

「自他非分離」の考え方が、日本を救う!?
血縁関係のない他人でも「家族」と思える。60人と暮らす石山アンジュに聞く“拡張家族”論
新R25編集部
家族に対する価値観がいま、変わりはじめています。
生涯未婚率が男女ともに過去最高になる一方で、離婚する人も増加。家族や結婚のあり方も変化し、自分に合うようにカスタマイズできるようになってきているのかもしれません。
今回取材するのは、60人の“拡張家族”と暮らす石山アンジュさん。
アンジュさんは「Cift」と銘打って、血縁関係のない60人と家族のように暮らすコミュニティを立ち上げて生活しています。
とはいえ、なぜ赤の他人を家族だと思えるのか? 血がつながっていないメンバーと向き合うコツは?拡張家族の実態に迫りました。
〈聞き手:あつたゆか〉
「結婚制度にこだわらなくても家族はつくれる」
【石山アンジュ(いしやま・あんじゅ)】1989年生まれ。都内シェアハウス在住、実家もシェアハウスを経営。新卒でリクルートに入社、その後クラウドワークス経営企画室を経て現在は内閣官房シェアリングエコノミー伝道師、一般社団法人シェアリングエコノミー協会事務局長、一般社団法人Public Meets Innovation代表理事。NewsPicks WEEKLYOCHIAI のレギュラーMCも務める。著書に『シェアライフ 新しい社会の新しい生き方』(クロスメディア・パブリッシング)がある

あつた
アンジュさんは、Ciftというコミュニティで血縁関係を超えた「家族」を実践されていますよね。Ciftとはどんな集団なんですか?

アンジュさん
Ciftは、血縁によらない「拡張家族」になることを目指して、ともに暮らし、ともに働く集団です。
ミュージシャン、作家、料理人、お坊さん、LGBT活動家、弁護士などさまざまな肩書きの人がいて、お互いの得意なことをシェアしています。

あつた
楽しそうですね!「得意なことをシェアする」というと、具体的には…?

アンジュさん
たとえば美容師の仕事をしているメンバーに髪を切ってもらったり、マッサージ師のメンバーにマッサージをしてもらったり。
逆に自分がビジネスのアドバイスをすることもあります。
困ったときはCiftのメンバーに頼ればほとんど解決しますね。

あつた
持ちつ持たれつなんですね…!

アンジュさん
介護や子育てもシェアしています。
両親の介護が必要なメンバーのために、みんなでご飯を作って親御さんのお家まで届けていた時期もありました。
去年はメンバーの1人に赤ちゃんが生まれたので、代わりばんこに沐浴をさせたり、木材のペンキ塗りからベビーベッドを手作りしたりもしました。

あつた
すごい。あ、そんな話をしていたらちょうどお子さんが…!
塗り絵遊びに付き合うアンジュさん

あつた
本当にお子さんがふらっと遊びにきたりするんですね。

アンジュさん
はい(笑)。自分の子どもではないですが、子どもたちが成長していく姿を見ているととても愛おしく感じます。

あつた
結婚したら夫婦ふたりで子育てするのが大変そうなイメージがあったのですが、コミュニティで子育てをシェアするのはとても素敵だなと思いました。

アンジュさん
共働き家族の子育てはときに孤独を感じるときがありますよね。
あと子育てのシェアは、子どもを持たないメンバーにも良い影響があることに気づいて。

あつた
なんでしょう?

アンジュさん
Ciftにはゲイであることを公表しているメンバーがいます。彼自身、「これまで自分に子どもを育てるという選択肢はないと感じていた」と言っていました。
しかし彼はCiftで暮らすことによって、結婚制度にとらわれなくても一緒に子どもを育てる場があると気づいたんです。それってすごいことだなって。

あつた
子どもを欲しくても持てない方もいて、その一方で育児が大変な方もいて。
そういう人たちがコミュニティで家族になることによって、お互いハッピーになっているんですね。
「家事にコミットしない人がいてもいい。家族だから」
Ciftの拠点となる複合施設「SHIBUYA CAST」の共有スペース。おしゃれ…

あつた
家事もみんなでシェアされているんですか?

アンジュさん
はい。家事も自発的に手を挙げた人がやっているんです。
料理が得意な人が料理を作ればいいし、掃除が好きな人が掃除をすればいい。その役割に応じて、組合費から謝礼もお渡ししています。

あつた
つまり家事も自分の得意分野で貢献すればよくて、謝礼までもらえると。いい仕組みですね。
ただ、ぶっちゃけ「謝礼をもらっている割にあんまりコミットしていないな」という人がいたりはしないんでしょうか…?

アンジュさん
そういう人がいてもいいと思っています。家族なので。

あつた
ええっ。

アンジュさん
なんというか、前提として期待がないんですよね。
料理担当の子ができないのであれば、他のみんなで分担すればいい。そんな感じです。

あつた
イライラしたりはしないんですか?

