ビジネスパーソンインタビュー
目標設定はいざというときのために取っておく
「正しいかわからなくても変化すべき」世界一のプロゲーマー・梅原大吾の“心を保つ技術”
新R25編集部
いまでこそ、「e-Sports」という単語が世間でも聞かれるようになりましたが、それ以前から格闘ゲーム界をリードしてきた男性がいます。日本のプロゲーマーの第一人者、梅原大吾さん。
彼は17歳の頃『ストリートファイターZERO3』世界大会で初優勝。以降、世界のトップグループに約20年も君臨している。「格闘ゲーム界のマイケル・ジョーダン」として名高い。
一瞬で勝負が決まってしまう、格闘ゲームの世界で勝ちつづけるため、どんなふうに最適な状態に“心を保っている”のか、話を聞いてきました。
【梅原大吾(うめはら・だいご)】日本初のプロゲーマー。15歳で日本を制し、17歳で世界チャンピオンのタイトルを獲得。以来、格闘ゲーム界のカリスマとして、20年間にわたり世界の頂点に立ちつづける。「最も賞金を稼いでいるプロゲーマー」「最も視聴されたビデオゲームの試合」などのギネス認定も受けている。 現在、レッドブル、Twitch(アマゾン社の配信プラットフォーム)、HyperX(ハイパーエックス)、Cygamesのグローバル企業4社のスポンサード・アスリートとして世界で活躍している
緊張は体の状態ではなく心の状態だから、ふとしたきっかけでほぐれる
編集部・葛上
世界大会を数え切れないほど経験されている梅原さんも、緊張することってあるんですか?
梅原さん
まったくしないということはないですが、世間でいう“ガチガチになる”というのは年に1回ぐらいしかないですね。
編集部・葛上
あ、でも年に1回ぐらいはあるんですね!
梅原さん
はい。たとえば去年から始まった、アメリカのテレビ局が開催している「Eリーグ」という大会。
大手テレビ局が主催しているので、ゲーム好き以外の、日本と桁違いのかなりの人数が見る大きなイベント…。いくら大きな大会への出場を重ねてきた自分でも、これまでとは違う体験なので緊張しましたね。
編集部・葛上
緊張してしまったときは、なにか対処をされているんですか?
梅原さん
緊張は体の状態ではなく、心の状態なので、ふとしたきっかけで一気に状況が変わってしまう。いいプレーをすると一気にほぐれるんですよ。
だから、緊張しているなりにミスを減らしつつ、無理をせずに、緊張がほぐれるのをひたすら待つ…という感じですね。
優勝を目標にすると反動で無気力になりやすい。だからフラットでいる努力をする
編集部・葛上
緊張することはほぼない、とのことでしたが、それはなぜなんでしょう? やはり“慣れ”ですか?
梅原さん
いいことか悪いことかわかりませんが、「勝たなきゃ」と思うことが少ない、というのは大きいかもしれません。
いろんな状況を経験してきて、大会を迎える気持ちの「3パターン」のうち、適切なところに落ち着いたんです。
編集部・葛上
3つのパターン…?
梅原さん
「前向き」か「フラット」か「後ろ向き」の3つです。前向きに迎える人は、「勝って有名になるぞ」と、いい未来をつかもうとしている人。
一方で、前回のチャンピオンなど守るものがある人は「負けて評価を下げたくない」と後ろ向きになってしまいやすい。
最後に、何度も大会が続く未来を見据えている人は、フラットになりやすいですね。僕はだいたいフラットなんです。
編集部・葛上
「この大会で優勝するぞ!」と意気込んでるほうが、勢いに乗って勝てる…ような気もしますが、そうしてないんですね。
梅原さん
常に前向きでいるって、正直難しいんですよ。20年以上も世界大会に出つづけてますからね…
それと、前向きに大会を迎えようとすると、その反動もあることに気がついたんです。
編集部・葛上
どういうことでしょう?
梅原さん
前向きに大会に出て、いい成績を残したあとは反動でネガティブな気持ちになりやすいんですよ。「もう目標を達成しちゃったな」と無気力になってしまうとか。
だから毎回ものすごく前向きに大会を迎えるのは、そもそも短期的に結果を出すにすぎないと思っています。
強さを維持するのが大事。目標設定はいざというときのために取っておく
梅原さん
ただ、「常に前向きな気持ちで大会に出たほうがいいのでは」と僕も考えたことがあって、一時期は“一瞬すごく強い”ことへの魅力を感じていました。
けれど、ゲーム業界の最前線にしばらくいると「トップ集団で強さを維持している」ことのほうが価値が高いんだ、ということに気がついたんですよね。
編集部・葛上
強さを維持…?
梅原さん
ビジネスも一緒だと思いますが、勝負の世界ではなにもしていないとすぐに追い抜かれてしまうので、立ち止まれません。
かなり早いスピードで走っている最前線のグループに常にいるというのは、それだけでかなりの労力なんです。
編集部・葛上
たしかに、何年もトップグループにいつづける人は、どんな業界でも少ないように思います。
梅原さん
「この大会で絶対に勝つぞ」と目標に向かって意気込んでいる人は、その大会だけで見ると有利な精神状態かもしれない。きっと練習も捗るでしょう。
でも、大会後には反動で無気力になってしまいやすい。そうなると次の大会で勝てる可能性が低くなってしまいます。これは20年やってきて、何度も見てきた現象なんです。
編集部・葛上
だからヘンに山場をつくらず、フラットでいると。
梅原さん
そういうことです。
編集部・葛上
高い目標を設定して、「絶対達成するぞ」というモチベーション管理はしないんですか?
