場合、人々がその話題に夢中になっている「旬」の時期に彼らの記事配信は間に合わない。
そしてこの「遅さ」は主に、報道する出来事そのものの選定とファクトチェック、そして記事自体の精査に費やされている。
記事の多くは、インターネットニュースの標準よりも長く、そして専門的だ。
これは商業的には一見、不利な条件だがこれらのメディアの多くはそれでも、いや、それだからこそこのメディアの記事を読みたいという購読者たちの定額課金によって成立している。
これはスロージャーナリズムがメディアであると同時にコミュニティでもあることを意味している。
スロージャーナリズムの読者たちは、既存のマスメディアの画一的で、保守的な誌面に満足していない。
そして同じように新興のインターネットメディアの記事の質の低さにも辟易としている。
その結果として自分たちで割高な購読料を支払い、自分たちに必要なメディアを支えるという意識が存在しているのだ。
僕はこの潮流を前提として支持する。
だが僕が考えているのはもう少し別のことだ。
良質な情報を提供することは前提として重要だ。
だが、それがどれほど周到に、慎重に取材され、精査された結果として発信された記事であったとしても、それを受け止める読者が育っていなければ、目に入れたいものだけを目にし、信じたいものだけを信じ、発信する快楽に身を任せてしまうのであれば意味はない。
愚かで卑しい読者はどれほどスローに発信された情報もファストに受信し、そしてファストに発信するだろう。
そう、問題は「速度」だけではない。
情報にアクセスする速度を、人間の側に取り戻すこと、ときにはあえて「遅く」動くことは前提に過ぎない。
「書く」ことから「読む」ことへ
スロージャーナリズムは前提として支持する。
しかしそれだけでは足りない。
僕は、自分たちがスローな発信を行うだけではなく、スローに読み、考え、そして発信できる読者の育成に主眼を置きたいと考えている。
これからインターネットを用いて不特定多数に発信するスキルは、決してメディアや広報関係の仕事についている人だけに必要とされるものではない。
むしろ公私に亘って、僕たちの社会生活の基本的なスキルになるはずだ。
しかしその反面、世の中に何か自分の考えを述べたいが技術が追いつかなくて、コメント欄やソーシャルブックマークでタイムラインの潮目を読んで同調圧力に加担してしまうというケースは意外に多いはずだ。
またこういう卑しい「発信」をしてしまう人が目立ってしまういまのインターネットにウンザリして、自分が発信することに二の足を踏んでいる人も多いはずだ。
だがもはや僕たちは「書く」ことから逃れることはできない。
そう「書く」こと、「発信する」ことはもはや僕たちの日常の生活の一部だ。
この四半世紀で、「読む」ことと「書く」ことのパワーバランスは大きく変化した。
前世紀まで「読む」ことと「書く」ことでは前者が基礎で後者が応用だった。
しかし現代では多くの人にとっては既にインターネットに文章を「書く」ことのほうが当たり前の日常になっている。
そして(本などのまとまった文章を)「読む」ことのほうが特別な非日常になっている。
現代の情報環境下に生きる人々は、読むことから書くことを覚えるのではなく、書くことから読むことを覚えるほうが自然なのだ。
これは現代の人類が十分に「読む」訓練をしないままに、「書く」環境を手に入れてしまっていることを意味する。
だが、かつてのように読むこと「から」書くというルートをたどることは、もはや難しい。
それは僕たちの生きているこの世界の「流れ」に逆らうことなのだ。
現代において多くの人は日常的に、脊髄反射的に、たいした思慮も検証もなく「書いて」しまう。
ならば「読む」ことと同時に「書く」ことを始めるしかない。
いや、より正確には訓練の起点は「書く」ことになるはずだ。
真に価値ある「発信」のために
ではこの時代に求められているあたらしい「書く」「読む」力とは何か。
たとえば能力は高くないけれど、なにか社会に物を申したいという気持ちだけは強い人がいまインターネットで発言しようとするとき、彼/彼女はその問題そのものではなくタイムラインの潮目のほうを読んでしまう。