アンジュさん
しないですね。家族って、コミットするとかしないとかの話じゃないと思うんです。
役に立たなくても、コミットしなくても、その人を受け入れる。いい意味で「期待しない」ところが、会社や組織と違うところだと思います。
たとえばお母さんが風邪で寝込んで料理ができないとなっても「なんで料理担当なのにコミットしないの」なんて誰も言わないですよね。

あつた
たしかに…むしろ「ゆっくり休んで。料理は私がやるから!」と思います。

アンジュさん
Ciftでもそれは同じです。
メンバーのことを家族だと思っていれば、たまに迷惑をかけられたとしてもむしろ「助けたい」という気持ちがわいてくると思うんです。
血のつながりがない“他人”を、家族だと思えるものなの?

あつた
ただ…実の母だったら助けようと思えるのはわかるのですが、血縁以外の人を、どうしてそこまで「家族だ」と思えるのでしょうか?
これ、今日すごく聞きたかった疑問なんです。

アンジュさん
これは強く意識するしかないですね。
拡張家族は血縁でむすびついているわけではないので、「私たちは家族だ」と強く意識し、お互いに向き合おうという姿勢が重要になります。

あつた
つまり、見ず知らずの人のことも「家族だ」と強く意識すれば、「何かしてあげたい」という気持ちが湧いたり、迷惑をかけられても「しょうがないな」と思えるようになる…?

アンジュさん
そうです。
たとえば、電車のなかで高校生の集団が騒いでたら、あつたさんはどう思います?

あつた
まあ…「うるさいなあ」とちょっとイラッとしますね。

アンジュさん
でも、それが自分の甥っ子の高校生だったらどうですか?
自分の子どもだったら?

あつた
…!! イラッとはしないですね…
「静かにしたほうがいいよ」とは思いますが、むしろ「元気でほほえましい」とすら思うかもしれません…

アンジュさん
今のあつたさんの感覚。それが、「自己を拡張する」ということなんです。

あつた
自己を、拡張…

アンジュさん
自分と他人の境目がなくなり、相手のことを自分ごととして捉えられるようになることです。別の言葉で、自他非分離(じたひぶんり)ともいいます。
「高校生がうるさい」という同じ現象が起きていたとしても、「身内だ」と思って向き合えば、「支えたい」「何かしてあげたい」という気持ちが生まれてくるんです。

あつた
「身内」と捉えるか「他人」と捉えるかで、こんなにも感情が異なるんですね。

アンジュさん
不思議ですよね。私もCiftの生活を通じて、実際に自分の感情が拡張していく感覚を体験しました。

あつた
どんな体験をしたんでしょうか?

アンジュさん
私は独身なのですが、Ciftのメンバーの子育てに関わっているうちに、「血がつながっている子どもではないけれど、我が子のように愛おしい」という感情が湧いたんです。
「もしこの子に将来進みたい道があったら金銭的支援をしたいな」とまで思うようになりました。

あつた
すごい。昔の時代は「村全体で子育てを支え合っていた」と聞いたことがありますけど、そんな感覚なのかもしれないですね。

アンジュさん
まさに。Ciftは、昔の村の文化に近いと思います。
他人のことを「自分には関係ない」と分離せず、自分ごとに捉えて助け合う。
だから個性豊かな60人のメンバーがいても、うまく回っているのだと思います。

あつた
「拡張家族」の意味が、わかりはじめたような気がします。自分ごとに思う範囲を拡張させて、他者を支えるという意味なんですね。
ギブアンドテイクの考えから抜け出す

あつた
今日お話を聞いていて、Ciftは支え合いによって成り立っている素敵な家族だなと思いました。
ただ今の社会をみていると、みんながみんな他人に対してそんなに優しくなれないような気がしていて。
どうやったらCiftのみなさんのように、自分と他人の境界線を取っぱらって行動できる人になれますか?

アンジュさん
まずはギブアンドテイクの考え方から抜け出すことでしょうか。

あつた
え…「お互い相手に何かをしてあげる」ことはよくないんですか?

アンジュさん
ギブアンドテイクって、「自分が与えたものと同じ価値が返ってくるだろうか?」という概念ですよね。
そのマインドでいると「必要なことを必要なだけしかやらない」という価値観で動くようになってしまいます。

あつた
たしかに…自分も含め、「自分の役割さえ果たしていれば、他の人が困っていても気にしない」という人は多い気がします。

アンジュさん
ギブアンドテイクの考え方を持ったままでいると、人に何かを頼むときに頼みづらくなるじゃないですか。
「困ったことがあって誰かに頼りたいけど、急だし迷惑かな」「じゃあ自分でがんばったほうがいいかな」みたいな。

あつた
そうか。「自分にメリットがないと動かない」という姿勢だと、自分が何か困ったときも人に頼りづらくなってしまうんですね。

アンジュさん
そうなんです。言い換えれば、人を信頼するハードルを下げることが重要ですかね。
実はいま社会で問題になっていることって、個人の心理的な障壁さえなくせば解決することが多いんですよ。

あつた
というと?