我々ビジネスマンだと、「目標があるから頑張れる」という人が多いんですが…
梅原さん
目標を決めて練習するときは、目標を決めないときに比べてたしかに捗るんですよ。エネルギーの放出先が1点に定まっているので、ある意味ラク。だけど、反動で差し引きゼロになってしまう恐れもある。
だから僕の場合は、目標を設定して頑張るのは、いざというときの“最後の手段”。「ここだけは勝ちたい」という場面でだけ、目標を設定するんです。
目標を決めなくても、変化を感じれば毎日のモチベーションになるはず
編集部・葛上
そうなんですね。目標も設定しないで練習のモチベーションをつくるってスゴイですね…
梅原さん
んー…そもそもモチベーションがなくなる大きな原因は“飽き”なんですよ。自分だって同じゲームをなにも考えずにやらされたら、飽きてやめてしまうと思います。
じゃあなぜ飽きるのかというと、同じことの繰り返しになっているのが原因。そうならないように、「昨日と一緒じゃない」とウソでもいいから変化を感じるのが大事です。
編集部・葛上
なるほど。その変化というのはどんなものでしょう?
梅原さん
やっていることは変わらないように見えて、自分の中では捉え方が変わっているという感じですね。
たとえば「いいインタビュアーとは」と考えたときに、はじめは「気の利いた返しができることがいいインタビュアーだ」と思いついたとしますよね。
その考えにもとづいて、いろんな訓練をしていきます。でもある日「相手の気分を良くできるのが、いいインタビュアーなんじゃないか」と新しい考え方が生まれたりするわけです。
編集部・葛上
たしかに考えは変わってますが…?
梅原さん
つまり、「相手をいい気分にさせる」のほうが、より大きな枠になってますよね。はじめの「気の利いた返し」は相手をいい気分にさせるひとつの手段。
大きな捉え方になることで、もっとたくさんできることがあるんじゃないかと工夫の幅が広がります。
編集部・葛上
なるほど!
梅原さん
そういう捉え方の変化を繰り返していくうちに、より大きな変化が自分の中にバーンと現れる。
そんな風にやってたら、面白くて飽きないですよね?
編集部・葛上
そうですね! そういった変化は自然と現れるものなんですか?
梅原さん
いえ、意識しなければ変化しないと思います。
自分は特に変化のチャンスに敏感だと思うのですが、たとえばほかの人が試合で負けて「そういうこともあるよな」と終わらせてしまっても、自分は負けが考えるきっかけになっています。
編集部・葛上
落ち込むのではなく、考える機会になるんですね。
梅原さん
はい。「今までこれが正しいと思っていたけど、負けるということは改善の余地があるのでは」とういうように。こういったことが毎日ものすごくたくさんあります。
他人からしたら、しょっちゅう考え方が変わるやつだと思われちゃう。それはデメリットかもしれません(笑)。
変化するときのコツは、よくなるかどうかまで考えないこと
編集部・葛上
まさに「失敗は発明の母」みたいな話ですね。
梅原さん
いや、実は勝っていても考えを変えるんです。
編集部・葛上
せっかく勝ってても、やり方を変えちゃうんですか!?
梅原さん
どんなに最先端の考えでも、それを固定していたら対策を練られて、あとは追い抜かれるだけなんです。
インターネットがない時代であれば変化のスピードが遅かったので、「このノウハウがあれば食うのに困らない」という考えが通用していました。だけどいまは、ひとつの方法を確立してもすぐにマネできてしまうので、それだけで食っていける期間は圧倒的に短くなっています。
ゲーム業界でもいろんなプレイヤーの動画がすぐ見られるので対策がしやすい。だから常に変化することが必要なんです。
編集部・葛上
自分を常に変化させていくために、なにかコツはありますか?
梅原さん
変化するときのコツは、“結果を考えないこと”です。
編集部・葛上
? 普通は結果を想定して、意味のある変化をすると思うのですが…
梅原さん
そうやって「これは正しい変化なのか?」と考えているうちに追いつかれてしまうかもしれませんし、変わるのが怖くなってくるかもしれません。
正しいかわからなくても変化して、「もし悪くなってもまた変えればいい」と考えるほうが理にかなっていると思いますね。
「世界一になれる」という幼少期の勘違いがあったから、いまがある
編集部・葛上
変わりつづける、というのはけっこう大変だと思うのですが、梅原さんができている理由は先ほどの「1番になりたい」という気持ちですか?
梅原さん
そうですね。
編集部・葛上
昔からその気持ちを強く持っていたんですか?
梅原さん
それ以外の目標を立てたことがないです。
だから最初に『ストII(ストリートファイターII)』を始めたときには、自分より強い人がたくさん近くにいるのに「俺はこれで世界一になれる」と思ったんですよ。なんの根拠もないですけど。
編集部・葛上
それは「なろう」ではなく、「なれる」だったんですか?
梅原さん
そう、なれる気がしたんですよね。なんでそうなのかわからないけど、思い込んじゃったんです。でもその思い込みがあったから、長いことめげずにできたんじゃないかな。
編集部・葛上
どうして「世界一になれる」と思えたんでしょうか。
梅原さん
当時はいまほどゲームの評価が高くなかった。僕は勉強も部活もしてなくて、ゲームだけしていたので、ただ遊んでいるだけだと思われるのがイヤでした。
だからか1分もムダにせずゲームを追求しようと思えたし、なによりゲームが好きだったんです。だから頑張れると思った。
頑張れるということは1番になれるんじゃないか、なんて、いま振り返れば勘違いでしかないけど、そんなふうに信じられたから、いまがあるんですよね。
勝ちつづけるために、我々の想像もつかないほど繊細に精神をコントロールしていた梅原さん。明日公開の後編では、そんな梅原さんの“成長論”について聞きました。乞うご期待。
〈取材・文=葛上洋平(@s1greg0k0t1)/撮影=森カズシゲ〉
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