そしてYESかNOか、どちらに加担すべきかだけを判断してしまう。
タイムラインの潮目を読むのは簡単だ。
その問題そのもの、対象そのものに触れることもなく、多角的な検証も背景の調査も必要なくYESかNOかだけを判断すればよいのだから。
しかし、具体的にその対象そのものを論じようとすると話はまったく変わってくる。
そこには対象を解体し、分析し、他の何かと関連付けて化学反応を起こす能力が必要となる。
そして価値のある情報発信とは、YESかNOかを述べるのではなく、こうしてその対象を「読む」ことで得られたものから、自分で問題を設定することだ。
ある記事に出会ったときにその賛否どちらに、どれくらいの距離で加担するかを判断するのではなく、その記事から着想して自分の手であたらしく問いを設定し、世界に存在する視点を増やすことだ。
既に存在している問題の、それも既に示されている選択肢(大抵の場合それは二者択一である)に答えを出すのではなく、あらたな問いを生むことこそが、世界を豊かにする発信だ。
「書く」ことと「読む」ことを往復することの意味はここにある。
単に「書く」ことだけを覚えてしまった人は、与えられた問いに答えることしかできない。
しかし対象をある態度で「読み」、そこから得られたものを「書く」ことで人間はあたらしく問いを設定することができる。
そうすることで、世界の見え方を変えることができる。
あらたな問いを生む発信は、すでに存在する価値への「共感」の外側にある。
人々はインターネットである情報を与えられ、それに「共感」すると「いいね」する。このとき、その人の内面に変化は起きない。
しかし問いを立てる発信は違う。
国会を取り巻くデモ隊と、それを取り締まる機動隊のどちらに「共感」するかという回答を行う発信は世界を少しも変えはしない。
しかしそこに人出を見込んでアンパン屋を出す人々の視点を導入することで、あらたな問いが生まれる。
世界の見え方が変わるのだ。
こうした価値の転倒は、「共感」の「いいね」の外側にある。
人間は「共感」したときではなくむしろ想像を超えたものに触れたときに価値転倒を起こす。
そして世界の見え方が変わるのだ。
世界の見え方を変える「批評」という行為
あたらしく問いを立て直し、「共感する/しない」という二者択一の外側に世界を広げるためには「批評」の言葉が必要だ。
「批評」とは自分以外の何かについての思考だ。
それは小説や映画についてでも構わない。料理や家具についてでも構わない。
それは、対象と自分との関係性を記述する行為だ。そこから生まれた思考で、世界の見え方を変える行為だ。
最初から想定している結論を確認して、考えることを放棄して安心する行為ではなく、考えることそのものを楽しむ行為だ。
ニュースサイトのコメント欄やソーシャルブックマークへの投稿で大喜利のように閉じた村の中でポイントを稼ぐことで満たされるのではなく、よく読み、よく考えること、ときに迷い袋小路に佇むことそのものを楽しむ行為だ。
誰かが批評を書くとき、書かなくとも批評に触れて世界への接し方が変わるとき、それは紛れもなく自分が発信する自分の物語の発露になる。
しかしそれはあくまで自分についての言葉ではない。自分の物語でありながら自己幻想には直接結びつくことはない。
何かについて書くこと(批評)は、自己幻想と自己の外側にある何か(世界)の関係性について言葉にすることだ。
それは不可避に自己幻想の肥大するこの時代に、より必要とされる言葉なのだ。
あたらしい「問い」を立てよう
「価値のある情報発信とは自分で問題を設定することだ」
「あらたな問いを生むことこそが、世界を豊かにする発信だ」
宇野さんは一貫してこう語ります。
これからのインターネットとの接し方に留まらず、自分自身、そして明日からの世界の見方をも変えてしまうような『遅いインターネット』。
宇野さんが「これまでの僕の本でもっとも難産の一冊になった」と語る渾身の書です。ぜひご一読ください。
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