アンジュさん
たとえばいまワンオペ育児が問題になっていますが、ファミリーサポートやベビーシッター、実家や知人に子どもを預けるなど、解決方法って実はいろいろありますよね。
でも「他の人に預けて何かあったらどうしよう」「迷惑に思われないかな」という心理的な抵抗が、解決を邪魔してしまっている。
解決策はたくさんあるのに、それを自分自身の心が妨げてしまっている状態なんです。

あつた
そう言われてみればそうかもしれません。

アンジュさん
「何かあったらどうしよう」と不安になるのはわかりますが、まずは自分の信頼のハードルを下げて他人を頼ってみること。そうすると楽になると思います。

あつた
ただ、思い切って人に頼るのって意外とむずかしいですよね…どうやったら人に頼るハードルを下げられるのでしょうか?

アンジュさん
日ごろから「小さなお互い様」を積み重ねることです。

あつた
小さなお互い様…?

アンジュさん
いきなり困ったときだけ頼るのって申し訳なくてできないですよね。
でも日ごろから本を貸しあったり、おすそ分けをしあったりと関係性を築けてたらいざというときに頼りやすいじゃないですか。
そういう「小さなお互い様」の積み重ねをしていくと、結果的に何でも言い合える、頼り合えるつながりが続いていくと思います。
「起きたら家に知らないブラジル人が…」血縁ではない”つながり”を実感した幼少期

あつた
アンジュさんは、いつからそういったつながりの大切さに気づいたんですか?

アンジュさん
もともと、血縁以外の人たちに囲まれた家庭で育ったんです。
世界中を旅してきた父は、いつも旅先で出会った人を家につれてきていて、朝起きたら家に知らないブラジル人がいるような家庭でした。

あつた
へええ!

アンジュさん
母は仕事好きで産後すぐに海外出張に行ってしまうような人だったので、母乳を飲まずに育ちました。
でも母が作ってくれた近所ママのネットワークがあったので、隣の家のインターフォンをならせば、近所のお母さんや子どもたちがかわいがってくれるような環境だったんです。
血はつながっていないけれど本当の娘のようにお世話をしてくれる人たちと生活をしたことで、「血がつながった家族」じゃなくても人は支え合えるんだなと思いました。

あつた
そういう背景があったんですね。

アンジュさん
あと12歳で両親が離婚して、両親にそれぞれ新しいパートナーができたのも大きかったですね。

あつた
えっ、ショックではなかったんですか…?

アンジュさん
もちろん少しは悩みましたけど(笑)、むしろ家族が増えたようでうれしいと思うようになりました。
そもそも両親を一人の人間として見ている部分もあったので、「親だから〜すべき」という考えがなかったんです。
両親が自分のことをひとりの人間として尊重してくれていて、愛してくれているのもわかっていました。

あつた
なるほど。

アンジュさん
そのときに、親がちゃんと子どもに愛情をもって、ひとりの人間として子どもと向き合っていけば、家族のかたちが変わろうが不幸せになることはない、と学んだんです。
そこから、家族のかたちについていろいろ考えるようになりましたね。
「家族」に定義なんてない。一人ひとりが自分にあったかたちを探していい

あつた
アンジュさんはこれからも拡張家族のコミュニティで暮らしていく予定ですか?

アンジュさん
はい。ライフステージが変わったとしても、コミュニティを必要とすると思います。2LDKのマンションで旦那さんとふたりきりで子育てをするなんて考えられないので(笑)。
Ciftがあるので、自分が将来子どもを産んだとしてもみんな一緒に育ててくれるだろうし、子育ての先輩もいますし。
老後にもし独り身だったとしてもさみしくないので、やっぱり圧倒的な安心感はありますね。

あつた
そんな家族のかたちも、少しずつ当たり前になっていきそうですね。

アンジュさん
家族のかたちはもっと多様であっていいと私は考えています。
「子どもは血縁関係のある親が育てなきゃいけない」「結婚をしなければいけない」といった固定概念を見直していけば、いろいろな社会問題が解決するはずです。

あつた
今日アンジュさんと話していたら「家族」の定義について考えさせられました…最後に、アンジュさんにとって「家族」とは何ですか?

アンジュさん
「家族」に定義なんてないと思うんです。「家族ってこうです」と定義した瞬間に誰かが取り残されてしまうし、その固定概念が人を苦しめてしまいます。
お互いが家族になろうとしていると意識し、向き合おうとすることが大事です。
一人ひとりが自分に合った家族のかたちを模索できれば、これからの社会はもっと豊かになると思います。

あつた
そうか、家族ってもっと自分なりの解釈をしていいんですね…今日はありがとうございました!
最初は「拡張家族って、育児や家事をシェアできて楽しそうだな」という単純な気持ちで臨んだ取材。
ところが、アンジュさんの話を聞いているうちに「自分はギブアンドテイクの考え方をしていないだろうか?」「周囲の人に対して自己を拡張できているだろうか?」と自分の心の狭さを反省させられる回となりました。
家族の概念を拡張させ、昔の村のように「持ちつ持たれつ」で支え合っていく。ひとりひとりがその意識を持てば、きっと明るい社会になる気がしました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
〈取材・文=あつたゆか(@yuka_atsuta)/編集=天野俊吉(@amanop)/撮影=土田凌(@Ryotsuchida)〉
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